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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2015年10月13日 新・旧の「ユーロ崩壊論」が意味するもの―日本国内の議論と今後の着眼点

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 現在、欧州域内では、ギリシャ救済決定後、同国の総選挙においてチプラス首相率いる与党が勝利し、救済の条件となった緊縮策を約束通り実行されるかどうかが懸念されている。

 一方、域外からは、シリアなど中東からの難民が大量に流入し、ドイツを中心とした各国が対応に追われている。欧州連合(EU)としては、経済面では域内の単一市場化を進めるためヒトの移動の自由を認め、政治面では人権保護を前面に押し出してきたことが、逆手に取られた格好だ。

 このように現在の欧州は「内憂外患」ともいえる状態にあり、目先の問題処理に追われ、今後に向けた制度構築の具体像はなかなか見えてこない。以下、こういう時期に欧州への悲観論が高まりやすい日本の論調について、やや長期的な視点から検討したい。

 欧州では90年代前半、国境を越えてヒト・モノ・カネが自由に移動する単一市場が誕生し、さらに単一通貨ユーロの具体化へと議論が進んだ。この段階で第一に、米国を中心にユーロに対して「欧州には、ある地域が不況に陥った時に他に労働力が移動したり、地域全体で財政資金が再配分されるといった機能が備わっておらず、単一通貨を導入するには無理がある」という批判が高まった。

 第二に、このような米国の理論的な土台もふまえ、欧州内でも英国を中心に「通貨を始めとする国家主権は、EUなどに譲り渡すべきではない」という声が高まった。元々、英国は自国にとって経済的な利益があるかぎり、欧州統合に前向きな姿勢を取ってきた(この考え方が現在の英国における「EU離脱論」につながっているといえる)。

 この時期、日本における欧州批判は、以上のような米英の考え方を強く受けていた。特に日本から見ると、ロンドンの金融市場との関係を通じ「欧州といえば英国・ロンドン」という発想に向かいがちであり、メディアについても英語が主であるため、英国からの情報に偏りがちという面があった。

 90年代前半、ロンドン駐在の日本人エコノミストが、欧州経済は分裂に向かいつつあるという「EU崩壊の構図」を示したのも、以上のような見方を色濃く反映していた。そこでは、東西統一後のドイツが「八方ふさがり」であることなど、欧州各国が有効な経済政策を打てない状況にあり、政治面でも欧州統合の推進力が失われたことが主張されていた。

 このような見方が2009年秋の第一次ギリシャ危機以降のユーロ危機を正しく「予測」していたといえるだろうか。政治学者などからは、現実にユーロが99年に誕生し、現在も主要通貨の一つとして存続している点をどう説明するのか、という指摘もなされている。

 一方、現在まで続くギリシャ危機再燃を契機としたユーロ崩壊論、あるいは一部の国のユーロ離脱の可能性に言及する論拠の一つは、そもそもこれまで、欧州統合について意思決定が行われる際の政策手法ないし思考パターンに問題があったのではないか、というものだ(注)。

 即ち、従来であれば、さまざまな経済状態や文化・言語を持った国々が、単一市場などの目標を掲げることにより、大きく調和し一つの市場に収斂していくことが期待されていた。政策面でも単一通貨ユーロを導入する際には、金融政策のみを一本化した場合、各国が行う財政政策に対しても規律を高める力が自然に働き、ゆくゆくは財政統合に向かうだろうという発想が、現地には根強かった。

 確かに従来、欧州の当事者に、ギリシャを含むユーロ加盟国の承認などの点で過度に楽観的な面があったことは否めない。しかし実際には、ユーロ導入で国債金利の低下などの形で大きなメリットを得た南欧諸国が、それにより生じた余裕を財政政策の規律を高めるという事態にはつながらなかった。

 言い換えれば、欧州統合で掲げられた議論を各国がしっかり守るという「性善説」が前提になっており、欧州の指導者からすれば、ギリシャのような国は「想定外の存在」だったということになるかもしれない。

 筆者は欧州統合を巡る議論が全て素晴らしいと考えている訳ではではない。しかし、ユーロやEUの崩壊という生じ得るコストを見越せば、こうした大きな制度変更が現実となる可能性は、現時点でも非常に低いと考えている。

 そうだとすれば、今後の欧州情勢を考える上では、欧州の指導者が、単なる経済政策や景気対策の見直しではなく、各国がルールを進んで守るような制度設計が欧州レベルで行なわれるかどうかという点が、着眼点となる。

 その意味では、ギリシャの債務削減問題は、従来の建前にこだわらず、今後に向けた柔軟な意思決定が可能になるかどうかという点で、重要な試金石になるのではないだろうか。

(注)たとえば、竹森俊平「逆流するグローバリズム-ギリシャ崩壊、揺らぐ世界秩序-」(2015年、PHP新書、p29-p38)

(2015年10月13日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州では、危機再燃への懸念が高まる一方、新たな制度構築を行う試みが求められています。本レポートでは、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、幅広い視点から的確な展望をご提供します。2015年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート2.0」としてお届けします(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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