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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2014年3月10日 ウクライナ情勢の行方―新たな危機に発展するか

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 ウクライナ情勢の混迷が続いている。同国では親欧州派の暫定政権が誕生したが、ロシアによるクリミア半島の実効支配を受け、国内の政治情勢は依然流動的だ。確かなことは、ロシアによるウクライナ東部への軍事進攻というシナリオは、欧州・米国だけでなく、事態の泥沼化につながるため、ロシア自身も内心では望んでいないであろうことだ。以下、ウクライナ国内、ロシア、欧米の動向について、今後の展開に向けたポイントについて検討したい(執筆は2014年3月10日時点の情報による)。

ポイント@ウクライナ国内:分裂状態はどのように収拾されるか

 まず、ウクライナ国内で現状に至る経緯を振り返る。2月下旬、親ロシア派のヤヌコビッチ前大統領が親欧州派の議会により解任され、ヤヌコビッチ氏はロシアに脱出した。その後、ヤヌコビッチ氏の豪華な邸宅などが公開され批判が高まった上、3月初めには暫定政権が誕生したが、同氏は自らの正統性を主張している。この点、かつてルーマニアで共産体制が崩壊し国内で処刑されたチャウシェスク氏などと異なり、ヤヌコビッチ氏が脱出に成功しロシアの保護を受けていることが、ロシアに介入の理由を与えウクライナ情勢を一段と不安定化させた面がある。

 それでは、今後の国内情勢についてはどう考えるべきか。良く言われるように、ウクライナは親ロシアである東部と親欧州の西部に、地理的・歴史的・文化的に分断されている。その意味では同国は従来から、親ロシア派と親欧州派のどちらが政治の実権を握っても、不安定な構造を抱えている。今後、5月25日に予定されている大統領選挙に向け、国内の二派をまとめることのできる指導者と体制が求められる。特に、現在の暫定政権の延長線上で親欧州政権が誕生した場合、クリミアの実効支配を通じロシアの影響力が強まっていることから、親ロシア派の政権への参加などが視野に入ってくる。その場合、政権を維持するための強い指導者が必要になる。またかつてのグルジアのようにロシアとの関係を悪化させ経済制裁など不利益を受けないための調整力も重要である。

 ここで注目されるのは、前首相のティモシェンコ氏である。同氏は親欧州派だが、ロシアともパイプを持つとされている。今回の大統領選挙には、病気治療のため不出馬を表明しているが、この点については「混乱期に表に出るのは得策ではない」と考えているためという見方があり、表舞台に出ない場合でも実質的な政権体制作りに一定の役割を果たす可能性があるだろう。

ポイントA ロシア:強硬姿勢と今後の着地点

 次に、ロシアはなぜ当初から「軍事介入も辞さない」という強硬姿勢を取ってきたのか。歴史的・軍事的にみたクリミア半島がロシアにとって非常に重要であることに加え、ロシアにとっての「国家の威信」を重視する見方がある。即ち、ロシアが国全体を挙げ、ソチ冬季オリンピックの成功へ向け努力したにもかかわらず、欧米諸国は人権問題などを理由に政府要人を派遣しなかっただけでなく、ロシアの隙を突くような形で、ウクライナの親ロシア派大統領が解任されたことに対するプーチン大統領の強い反発があった、という見方がある。

 それでは、今後のロシアの動向はどうか。まず3月16日に予定されるクリミア自治共和国の住民投票で、ロシアへの編入に至らず、ウクライナ国内で自治権を拡大することになっても、有権者の過半数がロシア系国民である以上、ロシアはいずれにせよクリミア自治共和国の実質的な支配を強めることになる。

 さらにこのクリミアを拠点にウクライナ東部への影響力を強めようとするだろう。この場合、東部への軍事介入は、国際的な批判を招くだけでなく、様々なコストを生むことになる。偶発的な事態の可能性は否定できない。しかし先に述べたように、ロシアの強硬な姿勢は、自らの強気な姿勢を欧州などに示し、事態を有利に運ぶことが目的であり、今後ロシアがクリミアとウクライナ東部における影響力を確立したと考えた時点で、事態の収束を図ろうとする姿勢に転じるのではないか。

ポイントB欧米主要国:ドイツの動向が今後焦点に

 以上をふまえ、欧米を中心とした主要国の動向が問題になる。

 まず、EUに関しては、既述のようにヤヌコビッチ前大統領が議会の親欧州派の反発を受け国外に脱出した直接の原因は、昨年秋、親ロ派の同氏がEUとの自由貿易の推進などを定めた「連合協定」の調印を見送ったことにあった。しかし同時にウクライナ国内では、従来EUからの経済支援が十分でなく、同国の経済発展につながらなかったという批判も聞かれる。

 今回のロシアの強硬な姿勢に対して、EU各国はロシアからのエネルギー供給への依存度が高く、強い制裁に踏み込みにくいという事情がある。米国もまた、政権基盤の弱まった大統領が打ち出せる制裁は限定的で小出しにならざるを得ないこと、そもそも米国が経済制裁を打ち出しても、米ロの経済関係はそれほど緊密でないため、ロシア経済への影響度は限定的という面もある。日本もまた北方領土問題を抱え、対ロシアでは米国との協調路線を維持することにさえ苦労している。

 こうした中で、今後焦点になると思われるのがドイツの動向だ。ドイツはEUの中でも特にロシアのエネルギーへの依存度が高い上、地政学的に中東欧の国を挟みロシアと対面している。EU・米国とロシアの関係についてこう着状態が続いた場合、プーチン大統領とのパイプを持つドイツのメルケル首相が、ウクライナにおけるロシアの実質的な影響力を認める形で、当面の着地点を探る展開が想定できる。現状、メルケル首相の発言や行動があまり目立たないことも、事態の推移を注視しながら水面下の交渉が行われていることを意味しているのではないか。

 以上のように、今年5月の大統領選挙にかけ、ウクライナの新たな政権体制が固まりロシアが事態の着地点を探る方向に方針転換するのと並行して、欧米を中心とした経済支援策などが進められれば、当面の危機的な事態は打開される道が開かれる。同国の政治的な不安定性は今後も続かざるをえないが、経常赤字を抱える「フラジャイル5」と呼ばれる新興国や、対立の軸はウクライナと異なるが国内に深刻な政治的対立を抱えるタイなどへの波及は何とか回避されるのではないか。リスクシナリオとして懸念すべきは、ウクライナに駐在するロシア軍などによる偶発的な事態ということになるだろう。

(2014年3月10日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

欧州債務危機は未だ予断を許さず、今後は緊急対応から中長期の制度構築に焦点が移っていくと考えています。本レポートでは、引き続き最近のグローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の新興国動向等を含むより広い視点から、的確な展望をご提供します。 (毎月1回 10日頃掲載予定)

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(特任研究員 林秀毅)

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