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岩田一政の万理一空

2017年6月12日 ドイツ開催の「G20」とベルリンでの「グローバル・ソリューション会議」

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日本経済研究センター理事長 岩田一政

「グローバル・ソリューション」会議

 ベルリンで開催された「グローバル・ソリューション:シンク20サミット」(5月29、30日開催)にパネリストとして参加した。

 この会議はドイツで開催予定の20カ国・地域(G20)首脳会議へ向けて、シンクタンクが中心となって知的な貢献をすることを目指したもので、世界100カ国以上から1000人以上が参加した(開催者情報)。

 ちなみに、ドイツではこの「シンク20」のほかに「ビジネス20」の会議も踏まえて、G20のブレイン・ストーミングを行っているようである。

 G20関連の会議でノーベル経済学賞受賞者が4人もそろって参加するのは珍しい。日本からのパネリストは私一人であった。

「強靭性と包摂的成長」政策ノート

 昨年末に経済協力開発機構(OECD)事務局から、ドイツで開催されるG20向けの「政策ノート」を準備するのを手伝って欲しいとの要請があった。私のほかにピータ−ソン国際経済研究所主任エコノミストのニコラス・バーノン氏ら4名が、クリスチャン・カストロプOECD政策研究局長が準備した素案にコメントする形で「政策ノート」は作成された。

 会議は、グローバル・ソリューション事務局に20程寄せられた「政策ノート」を中心にパネル討論が行われる仕組みであった。

 我々の「政策ノート」(※外部リンク)は、「強靭性と包摂的成長」と題するものであった。日本政府がOECD加盟50周年に当たってOECD閣僚理事会で強調した「大きなショックからの素早い回復」を意味する「強靭性」をいかに高めるのか、また同時に経済・社会的な格差の拡大にどのように対応すべきかを論じたものである。

フェルプス教授の基調スピーチ

 我々のパネル討論では、まずエドモンド・フェルプス教授(米コロンビア大学資本主義と社会センター所長)が基調スピーチを行った。

 フェルプス教授は、最適な成長理論(おとぎばなしのような語り口で「黄金律経済」を論じたアメリカン・エコノミック・レビュー論文で著名)とインフレを加速しない失業率とインフレ理論でノーベル賞を受賞した。

 最近は1970年代以降の米経済・社会の衰退に関心が深く、最近の著書『マス・フラリッシング」(2013年、プリンストン大学出版)でも、米国の再生および人々の生活満足度は、草の根の民主主義と草の根の起業によって実現されると論じている。他方、欧州のコーポラティズムや社会主義は米国を衰微させるものであることをアリストテレスの「善い生活」、「善い経済」、「社会的な善」など哲学、倫理に立ち戻って考察している。

 フェルプス教授の基調スピーチについて、私は長期停滞に悩む先進国経済への一つの処方箋を示していると受け取ったが、パネリスト限定の最後の夕食会でドイツのジャーナリストは「まるで異なる惑星から来た人の話のようだった」と私にその感想を語ってくれた。フェルプス教授の方は、最近の著書がスペイン語にも翻訳されると意気盛んであった。

日本の経験を踏まえた2つのメッセージ

 私からは、日本における3段階の成長戦略((1)環太平洋経済連携協定(TPP)とコーポレート・ガバナンス改革(2)人口減少阻止とジェンダー・ギャップ解消(3)働き方と教育改革)を簡単に紹介し、強靭性を高めるには経済、社会、政治の組織の質を高めることが重要であると述べた。

 また、グローバル化とデジタリゼーションが進展する下で、教育改革(こども保険や所得依存型奨学金、社会人教育)が「包摂的成長」にとって必要不可欠であることを強調した。

 TPPについて、日本は米国が撤退してもTPPマイナス1で米国が戻ることを期待していると述べたところ、会場からは失笑が漏れた。主要7カ国(G7)で、貿易と気候変動を巡り、米国と欧州の間で厳しい議論が行われたことがすでに報道されていたからであろう。

