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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史

2017年4月24日 空洞化の議論― トランプ大統領の貿易政策を考える(4)

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日本経済研究センター研究顧問 小峰隆夫
 トランプ米新大統領は、「輸入が国内の雇用を減らしている」と主張して保護貿易的な態度を表明している。また、米国企業が生産拠点を海外に移すことについても、同じように雇用を減らすとして反対している。これは、海外直接投資による空洞化の議論そのものであり、日本でも一時盛んに行われたものだ。私も自分の守備範囲に、この「海外直接投資・空洞化」というボールが飛んできたことがある。

空洞化への対応のあり方

 「直接投資・空洞化」ボールが最初に飛んできたのは、私が、経済企画庁国際経済第一課長の頃であった(1989〜91年)。当時は、円レートの上昇を受けて海外直接投資が急増した時期であったので、この海外直接投資の増加が日本経済にどう影響するかを議論するため、研究会を作ろうではないかということになった。


 私自身が大学で国際経済学を学んだ嘉治元郎先生に座長になっていただき、10人程度の学識経験者を集めて議論した。当センター理事長の岩田一政氏も入っていた(当時は東京大学助教授)。私自身米国に出かけて行って、ヒアリング調査を行ったりもした。

 なお、この時ヒアリングを行った相手の一人が、なんとあのクルーグマン教授(当時はMIT教授)であった。このクルーグマン教授へのインタビューも思い出に残る出来事だったのだが、今回の議論とは関係しないので、ここではその内容の紹介は行わないことにする。

 この米国調査の中で、私が「なるほど」と思ったのは、カリフォルニア州政府の企業誘致部門の方と面談した時であった。カリフォルニア州では、企業の投資を積極的に呼び込もうとしており、日本にも出かけて行ってカリフォルニアへの投資を呼びかけているということだった。理由はもちろん雇用の創出だ。

 当時、日本では海外の企業を積極的に誘致しようという動きは少なかったし、何となく多くの人が「日本企業」と「外資系企業」は違うと感じている節があった。そこで私が「企業を誘致する場合、米国企業と日本企業で差はありますか」と聞いてみた。担当者は、即座にきっぱりと「どの国の企業であるかは全く関係ありません。雇用を増やしてくれさえすれば、国内の企業でも海外の企業でもどちらでもいいのです」と言った。

 この時の調査の問題意識の一つは「投資摩擦」であった。当時、日本企業が円高を背景に海外の不動産を買い占めるという行動が現地から批判を浴びているという声を聞いていたからである。この頃は、日米経済摩擦が大きな問題になっており、「日本は米国にどんどん輸出するが、米国の生産物をあまり輸入しない」と批判されていたので「日本企業は米国にどんどん投資をするが、米国からの投資は受け入れない」と批判されていると考えるのは自然な発想であった。

 しかし、この時の調査で、私は改めて海外直接投資の意味を再認識した。まず、同じ直接投資でも、不動産投資はいわば資産運用としての投資であるのに対して、製造業・サービス産業の直接投資は、当該企業が現地で事業活動を展開するための投資であり、全く意味が異なるということが分かった。前者は必ずしも歓迎されない場合があるが、後者は、現地の経済活動を活性化するわけだから基本的には歓迎されるのだ。

 その意味では、トランプ大統領がトヨタに米国への投資を促したり、米国企業が出て行かないことを希望するのは当然だと言える。問題があるとすればその手法だろう。トランプ大統領は、やや恫喝的な言い方で個々の企業に直接働きかけるという手法を取った。こうしたやり方は、一時的には効果を発揮するかもしれないが、ルールなしに大統領が口を出して影響力を行使すると、企業は「こうすると何か言われるのではないか」と考えるから、将来の不確実性が高まってしまい、投資が抑制されることになるだろう。

 カリフォルニア州のように、世界中の地域が直接投資を呼び込もうと競い合っている。これは、企業が経済活動をしやすい経済環境をいかに整備するかという競い合いである。この競い合いに敗けないようにすることが基本的な政策的対応であるべきだろう。

