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2017年2月10日 トランプ政権とイラン核合意の行方

 米国のトランプ新大統領は就任早々、米A.T.クロス社製のペンで署名した大統領令を連発している。「入国禁止令」に対し、西アジアの大国イランは弾道ミサイルの発射実験で一矢報いるけん制に出た。トランプ政権はすぐさま新たな対イラン経済制裁を発動するなど、両国の緊張関係は一気にエスカレートしつつある。イランは2015年7月、自らの核開発を制限する米欧との「核合意」を結び、その見返りに米欧は対イラン経済制裁の解除に動いた経緯がある。イランに強硬な構えのトランプ政権は本気で核合意をひっくり返そうとしているのだろうか。資源大国でもあるイランの動向は中東情勢を左右し、ひいては日本経済にも大きな影響を及ぼす。

入国禁止令、国際社会からも批判

 医療保険制度改革法(オバマケア)撤廃、環太平洋経済連携協定(TPP)離脱、メキシコ国境に「壁」建設、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討への新戦略……。

 「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領は1月20日の政権発足以降、連日のように大統領令に署名している。

 大統領令は大統領権限の範囲内で、連邦政府機関や軍に出す命令。法律と同等の法的拘束力を持つとはいえ、実施に必要な予算措置や法改正などの権限は議会が握っているため、必ずしもすぐに執行できるとは限らない。トランプ大統領がサインひとつで済む大統領令を矢継ぎ早に出しているのは、公約を実行に移す姿勢を国民にアピールしたいという政治的思惑もあるのだろう。

 世界中に波紋を広げ、内外から様々な批判を招いたのが1月27日の入国禁止令である。テロ対策と称して、イスラム教徒が多数を占めるイラン、イラク、シリア、イエメン、リビア、ソマリア、スーダンの中東・アフリカ7カ国の市民の米国への入国を90日間停止することなどを大統領令に盛り込んだ。

 米国内では入国禁止の大統領令の一時差し止めの是非をめぐって法廷闘争に発展しているが、諸外国の中で最も敏感に反応したのがイランだ。米国とイランは互いに挑発し合うような応酬を続けている。

 ▼1月28日=イラン外務省、大統領令に対し「イスラム世界に対する疑う余地のない侮辱だ」と批判、報復措置としてイランに渡航する米国市民の入国禁止を検討
 ▼同29日=イラン、中距離弾道ミサイルの発射実験を実施
 ▼2月1日=フリン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、ミサイル発射実験に対し「イランに正式に警告する」と表明
 ▼同3日=米財務省、イランのミサイル開発やテロ支援に関与した25の個人・団体に追加経済制裁を科すと発表。一方、イラン外務省は同日、報復措置を取ると発表
 ▼同4日=マティス米国防長官、東京での稲田朋美防衛相との共同記者会見でイランについて「世界で最大のテロ支援国家だ」と批判。一方、イラン革命防衛隊は同日、ミサイル発射実験を含む軍事演習を開始したと発表
 ▼同5日=トランプ米大統領、同日放送のFOXニュースのインタビュー(3日に収録)でイランを「ナンバーワンのテロリスト国家」と非難し、核合意を「最悪」と言明
 ▼同7日=イランの最高指導者ハメネイ師、首都テヘランでの演説でトランプ大統領について「新参者」と評し、「米国の政治、経済、道徳、社会的な腐敗が証明され、彼は米国の真の表情を示した。感謝する」と皮肉交じりに批判

 米国とイランとの関係は当面、波乱含みで推移しそうだ。焦点は核合意の扱いである。トランプ大統領は選挙期間中から「最悪の取引」と批判、破棄する意向さえ示していた。トランプ政権のフリン大統領補佐官、マティス国防長官は対イラン強硬派。「狂犬」の異名をとるマティス氏は海兵隊の出身で、湾岸戦争をはじめアフガニスタン侵攻、イラク戦争で指揮し、中東地域を担当する中央軍司令官を務めた筋金入りの中東の専門家だけに、イランにも一段と厳しい姿勢で臨む公算が大きい。

