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2017年9月22日 宗教改革500周年と「北朝鮮危機」

 中世の封建的なキリスト教世界から民主主義、資本主義への大きな潮流へとつながった宗教改革から500周年。社会主義国が誕生する契機となったロシア革命から100周年――。2017年は世界史的にも節目の年である。くしくも米国では異端ともいえるトランプ大統領が誕生した。この米政権を敵対視する北朝鮮は核実験やミサイル発射など暴走を繰り返し、「北朝鮮危機」が続いている。北朝鮮問題は軍事的手段ではなく、対話や交渉など外交力で収拾すべきだ。しかし、米国が戦争を回避する代わりに北朝鮮の核保有を黙認するような事態になれば、核拡散防止条約(NPT)体制が機能不全となり、日本や韓国で核武装論さえ浮上しかねない。北朝鮮情勢は戦後の国際秩序を大きく揺さ振っており、北東アジアで軍備拡張競争が加速する分水嶺となるかもしれない。 

金正恩体制維持のため「核武装」に固執

 9月は「北朝鮮危機」の様相を一段と強めた。北朝鮮は3日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)に搭載する水爆だと称した6回目の核実験を強行、最大規模だったため中国東北部の大地も揺らした。15日には事前通告なしに弾道ミサイルを発射、日本の北海道上空を通過させた。北海道や青森県など12道県で全国瞬時警報システム(Jアラート)が鳴り響き、テレビも一斉にJアラート情報を放送した。危機の震源地はまさしく北朝鮮だが、もうひとつの舞台は北朝鮮とほぼ同緯度に位置する米国ニューヨークの国連本部である。

 国連本部はニューヨークのマンハッタン東部にあり、面積は18エーカー(約7万2843平方メートル)。39階建ての事務局ビルなど4つの建物で構成されている。すべての加盟国(現在193カ国、日本が承認していない北朝鮮も加盟)に属する「国際的な領域」とされる特別な不可侵ゾーンだ。

 核実験から約1週間後の9月11日夕(日本時間12日朝)、国連安全保障理事会が北朝鮮への追加制裁決議を全会一致で採択したのは記憶に新しい。これに続き、北朝鮮問題が最大のテーマになったのが、今年の第72回国連総会での加盟各国の首脳や閣僚による一般討論演説である。日本からは安倍晋三首相と河野太郎外相が出席した。

 トランプ米大統領は9月19日、就任後初めて一般討論演説に臨み、北朝鮮を「ならず者国家」と決めつけ強い調子で非難した。「北朝鮮の脅威により、米国が自国や同盟国の防衛を迫られれば、北朝鮮を完全に破壊するしか選択はなくなる」と警告したのだ。71歳のトランプ氏は、33歳の独裁者である金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長を「ロケットマン」と揶揄したうえで「自殺行為をしている」と批判した。北朝鮮に拉致された横田めぐみさんを念頭に「(失跡当時)13歳の愛らしい日本人少女を海岸から拉致した」と拉致問題にも言及、日本への配慮もうかがわせた。

 これに呼応するかのように、安倍首相は翌20日(日本時間21日未明)の一般討論演説で日本人拉致問題にも触れながら、北朝鮮問題について「脅威はかつてなく重大で、眼前に差し迫ったものだ」との認識を示した。金委員長を「史上最も確信的な破壊者」「独裁者」などと呼び、核実験や弾道ミサイル発射を強行していることに対して「北朝鮮にすべての核・弾道ミサイル計画を完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法で放棄させなくてはいけない。そのために必要なのは対話ではない。圧力なのだ」と強調、核開発の凍結ではなく、あくまでも非核化を迫ることを鮮明にした。

 120カ国以上の首脳を含む国連加盟国の代表が代わる代わる国際的な課題への自国の立場を6日間にわたって表明する一般討論演説では、北朝鮮への非難や核・ミサイル問題の外交的解決を求める声が相次いだ。英国のメイ首相は「北朝鮮は隣国を脅威にさらしている」と批判、初めて参加したフランスのマクロン大統領は「中国とロシアを含めた我々の責任は、政治的な解決に向け、北朝鮮を交渉のテーブルに着かせることだ」と力説した。ナイジェリアのブハリ大統領は「(1962年10月の)キューバ危機以来、今ほど核戦争の脅威に近づいたことはない」と懸念を示し、平和的解決を求めた。

