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2017年4月28日 「北朝鮮危機」で試されるトランプ大統領の外交力

 2017年4月は、北朝鮮をめぐる北東アジア地域の軍事的緊張がこれまでになく高まった「北朝鮮危機」の様相を呈した。トランプ大統領と習近平国家主席は北朝鮮問題をめぐって戦略的な「取引」を交わし、米国が経済問題で厳しい姿勢を取らない代わり、中国は北朝鮮への制裁を強化することを約束したとみられる。「力による平和」を掲げる米国は空母や原潜を次々に派遣するなど北朝鮮への軍事的圧力を強めているが、北朝鮮は核戦争も辞さないなどと威嚇を続けている。米朝は一触即発のリスクを孕みながらも、直ちに武力衝突するとは限らない。北朝鮮危機の沈静化に向け、米朝をはじめ中国、韓国、ロシア、そして拉致問題を抱える日本など関係各国の外交力も試されている局面だ。

Xデー控え北朝鮮は外交委員会を復活

 北朝鮮危機の「Xデー」とささやかれたのは、朝鮮人民軍創設85周年に当たる4月25日。北朝鮮が「建軍節」と呼ぶこの日の前後に6度目の核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を強行するなど重大な挑発行為に出れば、米軍が武力行使に踏み切るのではないかとのシナリオが取り沙汰された。

 北朝鮮は結局、25日当日は核実験もミサイル発射も実施しなかった。その代わり、「建軍史上最大規模」と称する砲撃演習を繰り広げた。北朝鮮東部の海岸に数キロにわたって約300門の大口径自走砲や放射砲を並べて一斉砲撃する訓練で、韓国のソウル首都圏に報復する能力を誇示する狙いがあったとみられる。北朝鮮国営メディアによると、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が視察し、「敵対勢力に無慈悲な懲罰で応える砲兵戦力の洗礼はいかなるものかを示した」と発言したとされる。

 くしくもXデーとされた25日、岸田文雄外相は閣議で平成29年版「外交青書」を報告した。青書には「北朝鮮が国連安保理決議に明白に違反して核実験や弾道ミサイルの発射を強行し、その能力を増強していることは、新たな段階の脅威であり、北東アジア及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものである」と明記している。

 「新たな段階の脅威」に対し、米国は北朝鮮への軍事的けん制をかつてなく強めている。米海軍の原子力空母「カール・ビンソン」を旗艦とする空母打撃軍が北上して沖縄東方の海域に向かっていた4月25日、オハイオ級原子力潜水艦「ミシガン」が突如、韓国・釜山に入港した。攻撃型原潜は海中で隠密行動を取るが、あえて姿を現したのは北朝鮮への警告である。

 米原潜で最大級の排水量を誇る「ミシガン」はもともと弾道ミサイルを搭載していたが、核戦略の見直しによる改造で現在は射程距離1600キロメートル以上の巡航ミサイル「トマホーク」を最大154発搭載できる。対地攻撃力に優れ、1隻で北朝鮮全域の軍事施設をピンポイントで攻撃することも可能とされる。軍事筋によると、戦闘機や早期警戒機などを搭載する米国の原子力空母は1隻で日本の航空自衛隊の3分の2程度の戦力を保有しているという。

 米軍が4月6日、シリアに事前通告なしに59発のトマホークミサイルを撃ち込んだり、同13日には通常兵器で最大級の破壊力を持つ大規模爆風爆弾(MOAB)をアフガニスタンに投下したりしたのは記憶に新しい。米海軍の空母や原潜の最近の動きは、北朝鮮にかなりの心理的圧力を与えているだろう。これとは別に、米国は北朝鮮へのサイバー攻撃も仕掛けているといわれる。

 一方、在韓米軍は4月26日、弾道ミサイルなどを撃ち落す地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の発射台やレーダーなど主要装備を韓国南部・星州(ソンジュ)に電撃的に運び入れた。中国は韓国へのTHAAD配備に強硬に反対していたが、米国は北朝鮮危機を口実に駆け込み的に既成事実とした構図だ。

 米空軍地球規模攻撃軍は同日、カリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地からICBM「ミニットマン3」の発射実験を実施したと発表した。約6800キロメートル離れた南太平洋に着弾したという。実際の射程距離は約1万3000キロメートルとされ、平壌にも届くため、北朝鮮へのけん制とみられている。

