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小島明のGlobal Watch

2012年12月19日 「ローマ・クラブ『成長の限界』から40年」  

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日本経済研究センター参与 小島明
 ワシントンDCの無名の出版社からローマ・クラブの報告書『成長の限界』が薄っぺらなペーパーバックで出版されたのは1972年3月のこと。それからちょうど40年にあたる2012年1月にルーマニアのブカレストで開かれたローマ・クラブ総会は、過去40年のクラブの歩みを総括するとともに「次の40年」の課題を議論した。

 ローマ・クラブは1970年に設立された民間組織で、世界各国の科学者、経済学者、政策立案者、教育者や企業経営者などで構成し、公害、環境破壊、貧困、天然資源の枯渇化など人類が直面する脅威を緩和、回避することを目的に、その方法を探り、解決策の実現のために研究、啓蒙活動をしている。1968年に最初の会合をローマで開催したのでこの名前となったが、スイス法人である。

 ある年代以上の人には昔懐かしいグループだが、いまでも新たな問題に挑戦しながら活動を続けている。日本は日本経済研究センターの理事長だった故大来佐武郎氏らがメンバーとして活躍した時期があるが、近年は日本での動きは低調だった。しかし、ローマ・クラブ本部の働きかけもあり、2012年に各界有志により同クラブの日本支部を設置し、日本の活動が再開された。筆者もコア委員会のメンバーに加わり、2012年10月ブカレスト総会に参加した。

 『成長の限界』報告が発表されると、世界の産業界から抗議と非難の声を受け、ゼロ成長論グループ、反成長のグループだとのレッテルを貼られたが、同クラブは反成長の原理主義ではなく成長の「質」、あり方に問題があるとし、様々な提言を行ってきた。

 現在も変わらぬ基本的な問題認識は、人類による地球、自然への負荷は、経済活動のあり方を変えないかぎり地球が吸収できる限度を超えてしまうということである。『成長の限界』報告の翌年、1973年に石油危機が発生したことから、ローマ・クラブへの世界的な注目度が一気に高まった。1992年に改訂版『限界を超えて』、2004年にシリーズ3作目で30年後の改訂版『成長の限界:30年後』を刊行し、40年目の2012年に“2052:A Global Forecast for the Next Forty Years”が発表された。

40周年総会での新たな議論

 ブカレスト総会では40年前の『成長の限界』の共著者であるヨルゲン・ランダースが執筆した“2052”報告、A・ウィクマンによる”Bankrupting Nature”、 B・リーター著“Money and Sustainability”というローマ・クラブの新しい3つの報告を中心に議論が展開された。

 再三言及され強調されたことは、資本主義経済・市場経済と民主主義政治における短期指向(short-termism)の克服であり、それと関連したグローバルなガバナンスの改善・強化だった。short-termismという言葉は、米国においてリーマン・ショックをきっかけとした金融偏重の経済への批判、目先の利益ばかり追求する金融業、その象徴としてのウォール街への抗議デモのなかでしきりと言及されてきた。

 “Money and Sustainability”報告について40年前に『成長の限界』報告の共著者であるデニス・メドウズはこんな指摘をしている。「この報告に接するまで、私は金融システムのことをほとんど考えなかった。なぜなら、金融システムは中立的であり、人間社会にとって不可欠な制度であり、あたり前のものと思っていたからだ。しかし、いまは全く異なった見方をするようになった。現行の金融システムは5つの面でsustainability とは相容れないものだと思う。つまり、現行の金融システムは過度な景気変動をもたらし、目先指向を生み、不断の成長を必要とし、富の集中と社会資本の破壊をもたらす」。

 国際通貨基金(IMF)によると、1970−2010年に銀行危機が145回、金融危機が208回、政府債務危機が72回と、年平均10回以上のシステミックな危機があり、IMF加盟国の4分の3を超える国々が被害を受け、多くの国が数回にわたって危機に見舞われてきた―との指摘があった。

 こうした観点から、「金融システムの改革だけで危機が回避されるわけではないが、他の様々な危機回避策の前提条件として金融システムを見直す必要がある」との声が多かった。

 今回のブカレスト総会はルーマニア中央銀行が会場となり、総会締めくくりの晩餐会も同中央銀行の大広間で行われた。また、同中央銀行のM・イザクレスク総裁が特別講演し、欧州の政府債務危機、金融危機について論じ、金融制度における不完全な規制を総点検する必要があると強調した。

新しい経済学の構築

 ローマ・クラブは地球の危機回避への対応策としてゼロ成長、あるいは反成長の発想を退けている。「De-growthでは問題は解決しない。成長の質が重要であり、国内総生産(GDP)で物事を考える発想を転換する必要がある」という見方である。

 ブカレスト総会に向けて用意されたバックグラウンド資料には”Towards a New Economy―What is Needed? ”と題する作業グループ報告が加えられていた。