 北朝鮮が米本土を射程に入れたICBMなど核・ミサイル開発に固執しているのは、「核武装」することが金委員長率いる現体制の維持に不可欠と判断しているからにほかならない。北朝鮮は2016年1月6日、「初の水爆実験」と主張する核実験を強行したが、その2日後の8日、朝鮮中央通信が水爆実験を正当化する論評を発表した。論評は「イラクのサダム・フセイン政権やリビアのカダフィ政権は、核開発のための土台を奪われ、核開発計画を自発的に放棄した後、崩壊を逃れることができなかった」と指摘していた。

 フセイン元大統領はイラク戦争後の2006年12月、死刑になった。カダフィ大佐は2011年10月、米仏など多国籍軍の空爆を受け、反対勢力に拘束されて死亡した。北朝鮮の金委員長は、こうした独裁指導者たちの末路を見て、核武装しなければ同じような運命をたどるのではないかと疑心暗鬼になっているかもしれない。米国が金体制の存続を明確な形で保証しない限り、北朝鮮はどんな制裁を受けようとも核・ミサイル開発を諦めないだろう。

核解散・軍拡の引き金にしてはならない

 今から500年前の1517年10月31日、神聖ローマ帝国(現ドイツ)のヴィッテンベルク大学神学教授、マルティン・ルター(1483〜1546年)が「九十五カ条の論題」を発表した。ローマ・カトリック教会の教皇が売り出した「贖宥状(しょくゆうじょう)」(免罪符)に対し、一部の裕福な人だけがお金で罪を許されるのはおかしいと異議を唱えたのである。その日から、宗教改革が欧州のキリスト教世界に広がり、プロテスタント(新教)を成立させる半面、カトリック(旧教)の改革も促した。宗教改革は数世紀にわたり各国の政治経済や文化にも大きな影響を及ぼした。

 ルターの宗教改革はフランス出身のジャン・カルヴァン(1509〜1564年)に引き継がれた。カルヴァンの流れを汲むプロテスタント教会の「長老派」(プレスビテリアン)は歴史的にスイスから、オランダ、スコットランドなど欧州各地に広がり、ひいては米国で大きく発展した。勤勉に働くことで富を得ることを必ずしも否定しないカルヴァンの教えは商工に携わる市民らに支持され、資本主義の発展にもつながっていった。

 長老派教会の運営は、プロテスタントの聖職者である牧師と信徒の代表である長老(教会での役職名)たちが共同して行う。欧米の議会制民主主義は、長老派教会の制度に近いともいわれる。宗教改革は、民主主義の源流でもある所以だ。

 ルターの宗教改革の背景には、ローマ教皇に象徴される当時の特権層への民衆の強い不満があった。ルターは聖職者や一部の知識層だけが読むことを許されたラテン語の聖書をドイツ語に翻訳し、一般の民衆も読めるようにした。当時、聖書の普及を技術面で支えたのは、グーテンベルグが発明した活版印刷といわれる。

 格差が広がる現代の世界でも、政治家や資本家ら既得権益層に対する一般の民衆の不満が募っている。昨年の米大統領選で、いわゆるトランプ現象が起きたのも、宗教改革の時代と共通した要素があるからではないか。画期的だった活版印刷の発明に匹敵するのは、インターネットという情報通信技術の革新であろう。そして、ツイッターを多用するトランプ大統領は長老派の信者だと称している。

 トランプ氏はその言動から、敬虔なクリスチャンには見えない。その意味では異端と言わざるを得ない。とはいえ、世界一の経済大国、軍事大国の国家元首となった今、「米国第一主義」ではなく国際社会の平和と繁栄に貢献する責務がある。「北朝鮮危機」をどう沈静化するかが喫緊の課題だ。

