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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2016年3月11日 英国EU離脱問題をめぐる視点―現地エコノミストの問いかけ

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 10日夜、欧州中銀(ECB)の追加緩和策が発表された。今回は、事前のアナウンスにおいてドラギ総裁が「前回とは違う」と述べかなり高いハードルを設定したため、市場の失望を買う小出しの政策はそもそも取り得なかった。

 その意味で、今回、2018年までの経済見通しを前提に、預金のマイナス金利一段下げ(−0.3%→−0.4%)、緩和規模の増額(月600億ユーロ→800億ユーロ)、量的緩和の対象拡大(金融機関以外の社債を含む)が発表されたことは、ほぼ市場の想定の範囲内だったのではないか。

 同時にマイナス金利引き下げに打ち止め感を出し、量的緩和の期限延長に踏み込まなかったことから、市場安定化の効果は限定的だが、金融政策への懸念は、しばらくの間、落ち着きを取り戻すだろう。

 今後は当面、英国のEU離脱問題が、6月23日に行われる国民投票に向け、難民・移民の処理の問題とも関連しつつ、欧州の政治・経済両面の懸念材料として、一段と不透明感を強めていくことになるだろう。

 以下、英国のEUに対する基本姿勢、英国内における議論の現状、貿易・金融など対外面を含む今後の展望の三点について検討したい。

基本姿勢:英国とギリシャはどこが違うか

 従来から、英国はEUとの距離感を、自国の経済的なメリット・デメリットにより決めてきた。例えば1973年、欧州で単一市場の形成の動きが進むと当時の欧州共同体(EC)に加盟した。しかし1990年台、欧州の通貨協調に一旦参加し痛手を受けた後、ユーロに参加することはなかった。

 これは言いかえれば 、英国は利にさとく、欧州統合について政治的なしがらみにとらわれず、将来にわたる自国の利益についてメリットとデメリットを比較し、経済合理的な判断を行ってきたということを意味する。

 この点からみれば、国民投票の結果、英国の現政権がEU離脱を選択する場合にも、将来経済情勢が変化した場合にEUに復帰する道筋を残しておこうとするだろう。

 この点は、昨年初以来のギリシャの対応と比較すると明らかだ。この時期、ギリシャはEUからの支援を受ける際、財政支出を削減する条件に従わなかった上に、ユーロ圏ないしEUから離脱も望まないという矛盾した態度を取った。

 このような「瀬戸際戦術」が結果的に成功したのは、ギリシャの経済規模が小さく、EUとしては事を荒立てず先送りしたからにすぎない。

国内要因:スコットランド住民投票は参考になるか

 それでは、2014年秋のスコットランド独立をめぐる住民投票のように、投票が近付くにつれ、経済活動への悪影響の懸念が高まり、現実的な判断に収束していくのだろうか。

 現状、明らかにそうなっていない背景には、域内から流入する移民に対する福祉を制限するという問題に難民の流入が加わり、事態の悪化が続き、先が見えないという現実がある。

 キャメロン首相としては、EUからの離脱を一種の脅し材料としてEUから譲歩を引き出し、最終的にはEUへの残留に結び付けたかった。しかし以上のような情勢の悪化により、英国民が感じるEUに対するデメリットはむしろ深まっている。

 さらにこうした状況を政治的に利用するためEU離脱を支持するロンドン市長の動きなどもあり、英国の政府と産業界が経済面の懸念を強調しても、今回については現在の流れが投票前に変わる可能性は低い。

対外要因:貿易関係と金融市場のリスク

 しかしこのような展開が続いた場合、英国ではEUを脱退した場合に、どのようにして経済的なメリットを維持するかという議論が一段と高まるだろう。具体的には、どのように対EUを中心とした対外的な貿易の枠組みを再構築し、欧州金融市場の中心であるシティーのビジネスを守るか、という二点だ。

 この点に関し、英国人エコノミスト・ロジャー・ブートル氏による「欧州解体」(2015年,東洋経済新報社)は、先ず貿易面では、欧州の単一市場から一旦離れた場合について、北欧・スイス・トルコとEUの間の事例を参考にいくつかの選択肢を提示した上で、英国・EU間で自由貿易協定(FTA)を締結すべきとしている。

 しかし、関税をかけず製品が自由に移動するが、労働力は移動しないという取り決めは、欧州の現状を考えれば英国にとって虫の良すぎる提案であり、EUとの間で妥協が簡単に成立する可能性は低い。

 さらに、金融市場について同書は、EUから離脱すれば銀行の資本規制や幹部のボーナスへの制限がより自由になるメリットが生じるため、中国が国際金融取引の拠点とすること等を通じ、シティーが繁栄を続けることができるとしている。

 しかしここで、グローバルな資金が、将来の不透明感を理由に、比較的早い段階で英国外にシフトする可能性に注意が必要だ。言いかえれば、同書の主張通り、英国がEUを離脱しても、そのメリットがデメリットを上回るような状態を実現するためには、離脱前に以上のような筋書きを具体化し、金融市場を納得させておくことが必要だ。英国民がこの点まで視野に入れ、冒頭述べたような経済合理性をもった判断を行うかどうかが注目される。

(2016年3月11日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州では、危機再燃への懸念が高まる一方、新たな制度構築を行う試みが求められています。本レポートでは、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、幅広い視点から的確な展望をご提供します。2015年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート2.0」としてお届けします(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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