 しかし、核合意は多国間で結んだ合意であり、国連も承認しているため、直ちに反故にはできない。秘密裏に進めていた核開発計画が発覚したイランと、国連安全保障理事会常任理事国(米国、英国、フランス、ロシア、中国)とドイツの6カ国は2015年7月14日、イランの核開発を制限する最終合意に達した。これがオバマ米大統領(当時)の「歴史的決断」ともいわれる核合意である。

 国際原子力機関(IAEA)が合意の履行を確認したのを受けて、米欧は2016年1月16日、対イラン経済制裁を解除した。米国は独自の一部制裁を維持したものの、イランは原油や天然ガスを以前より輸出しやすくなり、外国企業との取引も容易になった。実際、米ボーイング社は2016年12月、イラン航空に旅客機80機を売却する契約を結んだ。契約額166億ドル(約1兆9千億円)は1979年のイラン革命後、米企業では最大規模。ボーイング社は「米国で10万人近い雇用を支える」と発表した。

 イランのロウハニ大統領は2月7日、国営テレビで生中継された演説で、核合意を「最悪」と主張するトランプ大統領に対し「核合意は双方に利益のある『ウィンウィン』の合意だ」と強調した。

 イランでは革命記念日に当たる2月10日、テヘランの在イラン日本大使館近くのイマーム・ホメイニ広場からアザディ広場までの地域で、大規模な行進と集会が開催される予定。今年の革命記念日の行事はトランプ政権をけん制する極めて反米色の強いものになろう。

核合意の維持こそ中東と日米欧の利益

 2月9日昼、東京・南麻布のイラン大使公邸で、第38回革命記念日レセプションが開かれた。冷たい雨にもかかわらず、会場の公邸はテントを張った中庭まで政官界の要人や日本企業関係者、学者、各国の外交官ら数百人の招待客で埋まった。

 イラン国歌、君が代が流れた後、英語で挨拶したレザ・ナザルアハリ駐日大使は核合意について「国際社会への新たな地平を拓いた」と評価、日本との関係強化を訴えて「ありがとうございます」と日本語で締めくくった。トランプ大統領の話題には一切触れず、あえて米国と事を構えない冷静なスピーチだった。

 大使が挨拶した壇上の左右にはお祝いの花環が4基並んだ。向かって左から丸紅、住友商事、三菱商事、日揮から贈られたもので、プレートの社名と代表者は英字表記。イランへの制裁解除から1年余……。日本企業がイランとのビジネス拡大に期待していることを映すような光景だった。

 9日のレセプションでは、萩生田光一官房副長官も来賓として挨拶した。ペルシャ(現イラン)の幻の陶磁器「ラスター彩」の復元が縁となって「東海イラン友好協会」が昨年発足したことを紹介するなど、安倍内閣としてもイランとの関係強化を推進することを明言した。

 金属的な輝きが特徴のラスター彩は12世紀後半から13世紀半ばにかけてペルシャで隆盛を極めたが、16世紀以降途絶えた。岐阜県多治見市の陶芸家で人間国宝だった故加藤卓男氏が技法復元に成功、長男の七代加藤幸兵衛氏(71)が引き継いだ。幸兵衛氏は2013年7月、イランの国立考古博物館(テヘラン市)で「里帰り展」を開くなど、精力的にイランとの交流に努めてきた。

 幸兵衛氏は2016年6月、イランから大学教授などを兼ねる著名な陶芸家2人を多治見の窯に受け入れ、ラスター彩の技法を伝授、3人でそれぞれ陶壁を制作し、9月に岐阜県可児市内の公園で除幕式をした。除幕式にはナザルアハリ大使が「3つのラスター彩陶壁は、イランと日本との友好の象徴」とのメッセージを寄せたほか、多治見の服飾専門学校「アンファッションカレッジ」(安藤貴久子校長)の生徒たちがファッションショーを開いた。イランからの陶芸家が滞在中の昨年7月、幸兵衛氏らの尽力で「東海イラン友好協会」(会長、神田真秋・前愛知県知事)が設立されたのである。

