深尾光洋の金融経済を読み解く
2月22日 個々の企業でできる経済活性化
経済の成長と国際的な競争力の源泉は人的資本の育成と人材の有効活用にあることは言うまでもない。しかしこれまで日本企業の人事政策は2つの面で、日本経済の成長力を阻害してきた。第1に、大学生の勉学を妨げるという人的資本の蓄積阻害、第2に、男女正社員に過剰労働を強いることによる、女性労働力率と出生率の引き下げ効果である。これを是正すれば、10年間で日本のGDPを1割程度押し上げることも夢ではない。本稿では個々の企業が人事政策を見直すことで実行できる日本経済活性化策を考える。
新卒採用の転換
上海に大支店のある大手金融機関の幹部は、「上海と東京で同じ判定基準で採用するとしたら、東京では1人も採用できないだろう」と語っていた。上海で採用面接に来る中国人学生の英語、金融、統計学・数学の知識を東京の日本人学生と比べると、東京の学生が大きく見劣りするということだ。しかし日本の学生の勉強不足は、大学3年生後半から延々と続く就職活動と、勉学を問わない採用基準という、日本企業の採用方式が生み出した副産物だといえる。
第1に、日本企業は3年生後半の秋から、学生向けのセミナーを多数開催する。さらに春休み頃から採用面接を始め、4年生の5月から夏休みにかけて内定者を決定する。このため、3年生の後半から学生はスーツ姿になり始める。女子学生の髪が茶髪から黒に変わるのもこの頃である。大半の企業の採用面接は、大学の授業を全く考慮しないため、春学期の授業では4年生の欠席が急増する。内定を決めた学生は、大学の授業よりも内定先企業の仕事に興味が移り、勉学も中途半端になってしまう。このため、意識の高い学生を除き、日本の4年制大学は実質的に3年制になってしまっている。
第2に、日本企業は新卒、とりわけ文系の学生を採用するときに、大学時代の成績を問わないことが多い。このため、入試まで必死に勉強してきた学生も、大学に入るとレジャーランドに来たような気分になって、スポーツなどのサークル活動だけに励む学生が多い。もちろんサークル活動の役員などで、多数の人の意見をまとめて、活動を動かしていく経験は非常に有益なものである。しかし同時に学生生活の柱であるべき勉学については、卒業単位を取得するためだけに楽勝科目を選び、試験直前に詰め込み勉強する学生が多いのが実情だ。
しかし企業での実際の業務には、英語、中国語などの外国語や、基礎的な数学、会社法、会計の知識は必要不可欠となる。マニュアルや企画書執筆のためには、当然日本語力も重要だ。これを入社してからの長い残業の後で習得するのは、無理であろうし、不十分なものにもなる。時間的な余裕がある学生時代に、基礎的な勉強をしておくべきだ。
中国を初めとするアジア諸国の人材と競争するためにも、企業は採用方針として「長い目で見て仕事に必要な知識を学んできていない学生は採用しない」ことを打ち出すべきだ。 企業がこうした方針で臨めば、学生もそれに応えて企業で必要なスキルを身につけるように励むだろう。これは大学にも授業内容を刷新するプレッシャーを与え、将来の人的資本の蓄積を刺激するだろう。これは日本の生産力と成長力を高めることに繋がる。
女性労働力率の引き上げ
もう一つは、有能な女性労働力の活用である。学生時代の成績や卒業論文の質から判断する限り、優秀な女子学生の比率は男子学生よりも高い。それにも関わらず日本の管理職に占める女性比率はまだ10%程度に止まっており、出産を機に退職する女性の比率も6割を超えている。男女雇用機会均等法などの法律は出来たが、働き方そのものが変化していないため、働く意欲のある女性を有効に活用できていないのだ。
日本企業がやるべきことは、男女正社員の労働時間を減らすことである。つまり残業や早出は非常に例外的なことなのだという意識に転換し、正社員を午後6時には全部帰すことだ。企業のトップは残業や休日出勤の多い部署の管理職の評価を引き下げ、有給休暇の消化を促進するのだ。こうすれば、同じ時間あたり報酬を出していても、有能な女性の採用が容易になり、長期的に見れば企業の競争力は強化されるだろう。年次有給休暇を十分消化しない男性をマイナスに評価し、その代わり女性にも働いてもらう。育児は夫婦で分担し、育児休業は夫婦で半分ずつとるという考え方の転換が必要だ。
女性の労働力率の高い諸外国と比較すると、出生率を引き上げつつ女性の労働力率を10%程度引き上げる余地は十分ある。瞬発力や発想の柔軟性は、男性の方がやや強いかもしれないが、根気よく役に立つ情報を整理収集して文章化する能力は女性の方が強い。そうした女性を十分活用できていない日本企業や日本経済は、相当大きなハンデを負っているといえるだろう。フルタイムの仕事をしていない女性の医師や看護師が非常に多いのも、少数の正社員となった医師・看護師に対して、本人が望まない長時間労働を強いているからだ。これは、貴重な人的資本を死蔵していることに相当する。女性が働きやすい職場にして労働力率を引き上げれば、日本のGDPを4−5%引き上げることは容易だろう。
国産人的資本の重要性
日本企業が国際展開に必要な人材は、日本語のある程度出来る外国人を採用すればよいので、日本人学生の質が低下しても問題ないという考えもあり得ないわけではない。しかし現在日本語を勉強している外国人は、ビジネスを目指しているのではなく、アニメ、小説、イラスト、歴史といった文化面に惹かれてやっている者が大半だ。このため、日本企業が国際展開のためにリクルートできる日本語のできる外国人は、そんなに多くはないのが実情だ。また、ビジネスでの成功を目指す外国人は、日本語ではなく、英語、中国語、スペイン語などを勉強するだろう。結論を言えば、日本企業は日本の学生の能力を伸ばして採用していかなければ、自らの国際展開も不可能だと言うことである。
(2012年2月22日)
(日本経済研究センター 研究顧問)
△このページのトップへ