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小島明のGlobal Watch

8月19日 シルバー・デモクラシーと若者の悲哀

 総務省の発表によると、2008年3月末時点で総人口に占める75歳以上の後期高齢者の割合が10.04%と初めて1割を超えた。たまたま医療制度をめぐり75歳以上が政治問題ともなっているが、ここでは若者世代の視点も加えて高齢社会の問題を論じてみたい。

 今回の後期高齢者医療制度をめぐる議論に接して痛感するのは高齢者が不満を爆発させたら政治、少なくとも目先の「政治」がもたないということだ。しかし、女性の不満がつのれば少子化に歯止めがかからず日本という「国」がもたない。さらに長期的には若者世代が夢をなくし社会に反発したら社会の安定は崩れるし「経済」がもたない。
 
 人口構造の変化は政治を変え、経済を変え、社会を変質させる。そうした変化があまりにマイナスにならないよう、世代全体に目配りした議論が必要だろう。筆者は現在66歳だが、高齢者保護論を唱えるつもりはない。人口問題について中立的な立場から政治経済学、社会学の視点を加えてみたい。

 故内田満氏(早稲田大学)が『シルバー・デモクラシー』(1986年、有斐閣)で論じた高齢社会論を思い出した。「現在の民主主義制度のもとで、市民には社会的・経済的な引退はあっても政治的な引退はない。どんなに高齢になっても選挙がくれば一票を投じ、日常的には地域社会を動かす主動力となる。政治的市民は終身現役である」。

 筆者が尊敬してやまない故ピーター・F・ドラッカー氏の社会観察は、常にしっかりした人口動態分析を基礎としており、彼は誰よりも早く1970年代半ばに米国社会の高齢化の影響に警鐘を鳴らした。1976年に出版した『見えざる革命』(“The Unseen Revolution”)で、次のように論じた。

 「人口統計上の変化は、歴史家(とくにマルクス主義者とポスト・マルクス主義者)が特別の関心を寄せるのを常とする類の革命、つまりブルジョア革命や共産革命、さらには科学技術上の産業革命などより、いっそう重要なできごとである。とにかく、この変化は、これらのどの革命よりも、個人や家族に対して、より直接的で、しかも急速な影響を及ぼす可能性がある。今日最も必要とされていることは、非常な勢いで増大しつつある高齢退職者人口を扶養するという就業人口の肩の荷を、いかにして軽減するかである」

 今日の日本について、同様のことが言える。しかし、日本における議論では「就業人口の肩の荷」が軽視されがちである。その理由の一つがシルバー・デモクラシー論と関連する。 

 総人口に占める高齢者の比率が高まる過程で、高齢層の政治的な影響力が顕著に高まる傾向がある。

 自民党が圧勝した2005年9月の総選挙のデータを点検してみよう。注目したいのは年齢別の投票率の差である。具体的なデータを総務省に問い合わせた。こちらの職業も言わずにただデータを求めたころ、自治行政局選挙部管理課のKさんが、まことに丁寧に対応してくれ、詳細な図表を送ってくれた。

 この選挙で20代の投票率が40%台だったのに対し、60歳以上は80%を超えている。さすがに80歳以上になると低下するが、それでも20-24歳より高い。このことは高齢者の政治的影響力が高齢者比率の2倍にもなることを示唆する。WEDGE誌は「この数値に世代人口を掛け合わせて計算すると、50歳以上の票で58%を占め、ゆうに過半数を超えている。ちなみに25年前の衆院選ではこの比率が38%であり、投票者数が高齢層に偏在してきている」と指摘し、「(高齢者医療問題の)本質が、日本の政治のシルバー民主主義化と、それにおもねる政党やマスコミの『高齢者ポピュリズム』にある」と論ずる(08年8月号)。

 2008年7月初めに公表された経済財政諮問会議の「『構造変化と日本経済』専門調査会」報告(通称、新・前川報告)には、若者世代にもっと目配りした制度、政策が必要だとの問題意識が強く出ている。たとえば、
 「若者や将来世代にしわ寄せしない持続可能な社会保障制度を打ち立てることが大きな課題となる」

 「逆ピラミッド型の人口構造の中で、増加する高齢者を減少する若者が支えるという構図が変わったにもかかわらず、政府支出の見直し、社会保障制度の見直しが遅れている。若者は、将来まで社会保障制度がもたないのではないかという不安をもつ…人口規模からみて中高年層の政策への影響力がますます強まっており、若者には無力感が強まっている。今のままでは、若者や子どもたちが未曾有の高齢化の負担を背負わされることになる」

 「経済システムの転換を牽引するエネルギーは、若者や新企業からもたらされる。若者がやる気を持って活躍できる環境が作られることによって、硬直化した経済システムが突き崩され、経済全体が若返る。そのためにも、摩擦の底流にある、痛切な利害対立がもたらす不安から目をそむけてはならない」

 「古い仕組みのもとでつくられた既得権が温存される社会、新しいことへの挑戦が評価されにくい社会の中では、若者や新規参入者の意欲と活力が失われる。経済の原動力となるべき層が、努力や能力が活かされない格差の中にあり、将来への閉塞感のなかにあるとすれば、日本経済の将来はない」。

 筆者も加わったこの専門調査会では比較的若手のメンバーから「特定の世代が損失を被る仕組みを変えるべきだ」「90年代の就職氷河期が生んだロストジェネレーション問題を直視すべきだ」といった議論が出た。選挙制度に関しても「年代別の議員定数配分の導入などで、世代間格差をフェアに調整し、未来志向で国民意思を統合するメカニズムを政治過程でも確立すべきだ」という発言まで飛び出した。

 原田泰氏の「高齢者は本当に弱者なのか」という問いかけもある(『中央公論』2008年8月号)。同氏は困っている人を助けることが大事だが、「困っている人」の定義に、所得の低さ、病気の重さなどが当然、条件となるだろうが、「なぜ年齢を入れ、高齢者のみを優遇するのか」と問いかける。高齢者は多様であり、貧しい人も多いが、所得が高い人も資産の多い人もいると指摘し、機械的に年齢を基準とする発想に異議を唱える。

 シルバー・デモクラシー化が進行するなかで、「政治的な生涯現役」と「経済的な引退」のギャップを縮小する発想も必要だろう。「年齢だけを理由」にした雇用差別をしない、経済的にも生涯現役が可能な仕組みも重要な選択肢だろう。成人年齢を18歳に引き下げ、若者の政治参加の幅を広げるという発想もある。高齢社会の課題は大きい。

(日本経済研究センター特別顧問)

※2011年7月に本サイトのコラム名が(旧)「小島明のWEBコラム」から(新)「小島明のGlobal Watch」に変わりました。
本サイト右上のバックナンバーの内、11年5月18日までは、掲載当時に「小島明のWEBコラム」としてご紹介した内容です(WEBコラムは11年5月18日で終了しました)。
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