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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史

2017年7月24日 バブルの経済的背景―バブルを分析する(3)

日本経済研究センター研究顧問 小峰隆夫
 93年1月に内国調査課長となった私は、この年の白書を「バブルの総決算白書」にしようと考え、かなり張り切ってバブルの経済的分析に取り組んだ。その成果は、93、94年の経済白書に盛り込まれている。これら白書を踏まえて、以下、バブルの分析を紹介しよう。

 バブルの経済分析の対象としては「バブルの規模はどの程度だったか」「バブルはなぜ起きたのか」「バブルの生成と崩壊は日本経済にどのようなインパクトをもたらしたのか」「バブルの生成と崩壊の過程で、経済政策はどうあるべきだったのか」「我々は世界史的なバブルの経験からどんな教訓を引き出すべきか」といったことが考えられる。

 このうち「バブルの規模」については、本連載の「資産価格の経済分析(上)」(2016年10月21日)「同(中)」(同11月22日)で既に述べているのでここでは繰り返さない。要は、@香西泰氏に国民経済計算の中の「調整勘定」が、土地・株式のキャピタル・ゲイン、キャピタル・ロスを示しているということを教えていただき、A日本経済研究センターに出向していた87〜89年に、その調整勘定を活用してバブルを分析し、Bその経験を生かして、93年の経済白書でも、調整勘定を使って、バブルがいかに大規模だったかを示したということである。

 本稿では「バブルはなぜ起きたのか」という問題について考えてみたい。

バブルは経済的に説明できるのか

 そもそもバブルという現象は経済的に説明できるのだろうか。この点について93年の経済白書(以下「白書」)は次のように書いている。

 「バブルがなぜ発生したのかを分析的に示すことは、言うべくしてむずかしい。これは、『経済的ファンダメンタルズからかい離した価格の変動がバブルである』と定義すると、定義的にバブルの発生を経済的条件によって説明することが不可能になってしまうという論理的矛盾があるからである。」

 これは私が書いた文章である。自分で読み直してみても、いかにも私が好きそうなロジックの展開だ。当時の白書は、こういう個人の好みを反映したような文章を書いても良いという大らかさがあった。ただし、この部分はやや議論になった。これからバブルを分析しようという出だしの部分で「バブルの分析は難しい」と書いたわけだから、「そんなことを最初に書くのか」という意見が出たのである。この原案を読んだS審議官(審議官は課長より地位が上)は、「どうしてこんなことを書かねばならんのだ」と、かなり強い調子で批判してきた。しかし、80年代後半に大きなバブルが発生したのは、バブルの渦中にあっては、経済の専門家も含めて多くの人が「今がバブルだ」とは考えなかったからである。これは、当時の専門家が怠慢だったわけではなく、基本的にはバブルをバブルだと経済的に認識することが難しいからだというのが私の考えだったので、前述の文章はそのまま残すことにした。当時の白書では、たとえ地位が上の人からのコメントでも、課長が気に入らなければこれを採用しないというわがままが結構許されていたのである。

収益還元モデルによる資産価格の説明

 こうした限界を十分認識しつつ、白書が採用したのは「収益還元モデル」である。これは、土地、株式などの資産価格は、「資産がもたらす期待収益」を、「裁定関係にある資産の利子率」と「リスクプレミアム」の和で割り引いたものだという考え方である。ただし、このモデルを使ったバブルの説明は、当時の白書の記述以降、私自身が説明振りを分かりやすく変更している。具体的には、私が大学などで説明する時には、「裁定関係にある資産の利子率」を「預金金利」、「リスクプレミアム」を「予想資産価格上昇率」と置き換えて説明しているので、以下ではこちらの分かりやすいバージョンを使う。

 今、年間100万円の地代収入がある土地があったとする。預金金利が4%の場合、この土地の価格はいくらになるだろうか(土地の保有コスト、取引コストはゼロとする)。この場合100万円の地代が「資産がもたらす期待収益」である。最初は、この土地の予想価格上昇率はゼロだとしよう。価格が3千万円ではどうか。この場合、3千万円を預金しておけば年間120万円の所得が得られる。つまり、わざわざ土地を買わないで、銀行に預けておいた方が儲かる。すなわち、3千万円でこの土地を買う人はいない(高すぎる)。では、2千万円ではどうか。この場合、2千万円を銀行に預けても80万円しか得られないのだから、土地を買って地代の100万円を受け取った方が有利である。すなわち、2千万円は安すぎるのだ。ではどこが適正価格かというと、それは2千5百万円である。この場合は、銀行に預けても、土地を買っても年間100万円の収入が得られるから、これが均衡値となるのである。これは、100万円という期待収益を、預金金利(0.04)で割ったものである。

