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泉宣道のChinAsia 中国・アジア

2017年11月16日 ネット時代のトランプ米大統領「十日間アジア一周」

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 日本をはじめ韓国、中国、ベトナム、フィリピンの東アジア5カ国を歴訪したトランプ米大統領の「十日間アジア一周」はアジア太平洋地域の国際秩序の転機になるかもしれない。「北朝鮮危機」さなかの今回のアジア歴訪の狙いの一つは、国際社会が一体となって北朝鮮に圧力をかける包囲網づくりだった。これにはある程度成功したと評価できよう。トランプ政権がこだわっている貿易不均衡問題でも米中の企業間で総額2535億ドル(約28兆円)の商談が成立するなど一定の成果を得た。しかし、日中韓の首脳らから過剰ともいえる接待攻勢を受けたトランプ大統領が東シナ海、南シナ海をぐるりと囲むように廻った10日間でくっきりと浮かび上がってきたのは、「米国第一」の独り善がりの姿勢と、アジア太平洋を舞台とした米中の覇権争いの構図である。

習近平政権は2050年「世界一」目指す

 11月5〜14日のトランプ大統領アジア歴訪のいわばお膳立てとなったのは、米国に次ぐ世界第2、第3の経済大国で相次いだ政権のリセットだった。日本では10月22日の衆院選で自民党が「圧勝」した。安倍晋三首相は11月1日の特別国会で第98代首相に選ばれ、「安倍一強」と称される第4次安倍内閣が発足したばかりだ。

 中国では10月18〜24日に第19回共産党大会が開かれた。翌25日の第19期中央委員会第1回全体会議(1中全会)で、新たな最高指導部(政治局常務委員)メンバー7人が選出され、序列トップの習近平総書記(国家主席)が率いる2期目の体制がスタートした。

 中国共産党の最高決定機関である党大会は5年に1度開かれ、重要な方針や政策が打ち出される。今回は党の“憲法”に当たる党規約が改正され「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が行動指針として明記された。党規約には「毛沢東思想」や「ケ小平理論」など歴代指導者の理念が盛り込まれているが、在任中に個人名を冠した政治思想が採択されたのは極めて異例。「習1強」といわれる所以だ。

 党大会で注目されたのは、習近平総書記が初日の10月18日に約3時間半にわたって読み上げた活動報告だ。この中で「強国」を目指す3段階の中長期発展戦略を打ち出した。具体的には@現在から2020年までは、小康社会(ややゆとりのある社会)の全面的完成の決勝期A2020年から2035年までは、社会主義現代化を基本的に実現するB2035年から今世紀中葉(2050年)までは、富強・民主・文明・調和の美しい社会主義現代化強国に築き上げる――とのシナリオを示した。

 新中国(中華人民共和国)が建国百年を迎える2049年ころを目標とした将来像を示したといえる。習近平総書記は活動報告で、今世紀中葉には「トップレベルの総合国力と国際的影響力を有する国」となり、「世界一流の軍隊に全面的に築き上げるよう努める」とも訴えた。その含意は、2050年までに名目の国内総生産(GDP)で米国を凌駕する世界一の経済大国になるとともに、軍事力でも米国と肩を並べたいということだろう。

 習近平国家主席は「強国」路線の大風呂敷を広げたうえで、11月8〜10日、北京でトランプ大統領を「公式訪問+(プラス)」という国賓以上の待遇をもって熱烈歓迎した。1日8万人の参観客が訪れる世界文化遺産、故宮博物院(紫禁城)を事実上貸し切り、彭麗媛夫人とともにトランプ大統領、メラニア夫人を接待した。

 広大な故宮内で西洋と中国の文化を融合した唯一の建築物とされる「宝蘊楼(ほううんろう)」では中国茶でもてなした。この茶会の際、トランプ大統領がタブレットを取り出し、孫娘のアラベラちゃん(6)が中国語で歌い、「三字経」と漢詩を暗唱する動画を見せると、習近平国家主席は「上手な中国語なので採点するならA+(プラス)だ。アラベラちゃんは中国では小さなスターになっている。機会があれば、中国を訪問してほしい」と持ち上げる一幕もあった。