 トランプ大統領は9月19日の国連デビュー演説で、一般討論演説の制限時間15分を大幅に上回る40分以上にわたって熱弁をふるったが、これに異議を唱えたのがドイツのメルケル首相だ。メルケル氏は国連総会には出席しなかったものの、翌20日の公共放送ドイチェ・ヴェレのインタビューで、トランプ氏が北朝鮮の「完全破壊」を口にしたことに対し「そのような威嚇には反対する」と表明、「私たちはいかなる軍事的解決も不適切だと考えており、外交的解決を強く主張する」と表明した。

 メルケル氏は9月10日の独紙フランクフルター・アルゲマイネのインタビューでも、北朝鮮問題の解決をめぐって「私たちに交渉参加への要請があれば、即座に応じる」と外交的な解決に向け名乗りを上げた。メルケル氏は国連安保理常任理事国(米国、英国、フランス、ロシア、中国)とドイツの6カ国による「イラン核合意」(2015年7月)を例に挙げ、「北朝鮮問題の解決もそのような枠組みが考えられる」とも述べていた。因みに、キリスト教民主同盟(CDU)党首でもあるメルケル氏の父はルーテル教会(ルター派)の牧師だった。

 確かに、トランプ氏の「完全破壊」演説は、宣戦布告とも受け取られかねない不用意な発言だった。国連総会出席のためニューヨーク入りした北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は9月20日、記者団の質問に答え、「犬が吠えても行列は進む」という北朝鮮の諺を引用し、「もし犬の吠える声で我が国を驚かせようとしたのなら、それこそ犬の夢にすぎない」と一国の大統領を犬に例える非礼な反論をした。

 北朝鮮の朝鮮中央通信は9月22日、トランプ演説に対して金委員長が国家最高位の「国務委員長」として21日付で声明を発表し「史上最高の超強硬な対応措置の断行を慎重に検討する」と述べたと報じた。声明によると、金委員長は「私と国の存在を否定、侮辱し、我々を破壊すると宣戦布告してきた。我々の尊厳と名誉、そして私自身のすべてをかけて、米国の統帥権者の妄言に対して必ず対価を支払わせる」とトランプ政権を威嚇している。

 この声明についてニューヨーク滞在中の北朝鮮の李外相は21日、記者団の質問に「どのような措置がとられるかよくわからないが、私の考えでは恐らく水爆の実験を太平洋上で行うことになるのではないかと思う」と答えた。核爆発で発生した電磁波で地上の通信や電力などの機能に障害を与える「電磁パルス攻撃」の実験に含みをもたせたとも受け取れる。

 米朝の威嚇合戦は今後も続き、北朝鮮は新たな挑発行為に出る可能性も否定できない。「北朝鮮危機」の収束までには水面下の交渉など様々な曲折が予想される。仮に米朝が何らかの形で交渉に入っても、双方が軍事的手段もちらつかせながらのギリギリの駆け引きになるだろう。その場合、懸念されるのは北朝鮮の完全な「非核化」ではなく、トランプ政権が事実上、北朝鮮の核保有を容認する「凍結」にとどまるようなケースだ。

 そうなれば、核をめぐる国際秩序を規定してきたNPT体制は空洞化し、北東アジアでいわゆる「核ドミノ」が起こりかねない。トランプ氏は昨年の大統領選期間中、日本と韓国の核武装論に触れたことがある。唯一の核被爆国である日本が核武装することはありえず、北東アジアの唯一の核保有国、中国はこの地域での核拡散は絶対に阻止する方針だが、トランプ政権が北朝鮮の核保有を事実上容認すれば、在韓米軍への戦術核の再配備論などが取り沙汰される可能性はある。

 「北朝鮮危機」を米国のオバマ前大統領が唱えた「核兵器なき世界」に逆行する引き金にしてはならない。金委員長が先ず自制すべきなのは当然だが、トランプ氏も超大国の指導者らしく振る舞う必要がある。「綸言汗の如し」。金色が好きなトランプ氏にとって「雄弁は銀」でも、ときには「沈黙は金」であることを肝に銘じてもらいたい。

(2017年9月22日)


(日本経済研究センター 研究主幹)

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