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第16回 最大の懸念はスペインの政治・経済情勢―ECBの政策展開とユーロ高にも留意(13年2月13日)

 1月末、スペイン地元紙に、ラホイ首相が所属する党への献金を流用したという疑惑が報じられ、ユーロ圏の国債市場に悪影響を与えている。この背景には、従来からラホイ首相は場当たり的な発言を繰り返し国民の信認が低下していたため、一層懸念が高まったことがある。スペイン国債の利回りが上昇したといっても、同国の10年国債利回りは5%台半ば近くまでにすぎず、7%を超えた最悪期と比較すれば、依然安定しているといえる。しかし、問題は、政権の政策遂行能力が低下することにより、従来から懸念材料となっている同国の銀行セクター及び雇用情勢に目が向いた場合、再び近隣諸国への波及が始まるリスクも無視できないことにある。

スペイン政治の不安定化がもたらすリスク

 まず銀行セクター救済に関しては、既に昨年秋の時点で、スペイン政府は銀行救済のために必要とする公的資金について欧州安定メカニズム(ESM)から資金援助を受けている。昨年夏、危機がスペインに波及することを危惧したEU委員会が「スペイン政府に対し1000億ユーロの資金援助を行う用意がある」という声明を発表したことを受け、その一部が実行されたものだ。この資金はスペイン政府の基金を通じて行われるため、スペインの財政赤字額を増加させることになる。

 一方、ユーロ圏の銀行監督一元化を前提として、ESMは今年春にも、ユーロ圏内の銀行に対し、各国政府を通さず直接に資金注入を行うことが可能になるはずだった。しかしその後、銀行監督の一元化が2014年はじめにかけ段階的に具体化されることになった(*)。ESMによる直接資金注入によれば、スペインの財政赤字を悪化させずに同国の銀行セクターを救済することができると期待されていたが、その実現時期が不透明になっている。

*アルブレヒト・ロタハー駐日EU代表部公使参事官「欧州危機から銀行・財政同盟へ―日本企業・市場への示唆」(2013年1月16日JCERセミナー読むゼミ<会員限定>)参照。

 次に、スペインが従来から抱えている問題として高い失業率がある。ユーロ圏全体でみても、2013年後半から2014年にかけ緩やかに成長率は回復する見込みだが、本格的な雇用の回復にはつながる可能性は低い。特にスペインの雇用情勢は、元々国内の地域差が大きく若年労働者の失業率が高いという構造的な問題を抱えている上、2000年代半ば以降の不動産バブル崩壊による影響を強く受けている。

 このように、現在のスペインを巡る情勢は、政治・経済の両面で従来から抱えていた問題点が改めて表面化したという面が強い。今後政治的な混乱が続き、政策的な手詰まり感から金融面の銀行セクター救済、実体経済面の失業率の高止まりへの懸念が再び高まる可能性には注意が必要だろう。

 一方、イタリアは同国の大手銀行モンテパスキが損失について不正な処理を行ったことが問題となっている。以前から政府による公的資金の注入を受けてきた同行の不正が明らかになってきたため、今月下旬に行われる同国の総選挙に与える影響を懸念する声も上がってきた。しかし本件は、イタリアではしばしば起こる「想定内」の出来事だ。さらに2月7日に行われた欧州中央銀行(ECB)の記者会見では本件に関する質問に対し、ドラギ総裁は、自らがイタリア中銀総裁だった時に同行の調査についてサインしたのは自分自身であり、イタリア中銀による監督は適正だったと述べている。

 このような展開から考えると、本件によりイタリアの総選挙への影響を通じ同国の政治動向が不透明化し、危機の再燃につながるリスクは限定的ではないか。次回の選挙では政治的な基盤を持たないモンティ前首相が勝利する可能性は元々低いが、野党の立場にあるベルルスコーニ首相についても在任時に起こした数々の不祥事が影響し国民の人気は低く、今回の事件により首相の座に返り咲くこともないだろう。これまでの予想通り、従来モンティ氏を支えてきた多数勢力の中道左派が政権を獲得し、モンティ氏の改革路線を当初から大きく転換することはないと思われる。

 以上のようにスペインとイタリアを比較すると、政治・経済の両面で、スペインの方が危機再燃のきっかけにつながるリスクは高いというべきだ。この点が、イタリアの10年国債利回りがスペインより1%程度低い、という違いに表れているのではないか。今後、スペインの政治状態が一段と不安定化することにより、両者の利回り差は一段と拡大することになるのではないか。

ECB:金融監督一元化への取り組みとユーロ高

 次に、ECBを中心とした政策面のリスクはどうだろうか。

 2月7日に開催されたECBの政策理事会及びその後の記者会見は、市場安定化を受け長期流動性供給オペ(LTRO)の資金が銀行から返済され始めていることなど、比較的楽観的な内容だったと理解されている。しかし実際の質疑内容を見ると、信用供与は未だ十分に行われず、特に大企業と比較して中小企業の資金調達が困難であることなどが指摘された。そのため今後も必要に応じ市場に資金を供給する姿勢が継続されるだろう。景気見通しについては、来月発表されるECBスタッフの景気見通しが下方修正されるかどうかが注目されるが、政策金利も当面、現在の水準のまま据え置かれるのではないか。

 同時に、今回の記者会見では、ECB金融監督一元化への取り組みの様子を伺わせるいくつかの質疑があった。まずFinancial Times紙で「ECBが金融監督への対応のため、約2000人を雇い人員を倍増させる必要がある」と報道されたことについては、段階的(Step by step)に取り組むと述べるにとどめた。また、アイルランド政府による民間銀行清算の決定について、アイルランド政府及びアイルランド中銀の決定を認識したにすぎないと述べた。本件は、金融監督一元化の開始に伴い、開始前の不良債権の取り扱いをどうするかといういわゆる「レガシーアセット問題」が、現在でも各国の決定に委ねられ結論が出ていないことを示唆している面がある。ECBは本来の仕事である金融政策と比較して金融監督への取り組みには積極的ではないという見方もあり、先に述べたESMによる銀行への直接資金注入の問題と併せ、「ECBによる金融監督一元化への取り組みが遅れている」という認識が広がれば、新たなリスク要因となるだろう。

 最後に、ユーロ高について、記者会見直前となる2月5日、フランスのオランド大統領がECBへの要求という形は注意深く避けながら、ユーロの中期的な為替水準について目標を持ち達成しなければ、ユーロ圏各国の経済は破壊されると述べた。この点についてドラギ総裁は、為替水準はECBの政策目標ではないとしつつも、成長と価格安定にとって重要であるとして、来月発表予定の経済見通しについて言及した。この点についてうがった見方をすれば、現在の1ユーロ=1.3ドル台半ばという水準はやや行き過ぎ感があり、3月に発表がされるECBによる経済見通しが下方修正されることをきっかけに、ユーロ高は一旦調整される展開があり得るだろう。

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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


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