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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2013年9月11日 ユーロ圏最大のリスクは何か―景気低迷・各国危機から制度改革の遅れへ

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ドイツ総選挙後の展開

 欧州情勢をめぐる最大の関心事は、「9月22日のドイツ総選挙後、何が変わるか」という点にあるだろう。筆者は8月下旬から9月上旬にかけ欧州を訪問し、現地の関係者と意見交換を行ったが、この点に関し大きな話題となったのは9月1日に行われたドイツのメルケル首相と野党シュタインブリュック前財務相のテレビ討論だった。これは、現状メルケル首相が優位に立っており、シュタインブリュック氏にとって、1時間半という長丁場の討論が巻き返しを図る最後の機会であると考えられたためである。議論は南欧各国の支援策、雇用や税制など国内政策まで広範に及んだ。現地では、議論の勝敗は「全体として互角」という見方が多かったが、この結果はメルケル首相が自らの優位を守り、シュタインブリュック氏はこれを攻め切れなかったことを意味している。

 メルケル首相が予想通り勝利した場合、欧州連合(EU)レベルの危機対応策に変化を与えることになるだろうか。焦点となっている南欧諸国のうち、ギリシャについては、いずれかの時点で第3次支援が必要となるため、ドイツ総選挙後には救済策が具体化するだろうという期待がある。また年央から主要閣僚が辞任するなど政権が不安定化していたポルトガルでは、8月末に同国の憲法裁判所が、公務員の解雇を1年間の経過期間後に可能にする法案に違憲判断を下した。そのため財政支出の削減と長期的な構造改革が困難になり、政権の不安定性をさらに強めるという懸念が高まった。

 しかし、現在の比較的落ち着いた市場環境のもとでは、メルケル首相が選挙後、南欧諸国の支援に積極的な姿勢にすぐに転じることは考えにくい。むしろギリシャに対しては、2014年末までを対象に構造調整プログラムを実施中であることから、財政規律の強化を一段と求めていくことになるだろう。同時に、仮にシュタインブリュック氏が勝利した場合、比較的政権基盤が弱い上、不用意な発言が問題となる可能性も高いため、本来の主張である親EU路線に基いて南欧諸国に対する救済策の強化を実行に移すことは困難となるのではないか。

シリア情勢の影響度

 さらに8月下旬以降、シリア情勢について、米国を中心とした軍事介入が急速に現実味を帯びてきたことが、EU各国間の亀裂につながっている。まず8月29日、従来イラク攻撃などで米国と共同歩調を取ってきた英国で、シリアへの軍事介入に関し政府の動議が議会によって否決された。この点はキャメロン首相最大の失敗とも言われ、同政権に打撃を与えた。同時に、米国は軍事介入に含みを残すフランスとの協調に期待をかけるようになった。ここで、ドイツはメルケル首相とシュタインブリュック氏は共に軍事介入に一貫して反対でありこの問題が国内的な争点になっていないため、フランスとドイツの間でこの問題について温度差が生じている。本来EUの中心となるべき「独仏枢軸関係」は、現在のオランド大統領とメルケル首相との間では円滑さを欠いている。シリア問題を契機に両者の間の距離がさらに広がれば、先に述べた南欧諸国の救済など、EUが協力して取り組むべき課題の進捗は、一段と困難なものとなる。その後、シリアに軍事介入せず化学兵器を国際管理するロシアの提案がなされたが、米議会及び国連安保理などで今後も議論が続く可能性は高い。シリア問題がEU主要国間の関係に与えるマイナスの影響は無視できないものとなるだろう。

「3つのリスク」とECBへの重圧

 ドイツ総選挙後の展開とシリア情勢の影響を以上のように考えた時、EUにとって今後懸念すべきリスクは何だろうか。本年7月の本レポート(*)では、ユーロ圏景気の下振れ、問題国への懸念の再燃、制度構築への取り組みという「三重苦」があり、そのどれについても懸念が高まった場合、ECBが対応せざるをえないと述べた。
*欧州経済・金融レポート「ECBの苦悩は続く―早期利下げ期待とポルトガル危機」(2013年7月)

 以下、この3点につき、9月5日のECB政策理事会後の記者会見においてどのような認識が示されているか、比較検討したい。

 第1に、ユーロ圏景気の下振れリスクについて、今回は政策金利を据え置きつつ、2013年の第2四半期実質GDPが前期比0.3%の伸びを示し、6四半期ぶりにプラスに転じたことを強調した。しかし同時に公表したECBによる最新の経済見通しを基に、2014年にかけては内需の伸びが鈍く需要全体の回復は緩やかなペースにとどまり、見通しには引き続き下振れリスクがある(continue to be on the downside risk)とした。これを受けECBは、今年7月に発表した「政策金利は現状ないしそれより低い水準に、長期間にわたりとどめる」とするフォワード・ガイダンスの有効性が改めて強調された。

 第2に、問題国への懸念の再燃リスクについて、ギリシャに対する構造調整プログラムの期限は2014年末であり、その後の対応について検討するにはいくらか時間があること、アイルランドは危機後の対応を順調に行っていることなどが指摘された。またスペインの銀行セクターについても、不良債権を引き受けるバッドバンク(SAREB)に一旦集約されその一部は既に売却されるなど、リストラクチャリングは順調に行われている。

 最後に、新たな制度構築への取り組みへ向けたスケジュールの進捗が問われている。今回、ECBは本年10月半ばまでに、ECBはユーロ圏の銀行資産の質に対する初の全体的なレビューを発表することに言及した。このレビューの内容により、2014年後半に予定されるECBによる単一の銀行監督(SSM)の成否がまず問われることになる。同時に、経営の悪化した銀行を整理する救済機関について、今回、ECBは各国政府が行うべきであると述べた。ECBは従来から、単一の銀行監督の開始と同時に銀行救済機関が整備されるべきとも述べており、今後、銀行救済機関の設立に向けた準備が順調に進むかどうかも焦点となるだろう。

 以上のように比較すると、今後ユーロ圏のリスクは、これまでのような景気低迷や各国の財政・金融への懸念から、ユーロ圏全体の制度改革が予定通り進捗するかどうかという点にシフトしてくるのではないか。

(2013年9月11日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

欧州債務危機は未だ予断を許さず、今後は緊急対応から中長期の制度構築に焦点が移っていくと考えています。本レポートでは、引き続き最近のグローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の新興国動向等を含むより広い視点から、的確な展望をご提供します。 (毎月1回 10日頃掲載予定)

※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。

(特任研究員 林秀毅)

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