 日本では安倍首相がプロゴルファーの松山英樹選手を交えたゴルフ接待や東京・銀座の鉄板焼き店でお互いの夫人も一緒の4人だけの会食などで厚遇した。トランプ大統領夫妻は天皇皇后両陛下とのご会見にも臨んだ。日米両首脳は「ドナルド」「シンゾー」と呼び合い、蜜月ぶりもアピールできた。それでも、日本でのトランプ大統領の接遇は国賓、公賓に次ぐ「公式実務訪問賓客」だった。中国は国賓以上という破格の対応をしたことで、トランプ大統領のアジア歴訪のハイライトを演出したのである。

 中国が米ボーイング社製航空機300機(約370億ドル)を購入する契約を結ぶなど米中企業による総額2535億ドルの大型商談成立は、その中身をみると、覚書や協議書などが多く、必ずしも取引開始を確約していない。とはいえ、米国の対中貿易赤字(年間約2600億ドル)にほぼ匹敵する金額となったことで、トランプ大統領にとって大きな「土産」になったのは間違いない。

 「米中関係ほど重要な関係はない。私たちには世界の問題を解決する能力がある。米中はウィンウィンの関係を築く」。11月9日、北京の人民大会堂での米中首脳会談の冒頭、トランプ大統領はこう明言した。新華社電によると、習近平国家主席は「中米はともにアジア太平洋地域の重要な影響力のある国家だ」と応じ、「太平洋は十分に広く、中米両国を相容れることができる」と言明した。

 トランプ大統領は11月11日、ベトナム中部ダナンから首都ハノイに向かう大統領専用機エアフォースワンの機内で記者団の取材に応じ、習近平国家主席を「毛沢東以来、最も強力な指導者だ。毛沢東以上という人もいる」と礼賛した。米中首脳は「ウィンウィン」の関係を築いたかのような印象を与えているが、トランプ大統領の発言は本音か、それとも北朝鮮・貿易問題などで協力を求めるための外交辞令かは定かではない。

 中国側は太平洋を挟んで米国と対等に渡り合う「新型の大国関係」を目指している。中国メディアは今回の米中首脳会談について「新時代の両国首脳外交の構図が完成した」などと自賛しているが、米中関係は今後も北朝鮮問題や貿易不均衡、海洋権益などをめぐって波乱含みで推移するだろう。

米中は「インド太平洋」と「一帯一路」で攻防

 米中両国の思惑の違いは、早くも11月10日のベトナム・ダナンでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)で鮮明になった。

 トランプ大統領は「米国は『自由で開かれたインド太平洋』というビジョンを共有したい。私はインド太平洋地域とのパートナーシップを新たにするためやってきた。地域のすべての国々と友情と貿易の絆を強化したい」と表明、インド太平洋戦略を推進していく考えを明確にした。同時に「米国が利用されることは許さない。すべての国が自国を第一に考えるように、私は常に米国を第一に考える」と強調した。

 一方、習近平国家主席は「アジア太平洋の平和と安定、繁栄はアジアの人々に属する」と訴えた。さらに「5月に北京で開いた『一帯一路』の国際会議は成功裏に終わった。一帯一路の核心はインフラ開発と各国の結びつきを深め、ともに繁栄することにある。理念は中国から発信されたものだが、世界に共有されるべきものだ」と力説した。

 日米とインド、オーストラリアなど自由と民主主義の価値観を共有する国々が中心となって構築しようとする「インド太平洋戦略」と、中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」は米中の覇権争いの様相を呈している。なぜなら、習近平国家主席の一連の発言から垣間見えてきた中国の壮大な戦略は、長い時間をかけて太平洋を東は米国、西は中国で分割して管理するようにし、徐々に西太平洋や東シナ海、南シナ海から米軍を排除していきたいとする野望であり、一帯一路などを通じた新たな国際秩序づくりだからだ。

 11月8日はトランプ氏が昨年の大統領選で勝利してから1周年――。その日、トランプ大統領は北京に入ったが、習近平政権のブレーンである胡鞍鋼・清華大学教授は東京・内幸町の日本記者クラブで「2期目の習体制」と題して記者会見し、一帯一路とインド太平洋戦略の関係について「ケース・バイ・ケースで衝突が起こる場合もあるだろう」と述べ、両者が主導権争いを演じる可能性を認めた。ただ、「一帯一路は世界に新たな公共財を提供していくのがコンセプトだ。理念はウィンウィンのゲームをつくっていこうというもので、決して覇権的なものではない」との認識も示した。