 そこでは、現在の経済学が時代遅れであり、現実の課題に対応できないでいるとし、その理由が現在の経済学の思考そのものにあると批判している。報告はまた、「3つの分断」(triple divorce)、つまり@生産と雇用の分断の拡大A金融と実体経済の分断、それとBeconomyとecologyの分断―が問題だと指摘している。

 報告はこう論じている。「新しい経済学は原理主義者のドグマではなく、理性的な思考により構築されなければならない。市場は効率的だとする新自由主義哲学はジャングルの法則の別名でしかない。目指すべき経済学は数学的な厳密さではなく、人類の福祉である。現在の経済学はともかく成長は望ましく、あらゆる形の成長も望ましいとする間違った会計システムに基づいている。現在の会計基準では、戦争、汚染、犯罪、石油価格上昇、テロ、伝染病、自然災害、水資源不足、森林破壊といったものの経済的な利益と、栄養状況の改善、住宅、教育、保健、社会の調和などを向上させようとする活動と同列に扱っている。ボトルに入った水に毎年600億ドルを支出する今の世界が本当に豊かさを増進した世界なのか」「雇用も急を要する優先課題である。人的資本は使用されないままでいると急速に劣化してしまう“なまもの”である。人的資本の未利用は膨大な社会的コストとなり、平和と社会の安定にとって、一国においても、グローバルなレベルにおいても重大な脅威となる。この問題に速やかに対応することによってのみ、深刻な環境問題に人々の関心を向けさせることがはじめて可能になる。金融危機にメディアの関心は向いているが、それだけでなく雇用問題にも目を向けるべきだ。失業の増大こそが最大のかつ直近の危機である」。

フォーリン・アフェアーズ誌のローマ・クラブ批判論文

 米国の有力外交誌、フォーリン・アフェアーズ誌2012年7/8月号に強烈なローマ・クラブ批判の論文が載った。”Environmental Alarmism, Then and Now: The Club of Rome’s Problem−and Ours”と題する論文で、『成長の限界』報告40周年にぶつけた刺激的な論文である。

 筆者はボジョーン・ロンボーグというデンマークのコペンハーゲン・ビジネス・スクールの准教授で、気候変動問題では懐疑論をぶってきた一匹狼的と言われるデンマーク人学者である。同氏はこの論文で、ローマ・クラブが警告した資源の枯渇もなく、資源の面からも、その他の面からも「成長の限界を迎えることはなかった。ローマ・クラブの『成長の限界』報告はいたずらに世界に恐怖心をもたらしただけであり、現実に起こったことは同報告の予測とは全く違っている」と論じている。

 同氏はまたローマ・クラブ報告の予測が外れたのは人間の創意工夫、イノベーション能力を軽視したためであると指摘している。

 指摘されるようにイノベーションは極めて重要である。現在の世界経済・社会はさまざまな難しい問題を抱えている。地球環境問題、格差問題、失業、とりわけ若者の失業問題等々。日本だけが経済停滞や若者雇用の問題を抱えているわけではない。ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・E・スティグリッツ米コロンビア大学教授は新著”The Price of Inequality”(邦訳『世界の99%を貧困にする経済』)で格差、富の極端な集中、不平等の蔓延など現状を激しく糾弾している。

 とりわけ、リーマン・ショックを象徴とする金融の暴走は米国式“金融資本主義”の限界だとする議論も引き起こしている。そこでの本質的な問題は、ローマ・クラブが議論している短期指向であり短期的な思考である。つまりshort-termismの問題である。

 この点、1997年のアジア金融危機に際して、ヘッジファンドで稼ぎまくり、マレーシアのマハティール元首相から「諸悪の根源」呼ばわりされたジョージ・ソロス氏が短期指向の金融に問題あり、と声高に議論し、対応策として金融を規制するべきだと主張したことを思い起こす。彼がアジア危機の翌年、1998年に出版した著作は、「金融市場は実体経済から切断され、理論的な均衡点からいくらでも乖離し、実体経済を振り回す」という本質的な欠陥があると論じた。

 金融資本主義の膨張は1990年代以降、顕著な現象となってきたが、その新しい現実に対応した経済学が生まれていないことが今日の世界経済の問題だとも言えよう。

 ローマ・クラブは、そうした経済の変化、時代環境の変化に即応する格好で、新しい視点を提示し、世界的な規模での論議を活発化させようとしているようである。

 そんなことをブカレスト総会に参加して感じるとともに、日本においては政権がくるくる変わるばかりで本質的な構造改革ができず、課題を将来世代に先送りするだけであること、活発な世界の議論に日本がしっかり参加しておらず、内向き指向を強めていることに強い懸念を感じた次第である。   

(2012年12月19日)


(日本経済研究センター参与)



※2011年7月に本サイトのコラム名が(旧)「小島明のWEBコラム」から(新)「小島明のGlobal Watch」に変わりました。
本サイト右上のバックナンバーの内、11年5月18日までは、掲載当時に「小島明のWEBコラム」としてご紹介した内容です(WEBコラムは11年5月18日で終了しました)。
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