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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2015年5月8日 ピケティがみたユーロ危機 ―始まり・深刻化と処方箋―

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 今年初めに翻訳された『トマ・ピケティの新・資本論』(村井章子訳、日経BP社)は、ピケティが2007年から2014年までフランスの新聞に連載したコラムをまとめたものである。先ず2011年末までの掲載分にまとめと序文を付した上で、その後の部分が追加されている。

 同書の話題はフランスを中心とした世界の政治・経済情勢について広範に渡っているが、ここではユーロ危機に関連する論点に絞って取り上げることにしたい(以下、引用は用語使いも含め日本語版から)。

 それぞれのテーマについて掲載時の文章が加筆修正なく掲載されているため、時々刻々変化し深刻化するユーロ危機に対し、ピケティがほぼリアルタイムで、どのように考えてきたかを知ることができるだろう。

@危機の始まり:「ギリシャ人は怠け者ではない」

 先ずピケティは、ギリシャの財政債務問題が深刻化しつつあった2010年3月、ギリシャ人が生産する以上に消費する怠け者であったために財政危機が生まれたという論調に対して、二点から批判している。

 第一に、ギリシャは、他国がギリシャ国内で所有する資産が、ギリシャが対外的に所有する資産を常に上回るという「負の遺産」を抱えてきた。そのため他国に支払う利子や配当が差し引かれ、国内の生産に対し消費や貯蓄に回せる国民所得は常に少なくなるため、元々「ギリシャ国民が生産する以上に消費せずにいられる可能性はほとんどなかったのである」。

 第二に、前年秋にギリシャの財政収支の粉飾が明らかとなった後、金融市場が反応しギリシャの国債金利が急上昇したため、短期間で危機的な支払不能の状況に陥ったことである。

 以上の議論から、ピケティはこの時点で、おそらくはギリシャが自力で問題を解決することは不可能な状態にあると考えていた。そのため、ギリシャを倫理的に非難し国民に耐乏生活を強いるよりは、ユーロ共同債を実現し、ギリシャもドイツも含む欧州の納税者が負担を分かち合うべきであると主張した。実際にはそのような取り組みが実現しなかったことが、その後、事態の悪化を招いたといえるだろう。

A危機の深刻化:「なぜヨーロッパで債務危機が起きるのか」

 次に、2011年11月の時点で、ピケティは、欧州の公的債務の水準が米国や日本と比較すれば低いにもかかわらず、債務危機に陥っている理由として、欧州中央銀行(ECB)が、各国政府による後ろ盾を持たないため、市場を沈静化する役割を十分に果たすことができないことを挙げている。

 その上で、フランスとドイツを初めとする欧州の主要国が、公的債務の共同管理を行うための協定を結び、財政上の決定を単一の政治主体に委ねることを提言している。

 この頃から、ピケティの提案内容と現実とのかい離は、徐々に大きくなっていたようだ。実際には、ECBのドラギ総裁によって取られた市場の意表を突く新手・奇手によって、ひとまず危機が収拾された面は否定できない。

 しかし、欧州の各国首脳が互いに自国の利害を主張し、小幅の譲歩や妥協を重ねるやり方は打ち止めにすべき、という主張には、ユーロ危機が深刻化した過程を説明する上で説得力がある。

 また、「ドイツは、グローバル資本主義に立ち向かうには自国だけでは無力であることにとっくに気がついている」という主張については、これまではそのような展開にならなかったにせよ、ギリシャのデフォルトリスクが視野に入っている現在でも、留意しておくべきポイントだろう。

B危機への処方箋:「経済成長はヨーロッパを救うか」

 それでは、危機を解決するには、どうすればよいのだろうか。2013年9月、経済成長は欧州を救うかという問いに対して、ピケティは、欧州は技術革新によって環境を維持しながら成長しても、年率1〜1.5%の成長にとどまるだろうと述べている。

 さらに、資本収益率は一般的に年4〜5%であるとして、「資本収益率(r)が成長率(g)を上回る」という同氏の主張が、欧州についてもあてはまると述べている。

 それに対する処方箋も、国際協調の推進による累進性の国際資産課税など、グローバルな資本市場の動きを監視し抜け道を防ぐという同氏の一貫した主張に拠っている。

 但し、ただでさえ簡単でないこの処方箋の実現は、欧州では一層困難なものとなっている。欧州では税制の協調が未だ途上にあるためだ。例えば、本書の中で、アイルランドが12.5%という、周辺国と比較して低い法人税率を維持したまま、危機に直面した国内の銀行と企業を救済したことを「言語道断」と非難している。しかし結果的には、アイルランドは、ユーロ危機から最も早く立ち直った国となったのである。

 最後に、ピケティは、欧州に希望が持てる点として、(社会保障制度・環境政策などの)社会モデルと、欧州全体でみれば公的債務を大幅に上回る潤沢な個人資産を挙げ、これらを活かせれば欧州は経済成長よりも有効な手段を手にすることになると主張している。

 但し、この点について、ピケティは欧州レベルの政治的な機能不全が抜本的に見直されることが条件であると述べている。ユーロ危機の再燃とデフレ・低成長の慢性化が懸念される中で、ドイツを中心とした主要国の間で現状を打開する柔軟な姿勢への変化が視られるかどうかが、改めて注目されることになるだろう。


(2015年5月8日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州では、危機再燃への懸念が高まる一方、新たな制度構築を行う試みが求められています。本レポートでは、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、幅広い視点から的確な展望をご提供します。2015年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート2.0」としてお届けします(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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