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第11回 ECB・無制限国債買入れ発表後の展開―「嵐の10月」というリスクシナリオ(12年9月11日)

ECBの決定内容は「満額回答」だが

 9月6日、ECB政策理事会は新たな国債買い入れ(Outright Monetary Transactions, OMT)を実施すると発表した。前回8月の理事会で予告されていたことなどから、決定内容はほぼ事前の想定通りだった。しかし以下に見るように、ほぼ「満額回答」だったことが、市場に好感されたといえよう。

 すなわち、以下の決定内容は、市場にとりプラス要因であるといえる。@買い入れ対象は残存期間1〜3年の国債とし、A事前に買い入れ金額の限度を定め、B民間などの債権に対し返済優先権を持たないこと、C国債の保有量と市場評価額を週次で、平均残存期間と国別の残高を月次で発表するなど透明性を高めること―の4点である。

新たな制度には限界も

 一方、下記の4点については、今後新たな制度のリスク要因となることも考えられる。

 第1に、買い入れを求める南欧諸国が、まず欧州金融安定基金(EFSF)または欧州安定メカニズム(ESM)に支援を求め、これらによる「マクロ経済調整プログラム」か「予防プログラム」の対象になることが必要になる。 この場合、EFSF/ESMは発行市場で国債の買い入れを行うことになる。ECBの政策理事会は、対象国がEFSF/ESMのプログラムにより課された条件を守り、財政緊縮策を進めるかぎり、OMTの適用を検討する。ECBの意図は、無制限の国債買い入れを認める一方、以上のような条件を課すことにより各国の財政規律を高めようとする点にある。

 このような条件を課すことができるようになったことは、新制度の長所であるといえる。しかし、仮に各国がこの条件を守ることができなくなった時に、ECBはOMTの発動を取り止めることは現実に可能だろうか。実際にはこのような時にこそ、国債の買い支えが必要になると思われる。

 第2に今回、イタリアやスペインなど問題国の金利を一定水準以下に抑える目標を設定したり、ドイツ国債とのスプレッドに上限として「スプレッド目標」*を設定する政策は採用されなかった。しかし今回の記者会見でも改めて議論となったように、現状、欧州の金融市場が分断されている(fragmented)という認識に立ち、金融政策の波及経路(Transmission Mechanism)を確保することが今回の決定の目的だとすれば、問題国の金利水準が一定水準まで低下するまで国債の買い入れを行うという強い意志を示すには至らなかった点には懸念が残る(以下に述べるECBのバランスシートの制約と関連している可能性もあるだろう)。

*岩田一政「ユーロ危機:最後の貸し手と政府債務危機波状処理」(2012年8月23日「万里一空」)

 第3に、前回レポートでも述べたように、ECBのバランスシートが膨張しているため、無制限の国債買い入れについて今回決定しても、「実際には大幅な買い増しはできないだろう」と市場の期待が変化してしまう可能性がある。この場合、OMTという政策そのものの実効性が問われる可能性もあるだろう。

 最後に、OMTにより供給された資金は再び吸収され、不胎化される。そのため金融緩和を実施するには、ECBは別途、政策金利の引き下げなどを行う必要がある。

 以上、従来からの証券市場プログラム(SMP)と比較しても、今回発表されたOMTは市場に詳細な情報を提供し、対象国の財政規律を高め、市場における金利安定化のために有効な手段となる可能性がある。しかし、無制限の国債購入を行うことが実際にはそれほど容易ではない、という見方が強まるリスクには留意が必要だろう。

抜本的な対策が不可避に

 以上のように、OMTが実施されたとしても効果が限定的に終わる可能性があるとすれば、OMTにより「時間稼ぎ」をしている間により抜本的な対策が採られる必要がある。記者会見の質問の中にも、これまでに実施されたSMPと比較して、MTPの有効性を問うものがあった。ドラギ総裁は、その問題は非常に重要であり(very,very important)、十分に議論を行ったと述べた上で、前述のようなSMPと今回のMTPとの違いを強調した。

 今後、「銀行同盟」、特にその中核部分となるECBによる一元的な銀行監督が、EU委員会の提案を基に10月中旬のEU首脳会議へ向け何処まで具体化するかという点が焦点になってくるだろう。ECBによる一元的な銀行監督を巡る問題点の中で、監督の及ぶ範囲が、ユーロ圏かEU全体か、という点が特に問題となるだろう。

 先般、ドイツ連銀が、「銀行監督の一元化はEU全域に及ぶべき」という案を作成したと報道された。確かに、金融市場もEUの市場統合の対象となっており、金融監督はEUのレベルで一元化されることが理論的には望ましい。

 しかしその一方で欧州現地では、複数の通貨によって、実際に資金供給や預金保険・救済機関の運営を行うことの実務上の困難さが指摘されている。さらにそもそも、ECBの金融政策はユーロ圏を対象としているが、EU全体を銀行監督の対照とすれば、巨大な金融市場ロンドンを抱える英国との関係が問題になってくる。

 ドイツ連銀は、今回のMTPに対し、唯一反対票を投じたことが明らかになっている。今回、来日した同連銀の理事は、「防火壁は火を消すことはできない。火は財政統合と財政改革によって消されなければならない」と述べていた。EUレベルの救済をめぐる議論は、今後も財政・金融の両面で、原理原則を主張するドイツとより柔軟な対応を重んじる他国の間で妥協点を探る展開にならざるを得ない。

 10月18〜19日の次回EU首脳会議まで、短期間でこうした妥協が成立する可能性は低いとすれば、9月にOMTにより安定化した市場は、再び不安定化に向かい「嵐の10月」を迎える可能性も否定できない。

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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


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