 こうした中で、トランプ大統領がベトナム滞在中の11月11日、米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)に参加する日本、カナダ、オーストラリア、ベトナム、シンガポールなど11カ国が、大筋合意した新協定「TPP11」の内容と閣僚声明を発表したのは象徴的だ。インターネットや情報通信技術の驚異的な発展で世界がネット社会に突入している今、関税撤廃だけでなく、電子商取引など「21世紀型の通商ルール」は不可欠だ。

 アジア歴訪中もタブレットを持ち運び、ツイッターを連発していたトランプ大統領は世界がネット時代を迎えていることを誰よりもよく知っているはずだ。大統領が訪れた北京の故宮もいまや、一般の参観客はネットでしか入場券を買えない。トランプ政権が21世紀型のTPPから離脱したのは明らかに失策である。一帯一路をひた走る中国はその間隙を縫って、独自の電子商取引ルールをつくろうとするかもしれない。世界の通商ルールをめぐるせめぎ合いは激しさを増している。

 「地球は小さくなった。いまや、100年前の10倍以上の速さで、地球を一周することができる……」

 この台詞は、航空機が世界の空を飛び交い、インターネットの発達で世界の情報が瞬時に手に入る21世紀の話ではない。フランスの作家、ジュール・ヴェルヌ(1828−1905年)の小説『八十日間世界一周』(1873年刊)に出てくる英国銀行副総裁が発した一節だ。この物語は1872年(明治5年)に掲載が始まり、翌年に本として出版された。主人公フィリアス・フォッグは英国紳士で、ロンドンを基点に1872年10月2日から12月21日までの80日間で世界一周できるかに2万ポンドを賭けた。

 19世紀後半、大英帝国は「七つの海」を支配する経済大国であり、軍事大国だった。小説でもフォッグ氏は通貨ポンドの銀貨や紙幣を持ち歩いて世界を旅した。当時、ポンドが基軸通貨だったからだ。米国が英国を経済規模で抜いたのはこの年、1872年といわれている。19世紀末までに米国は工業生産で英国を上回った。

 19世紀は英国の時代、20世紀は米国の時代といわれた。果たして21世紀は「中国の時代」になるのか。胡鞍鋼教授は11月8日の記者会見で「中国は2035年には世界のGDPの30%を占めるようになる」と述べ、その時点では名目のGDP規模で米国を抜いていることを示唆した。だが、習近平政権が「中華民族の偉大な復興」という中国の夢を実現するまでには、国際社会との協調が前提となることも忘れてはならない。

 トランプ大統領は11月15日、首都ワシントンのホワイトハウスで、就任後初めてのアジア歴訪を総括する声明を発表した。北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定するかどうかの判断は示さなかったが、「非核化という共通目標を達成するために、中国の習近平国家主席が大きな経済力を行使すると確約した」などと述べ、北朝鮮に対する圧力の最大化に向けた各国の結束を確認できたとの認識を示した。

 大統領は安倍首相との会談にも触れ「日本は防衛のための負担をより多く引き受けることを約束した。米国の戦闘機やミサイル防衛システムなどの購入も含まれる」と表明。通商政策では「公正かつ互恵的な貿易の重要性」について各国の共感を得られたと強調、今回のアジア歴訪で米国の国際社会での立場はかつてなく強固になったと成果を誇示した。

 ところが、トランプ大統領はアジア歴訪最終日の11月14日、フィリピンの首都マニラでの「東アジア首脳会議」(18カ国で構成)を欠席して帰国の途に就いた。会議の開始が2時間近く遅れることになったのが理由で、ティラーソン米国務長官が代理出席した。しかし、安倍首相をはじめ中国の李克強首相、ロシアのメドベージェフ首相、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の首脳らが一堂に会する東アジアの“サミット”に顔を出さなかったことは、米国の退潮のようにも映りかねない。後世の歴史家から、アジア太平洋地域での米中の勢力バランスの転換を暗示していたと指摘されないよう祈りたい。

(2017年11月16日)


(日本経済研究センター 研究主幹)

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