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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2013年7月10日 ECBの苦悩は続く―早期利下げ期待とポルトガル危機

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「フォワード・ガイダンス」で利下げ幅0.5%も視野に

 7月4日、欧州中銀(ECB)政策理事会が開催された。今回のポイントは、ドラギ総裁が記者会見冒頭のステートメントにおいて、ECB政策理事会が、政策金利は現状ないしそれより低い水準に、長期間にわたりとどまる(remain at present or lower levels for an extended period)と述べたことにある。さらに2点、注目すべき点がある。

 第1に、今回の発言でECBが初めて、フォワード・ガイダンスとよばれる金融政策の今後の方向性を明示したことだ。記者会見の席上でも、トリシェ前総裁の時代から「今後の政策決定について事前のコミットはしない」としてきた従来の姿勢を根本的に方向転換したことが強調された。同日、英中銀(BOE)も8月以降、フォワード・ガイダンスを導入し低金利を継続する姿勢を明らかにした。ECBとBOEが同じタイミングで、このような形で今後の金融政策の方向性を鮮明にしたことは偶然ではない。この背景には、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和を縮小する示唆を行ったことを契機に、欧州についても金融緩和姿勢が転換されるのではないかという期待が高まることを事前に払拭する狙いがある。また、従来からECBとBOEは、政策金利の変更時期などについて連絡を取り合ってきたと考えられている。今回についても、同じタイミングでアナウンスメントを行うことについて事前の調整があったと考えるべきだろう。

 第2に、今回の決定により、ECBの利下げに対する期待感が一段と高まった。今年5月に政策金利を0.25%引き下げた後も、ユーロ圏の景況感下振れを背景に利下げ期待が持続している。一方、ドラギ総裁もマイナス金利の導入について準備は整っていると発言している。このように考えると、焦点は今後いつ、どれだけ利下げを行うかに移ってきた。市場の期待を上回るサプライズを生み、利下げの効果を最大限とするためには、時期は夏休み明けの9月、利下げ幅は0.25%を念頭に置きつつも0.5%も視野に入ってきたというべきではないか。

財政規律、問題国ほど実効性欠く矛盾が露呈

 6月以来、ポルトガルの政治情勢が不安定化した。7月に入り主要閣僚が連続して辞任したことから連立政権崩壊への懸念が高まったが、現状では一旦落ち着きを見せている。ポルトガルやギリシャなど従来からの問題国への懸念が再び高まっている背景には、今年秋のドイツ総選挙を通過するまで、これらの国に対する新たな救済への取り組みについて合意は得られにくいため、懸念が生じやすいという事情があるだろう。

 さらに、EU各国の財政規律を維持するための現行制度としては、「ヨーロピアン・セメスター」と呼ばれる相互監視システムがある。セメスターとは半年間の意味であり、毎年1月から6月まで半年間かけ、EU各国が次年度の予算案を具体化する前の段階で、EU委員会などが各国の財政計画などを検討・評価するものである。ユーロ危機の反省に立ち、EUの各国に対する経済ガバナンスを強化するため、急遽具体化されたという経緯がある。2011年から毎年実施されており、今年は3年度目となる。毎年、半年間の検討を経て各国別の勧告が出されるが、ポルトガルにギリシャ、キプロス、アイルランドを加えた各国については、救済支援を受けた際にEU・IMF・ECBの三者(「トロイカ」と呼ばれる)との間で合意した「経済調整プログラム」が既に存在することから、重複を避けるため、同プログラムを着実に実行することを求める内容にとどまっている。

 今年5月にEU委員会から発表されたポルトガルに対する国別勧告案によれば、同国はトロイカと2011年5月に合意した「経済調整プログラム」を実行中だが、景気後退と失業の増加が進む中、さらなる財政赤字削減を求める内容となっている。このように現状、EUが各国の財政規律を維持する仕組みは、問題国になるほど実効性を欠くという矛盾を抱えている点に留意が必要だろう。

“三重苦”でユーロに下落圧力

 それでは、EU全体の今後に向けた制度構築の進展状況はどうか。6月のEU首脳会議における最大の成果は、EUの救済基金である欧州安定メカニズム(ESM)による各国の銀行に対する直接の資金注入が合意されたことにある。この点についてはドイツが、経営の悪化した銀行が救済を得やすくなりモラルの低下につながるとして反対しており、議論の難航が予想されていた。これにより、ユーロ圏の最大の懸念材料であるスペインの銀行セクターに対し、スペイン政府を経由せず直接的に救済を行うことが可能になる。先に述べた点と考え合わせると、仮にポルトガルなど小国の状況が今後悪化した場合でも、スペインのような大国に波及しユーロ危機が再び深刻化するリスクは低下する途が開かれることになるだろう。

 しかしその一方で、ESMによる銀行への直接資金注入が行われるためには、同時に銀行監督の一元化を中心とした制度整備が必要になる。現状、ECBによる銀行監督の一元化への取り組みは、具体化が進むにつれ、導入時期が当初予定されていた2014年初めから、同 年春、さらには年後半へと、徐々に後ろ倒しになりつつある。

 以上述べたユーロ圏景気の下振れ、問題国への懸念の再燃、制度構築への取り組みという「三重苦」に対し、市場の懸念が高まった場合、そのどれについても現状ではECBが利下げや資金供給・国債買い取りなどの緊急対応により対応せざるをえない。

 このように考えると、単に米欧金利差の拡大だけでなく、今後欧州側の悪材料が一段と多く明らかとなり市場に影響を与える展開になるだろう。ユーロドルでいえば、今春以降の下限となっている1ユーロ=1.28ドルを、秋にかけて割り込み下落する圧力が働きやすくなるだろう。

(2013年7月10日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

欧州債務危機は未だ予断を許さず、今後は緊急対応から中長期の制度構築に焦点が移っていくと考えています。本レポートでは、引き続き最近のグローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の新興国動向等を含むより広い視点から、的確な展望をご提供します。 (毎月1回 10日頃掲載予定)

※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。

(特任研究員 林秀毅)

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