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第10回 ECBの非伝統的な金融政策はどう変わるか(12年8月9日)

国債買い入れ再開の条件

 8月2日、欧州中央銀行(ECB)は国債買い入れを再開する用意があると発表した。同時に、ドラギ総裁は、欧州金融安定基金(EFSF)・欧州安定メカニズム(ESM)が国債を買い入れることが条件になると述べた。この点が金融市場の失望感につながったと理解されている。

 しかし、仮にこうした条件が課されず買い入れが実行されたにしても、その効果は限定的だったのではないか。ドラギ総裁が7月下旬に「あらゆる手段を取る」と述べ、国債買い入れ策への期待が事前に織り込まれていた。一方、ECBが南欧国債の購入を実施すれば、これらに対し、価格の上昇をきっかけに強い売却圧力が高まるという見方もあった。

 さらにECBのバランスシート膨張への懸念がある。ECBとその傘下にある各国中銀を合計した総資産額は、2000年代前半、1兆ユーロを下回って推移していた。しかし特に昨年以降、急激に膨張し、現在は3兆ユーロを上回っている。今後国債の買い入れが実施された場合、ECBなどのバランスシート膨張への懸念から、買い入れの持続性に疑問が生じることになるだろう。

 *深尾光洋「欧州中央銀行のバランスシート膨張」(2011年11月22日「金融経済を読み解く」)では、ドイツの資金がECBの決済システム(TARGET2)を通じ、イタリアなどの銀行に提供されていることを指摘している。

非伝統的な金融政策の選択肢

 それでは、ECB等の限られたバランスシートを活用し、最大限の効果を上げるにはどうしたらよいか。ドラギ総裁は、8月2日の記者会見冒頭のスピーチで、今後数週間の内に、さらに非伝統的な金融政策のあり方を検討すると述べた。昨年末から今年初めにかけては、無制限の長期資金供給(LTRO)が、市場安定化に効果を発揮した。しかし、スペインを中心に国債利回りの上昇が続き市場が不安定化する現状では、金融機関に供給された資金が南欧の国債投資に回る、とは限らない。無制限の長期資金供給は、今後については、銀行の資金繰りを支援する必要がある場合などに限定的に実施されることになるのではないか。

 以上のように、国債購入と長期資金供給が当面、限定的に行われないとすれば、「第三の道」ともいえるその他の方策は考えられるだろうか。この点、欧州現地では、ECBが非伝統的な金融政策の一環として、銀行の不良債権を買い取る案が、議論されている。しかし前者の場合には、通常の国債購入や資金供給とは対照的に、流動性の問題が生じることになるだろう。すなわち、比較的少額の実施で効果を上げることが期待される一方、ECBの立場からすれば、対象となりえる資産は限られてくるのではないかという点が懸念される。

 一方、スペインやイタリアなどの問題国がECBの購入を前提に低利の国債を発行するという案もまた浮上している。この場合、流動性についての懸念は低くなる。しかし、ECBが同じ国債を保有する民間投資家に対し優先的に返済を受けるかどうかといった、利害調整が必要になってくるだろう。

ECBに求められる「建設的な曖昧さ」

 以上のように考えてみると、ECBによる非伝統的な金融政策への取り組みが効果を上げるのは容易ではないようだ。上に述べたECBによる無制限の資金供給はなぜ効果的だったのか。

 その理由の一つには、ECB総裁に就任して間もないドラギ総裁が、市場が想定していなかった思い切った方策を打ったことにあったのではないか。前任のトリシェ氏が、物価安定と財政規律の重視という基本ルールに忠実なイメージを与えていた一方、迅速かつ柔軟に行動することにより、市場の信頼を得た面がある。現状の欧州では、新たな非伝統的金融政策を打ち出すより、このような危機対応能力が効果的となるだろう。今回、ドラギ総裁が緊急時に備えECBによる国債買い入れなどについてあえて言質を与えない「建設的なあいまいさ(Constructive Ambiguity)」を重視していると考えることができるのではないか。

ESMの銀行免許付与への抵抗

 最後に、8月2日の記者会見では、ESMに対する銀行免許の付与に対する質問が相次いだが、ドラギ総裁はその可能性を強く否定した。ESMに銀行の資格が認められれば、ECBからの資金調達が可能となる。そのため、ESMは南欧国債などの購入を通じ危機に対する「防波堤」としての力を一段と強化できる。

 しかし、この流れは、ECBがESMという別ルートを通じて、実質的に国債買い入れを実施することに通じる。冒頭述べたように、ECBが自らの国債買い入れの条件として、先ずEFSFとESMによる国債買い入れを条件としていることと矛盾してしまう。財政規律を重視するドイツの反対も予想され、ESMに対する銀行免許の付与は、時間のかかる中期的な課題といわざるを得ない。

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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


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