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実哲也の揺れるアメリカを読む

2018年5月10日 米中は経済冷戦に向かうのか 中国の技術覇権阻止に動く米政権

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 トランプ大統領の登場でアメリカへの関心が高まっています。野卑な言動を平気で繰り返し、重要な内外政策についての発言は気まぐれで変わる。そんな超大国トップの一挙手一投足が耳目を集めていますが、それに振り回されるだけでは、アメリカで起きていることの本質を見失う可能性もあります。新コラムでは、トランプという異形の指導者を選んだアメリカがどこに向かおうとしているのかを、政治・経済・社会の底流を探りながら考えてみたいと思います。

 台頭する「ハイテク封じ込め」論
 大統領選挙戦以来、中国を目の敵にしてきたトランプ大統領だが、考え方の基本はいたって単純である。巨額の対米貿易黒字をため込んでいるのが許せないというものだ。なので、高関税という脅しを使った交渉で不均衡是正や市場開放などの成果が得られればまずは成功となる。そうならば中国も対応の仕様がある。米国からの輸入を増やしたり、米企業が中国でもう少し事業がしやすいようにしたりするのはさほど難しくはないからだ。
 
 やっかいなのは米中摩擦が、大統領の思惑とは別に、純粋な貿易問題から安全保障問題に変質しつつあることだ。背景には、経済規模に加え技術力でも米国に迫る中国への脅威論と、力づくでも中国の技術向上を抑えたいという「ハイテク封じ込め」論が米国内で台頭していることがある。5月初めに北京で開いた米中閣僚級協議でもその一端がみえた。この潮流が続けば米中が折り合える道は狭く、両国は経済冷戦ともいうべき時代に入る可能性がある。

 トランプ政権発足からまもない昨年2月、ある提言書が内々に作成された。筆者は米大手セキュリティーソフト、シマンテック社の前・最高経営責任者(CEO)であるマイケル・ブラウン氏ら。オバマ政権時にできた国防総省の新組織「国防イノベーション実験部」向けに書かれたもので、中国の技術獲得戦略に強い警告を発する内容だった。

▼人工知能(AI)や拡張現実(VR)など新技術を開発する米スタートアップ企業への中国の投資が近年、急増している。米政府はこうした活動を監視も制限もしておらず、芽生えつつある新技術がどう移転しているのかもつかんでいない。米国は中国が技術的に優位に立つのを助けているといってもいい。現状を許せば米国の技術優位は消える。
▼海外企業による米企業買収を認めるかどうかを審査している対米外国投資委員会(CFIUS)の機能を抜本的に強化し、ベンチャー投資をはじめ技術移転につながりうるすべての商取引を、審査対象にすべきだ。国防総省が重要とみなす技術を持つ米企業への投資は制限すべきだ。
▼米政府は米中が戦略的競争のさなかにあることを認め、テクノロジー分野での投資開放や自由貿易に関する政策を変更すべきだ。米国で学ぶ先端技術分野の博士課程の学生の4分の1程度が中国人だが、留学生ビザが適切に審査されるよう体制を整えよ。

 提言書は当初は非公開にされていたが、議会や政権関係者に回されるなかで、関心を集めるようになった。(注1)
「このままでは米国の技術を使って開発された中国製の武器が米国に向けられる日がやってくる」。共和党のコーニン上院議員は昨年6月の米外交評議会(CFR)での講演で、中国への新技術の移転が進んでいることに警鐘を鳴らし、その論拠としてこの提言書に何度か言及した。

 同議員は昨年11月、民主党議員も含む超党派で、CFIUSの機能拡充を盛り込んだ法案を提出した。CFIUSが買収案件だけでなく、@外資による小額の投資、軍事施設周辺への不動産投資・賃貸A合弁を含め、米国の『基幹技術企業』(critical technology company)が知的財産を供与するあらゆる取引――まで審査できるように改める内容だ。法案は現在、議会で審議中である。