 また、行き過ぎた債務の累積は、金融の強靭性を弱めるので望ましくないこと、とりわけ、中国の企業部門の債務・名目GDP比率が日本のバブル期のそれを上回っていることを指摘し、中国の「市場経済への移行」を促進することにより、コーポレート・ガバナンスを強化すべきだと述べた。

 中国では国営銀行が国営企業に過度の信用供与を行っており、その歯止めがどうしても必要だからだ。

 先進国についても、不動産を担保とする「プロパティ・ファイナンス」に依存する銀行のビジネス・モデルは、ビッグデータを活用した人的資本育成志向型モデルに転換することが望ましいと述べた。

 パネル討論後に、女性の活躍のための世界大会を組織している会長が、安倍総理と会ったこと、また、最近の日本での大会の様子などを語ってくれた。また、世界銀行に勤める中国人女性からは、中国を「市場経済」にするためには何をすべきか質問を受けた。

カーボンプライシングの促進

 今回の会議のハイライトは、何といっても「気候変動」を巡るノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授(コロンビア大学)とニコラス・スターン教授(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の対話であった。この対話では、スターン教授が事実上の主役であり、「カーボン・プライシング・リーダーシップ・コアリション」(世界銀行の下部組織であり、2人の学者ともそのメンバー)が5月29日にシンク20の会場で公表した報告書に基づいて、2020年までに地球温暖化ガス排出量1トン当たり40−80ドルの炭素税、30年までに50−100ドルの炭素税を早期に設定すべきだと熱をこめて語った。

 2人の討論には、パリ協定の離脱を表明したトランプ米大統領など最初から問題にしない勢いがあった。ドイツで開催されたこともあるであろうが、会場参加者も熱烈な賛意を表明していた。

トランプ大統領の政策に対する反応

 トランプ大統領の政策に関する会場での反応の一つは、保護主義に関連するパネルで世界貿易機関(WTO)の前事務局長パスカル・ラミー氏が、米国には社会政策がなく、また社会的連帯といった観念が存在しないので、トランプ大統領のような保護貿易主義の考えがでてくるのだと述べていた。フェルプス教授の処方箋とは正反対の論陣を張った訳だ。

 トランプ大統領に対する批判が最高潮に達したのは、最後のジェフリー・サックス教授(米コロンビア大学)の締めのスピーチだった。

 100年前に第一次世界大戦が終了したが、それからほぼ10年ごとにエポック・メイキングな出来事があり(1937年のナチの台頭など)、2017年もそうした歴史的な年になることを述べた後で、「トランプ大統領は世界を危険に陥れる人だ」と述べて満場の喝采をあびた。隣に座っていたノーベル賞受賞者のジョージ・アカロフ教授(米カリフォルニア大学)も私の肘をつついて立ち上がるよう促した程だった。

会議に参加しての感想

 「グローバル・ソリューション」会議は、ドイツの2つのシンクタンク(キール世界経済研究所とドイツ経済発展研究所)が組織したものである。日本でも同様の会議が開催可能かと考えるとだいぶ距離がありそうである。

 また、この会議にはG20のシェルパ(首脳の個人代表)も参加していた。ドイツと次々回開催予定のアルゼンチンのシェルパとの対話も準備されており、シェルパにも会議のメッセージがよく伝わるように仕組まれていた。

 私は、2003年(メキシコのモレリア)と2004年(ドイツのベルリン)のG20に日本銀行の副総裁として参加したことがある。その時は、まだ、首脳会議はなく、財務大臣や中央銀行総裁のレベルの会議ではなかった。メキシコでの会議と比べるとベルリンでの会議は、事前の文書の質、論点の整理は極めてよくできていてコメントの余地がない程であった。今回ベルリンのシンク20に参加しての感想は、ドイツの政府、民間によるG20対応が完璧に近いものだということである。

(2017年6月12日)


(日本経済研究センター 理事長)

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