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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2015年1月13日 欧州最大のリスクは何か―3つの「機能不全」が欧州を襲う

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 年初、著名な政治アナリストのイアン・ブレマー氏は、2015年の10大リスク予想の第1位に欧州の政治を挙げた。折から、フランスではイスラム過激派による新聞社襲撃テロが発生した。一方、経済面では昨年12月のユーロ圏・CPI速報値が前年同月比マイナス0.2%に落ち込み、次回1月22日に開催されるECB政策理事会で量的緩和策が決定される可能性が一段と高まった。以下、今後の欧州リスクについて、欧州レベルの経済政策、主要国レベルの政策動向、危機再燃の可能性の3点から検討することにしたい。

欧州レベルの経済政策は効果薄い

 まず欧州レベルの経済政策について、政策を行う主体及び政策が効果を生む時期という2つの尺度から、下記のように分類して考えよう。



 政策を行う実質的な主体は、欧州中央銀行(ECB)と欧州委員会だ。ECBは独立したユーロ圏の中央銀行であり、最高機関である政策理事会において、自ら意思決定を行う。次回1月22日の政策理事会では、直近の成長率とインフレ率見通しを受け、量的緩和が決定される可能性が高い。一方、長期的な政策としては、ユーロ危機時の反省に立ち、ユーロ圏の銀行監督などの権限を段階的に集約する「銀行同盟」という制度変更が進行中だ。既に昨年11月、銀行同盟の中核部分であるECBによる単一の銀行監督がスタートした。さらに今年初には、銀行の破綻処理に関する単一のルールが施行された。しかし、以上のようなECBによる政策は、短期・長期共に、市場の期待に対して後追い的且つ段階的に進められているにすぎない。事前の予想を上回る内容を決定し、大きな政策効果を生む「ドラギ・マジック」を実現する余地は限られている。

 次に、欧州委員会はユンケル委員長に率いられ政策の立案と実行を行う機関だ。その政策は、各国の利害を代表する欧州閣僚理事会などとの議論を経て、最終的に各国の首脳から構成される欧州理事会(EU首脳会議)で決定される。昨年12月18日に行われた欧州理事会では、欧州委員会が提案した「域内投資計画」(いわゆる「ユンケル・プラン」)を2015年6月までに具体化することが決定された(昨年11月の本レポート参照)。この計画は、各国政府の保証などにより総額210億ユーロの「欧州戦略基金(EFSI)」を設立し、民間の資金協力を得て、総額3150億ユーロのインフラ投資などにより景気刺激を行おうとするものだ。しかし欧州現地では、210億ユーロの「元手」により民間から資金を呼び込むという約15倍の「レバレッジ効果」を期待するのは楽観的すぎるという見方が高まっている。一方、2020年に向け雇用の拡大などを目標とした欧州全体の成長戦略は、EUの研究開発戦略に基づいた総額800億ユーロの投資などに頼る状況になっている。

 以上のように、欧州レベルで進められている経済政策は、短期・長期ともに、当面の効果は薄いと言わざるをえない。

フランスの不安定化と英国のEU離脱問題

 それでは、欧州主要国の政策展開はどう変化しているか。

 ここで最も注目されるのは、フランス・オランド政権の動向である。イスラム系住民によるパリの連続テロは、フランス社会に大きな衝撃を与えた。但し、政策面にかぎっていえば、これまで雇用の増加など結果を出せずにいたオランド大統領にとって時間稼ぎになっている面がある。その衝撃のあまり、国民の関心がテロに集中しているだけでなく、フランス国民が大切にする表現の自由が脅かされたことに対し国民が結束しようという雰囲気が高まっているためである。反移民・反EUを掲げた極右のルペン氏の発言力が一段と高まっていることは事実だが、フランスでは大統領の権限が強く、次回大統領選は2017年だ。  

 フランス国内では、オランド大統領は経済通であり、賃金の柔軟性を高めるといった改革をそれなりに進めているという見方もある。テロ事件に国民の目が向いている今後数カ月の間に経済政策の結果を出せるかどうかが焦点になる。

