新井淳一の先を読む
9月1日 なぜ、いま日本が買われるのか
シドニー・ホーマーが書いた「金利の歴史」によれば、古代バビロニアから現在まで長期金利が1%を割った例はひとつもなかった。日本の超低金利は4000年の歴史の中で初めて起きた異常現象なのだ。
(ピーター・タスカ 日本の大チャンス 講談社)
奇妙なことが起きている。先行き悲観で企業が自国に投資できない国の国債や通貨が、人気を呼んでいるのだ。欧米やアジアの国家や金融機関が日本国債を買い上げ、新発10年物国債の利回りが1%を割った。同時に異常な円高の進行である。欧米景気の先行き不安やドルやユーロの下落を恐れて日本へ資金を避難させているのだ。しかも、その理由が当面、「日本は変わらない」、いや「変われない」というのだから、何をかいわんや、である。
たしかに、日本経済の状況は良くなっており、電機や自動車の業績が急回復、設備投資も底を打った。しかし、雇用の回復は遅れ気味で、消費もいまひとつ勢いを欠く。肝心の設備投資もアジアなど海外向けばかりで、企業が日本を逃げ出しているようにも見える。加えて国内総生産(GDP)の2倍近くになる大量の国債残高である。信用不安が残る欧州経済や回復に息切れの気配がある米国経済に比べると、日本はまだましで、だからこそ見慣れた資本のリスク回避だという判断もあるだろうが、それにしても「なぜか」という疑問が残る。
ストラテジストのタスカさんがこの本を書いたのは1999年のことだ。その間、大手銀行の不良債権問題で揺れた2003年には、新発10年物国債の利回りが0.5%を割ったこともあった。そしていまは1%近辺。基本的には4000年に一度の珍事がいまも日本では続いているということだ。その珍事の日本が背負わされたのが異常な円高。タガが外れてしまった感がある。
これを説明するカギは何か。抽象的な表現で恐縮だが、一言でいえば、マイナスよりは横ばいがよいという感覚が海外にある、ということなのではないか。米国と欧州の景気はこれから半年や1年、下振れはあっても上振れはない。金利も下がる方向で、ドルやユーロもどちらかといえば下押し気味である。これに対し、日本経済には上振れもない代わりに下振れもないと、海外は見ているのである。「何も変わらない」安心感ということでもあろう。「何も変われない」安心感といってもよい。
参議院の与野党逆転で政策は動けない。だから大胆な手を打てない。首相の顔も変わるかもしれない。金融緩和の余地はあるがその幅は小さい。財務相時代、「1ドル=90円台半ばが望ましい」といった菅首相も円高に口をつぐんだまま。半面、企業のキャッシュフローは潤沢で収益は回復基調にある。海外からみれば、日本には「変わらない、変われない」からこその奇妙な安心感があるのである。それが海外からの日本買いにつながり、結果としてリスク回避、疲れ果てた世界マネーの避難所になっている。いささか回りくどくて恐縮だが、一応の理屈にはなるだろう。
日本から一番学ぶべきものは「失われた10年」もの間も、さらに政治が混乱しても、社会秩序が安定を保っている秘訣ではないか。
(肖敏捷 人気中国人エコノミストによる中国経済事情日本経済新聞出版社)
ダイナミックな変化が日常である中国には、「変わらない」不安感があっても「変わらない」安心感はないようだが、日本に対する世界のこの不思議な感覚を一体、どう解釈すればよいのか。欧州の信用不安が収まり、米国の消費者が借金を増やし始め、中国の不動産バブルが解消する。こんなうれしい事態が到来したとき、「変わらない」ことを評価された日本はどうなるかということだ。
「変わらない」安心感が一転、「変わらない」不安感になるということだろう。避難場所の日本から世界のお金が逃走を始める。国債は売られ価格は下落する。仮に暴落となったらコトは重大だ。金利も大幅に上がるだろう。税収を上回る国債発行によって国の財政はまかなわれているのだから、金利負担も増大、財政政策は一段と使い勝手が悪くなる。円安かもしれないが、株は下落の方向だろう。国債残高の重圧から投機筋が日本をギリシャに次ぐ標的にする可能性さえある。
「変わらない」安心感はしょせん、偶然がいくつか重なったときに生じる泡沫のようなものである。安心感が不安感に転化するまでの時間はそう長くないと見るべきだ。早ければ半年、遅くても1年以内ではないか。そのとき日本は変わらなかった不始末、変われなかった不出来を嘆くことになる。
変われなかった国がどういう結末を迎えるか。歴史家がケースとして持ち出すのは17〜18世紀のポーランドである。基本は政治システムの欠陥だが、当時、同国議会は「セイム」と呼ばれる全会一致の原則をとっていた。議員のひとりが「ノー」というだけで法案の成立を阻止できたのである。当然、同国は頻繁に統治不能の状態になった。それをよいこととして周辺諸国は領土を侵略し始め、1795年にはポーランドそのものが消滅。復活までには100年余かかった。
「変わらない」日本の象徴であるねじれ国会と「セイム」の悲劇との比較に無理があるという意見もあるはずだ。何を大げさにと、お叱りをこうむるかもしれない。しかし、日本の国会では当分の間、議員が数人の少数政党が「ノー」というだけで法案が通らない。この点は「セイム」と基本的に同じではないか。
リーマン・ショック以降、世界に数ある金融資産の中で価値が大幅に上がったのは、円と金の2つである。リスク多発の中「変わらない」日本が招いた皮肉な結果だが、できることなら「変わる」ことで価値を高めてほしかった。「変わらない」ことが評価される奇妙な安定に安住はできない。
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(日本経済研究センター 会長)
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