 こうした中でハリス米太平洋軍司令官は同日、米下院軍事委員会の公聴会で証言し、空母カール・ビンソンの動向について「沖縄東方におり、北朝鮮への攻撃射程内に入っている」とし、命令があれば艦載しているFA18戦闘攻撃機などが2時間で北朝鮮に到達できることを明らかにした。ハリス司令官はTHAADの配備にも触れ「数日中に運用可能になる」との見通しを示した。

 ハリス司令官の議会証言から数時間後の26日、米政府は上下両院議員に対し、北朝鮮政策を説明する会議を非公開で開いた。全議員を対象にした大規模な会議は異例で、トランプ政権が北朝鮮政策をオバマ前大統領時代の「戦略的忍耐」から大幅に見直すことを内外にアピールする狙いがあったとみられる。上院議員については100人全員をホワイトハウスに招き、トランプ大統領も冒頭出席、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、コーツ国家情報長官らが機密情報を含めて現状を報告、政府の新方針を伝えた。

 米政府は会議後、北朝鮮政策に関する3長官連名の「共同声明」を発表した。この中で「北朝鮮の核開発は国家安全保障上の差し迫った脅威で、外交の最優先課題」とし、核開発計画を断念させるため同盟国などとともに北朝鮮への経済制裁を強化する方針を打ち出している。米国は「朝鮮半島の安定と平和的な非核化を追求する」との目標に向け、北朝鮮との交渉の扉を開いている姿勢を示しながらも「われわれ(米国)自身と同盟国を防衛する準備もしている」と付け加えた。

 共同声明からは、軍事的な備えを万全としたうえで、北朝鮮へ制裁の強化と武力行使の可能性をちらつかせながら外交交渉の場に引き出そうとする意図が読み取れる。トランプ政権があえて北朝鮮への武力行使の「レッドライン」を設定しないのは、「圧力と対話」という硬軟両様の対応を優先させているからだろう。

 これに先立ち、北朝鮮も4月11日の最高人民会議(国会に相当)で、1998年に廃止した「外交委員会」を19年ぶりに復活させた。委員長には金正恩委員長の側近で前外相の李洙墉(リ・スヨン)党副委員長を選出、委員には対米交渉のベテランで北朝鮮核問題をめぐる「6カ国協議」の首席代表を務めた金桂官(キム・ゲグァン)第1外務次官らを選んだ。北朝鮮は米国との外交交渉を通じて現体制維持の保障を得たいのが本音とみられ、そのシグナルを送っているともいえる。

中国は北朝鮮を交渉の場に引き出せるか

 北朝鮮危機の緩和に向け、大きなカギを握っているのは中国である。習近平国家主席は4月6〜7日、フロリダ州パームビーチでトランプ大統領と初めて会談し、その後は電話で連絡を取り合っている。米中間の懸案だった貿易不均衡問題は「100日計画」で先送りし、北朝鮮危機への対応では“米中接近”を演出したのである。

 大統領選期間中に公約していた中国の為替操作国指定もあっさり見送った。トランプ大統領は4月16日、ツイッターで「北朝鮮問題でわれわれに協力してくれているというのに、中国を為替操作国に指定するわけがない」とつぶやいた。

 その中国は4月26日、遼寧省大連で建造中の初の国産空母の進水式を挙行した。この空母は試験航行などを経て就航は2020年ころとみられるが、北東アジア情勢が緊迫する中で、黄海の西朝鮮湾を挟んで平壌と約360キロメートルしか離れていない大連で水しぶきを上げて登場したことは象徴的だ。

 中国当局は公式に認めていないが、4月中旬以降、人民解放軍が中朝国境地帯に10万〜15万人規模の兵力を展開しているとか、中国の爆撃機の動きが活発化しているとの情報を欧米のメディアなどが報じている。中朝は朝鮮戦争を共に戦った「血で固めた友誼」を標榜しながら、実は極めて微妙な関係になっている。

 中国共産党機関紙「人民日報」系の国際情報紙「環球時報」は4月に入って連日のように、北朝鮮を揺さ振る警告をしてきた。

 「北朝鮮が4月中にさらなる挑発的行動に出た場合、中国は北朝鮮の原油輸入の制限などこれまでにないような厳格な措置を(国連安全保障理事会で)決議することを求めるだろう」(12日付)

 「北朝鮮が核開発計画を停止すれば、中国は直ちに北朝鮮の国家と政権の安全確保に取り組む。これは平壌にとって最良の選択だ」(13日付)

