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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2017年4月10日 ユーロ圏の財政・金融の協調―「シムズ理論」はあてはまるか―

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 3月中旬から下旬にかけて、欧州に出張する機会があった。欧州の政治動向について、3月15日のオランダ総選挙日には現地を回り、極右勢力の自由党が選挙戦の終盤で失速気味になっていたことを知った。その背景として、米国や英国と比較すれば、移民の流入や経済状態に対し国民の不満がそれほど強く蓄積されていないことがあったと感じた。

 フランス・パリでは、国民戦線(FN)のルペン氏が支持を維持する一方、中道派のマクロン氏が39歳という若さと巧みな弁舌で支持を伸ばしていた。この2人による決選投票になれば、新たなテロ事件などが起きない限り、新鮮なイメージを維持するマクロン氏が広く国民の支持を集め勝利するだろう。

 一方、ブラッセルでは、EU委員会の総本部に、欧州統合のスタート地点であるローマ条約調印から60周年となったことを祝う大きな垂れ幕が掲げられていた。3月初めには、ユンカー委員長から、EU改革案の選択肢が提示されていた。今後、加盟国が各国の状況に応じEUの政策を受け容れる「アラカルト方式」の可能性が高まっていくと思われる。

 ここで、特に各国間の考え方の違いが、最も顕著に表れるのは財政政策だ。さまざまな分野における各国の政策対応の違いが、最終的に財政支出に集約されるためだ。

 一方、日本国内では、2月初めに日本経済研究センターなどの主催によりシンポジウムが開催されたことを契機に、「シムズ理論」とも呼ばれる「物価水準の財政理論(FTPL)」が注目され、議論を呼んでいる。

 この理論は、ユーロ圏が従来から抱える問題である「財政政策と金融政策の協調」について何らかの示唆を与えるだろうか。以下、ユーロ圏における財政と金融の一体運営、財政政策の協調が抱える矛盾、中央銀行の独立性との関係の三つのポイントに分けて検討したい。

ポイント@:財政と金融の一体運営

 1999年のユーロ誕生の頃から、ユーロを巡る最大の問題は、財政政策を各国が所管したまま、金融政策を一つにしたことにあった。この点は主に米国の経済学者によって、当初から批判されていた。

 これに対し、EUは「財政と安定・成長協定」により、各国に一定の財政規律を義務付け、協定に違反した場合には厳しい処罰規定を設けているので問題ない、と反論してきた。しかし実際には、2000年代に入ると、主要国を含む加盟国の中に、景気の低迷によりこの協定を順守できないケースが発生した。そのため、処罰規定を厳格に適用する訳に行かなくなり、協定は骨抜きになった。

 同時に、金融政策についても、欧州中央銀行(ECB)による名目ベースで単一の政策金利は、アイルランド、ポルトガルなどインフレ率の高い国では、実質ベースで低金利(場合によっては実質マイナス)となる一方、拡張的な財政政策に十分な歯止めがかからなかった。この点が不動産バブルなどを招き、その後のユーロ危機の伏線となったと考えることもできるだろう。

 この頃、筆者は渡辺努氏(現東京大学教授)等により執筆された「新しい物価理論」(2004年、岩波書店)を知った。同書「通貨(原文では貨幣)は中央銀行の資産だけによって支えられているのではなく、中央銀行制度を設計運用する国の統治機構全体への信用によって支えられている」という主張に大変魅力を感じた。ECBを中心としたユーロ圏の中央銀行制度がこのような考えによって設計されるはずだ、という期待を抱いたためだ。

 しかしFTPLが想定する「財政と金融の一体運営」については、財政・金融双方の在り方を総合的な立場から判断を行った上で政策を実行できる主体が必要だ。

 この点、EU・ユーロ圏では、EU首脳会議、EU閣僚会合、ユーログループなどは、このような判断を行い得る立場にあるが、実際には加盟国の利害を調整する役割に留まっている。一方、EU委員会や欧州議会は、EU全体の利害に立って行動する建前になっているが、政策の提案や審査など、その権限は限られている。

