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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2016年1月12日 2016年・欧州の3大リスクは何か―難民・テロ対応、対外関係、市場動向―

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 2016年の世界経済は、波乱の幕開けを迎えた。欧州情勢もまた、一段と混迷の度合いを深めている。以下、欧州が抱えるリスクを大きく三点に分けて検討したい。議論のポイントとそれぞれに対応する関係者を示すと、以下の通りである。



難民・テロ対応にどう取り組むか

 やや唐突だが、欧州統合の歩みを説明する際、筆者はしばしば例え話として、正月に飾る鏡餅を持ち出す。

 下から積み重ねる餅のように、先ず各国間の関税同盟が創設され、それを前提に次の段階として、ヒト・モノ・カネの自由な移動を行う単一市場が形成された。

 さらに一番上には単一通貨ユーロを表す果物が乗っているが、これは財政政策という支えがないために不安定であり、下手をすると転がり落ちてしまう。

 この例えによって強調したいことは、欧州統合の進展の過程で、単一市場の形成により国境を越えた活動の自由度が高まった点については、欧州域内では誰もがメリットを感じていたということだ。この点、欧州統合の議論に懐疑的な英国でさえも同様だったといえる。

 しかし、昨年夏以降、欧州への大量の難民流入とパリ同時多発テロの発生によって、欧州内のヒトの自由を制限する機運が強まっている。欧州におけるヒトの自由な移動は、欧州統合全体を規定した条約とは別の「シェンゲン協定」によって定められている。

 「シェンゲン協定」には、欧州連合(EU)加盟国(但し英国・アイルランドは国境検査を残すなど限定的な参加に留まる)だけでなく、スイス・ノルウェーなど、EU非加盟国も加わっている。

 今後、国境管理の強化など「シェンゲン協定」の見直しが一時的に行われるにとどまるのか、それとも欧州統合の基盤ともいえる単一市場を見直す機運につながるのか。

 この点を考える上で先ず注目されるのはドイツの動向である。ドイツは過去の歴史への反省から自国の憲法の定めに基づき、大量の難民受け入れを行ってきた。その結果、メルケル首相の人気低下、受け入れを巡る国民の意見が分かれ現状は限界に達しつつある。しかし後述するように、ドイツは現在、急増する難民のEUへの受け入れを水際で何とか食い止め、EU内の秩序を維持しようと考えているようだ。

 一方、英国では先に述べたように、元々国境を越えた人の移動を制限しているうえ、国内では移民に対する厳しい世論が高まっていることが、EUからの脱退論の現実性を高めることにもつながりやすいだろう。

 以上のような欧州統合の基盤を揺るがしかねない変化と比較すれば、ユーロ危機対応をきっかけとして進められてきた制度の影響度は限られる。現在進められている「銀行同盟」の枠組みでは、2014年欧州中央銀行(ECB)による金融監督の一元化に続き、今年初めから銀行の破たん処理が一元化された。

 しかし、破たんの決定や損失の処理の方法については、個別事例の集積によりルールが明確になっていく面がある。また「銀行同盟」の内、残された課題である預金保険の一元化については、元々現行の各国制度のあり方にばらつきがある上、問題国の預金者を保護することは、モラルの低下につながるというドイツなどによる強い批判がある。

 一方、ギリシャの経済状態は昨年から目立って改善せず、今年も再び問題が表面化することになる可能性が強い。しかし、昨年同様、結局はEUとECBによる救済措置が取られ、問題が先送りされることになるだろう。

対外関係の変化―イアン・ブレマー氏の指摘

 次に、中近東におけるイスラム国(IS)の台頭は、EUの対外関係を大きく変えてしまった。

 世界的な政治アナリスト、イアン・ブレマー氏は2016年の世界の10大リスクの第2位に「閉ざされた欧州」を挙げ、今年、欧州の分裂が危機的な状況に達すると予測した上で、第1位には、「米国と欧州による同盟関係の空洞化」を挙げている。

 この点に関し、筆者は昨年4月、同氏が来日した際、折から英国がアジア投資インフラ銀行(AIIB)への参加を表明し他の欧州各国が追随したことが、環大西洋の同盟関係に悪影響を与えるのではないか、と質問したことがある。

 今回、ブレマー氏は、米国の単独行動主義と欧州の弱さを挙げ、そこから生じた空白により中近東などの不安定化が高まるとした。米国は秋の大統領選挙へ
向け内向きになる一方、欧州では主要国がそれぞれの思惑で以下のような対外関係を強化すると述べている。

 第一に経済面では、英国と中国との関係が強まる。昨年、AIIBへの参加表明を欧州内では最初に行い、その後も中国の原発を購入することで合意するなど関係を強め、今後は人民元国際化のハブとなることを狙っている。

 第二に、防衛面では、テロへの対抗を最優先するフランスが、ロシアとの関係を強める。シリアを支援しISを攻撃しており、利害が一致するためである。一方、欧州側からみると、ロシアとの関係強化は、ウクライナ問題に関しロシアに対する制裁をより柔軟に考えることにつながる。

 第三に、政治外交面では、ドイツが難民の受け入れ先としてトルコとの関係を強化する。ドイツはその代償として、トルコにEUとの関係強化と経済的な支援を約束する。

 以上がブレマー氏による欧州の対外関係に関する分析だ。

 先ず第一点については、欧州諸国が関係強化に強い関心を持つ中国との強い特別な関係を背景に、英国のEU内の発言力が高まる可能性があるだろう。

 しかし、トルコがロシアと現在、険悪な関係にあることを考慮すれば、欧州では、ウクライナとトルコという重要な周辺国の扱い、さらにはその背後に控えるロシアとの関係をどう考えるかという点を巡って、フランスとドイツの間に亀裂が生じることになるのではないか。

ユーロの反転上昇リスクとECBの金融政策

 最後に、世界の金融市場で不透明な情勢が深まると、現状でさえ停滞色の強い欧州経済に一段と悪影響を与えることになるだろう。

 ここで今後1年という期間で考えた時、第一に問題となるのは、ユーロの反転・上昇リスクだ。

 現在、ユーロドルは1ユーロ=1.08ドル台まで下落した水準にある。しかし、中国の景気減速が予想以上に長引く場合、あるいは米国の利上げペースが期待以上に遅くなった場合などに、ユーロに反転上昇圧力が高まる可能性がある。

 この局面では、これまでの本レポートで述べてきたように、先ずは「連係プレー」により、FRBから米国経済が順調に推移していることなどを強調する発言があるだろう。

 さらに、ECBは必要に応じ、昨年末の段階では温存した量的緩和策の金額拡大などの手段に出る可能性が高まるのではないか。

 同時に、欧州にとって困難な問題は、原油価格の反転上昇リスクだ。

 以上とは逆に、中国経済の減速懸念が落ち着きを見せた時などに、米国の次回利上げが現実の視野に入ってきた時などに、いずれかの時点で反転の可能性が高いことに留意すべきだろう。

 この場合、欧州・ユーロ圏の実体経済は改善しないまま、インフレ率は上昇し、量的緩和の継続に対しドイツなどから反対の声が強まると予想されるためだ。
しかし、この場合でもドラギ総裁は、これまで述べてきたような欧州が抱える不確実なリスクが依然大きいことを理由に、量的緩和策を継続することになるだろう。

(2016年1月12日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州では、危機再燃への懸念が高まる一方、新たな制度構築を行う試みが求められています。本レポートでは、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、幅広い視点から的確な展望をご提供します。2015年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート2.0」としてお届けします(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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