経済白書における空洞化の議論

 次に海外直接投資・空洞化というボールが私の守備範囲に飛んできたのは、内国調査第一課長として経済白書を担当していた時であり(93〜94年)、これがまさに空洞化問題であった。当時はバブルが崩壊して景気が悪化していたから、企業が生産拠点を海外に移せば、国内の雇用機会が失われてしまうという議論が盛んに行われていた。経済白書としてもこの議論から逃げるわけには行かない。

 94年の経済白書では、「景気後退下での日本経済の長期的課題」(第3章)の中でこの問題を真正面から取り上げることにした。その結論は、「空洞化は、動態的国際分業が日本とアジアとの間で雁行形態的に進展する一局面として理解すべきである」というものだ。それは概要次のようなことである。

 日本、アジア新興工業経済群(NIEs)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国について財別の貿易特化係数の変化を見ると、国(又は地域)としては、日本→NIEs→ASEAN→中国の順で、産業としては非耐久消費財→耐久消費財→資本財という順で、特化係数の高まり→低下→マイナスへという動きが生じている。つまり、先頭を走る日本は、当初産業の中心だった「非耐久消費財」から撤退して、より付加価値の高い「耐久消費財」へと経営資源を移していった。それにとって代わって、非耐久消費財分野を担ったのがアジアNIEsだった。さらに日本は、耐久消費財からも撤退しはじめ、より付加価値の高い「資本財」部門に経営資源を集中させる。その耐久財部門を担ったのが、非耐久消費財から撤退してこの分野に進出してきたアジアNIEsであり、それに代わって非耐久消費財に進出してきたのがASEANだった。という具合に、アジア地域では、日本を先頭として、産業の譲り渡しが行われ、発展段階の異なる国(地域)が次々により付加価値の高い分野へと資源をシフトしていった。その結果、アジア地域全体の産業構造がダイナミックに高度化し、地域全体の成長が促進されたのである。

 その産業の譲り渡しとは、いわゆる空洞化そのものである。この議論が正しいとすると、空洞化現象は否定的にとらえられるべきではなく、むしろより高付加価値経済に脱皮していくプロセスだと理解すべきだ。すると、日本が取るべき道は、空洞化現象そのものを防ごうとするのではなく、より付加価値の高い分野に積極的に産業構造をシフトさせていくことである。これがこの時の経済白書の結論であった。

 この点で私は危機一髪という局面に遭遇した。経済白書の内容を自民党の商工部会に報告せよということになったのだ。政府が決める事項は、事前に与党である自民党の了解を得る必要があることからこの報告のための会合がセットされたのだ。この部会で了承を得られないと白書はそのままでは発表できないということも考えられる。

 その商工部会で私の説明が、例の動態的分業論に及んだ時、ある議員から「ちょっと待ってくれ、その議論は、空洞化で打撃を受ける産地のことは放っておけという議論になるのではないのか」という発言があった。この意見は、私が「そう言われたら困るな」と事前に懸念していたものであった。白書の議論は要するに「海外に出ていく産業は、国内生産に対する比較優位を失った産業なのだから、出ていった方がいいのだ」と言っているのであり、当時の空洞化による産地の打撃を何とかせよと訴え続けている政治家にとっては、到底受け入れられるような議論ではなかったからだ。

 さてどう応えようかと逡巡した時に、その場を救ってくれたのが、当の商工部会の部会長だった越智通雄氏だった。越智氏は経済企画庁長官を務めたことがあり、私も海外出張に同行したことがあった。越智氏は「いや、経済白書としてはこれでいいんだよ」という、分かったような分からないような理屈でその場を収めてくれた。私なりにその意味を解説すれば「経済白書というのは、理論的・実証的な立場から経済を論じるというのがその役割だ。空洞化を放置するのはけしからんと言いたくなる気持ちは分かるが、それは白書を離れて政治的に議論すればいい」ということだったと思われる。

 トランプ大統領も、政治的に企業を批判するだけではなく、積極的に世界経済をリードするような議論を展開して欲しいものだ。

(2017年4月24日)


(日本経済研究センター 研究顧問)


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