 今年1月18日には東京のイラン大使館と大使公邸で、「東海イラン友好協会」レセプションが開催された。来賓として挨拶した元外相の高村正彦自民党副総裁(日本・イラン友好議員連盟会長)は核合意の重要性を指摘、日本としても後押ししていく考えを示した。日本とイランは2016年2月に投資協定を結ぶなど両国の交流がここにきて加速しているのも、核合意が契機となったのは明らかだ。

 イランは国土面積で日本の約4.4倍、人口は約8000万人。埋蔵量ベースで原油が世界4位、天然ガスは世界1位とエネルギー大国でもある。日本との交流の歴史は1500年以上に及ぶ。奈良の正倉院にある「白瑠璃碗」はササン朝ペルシャ(西暦224〜651年)で制作され、シルクロードを通じて運ばれたという。最近公開された映画「海賊とよばれた男」に出てくる一幕は1953年の日章丸事件がモデルになっている。イランが石油国有化を宣言した後、出光興産が極秘裏に自前のタンカーで石油を輸入、国際問題になった事件だが、両国の関係の深さを物語る。

 現在のイランの内政事情は複雑だ。今年1月8日、米国との融和も模索した保守穏健派の重鎮、ラフサンジャニ元大統領が死去、核合意を主導したロウハニ大統領は後ろ盾を失った。米国を敵視する保守強硬派は核合意に批判的。トランプ政権がイランへの圧力を強めれば、5月の大統領選で再選を目指すロウハニ氏にとって逆風になるばかりか、強硬派が勢いづき、核兵器開発再開へと暴走しかねない。 

 中東で覇権を争うイスラム教シーア派の大国イランとスンニ派の盟主を自任するサウジアラビアは断交中だが、仮に核合意が崩壊すれば対立は一段と深まる。イスラエルでは対イラン主戦論が高まることも予想され、中東情勢はさらに不安定になる。とてもシリア内戦の収拾やIS掃討どころではなくなる。現時点では、核合意の維持こそ中東だけでなく、日米欧など国際社会にとって死活的な意味を持つ。

 日本はイランと伝統的に良好な関係にある。安倍政権はイランに核合意の厳格な履行と対外行動の自制を促すべきである。同時に、トランプ政権に対しても核合意の重要性や入国禁止令の問題点を同盟国として説く必要がある。

 安倍晋三首相は2月10日(日本時間11日未明)、ワシントンでトランプ大統領と初の首脳会談に臨む。会談後、両首脳はフロリダ州パームビーチに移動し、11日にはゴルフをともにしながら懇談する予定だ。一連の会談でイラン問題が取り上げられるかどうかは不明だが、率直に語り合える信頼関係を築く一歩となることを期待したい。

 安倍首相が昨年11月、トランプ氏に贈呈した最高級ドライバー「BERES(ベレス) S-05 5S」は「日本製」だが、メーカーである本間ゴルフは既に中国系企業の傘下に入っている。トランプ氏が大統領令に署名するペン「The Century(センチュリー)U」もクロス社が本社をおくロードアイランド州で組み立てている点では「米国製」だが、部品は中国製のものもあるという。クロス社は1846年創業の米国最古の筆記具メーカーで、そもそも創業者は英国からの移民だった。

 グローバル化している時代に、世界を分断するような入国禁止令は明らかに矛盾している。大統領令はゴルフに例えれば、ドライバーでフェアウエーに打つべきものではないか。サンフランシスコの米連邦控訴裁判所(高裁)が2月9日(日本時間10日)、イスラム圏7カ国からの入国を禁じた大統領令を一時差し止めた地裁命令を支持すると発表、トランプ政権側の不服申し立てを退ける決定をしたのは極めて適切である。

(2017年2月10日)


(日本経済研究センター 研究主幹)

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