 ユーロ誕生当初から、EU内でもマクロ経済政策の協調の必要性については認識されていたが、現在に至るまで、EU内で誰がこの点に責任を持ち進めていくのかという点について、あいまいなままと言わざるを得ない。

ポイントA:財政政策の協調が抱える矛盾

 次に、ユーロ圏の場合、財政政策について、各国間の協調のあり方をどのように行うか、という独自の問題がある。

 欧州現地のエコノミストによれば、財政政策は本来、各国独自のショックに対応するために割り振られる一方、ユーロ圏の金融政策はユーロ圏全体のショックに対応する。

 過去に一時期、財政政策について各国間の協調が機能した期間があった。具体的には、2008年から2012年にかけて、リーマンショックに始まりユーロ危機が深刻化した時期である。金利の低下余地が狭まることなどにより、金融政策の実効性が失われ、財政政策がユーロ圏全体のショックへの対応を引き受けることになった。

 しかしこのような財政の協調は、例えばある国にとっては拡張的、ある国にとっては緊縮的に働いた(フランスは前者、イタリアは後者である)。

 さらに、ギリシャなどで財政規律が緩んだことがユーロ危機につながったという反省から、その後、有名無実化した協定を改め、各国の財政計画を相互監視するなど制度が強化された。しかし、このような制度は、各国の財政支出に歯止めを掛けやすいという意味で、各国の景気に対し緊縮方向にバイアスがかかりやすい面がある。

 以上のように考えると、FTPLによってデフレを解消し消費を押し上げるために必要となる「政府が財政支出の拡大を続けるが将来の増税はしないとコミットし、人々からこの点について信認を得る」という前提条件は、(一国のみの場合でも容易ではないが)以上のような問題を抱えるユーロ圏各国では、至難の業ではないか。

ポイントB:「中央銀行の独立性」との関係

 最後に、以上のような「財政と金融の一体運営」と、政策論としての「中央銀行の独立性」は別のレベルの問題であり、矛盾しないとされている。前掲書によれば、本来、政府と中央銀行は一体となって通貨価値の維持についてコミットメントすべきだが、その目的を達成するための政策論として、中央銀行の独立性が位置付けられているためだ。

 しかし、ユーロ圏の現状では、デフレからの脱却について市場からの信認を維持しているのは、ECBによる金融政策のみと言ってよい。言い換えると、財政と金融の一体運営による通貨価値の維持という前提条件がないままに、本来は独立性が高いはずのECBの政策に、デフレ脱却への負担がかかっている。ECB政策理事会後の記者会見では、ドラギ総裁による導入スピーチの最後に、毎回必ず、構造改革と適切な財政政策を求める一節が付け加えられている。

 2004年に出版された「新しい物価理論」は、それまで放漫財政による高インフレに悩む新興国などを念頭に置いた「財政と金融の一体運営」の理論であるFTPLを、(単なる財政支出を増やすための便宜的なツールではなく)デフレ脱却の理論として再構成した点に意義があった。

 そのため、インフレ率が上昇基調にあると言っても依然ECBが量的緩和を続けているユーロ圏にとっても、本来意味があるはずだ。

 確かに以上述べてきた三点について、ユーロ圏はFTPLが想定している条件を満たしているとは言いがたい。しかし、それだけに、「財政と金融の一体運営」を重視するFTPLの発想は今後制度設計の見直しが進められる際にも生かされるべきだろう。

(2017年4月10日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
2017年は、欧州各国で選挙が相次ぐ「政治の年」です。一方、年後半にかけてECBの金融政策の変更への期待が一段と高まると考えられます。 本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※本コラムのバックナンバーはサイト右上から、「欧州債務危機リポート」(13年3月まで)こちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)



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