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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2015年11月11日 12月、欧州中銀の政策はどう変わるか―残された選択肢と金融市場への影響度

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 10月22日に行われた欧州中銀(ECB)政策理事会後の記者会見で、ドラギ総裁は金融緩和の程度を12月の政策理事会で見直す必要があることに言及した。

 筆者はこの会見に先立ち、海外向けのメディアで「ECBは、次回12月に発表する経済見通しを改訂した上で、量的緩和を大幅に強化するだろう。それまでは、変更があっても、現状、少なくとも2016年9月までとされている量的緩和の期限を延長するなど、小幅に留まるはずだ」と述べた。記者会見の質疑でドラギ総裁は、今回の政策理事会で政策変更を実施すべきだとする意見が複数あったことを認めているが、やはり前提となる自らの経済見通しを改訂した後、政策変更を行うという手順を踏んだといえる。

 以下、今回のドラギ発言に至った経緯を振り返った上で、12月のECBによる政策変更の選択肢と市場への影響度を検討したい。

ユーロ圏景気の下振れ懸念と中央銀行の「連係プレー」

 ユーロ圏経済の現状を見れば、今年の実質成長率見込みは1%台半ばで緩やかに底打ちつつあるといえる。しかし今後は、中国をはじめとする新興国経済の減速が、米国の利上げが現実の視野に入る中、ユーロ圏にも悪影響を与えることが懸念されている。

 さらにフォルクスワーゲンのスキャンダルや、欧州への難民流入への影響についても、記者会見で質問が飛んだが、これらの点についてドラギ総裁は影響を評価するには時期尚早と答えており、今後に向けた下振れリスク要因として留意しておく必要がある。

 11月上旬に発表された欧州委員会の経済見通しは、本来は当局者によるものであるため楽観的な内容となる場合が多いが、今回の秋季見通しでは、2016年の実質成長率と消費者物価成長率(HICP)を共に引き下げた。ECBが次回12月に発表する経済見通しも、2016年について同様の下方修正を行うことは確実だ。

 一方、欧州現地では、こうした状況に対し、ECBの金融政策はもはや無力であり、HICPを2%近辺まで引き上げることは困難という見方がかねてから高まっていた。
今回のドラギ発言は、以上のような市場の失望感をあえて払しょくしようとするものだ。記者会見における質疑応答の中でもドラギ総裁は、ただ待って見ているよりも、作業を進め政策を評価することが今回の政策理事会の基本スタンスだったと述べている。

 この背景として、ECB政策理事会のスケジュールが約6週間に1回、米FOMCの前に開催されるようになったことが市場で注目されている。すなわち、ドラギ発言後、欧州発の追加緩和への期待感が世界的に高まり、株式市場などに好影響を与えたタイミングで米FOMCが開催され、いったん後退しかけていた12月の米利上げについて一歩踏み込んだ発言がなされた。

 さらにこの点がこう着状態にあった為替市場に影響を与え、ECB自身が12月に緩和策を実施した場合に、ユーロ安方向に働く可能性が強まった。ラグビーのパスさながら、中央銀行同士で互いの政策を実施しやすくする「連係プレー」が行われているといえる。

政策変更の選択肢:ドラギマジック再び?

 それでは実際に、12月3日、次回のECB政策理事会で何が決まるのか。現在話題となっている以下3つの選択肢について、ECBの意向及び市場による期待感の両面から検討したい。

@量的緩和の金額拡大

 今回の記者会見の質疑の中で、ドラギ総裁は、今後のダウンサイドリスクを前提にすれば、必要に応じ金融政策手段の規模・対象・設計デザインを修正するのは当然だとして、さまざまな政策変更の可能性を排除していない。

 しかし、量的緩和の購入額を現状の月600億ユーロから増額した場合に、購入対象となる国債が枯渇しないかという点が問題になる。この点についてドラギ総裁は、以上とは別の質問に対し、現状、購入対象が不足して困っているという状態にはなっていないとしながらも、今後は必要に応じ、量的緩和の設計デザイン自体を見直すことを示唆している。

