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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2016年6月13日 政治化する欧州中銀―量的緩和策は何を目指すのか―

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 6月2日、欧州中銀(ECB)の政策理事会は市場予想通り、政策金利を据え置いた。同時に、今年3月に発表した包括的な金融緩和策について、資産買入れ枠を従来の月600億ユーロから800億ユーロに増額、6月8日から社債買取りプログラム(CSPP)、22日からは銀行に対する長期資金供給(TLTROU)が開始される。そのため、当面はこれらの政策効果を見極めるという姿勢が示されたものだ。

 以下、ECBの政策姿勢について、英国・ギリシャリスクへの対応、ECBが量的緩和策を行う真の狙い、マイナス金利政策を可能にする市場環境という3つの視点から検討したい。

 そこで見えてくるのは、ECBの政策がこれまでになく政治的な性格を強めており、今後もこうした傾向が一層強まるだろうということだ。

英国のEU離脱とギリシャ救済への対応

 今回、ドラギ総裁による記者会見冒頭の導入スピーチは、今後のダウンサイドリスクとして、グローバルな経済情勢に次いで、英国のEU離脱についての国民投票を挙げた。

 さらに、その後の質疑では、ECBは英国の国民投票がどのような結果になろうとも用意はできているとして、金融市場が混乱した場合にも対処していく強い姿勢を示した。さらに英国とユーロ圏は互恵関係にあり、英国はEUにとどまるべきである、という一歩踏み込んだ発言を行った。

 以上と対照的だったのが、ギリシャ救済問題への姿勢だ。質疑の中でドラギ総裁は、ECBとして今回ギリシャ国債を再び買い入れ対象とするかどうかの決定は今回の政策理事会ではしておらず、次回になるだろうと述べ、結論を急いでいない考えを示した。

 ここに至るまで、ギリシャ政府の資金繰りが従来から逼迫し今後の国債償還が危ぶまれる中、5月24日にEU側(具体的には「ユーログループ」と呼ばれるユーロ圏財務相による会合)が追加融資を決定した。ECBは現在、ギリシャ国債を買い取り対象としていないが以上のような救済の流れを受け、特例的に買い取り対象とするのではないかという見方があった。

 ECBは、結論を急がない理由として、危機対応のために設立されたEUの常設機関であるESM(欧州安定メカニズム)がどのような決定を行うかを見極めるとしている。ECBがギリシャ危機再燃への懸念が高まった場合でも、当面は既存の制度により対処可能と考えていることを示している、と言えるだろう。

量的緩和策の真の狙いは何か

 次に、今回の質疑では、昨年、欧州委員会が「真の通貨同盟を目指す」という趣旨で発表したレポートについて現実的と思うか、という質問があった。これに対しドラギ総裁は、通貨同盟が不完全なものであればそれは脆弱なままであり、経済面だけでなく政治面のリスクに対しても傷つきやすい、と述べている。

 この点と関連し、欧州現地では、ECBの量的緩和策の目的は、インフレ率を引き上げ成長を加速させるのではなく、ユーロ圏金融市場の一体性とユーロの維持を図ることにあるという議論がある。

 ECBの量的緩和策が存在しなければ、各国の金利と資金調達コストの差が拡大し、ECBのTARGET2上に示される各国収支のバランスも一段とかい離してしまう。

 このような見方に立てば、ECBは、今後もかなりの長期間、量的緩和策を止めることはできない。それだけでなく、ECB自身が好むと好まざるとに関わらず、通貨同盟とユーロの存続という政治的な任務を負わされている、と言わざるを得ない。

 以上のように、ECBの政策姿勢は、一方では英国のEU離脱問題のような金融市場を大きく不安定化させる政治リスクに対処する必要があり、他方ではEU・ユーロ圏の制度構築の方向性が不透明な中で現在の制度を守る責務を負わされているという両面で、政治的な性格を一段と強めているといえるだろう。


量的緩和策を可能にする金融・市場環境

 それでは以上のように、ECBが量的緩和策をかなりの長期間続けるための条件は何か。

 この点について欧州現地では、内外の資金移動が活発な場合には、世界的に見た欧州国債に対する需給バランスが問題となるという見方がある。これによれば、ECBが6月から買い入れ額を増額し、従来、国外への資金流出や原油価格の低迷により外貨準備を減らしてきた中国や産油国の状況が好転しつつあることはプラス材料であるとしている。
 
 一方、内外の資金移動が不完全な場合には、量的緩和策を実行しても国内の投資・消費が喚起されずインフレ率上昇につながらなければ、将来、債券バブルがはじけるリスクを抱えることになるが、当面は量的緩和策を続けることになる。現在のユーロ圏と日本がこれに当てはまる。

 以上の点に加え、前者のグローバルな市場環境については、現在、米国の経済ファンダメンタルズに対する楽観的な見方が後退し、FRBの政策金利引き上げへの期待感が低下しており、この点が欧州への資金流入を容易にする可能性が高まっている。このような展開が進めば、欧州の長期金利は一段と低下傾向を強めることになる。

 同時に、後者のユーロ圏内の経済情勢については、今回、ECBから示されたスタッフ・マクロ経済見通しによれば、2016年の成長率・インフレ率見通しは今年3月に発表された前回見通しに対しわずかに上昇しているが、今後は2018年にかけ成長率はほぼ横ばい、インフレ率も小幅上昇にとどまっている。この点からも、ECBは今後もかなりの長期間にわたり、量的緩和を続けることになるだろう。

(2016年6月13日)



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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州は、連続テロ、難民の流入、英国のEU離脱問題など難問が山積し、統合のあり方そのものが問われる新たな段階に入っています。2016年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0」と改め、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の今後について的確な展望をご提供します(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」はこちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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