小島明のGlobal Watch
8月17日 企業経営も韓流?
1997年のアジア通貨・金融危機を境にして韓国は経済全体も企業も生まれ変わったようである。経済協力開発機構(OECD)という先進国クラブの正式メンバーになって喜んだ直後に韓国は、この危機に呑み込まれた。危機は深刻だったが、同国はそれに向き合い、かつてない危機意識のもとに様々な改革を断行した。再生韓国の象徴のひとつはサムスン電子の躍進である。経済停滞、経営不振が長期化する日本には、「韓国に学べ」、「サムスンに学べ」と経営版韓流ブームともいうべき現象が生まれている。
経済産業省による2010年度版『通商白書』も、韓国企業、とりわけサムスン電子の強さの分析をしている。ただ、同白書は「日本企業が韓国系グローバル企業のビジネスの全体像や好循環を創出する仕組みを理解せず、部分的に事業戦略を取り込んでも、機能させることは難しい」と指摘する。さらに「韓国系グローバル企業は欧米企業による革新的な商品・サービスの投入と中国系グローバル企業の台頭による挟撃や脅威に対して、強い危機感を持ち、次世代を見据えた大きな目標と戦略を打ち出している。これまでの成功にとらわれず、常に危機感をもって貪欲に学び、急激な競争環境や競合企業の変化に迅速に対応しようとする姿勢も、日本の企業が学ぶべき点の一つといえる」とも述べている。全く、同感である。
最近のテレビは韓流に席巻されかけている。ある日、何気なくチャンネルを回していたら、BS放送だけで同時刻に3つも韓国ドラマを放映していた。よくできたドラマのようだし、日本社会が隣国の文化を理解することは極めて意義のあることである。ただ、ちょっと気になるのは日本の各放送局がどういう気持ちで韓流番組を競って放映しているかという点である。視聴者が喜ぶからだ、ということだろう。でも、自分達の自前の作品もよりよいものに鍛え上げようとする気にはなっていないのだろうか。お互いに競い合い、鍛えあって文化レベルを高めていければいいと思うのだが。
韓国の危機感、日本の悲観主義。日韓の企業経営と企業業績の違いの背景には、そうした対照的な空気がありそうだ。サムスン電子をはじめとする韓国企業の目覚しい業績は数字にはっきり表れている。たとえばサムスン電子の2010年4−6月期の連結営業利益は前年同期比87%増でざっと5兆ウォン(3500億円)。収益を溜め込んでいるだけではなく、投資も積極的だ。2010年度の設備投資、研究開発投資計画の総額は26兆ウォンに及ぶという。サムスン電子が抱える工業デザイナーは600人もいる。米国での特許取得件数は3611件でIBMに続く2位だ(『週刊東洋経済』2010年7月31日号)。8万5000人(韓国内)の社員は厳しい社内競争で鍛え上げられている(『日経ビジネス』2010年7月5日号)。
『通商白書』は、日韓の国内市場規模の違いから、両国企業の海外市場開拓意欲の差を論じている。たとえば自動車、携帯電話、鉄鋼の韓国市場の日本市場に対する比率はそれぞれ0.3、0.3、0.7である。海外市場を確保しなければ成長できないという危機感が韓国企業を突き動かし、積極的な投資行動、グローバル人材の育成に向わせている。
日本企業にもかつては国内市場の小さいことに危機感を持ち、海外(欧米)市場の開拓をどの国よりも積極的に展開したことがある。その当時は、人口は少なくないが、所得水準が低く有効需要という点でみた国内市場は小さかった。日本が欧米市場開拓に成功し、高い経済成長を達成した結果、所得水準が上がり、国内市場が購買力、有効需要で顕著に拡大した。
豊かな国内市場が誕生したことにより、日本企業から海外市場開拓なしには成長できないという危機感が次第に後退したのではないか。これは、よく言われる「成功のパラドックス」あるいは「成功の罠(わな)」である。『通商白書』は、各国市場における主要商品の国籍別企業シェアを比較している。それによると、日本市場では日本企業のシェアが圧倒的に高いが、他国、とりわけ拡大する新興国の消費財市場においては外国企業と比べ日本企業のシェアの低さが目立つ。飽和感はあっても、1億3000万人近い人口があり、かつ1人当たり所得が高い国内市場になかば満足してしまっている日本企業の姿が浮かび上がってくる。
韓国が経済危機に見舞われた1997、98年は日本経済にとっても危機だった。三洋証券の破綻をきっかけに金融機関の連鎖的な経営破綻と信用縮小、デフレが本格化した。企業の間で「リストラ」が合言葉となった。
しかし「リストラ」は米国はじめ海外では企業経営・事業全般のシステミックな経営再構築だったのに対し、日本企業による「リストラ」は主として人件費抑制を含む節約、コスト削減を意味した。それにより企業収益は回復し、高度成長時代には慢性的な資金不足だった日本企業がキャッシュリッチになった。
キャッシュリッチな企業が設備投資、研究開発投資を大きく拡大させたわけではない。もちろん個別企業には本格的な経営再構築を実現したものもあるが、全体としてはあまり新技術、新商品は生まれず、非正規雇用の増加と家計所得の持続的な減少という市場の縮小とデフレ現象ばかりが目立つ結果となった。
韓国企業に学ぶことは大いに結構だが、経営の特定の部分だけを抜き出して日本経営に“接木”するようなやりかたでは成果は生まれない。かつての成功へのノスタルジーを払拭し、日本企業が自ら置かれた厳しい環境を直視したうえで、危機感に裏打ちされた韓流経営をしっかりと学ぶことが肝要と思われる。
(日本経済研究センター研究顧問)
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