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深尾光洋の金融経済を読み解く

2009年1月1日 世界金融危機の原因

 2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻以後、米国発の金融危機は急速に深刻化し、欧州の大手金融機関を巻き込んだ世界的な危機に発展した。この金融危機は、米国の住宅価格バブルの崩壊だけでは説明できないように思われる。

 米国のサブプライム貸し出しなど住宅ローンの不良債権化に伴う金融機関の損失は、かなり幅広く見積もっても1兆ドル程度であり、100兆円前後(1ドル=100円で換算、以下同じ)と考えられている。これは、日本の資産価格バブル崩壊後に銀行部門が被った損失と同じ程度の金額である。米国経済の規模は日本の約3倍弱であり、かつサブプライム関連損失の4割程度が、欧州系金融機関で発生していることを考慮すると、日本の金融危機と比較してそれほど深刻なものとは言えない。

 このためリーマン破綻以後、政府による巨額の資本注入や連銀による企業への直接貸し出しなど、日本の金融危機時を上回るほどの金融安定化策が必要になった米国金融システムの大混乱をサブプライムローンの損失だけでは説明するのが難しい。特に、米国政府による70兆円規模の緊急金融安定策が連邦議会を通過し、財務省が大手金融機関に対する25兆円の資本注入に踏み切っても、世界的な金融市場の閉塞(へいそく)状態が続いている。筆者は、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ、11月1日付けの本コラム参照)などデリバティブ取引の評価に大きなゆがみがあり、金融機関の財務諸表に巨額の架空資産が計上されているのではないかとの疑いを持っている。以下では、この問題を考えてみよう。

デリバティブ取引の評価のゆがみ

 長期的視点に立った投資で注目を集めるウォーレン・バフェット氏は03年2月に「デリバティブは金融上の大量破壊兵器だ」と指摘した。この背景には、バフェット氏が経営するバークシャー・ハザウェイ社がデリバティブ(金融派生商品)取引を行う証券会社を清算した過程での苦い経験がある。

 まずデリバティブ取引の清算の過程で大きな含み損が明らかになった。デリバティブには、長期間継続する契約がある。この契約の価値は、金利、為替相場、企業の信用状態などの将来動向に依存する。このためデリバティブ取引損益は、複雑な数学モデルによって推計される。この推定における将来の経済変数の想定を多少いじるだけで、デリバティブ契約の評価額は大きく変化する。

 バフェット氏は、金融機関のディーラーやCEO(最高経営責任者)には収益を大きく見せることで報酬をかさ上げする強いインセンティブがあると指摘する。本来デリバティブ取引はゼロサム・ゲームで、取引の一方が利益を出せば他方は同じ額の損失を被るはずである。しかし、取引の双方が別々の評価モデルを使うことで、両方が利益を計上している可能性さえあるのだ。利益を計上したディーラーやCEOは、長期のデリバティブ取引が決済される時までには、報酬をもらって退職してしまっている。結局損失を被るのは株主であり債権者ということになる。

 さらにバフェット氏は、デリバティブ取引に伴う担保差し入れ条項のリスクを指摘する。デリバティブ取引を行っている会社の格付けが一定以下に低下すると、取引相手から巨額の担保を要求されて、資金繰りに窮するリスクがあるのだ。

 保険会社であるAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)の経営危機は、バフェット氏の指摘したとおりに進行した。AIGのデリバティブ取引を行うロンドン法人は、高格付けのサブプライムローンの証券化商品について、そのデフォルトリスクを保証するタイプのCDSを大量に販売した。換言すれば、証券化商品の元本を保証することで、保証料収入を得た。AIGの得たCDSの保証料は、将来の元本保証コストに大体見合っているはずであり、本来は大半を積み立てて支払いに備えるべきものである。

 しかし実際には、大部分を収益と認識していた。これは、AIGがCDS債務を過小評価していたことを示している。逆にCDSによる保証の買い手は、支払った保証料は将来の保証受け取りに見合っていると考えているはずであり、それはCDSの資産価値に反映される。この結果、AIGが行ったCDS取引によって、本来ゼロサムのデリバティブ価値は、プラスに計上されてしまう。

資産査定のない資本注入

 金融危機対策として行われた資本注入の手順にも大きな問題があった。米国政府は、厳しい資産査定なしに、いわば目分量で大手金融機関に対して資本注入を行った。しかしリーマンの破綻では、資産の毀損(きそん)率が極めて高率であったことが知られている。リーマンの負債に対する資産額の大幅な不足は、他の金融機関の含み損に対する懸念を強めた。

 このため、資本注入先の資産劣化が、目分量を上回っている場合には、資本の再注入や不良資産の政府買い入れなどの追加措置が必要になる。実際、シティグループに対しては最初の資本注入発表後、わずか40日で巨額の再支援が必要になった。同様にAIGに対しても、当初の支援策のあと2回にわたって資本注入が行われることになった。

 日本の経験を踏まえると、経営が悪化した大手金融機関に対しては、負債について政府が価値を保証すると同時に、厳格な資産査定を行った上で資本注入すべきであったと言える。
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(日本経済研究センター理事長)

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