 技術力の逆転許さず
 トランプ政権が打ち出す対中通商政策も安保政策の色合いを急速に増しつつある。
今年3月下旬に発表した中国の知的財産権侵害に対する対中制裁措置。25%という高関税措置に加え、米国の「センシティブな」分野への中国からの投資を制限するという項目が唐突に盛り込まれたのが目を引いた。現在、財務省が具体策を検討しているが、大統領に広範な権限を与える「国家緊急経済権限法」を使って半導体や5G無線通信などへの投資を禁止する案などが議論されていると米メディアは伝える。(注2)

 高関税の対象も、先端技術で世界トップをめざす中国の国家プラン「製造2025」の重点分野に狙いを定めた。情報通信、産業用ロボット、航空宇宙などだ。昨年夏に大統領が知財侵害の調査を米通商代表部(USTR)に指示した際には、不公正競争や貿易不均衡、米雇用への悪影響を問題視した。だが実際に取られた制裁措置は、米国の先端技術に手をつけさせず、中国の成長戦略に水を差すという国家戦略的な性格が濃いものになった。北京での米中協議では、中国に対し「製造2025」への補助金停止まで求めた。

 安全保障重視の「テクノ保護主義」への傾斜は他の措置からも明白だ。
 3月にはシンガポールのブロードコム社による米半導体大手、クアルコム買収を大統領令で阻止するという異例の措置をとった。ブロードコムは中国企業ではないが、安保上の重要技術を持つクアルコムが買収されれば、先端的な技術開発に必要な巨額投資が難しくなることなどを根拠にした。4月にはイランなどへの制裁措置違反を名目に、米企業が中興通訊(ZTE)と取引するのを7年間禁じると発表したが、ここでも中国の技術進歩を支える中国ハイテク企業の勢いをそぐ狙いが見え隠れする。

 こうした諸政策のベースには、今年1月に国防総省が公表した新国防戦略で示された厳しい中国観がある。ロシアとともに中国を、米国の価値や利益に反する世界秩序形成をはかる「リビジョニスト・パワー」と断じ、軍事技術向上などへの警戒心をあらわにした。

 安保面を重視した様々な決定や判断はもちろんトランプ大統領が了承している。だが実際には、中国やロシアに厳しい目を向ける国防総省など安全保障チームと、ナバロ通商製造政策局長ら経済チームの対中タカ派の影響力が高まる中で進められた面が大きい。

 こうした政策は米国内でどう評価されているのか。トランプの保護主義的な政策はワシントンの専門家の間で一般的には不人気だが、安全保障政策の一環として提示されると、支持や容認に回る人も少なくない。

 「私は中国バッシング論者ではないが、トランプ政権が中国に対してやろうとしていることは概ね正しい」。ブルッキングス研究所は4月上旬に「技術移転の経済、政治、安全保障への影響」と題したシンポジウムを開いたが、同研究所のマイケル・オハンロン外交政策研究部長はこう発言している。「我々は過去30年近く、国際社会に組み入れれば中国は経済・政治的に自由化するというシナリオに賭けてきたが、失敗に終わった」と指摘し、「技術優位の維持は米国の衰退回避に不可欠。中国が市場を開放するまで米ハイテク技術へのアクセスを遅らせることが適切」と説いた。(注3)

 「現実無視」と産業界
 とはいうものの、政権や議会が進める、安全保障を盾に取った「ハイテク封じ込め」政策が全面的な支持を得ているわけではもちろんない。産業界を中心に懐疑的な意見は多い。

 最大の理由は中国との全面対決を招きかねない点だ。米国の狙いが不均衡是正や中国市場の自由化だけでなく、「科学技術強国」をめざす習近平政権の国家目標に痛撃を与えることだと判断すれば中国も安易な妥協はできず反撃せざるをえない。米企業も中国進出時に技術移転を求められる点に不満を強めているが、米中激突は最悪シナリオだ。