 「北朝鮮が6回目の核実験に踏み切れば、中国の制裁措置として北朝鮮への石油提供を大幅に減らすことが選択肢のひとつになるだろう」(22日付)

 「北朝鮮が万一、6回目の核実験を実施するならば、取り返しのつかない状況を迎える。北朝鮮の核・ミサイル問題は爆薬とガスが積み上がった状態に等しい。北朝鮮は絶対にその前でマッチに火をつけてはならない」(25日付)

 「環球時報」の報道内容は必ずしも中国政府の公式見解を代弁しているわけではないが、習国家主席ら指導部が北朝鮮に強く自制を求めているのは間違いない。武力による北朝鮮の崩壊は中国にとって最悪のシナリオだ。北朝鮮は「緩衝地帯」として地政学的に不可欠な存在だからだ。中国としては北朝鮮が暴発しない範囲内で、生命線ともいえる石油の供給を絞ることを考慮している模様だが、そのさじ加減は難しい。

 中国は北朝鮮に振り回されてきた歴史がある。1950年代後半以降、中国とソ連(当時)が対立していた時代、北朝鮮の金日成主席(金正恩委員長の祖父、故人)は中ソを天秤にかけて実利を得る「等距離外交」を展開した。中国は1960年前後の「大躍進」政策による飢饉などで経済的に苦しい中でも北朝鮮への経済支援を続けた。

 1962年には周恩来首相が秘密裏に訪朝、国境交渉を進めた。対象のひとつは中朝両国にまたがる長白山(朝鮮名「白頭山」)。白頭山は朝鮮民族の信仰の対象であり、植民地時代の1932年4月25日に金日成が創設したとされる抗日パルチザン(遊撃隊)闘争の「聖地」でもある。交渉の結果、山頂にあるカルデラ湖「天池」の面積を中国45.5%、北朝鮮54.5%の比率で分割した。当時を知る中国政府関係者は「周恩来は金日成に恩を売った」と説明するが、中国が北朝鮮を取り込むため、譲歩したといわれている。

 経済制裁を受け、国際的に孤立している現在の北朝鮮は後ろ盾でもあるロシアに急接近している。具体例は日本が独自制裁で入港を禁止している北朝鮮の貨客船、万景峰(マンギョンボン)号の動静だ。ロシアは5月、極東ウラジオストクと北朝鮮の羅先(ラソン)を結ぶ新定期航路に就航させる。冷戦時代の「等距離外交」を彷彿させる出来事で、制裁の抜け穴ともなりかねない。

 安倍晋三首相は4月27日、ロシアを訪問してモスクワのクレムリン(大統領府)でプーチン大統領と会談した。「万景峰号問題」を取り上げたかどうかは不明だが、両首脳は北朝鮮の新たな挑発行動に自制を求める方針では一致した。プーチン大統領は「6カ国協議を再開することが重要だ」とも述べた。それならロシアは北朝鮮に外交交渉のテーブルに着くよう説得すべきだ。

 4月29日、トランプ大統領は就任から100日の節目を迎える。米国では新政権発足から100日間はメディアも厳しい批判を控える「ハネムーン(蜜月)」期間とされてきた。ところが、異色のトランプ政権には当てはまらなかったどころか、北朝鮮危機に直面している。

 トランプ大統領は4月27日、ロイター通信のインタビューで北朝鮮情勢が現時点で世界情勢をめぐる最大の懸念だとし「最終的に北朝鮮と大きな紛争が起こる可能性はある」と表明。中国の習国家主席にも触れ「非常に良い関係を築いている。彼はこの大変な状況でわれわれを支援するために、精一杯力を尽くしてくれていると思う」と述べ、米中が共同対処していることを確認した。

 ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設することをめぐって米ソの核戦争のリスクが一気に高まった1962年10月の「キューバ危機」――。米政権内には空爆を求める声もあったが、ケネディ大統領は海上封鎖に出て、外交的な手段も駆使してぎりぎりのところで危機を回避した。

 今回の北朝鮮危機の収束までには関係各国の思惑も絡んで曲折が予想され、その道のりは容易ではない。トランプ大統領は55年前のケネディ政権の対応も教訓に、同盟国の日韓両国や中国だけでなく、北朝鮮と関係の深いロシアとも密接に連携して乗り切らなければならない。

(2017年4月28日)


(日本経済研究センター 研究主幹)

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