 確かに、以上のように購入対象が十分にあるのかという懸念が市場に存在する中で、購入額の拡大を発表しても、その効果は一時的・限定的なものとならざるを得ないだろう。ECBが銀行に供給する資金の金額を増額した場合も同様の結果になるだろう。

A量的緩和の対象拡大

 それでは、量的緩和の対象を社債や株式に拡大する案はどうか。この点については、従来からドイツを中心とした強硬な反対論がある。さらに今回の質疑でドラギ総裁は、中央銀行への信認は、必要な手段を用いて自らの任務を達成する能力によって決まると述べている。この点からも、政策効果が不確実な新たな資産購入を実施する可能性は低いと市場も見ているのではないか。

B預金金利引き下げ

 次に、ECBへの預金金利を引き下げる案についてはどうか。この点についてドラギ総裁は、ゼロ金利の制約に囚われることはなく、今回の政策理事会では議論の対象になったと明確に述べ、マイナス金利の一段の引き下げを厭わない姿勢を示している。

 一方、これに影響を受けた欧州の債券市場では、ドイツ国債を中心にマイナス金利が広がっている。この点、マイナス金利により銀行貸出が増えるかという点について不明確なだけでなく、日本と異なりユーロ圏では、景気下振れ局面でこのような手段を採ると各国国債間の利回り格差拡大傾向が鮮明になるため市場の不確実性も高まりかねない点には留意が必要だ。

C量的緩和の期限延長

 最後に、現状、「少なくとも2016年9月」とされている量的緩和の期限延長については、従来から記者会見の話題になっており、一定期間の延長というだけでは、冒頭述べたように小幅の修正となりアナウンスメント効果は小さい。

 これに関し、今回の記者会見では量的緩和の無期限延長に関する質問があり、これに対しドラギ総裁は前提条件が変わり悪化すれば、それに対応する必要があると述べ、無期限延長の可能性を否定していない点が注目される。この点、市場の期待感には未だ十分に織り込まれていないと考えられる上、今後の情勢変化に柔軟に対応できるという意味で、市場に対しフリーハンドを握ることができるメリットも生じることになる。

結び:ユーロ安誘導という「暗黙の了解」

 以上の選択肢を、@ECBの取り組み可能性、A市場による実現への期待感、B以上二点を踏まえた政策効果(市場の期待感を上回った方が政策効果が大きいと想定)の各点から仮に示したのが以下の表だ。



 以上の検討から、筆者が現時点で考える政策変更内容は、「量的緩和の若干の金額拡大と小幅の預金金利引き下げを実施しつつ、量的緩和の無期限延長に踏み込む」というものだ。ここで重要なことは、ここでは、自らの決定による政策効果が大きいと見込めるかどうかという点が、ECBが政策を選択する場合の重要な判断材料になるはずだ。

 さらに政策効果の具体的な内容を考えた時に、最も重要視されるのが為替市場への影響度だ。今回の記者会見では、ドラギ総裁は質問に答える形で、為替市場の動向がインフレ動向に大きな影響を与えるとした上で、ここ数か月間、(1ユーロ=1.1ドル台前半という水準で)ユーロが堅調に推移していたという認識を示している。その上で、為替レートは、ECBの政策目標ではないという建前を述べつつも、ユーロ圏の成長と物価安定にとって非常に重要だと強調している。

 このようなユーロ安誘導が欧州におけるECBと市場の「暗黙の了解」であるとすれば、冒頭述べた年末にかけての米国の政策との差別化を鮮明にするという意味でも、ECBにとっては無期限の量的緩和が政策変更の柱になるのではないか。

(2015年11月11日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州では、危機再燃への懸念が高まる一方、新たな制度構築を行う試みが求められています。本レポートでは、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、幅広い視点から的確な展望をご提供します。2015年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート2.0」としてお届けします(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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