 もう1つは政権や議会で台頭するハイテク封じ込め論は、中国の技術がすでにかなり高度化している点や、米国のイノベーションが中国とのコラボレーションで支えられているという現実を無視しているとの批判だ。ハイテクビジネス関係者に多い指摘である。

 前述のブルッキングス研究所のシンポに登壇したユーラシア・グループの技術政策専門家、ポール・トリオーロ氏は「米中は先端分野の開発で相互依存関係にある。グーグルやマイクロソフトは中国で何百人ものエンジニアを雇って人工知能(AI)などの開発をしている。アリババやテンセントが米国に創った研究所でも米国人エンジニアが雇われている。中国の対米投資に過剰な規制をかければ米国自身の技術革新が阻害される」と語った。

 それ以前に、米中の大手ハイテク企業は重要な顧客同士だという現実もある。米政権が決めたZTE社との取引禁止令で一番困る米国の会社は、米政府が買収を阻止してまで守ろうとした米クアルコムだとの見方がある。同社にとってZTEは携帯電話用に半導体を大量に買ってくれるお得意様だからだ。

 中国に技術を奪われないよう死守するという内向きの施策ではなく、先端技術分野で政府や民間の研究開発投資を促進したり、科学教育の強化などで人材を育てたりして技術力を一段と高めることに注力すべきだとの意見も多い。

 トランプの取引本能が頼り?
 米政権の対中通商政策が今後、どこに比重を置く形で進むかはなお不透明だ。貿易赤字削減や雇用拡大という目に見える成果がほしいトランプ氏の意向が前面に出れば、激しいレトリックや脅しはあっても最後は米中のディールに進むシナリオが見えてくる。だが、政権内や議会の中国脅威論をバックに、ハイテク分野の対米投資抑制や「製造2025」つぶしなど中国の国力を封じ込めるような政策に向かえば、解決の糸口は見えなくなる。

 政策形成では、ゴールドマン・サックス出身のコーン・前国家経済会議議長など「グローバリスト」が消えた影響は小さくない。世界経済やビジネスの現実を直視し、日欧などとの国際協調で中国と向き合うべきだとする「正論」は勢いを失いつつある。米中の摩擦激化を心配する人々にとっての頼みの綱は今や、ディールを成功させたいというトランプ氏の本能という皮肉な状況になりつつあるようにもみえる。


 <通商問題をめぐる最近の米中間の応酬>

・3/22 トランプ大統領、中国による知的財産権の侵害などを理由に、1974年通商法301条に基づいて対中制裁関税を課すと発表
・3/23 米政府、安全保障を理由に、中国などからの鉄鋼・アルミニウム製品の輸入にそれぞれ25%、10%の追加関税を課す措置を発動
・4/ 2 中国政府、米国から輸入する豚肉やワイン、果物など128品目に報復関税を発動。米の鉄鋼・アルミ関税への報復措置
・4/ 3 米政府、中国による知財侵害を理由に25%の関税をかける製品1300品目を公表
・4/ 4 中国政府、米国産大豆、航空機、トウモロコシなど106品目に25%の報復関税をかけると発表
・4/ 5 トランプ大統領、新たに1000億ドルの中国製品への関税を引き上げる対中追加制裁の検討を指示
・4/16 米商務省、中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)に対して米国企業が製品を売るのを禁じると発表。米国製の通信機器をイランや北朝鮮に違法に輸出したとの理由
・4/17 米FCC(連邦通信委員会)、補助金を使う米通信会社が安保上の懸念がある外国企業の製品を買うのを禁止すると発表。華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)製品が対象候補


(注1)2018年1月に公表された最終報告書は提言部分がかなり省略されている。
(注2)一例はニューヨーク・タイムズ記事(3月28日付)
https://www.nytimes.com/2018/03/28/business/trump-china-investment-technology.html
(注3)シンポジウムの内容は以下のサイトで視聴できる。
https://www.brookings.edu/events/the-economic-political-and-security-implications-of-technology-transfer/

(2018年5月10日)


(実哲也・日本経済研究センター 研究主幹)




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