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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2016年11月9日 Brexitの着地点はどこにあるか―欧州現地からの提案―

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「強硬離脱」シナリオからの転機

 11月3日、英高等法院が「離脱の通告には英議会の承認が必要」とする判決を明らかにすると、英ポンドが上昇した。約1か月前に英国のメイ首相が、EUに対する離脱通告を来年3月末までに行うと表明した後、ポンドは下落していた。この変化をどう見ればよいだろうか。

 従来は、メイ首相が英国民の意向を反映し移民の流入を優先する結果、単一市場へのアクセスが失われるという「強硬離脱(ハード・ブレグジット)」への懸念が高まっていた。この点について一般に、今回、議会が関与することにより、単一市場との関係が維持されるという安心感が市場に広がったという見方がなされている。

 しかし同時に、今回の判決は、交渉当事者である英国政府・欧州連合(EU)双方にとって、今後の交渉を進める上で、むしろ好都合だったといえるのではないか。「移民の制限か、単一市場か」という二者択一で早期に議論を開始せざるを得ないという現状から、より時間をかけ妥協案を探っていこうという余地が生じたためである。

「移民流入の制限も、単一市場へのアクセスも」という打開策

 それでは、移民の流入も制限しながら、単一市場へのアクセスを維持することは可能だろうか。ここでは、ベルギー・ブリュッセルの有力シンクタンク・ブリューゲルによるContinental Partnership(大陸パートナーシップ、以下「CP」と略記)という提案(Europe after Brexit : A proposal for a continental partnership)を取り上げたい。

 この提案自体は、メイ首相が「離脱通告を来年3月末までに行う」と明らかにした10月2日以前の今年8月25日に発表されたものだ。しかし今回、強硬離脱から現実路線へ流れが変わってきたことから、改めて意味を持つようになったと考えるためである。

 この提案によれば、CPとは、以下の4つのポイントを含んだ枠組みである。
 (1)英国が単一市場へのアクセスに必要な共通政策に参加すること。
 (2)英国が、新たに構築されるCPの仕組みについて、各国間で合意される決定に参加すること。
 (3)英国が(これまで通り)EU予算に拠出すること。
 (4)英国はEUの共通外交政策・防衛政策について、EU意思決定には参加できない。

 以上の背景にある考え方は、「政治と経済の分離」ということだろう。即ち、欧州の単一市場ついて、ヒト・モノ・カネなどの移動の自由という理念を先に掲げると、労働者の移動の自由を保障しなくてはならない。これに対し、域内関税がないこと、最低限の共通規則や基準を実施することなど、単一市場が機能するために何が必要かという観点から検討しようという発想である。

現実の展開は今後どうなっていくか

 次に、このような提案の実現可能性はどうだろうか。

 第一に、この提案は、CP理事会(Council)という新たなEUの組織を作り、そこにEU加盟国と英国が参加し、現在の欧州レベルの意志決定機関であるEU閣僚理事会と併存することを想定している。しかしこれだけの大胆な制度改革について、EU主要国間でコンセンサスが得られることは考えにくい。

 第二に、仮にCP理事会が設立された場合、そこで英国を含む形で議論される内容が実質的にどの程度の影響力を持つかについては、その時々の政治情勢に左右されやすくなるだろう。

 強い影響力を持つようであれば既存の閣僚理事会との重複が問題となり、弱い影響力しか持たないようであれば、新たな組織は有名無実化することになる。
また英国によるEU予算への拠出など、負担の度合いによっては、EU加盟国から「単一市場のいいところ取り」であるという批判が蒸し返される可能性がある。

 第三に、同時に、この提案通りに進んだ場合に、EU加盟国と非EU加盟国で単一市場にアクセスできる国から構成される「2スピードの欧州化」が進むことにつながる。筆者自身は今後、徐々にこのような動きは進まざるを得ないと考えているが、現在、英国自身が離脱の決定を悔やんでいるとされる「リグレジット」の状態にあり、懸念された他のEU加盟国に離脱の機運が波及する動きがみられない中、離脱後の道筋を制度化することにより、「寝た子を起こす」ことになりかねない。

 以上のように考えると、この提案自体は「移民か、単一市場か」という二者択一だけが解決策ではないことを示した点に意義があるが、実際の制度設計がこの通りに進んでいくためにはいくつものハードルがあると考えるべきだろう。
実際にはこのような議論も参考にしながら、今年2月、英国の国民投票に先駆けて、英国に対し特例的に移民の流入に対する「緊急措置」として移民への社会保障給付の制限が認められたこと等を参考に、政治家レベルの協議(より具体的には、メイ首相とメルケル首相)が行われることになるのではないか。

FTA交渉などの難しさ

 最後に、英国が結局「強硬離脱」の路線を取ったケースについて検討したい。
この点について、上に述べた提案を行った執筆者の一人が、メイ首相の離脱通告の時期に関する発言後、10月6日にブリューゲルから意見として発表した‘Is Europe towards a hard Brexit?’というレポートが参考になるだろう。

 そこでは第一に、そもそも銀行免許のパスポート制度など、単一市場の重要な内容は、一国の主権を超えるものであり、共通の規制やルールが必要になる(=単一市場へのアクセスを望むならば主権に固執すべきではない)と述べている。

 第二に、英国が離脱後、EUと自由貿易協定(FTA)の交渉に入った場合でも、英国が得意とするサービスセクターは交渉から除外されるだろうことや、交渉開始から署名まで、紆余曲折を経て約7年かかったEUとカナダとの交渉の例を挙げ、交渉には多大な時間と労力が必要であることを指摘している。

 以上のように考えると、英国が再び「強硬離脱」のシナリオに戻ることは得策とは言えない。今回の英高等法院の判決を契機に、英国とEUはそれぞれ、個別交渉の着地点を模索することになるのではないか。

(2016年11月9日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
欧州は、連続テロ、難民の流入、英国のEU離脱問題など難問が山積し、統合のあり方そのものが問われる新たな段階に入っています。2016年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0」と改め、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の今後について的確な展望をご提供します(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※「欧州債務危機リポート」こちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)



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