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深尾光洋の金融経済を読み解く

2009年3月1日 政府紙幣と財政負担

 米国発の金融危機により、日本経済も極めて深刻な景気後退に直面している。しかし政策面では、財政赤字が拡大し、市場金利もゼロに近づくなど手詰まり感が強い。こうした中で政府紙幣や無利息国債の発行による財政出動が議論されている。最近では、東洋大学の高橋洋一氏などから政府紙幣の大量発行が提案されている。

 政府紙幣が注目されるのは、表面上は税負担無しで財政支出が賄えるように見えるからである。しかし以下で説明するように、政府紙幣の発行は日銀にゼロ金利の永久国債を引き受けさせることと同じになる。これは日銀の収益を悪化させ、日銀から政府への納付金を将来にわたって減少させる。政府紙幣発行額は、日銀収益悪化の現在価値に等しいため、政府と日銀を連結すれば、政府には財政上のメリットはない。

 現在、日銀と政府で異なった通貨発行益の計上方法を採用している。

 日銀が市場から国債を買い入れて、その代金として銀行券を売り手に渡す場合には、購入した国債を日銀の資産、発行銀行券を日銀の負債に計上する。この段階では、日銀は銀行券発行による利益を計上しない。しかし国債からの金利収入が入ってくると、銀行券製造費や日銀経費などを差し引いて、残額を利益計上する。

 これに対して貨幣(コイン)発行の場合は、政府は発行増加額の95%を発行益として計上し、5%を将来回収する場合の準備金として積み立てている。このため、発行増加額の95%から貨幣の鋳造コストを差し引いた額が、財政収入として計上されている。(詳しくは、大久保正和、『政府紙幣発行の財政金融上の位置づけ』、財務総合政策研究所、2004年参照。)

 経費や準備金を捨象すれば、日銀方式で計上される利益の割引現在価値は、政府方式で計上される利益と等しくなる。例えば、1兆円の通貨を発行して同額の国債を購入し、それを無限の将来まで運用した場合の利子収入の割引現在価値は1兆円になる。

政府紙幣発行のコスト

 政府紙幣の発行で、政府は本当に将来返済する必要のない追加歳入が手に入るのだろうか。結論から言えば、将来のどこかの時点で物価を上昇させることで、通貨に対する取引需要を増大させることができれば、答えはイエスである。しかし国民にはインフレ税という負担が発生する。物価上昇により通貨価値が下落するという負担である。

 逆に、政府紙幣を発行してもインフレにしない場合には、政府は発行時点で紙幣発行益を計上できる。しかし日銀収益減少による日銀から政府への納付金の減少が発生するため、政府は将来増税が必要になる。さらに巨額の政府紙幣を発行する場合には、日銀収益が赤字になり、政府から日銀への補助金が必要になることも考えられる。このように、政府紙幣発行は、将来の日銀収益を先取りするだけに終わる。

政府紙幣発行の効果

 政府が政府紙幣発行による歳入を、現在のコインと同じ方法で会計処理すると仮定しよう。また、現在の日銀券と額面が同じ政府紙幣は、法的に日銀券と同じ価値があるものとして扱うと仮定しよう。ここで、政府紙幣が日銀の手元に戻ってきてしまった場合の処理が問題になる。政府が日銀から政府紙幣を回収する場合には、政府から日銀への支払いが必要になり、その額だけ政府紙幣発行益が使えなくなってしまう。そこで、日銀に回収された政府紙幣は、日銀に保有させ、回収しないと仮定しよう。

 政府が新しいデザインで政府紙幣を印刷して流通させる場合でも、大半の政府紙幣はすぐ日銀に持ち込まれて流通しないだろう。これはATMや自動販売機が対応できる紙幣の種類に限度があるためである。実際、2000円札については対応がなされておらず、ほとんど流通していない。このため、発行した政府紙幣は大半が日銀に還流し、日銀は政府紙幣を「無利息永久国債」として保有することになる。これは、将来の日銀収益を減少させ、日銀納付金を減少させる。(注:他方、2000円札の需要がない場合は、日銀は単に2000円札の発行を減らし1000円札や1万円札など他の銀行券を発行すれば収益は不変である。)この場合の日銀収益減少の現在価値は、政府紙幣発行による政府の増収に等しい。要は、政府紙幣の発行は一種の粉飾に過ぎない。

 それでは政府紙幣が大量に日銀に還流しても、日銀が損失を被らないで済む方法はないだろうか。それには売り出し手形や日銀当座預金の金利がゼロであれば良い。景気が低迷するデフレ経済の下では、ゼロ金利政策を続けることができる。

 しかし将来、景気が回復して物価が上昇を始めると問題が発生する。日銀が損失を被らないためには、売り出し手形や日銀当座預金に対して金利を払うことはできない。これは、景気が回復し物価が上昇を始めても、ゼロ金利政策を維持することを意味する。これはインフレ的である。物価水準が上昇すると、銀行券や政府紙幣に対する取引需要が増大する。そうなれば、日銀券に対する需要も増大し、日銀は買いオペを再開することで、収益を回復できる。しかし国民は、インフレによる日銀券や政府紙幣の価値の下落という、インフレ税を負担することになる。毎年のインフレによる課税額は、国民が保有するゼロ金利の銀行券、政府紙幣、コインの残高にインフレ率をかけたものになる。08年末の銀行券とコインの残高は86兆円であるため、仮に物価が10%上昇すると、年間8.6兆円の見えない課税が行われることになる。
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(日本経済研究センター理事長)

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