 次に、多くの人が、この土地の地価は毎年2%値上がりすると考えたとしよう。再び、この土地の価格はいくらになるだろうか。仮に2千5百万円だと、銀行に預ければ年間の収入は100万円だが、土地を持っていれば、地代が100万円、土地の値上がり益が50万円、合わせて年間150万円の収入を得られる。つまり、2千5百万円では安すぎる。この場合の均衡価格は5千万円である。この価格であれば、銀行に預けても、土地を所有しても年間収入は200万円(土地の場合は地代の100万円プラス値上がり益100万円で合計200万円)。この均衡価格は、地代の100万円を、利子率から予想地下上昇率を差し引いた2%で割り引いたものとなっている(100÷0.02=5000)。前述の収益還元モデルが成立していることが分かる。
 
 以上が収益還元モデルの説明だが、白書は経済学の教科書ではないので、これほど詳しいモデルの解説をしているわけではない。

収益還元モデルによるバブルの説明

 この収益還元モデルに基づいて、白書は、80年代後半に資産価格が急上昇した理由として、次のような点を指摘している。

 第1は、経済活動そのものが好調で、企業収益が増益基調をたどり、土地需要も東京圏を中心に増大していたことだ。収益還元モデルの「資産がもたらす期待収益」とは、株価であれば配当であり、地価であれば地代である。80年代後半には、企業収益の増大によって配当金額も増え、土地需要の増大で地代も上昇した。これが株価、地価の上昇要因として作用したわけだ。

 第2は、金利の低下である。収益還元モデルでは、金利の低下は大きく資産価格を上昇させる力を持っている。前述の期待地価上昇率ゼロの例で考えると、金利が4%のときは地価の均衡価格は2千5百万円だったが、金利が2%に下がると、それだけで地価は2倍の5千万円となる(自分で計算してみてください)。80年代後半の金利の動きを公定歩合の変化でみると、5%だった公定歩合は86年1月から87年2月にかけて5回にわたって引き下げられ、その後も89年5月に至るまで2.5%の史上最低レベル(当時)に据え置かれた。金利が半分になったのだから、資産価格は2倍になってもおかしくなかったことになる。

 第3は、予想資産価格上昇率の高まりである。この点を前述の収益還元モデルで考えると(白書には書いていないが)「資産価格は無限大になりうる」という衝撃的な結論が得られる。前述の金利4%の場合、予想地価上昇率が4%を越えると、地価は無限大となってしまう。例えば、1億円という値段がついたとしても、預金した場合の収入(400万円)より土地の収入(地価上昇による400万円+地代100万円)のほうが多くなる。これは地価が10億円になっても20億円になっても同じである。白書はこの点について「株価・地価の上昇が大幅かつ継続的なものとなるにつれ、国民全体のなかにさらなる値上がり期待が高まっていった」と述べている。白書が示した当時の世論調査(総理府「土地問題に関する世論調査」88年6月)によると、回答者の6割以上が「土地は預金や株式に比べて有利な資産である」と答えており、4分の3が「土地はこれからも値上がりを続ける」と答えている。

 こうして白書は、「経済の良好なファンダメンタルズの中で資産から得られる収益が増えたこと」「金融が大幅に緩和された状態が続き、低金利が続いたこと」「資産価格上昇期待が自己実現的に現実の資産価格を上昇させたこと」という3つが重なったことが、80年代後半の資産価格の急騰をもたらしたと結論付けたのである。

 このうち、資産から得られた収益が増えたから資産価格が増えたということは、バブルでもなんでもない当然のことであり、むしろ評価されるべきものである。金融緩和が長引いたことは、金融政策に問題があったことを示している。そして、資産価格上昇期待が高まったことは、国民全体が「欲に目がくらんだ」状態となったことを示している。言葉を変えて言えば、「正当な資産価格上昇」と「政策の失敗」と「国民全体の熱狂」が重なったことがバブルを生んだということである。

(2017年7月24日)


(日本経済研究センター 研究顧問)


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