 欧州の主要国で、もう一つの「台風の目」が英国だ。今年5月の総選挙に向け、反移民・反EUを掲げた野党が一段と力を伸ばしている。ここでキャメロン現政権が、人の自由な移動を原則とするEU内で、英国への移民流入を制限できるかという点が注目されている。英国にこのような特例を認めるかという点について、英国とEUの間で交渉が焦点になっている。キャメロン首相にとっては、将来脱退するかもしれないEUとの交渉が、自らの政権の先行きを左右するという皮肉な事態になっている。しかし特例が認められれば、5月の総選挙で現政権が有利となるだけでなく、英国がEU内に留まるという現実的な意見が国内で高まることになるだろう。

ギリシャのユーロ離脱とウクライナの債務危機

 年初、独シュピーゲル誌が、「メルケル首相はギリシャのユーロ圏離脱を喜んで受け入れる」と報道した。発言の意図はまず、1月25日に実施されるギリシャの総選挙で、反EUの姿勢を取る野党の勢力をけん制することにあるだろう。しかし同時に、メルケル首相の発言に一種の余裕が感じられるのはなぜだろうか。従来はギリシャの資金繰りが危機に陥るたびに救済の枠組みが議論され、メルケル首相は救済を進めるEUとこれに否定的なドイツ国民の板挟みになっていた。しかし現在は、欧州レベルで問題発生時の救済スキームが作られている。ギリシャのユーロ圏離脱が議論されているが、EUからの離脱までは議論されていないことに注意すべきだ。ギリシャの経済規模が非常に小さいことも考えあわせれば、仮にギリシャがユーロ圏を離脱する事態になっても、通貨危機の再来にはつながらないという自信がうかがえる。例えばデンマークのように、自国通貨とユーロとの間に一定のペッグ幅を設定することにより、市場の信認を維持することは十分可能という読みだろう。

 一方、欧州周辺国では、ウクライナの経済状態が一段と悪化している。国内の政治・経済が混乱した状態が続く中、財政収支と対外収支の双方で赤字を抱え、資金支援がなければ近々、債務不履行(デフォルト)に陥る可能性が高い。今月、EUはウクライナに対し10億ユーロの財政資金支援を表明したが、この金額は同国がデフォルト回避のために今年必要とされる金額の約7分の1にすぎない。

 さらに深刻な問題は、ウクライナを救済する担い手が依然としてはっきりしないことだ。ウクライナの現政権は欧州寄りだが、今回の資金支援が「小出し」だったことからもわかるように、欧州はウクライナ救済に本腰を入れるつもりはない。これは国の規模が大きく救済に負担が重いだけでなく、ロシアとの関係に悪影響を与えたくないためだ。欧州にとってベストのシナリオは、ウクライナが欧州とロシアの緩衝地帯となって、経済的にも政治的にも、欧州との間で適度な距離を保つことである。

 ロシアはウクライナを自国の影響下に置くことを望み強硬な態度を変えない一方、原油価格の下落により外貨準備の急減と景気悪化に苦しんでいる。この意味では、原油価格の大幅な下落が、ロシア経済を窮地に追い込み、ウクライナ情勢を一段と不透明化させている。このように、早い段階で救済の担い手が現れなければ、ウクライナは「IMF頼み」とならざるを得ず、南欧諸国などに波及し金融危機が再燃する懸念さえ浮上してくる。

 以上のように検討すると、現在の欧州を取り巻くリスク要因の中で、最も警戒すべきはウクライナ情勢だ。これはウクライナ情勢の混乱が一層深刻化することだけでなく、リスクが表面化した場合に解決の道筋が見えていない上、原油価格の下落といった市場要因ともリンクして短期間に市場の懸念が高まりやすいためだ。冒頭で述べたイアン・ブレマー氏は今年10大リスク予想の第2位にロシアを挙げている。まさに、欧州とロシアという二大リスクの間に位置するのがウクライナだ。

(2015年1月13日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州では、ユーロ危機を克服し、新たな制度構築を行う試みが現在も続けられています。本レポートでは、引き続き最近のグローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の新興国動向等を含むより広い視点から、的確な展望をご提供します。 (毎月1回 10日頃掲載予定)
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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