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大竹文雄の経済脳を鍛える

2012年5月17日 消費税の逆進性を考える

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄

 国会で消費税増税が議論されている。野田佳彦首相は、消費増税に「政治生命をかける」としている。その割に、消費税に関する議論は建設的ではないように感じてしまう。増税は不可避のもとで、消費税なのか所得税なのか、という議論があれば、もう少し変わるのではないだろうか。消費税を否定する際の最大の根拠は、所得税は累進的だが、消費税は逆進的だというものだ。このことをもう少し考えてみよう。 

所得税は累進的だが、消費税は逆進的?

 正確には、所得税は累進的にできるが、消費税は逆進的にしか課税できない、というべきであろう。所得に課税する場合であっても、比例的あるいは逆進的に課税されている場合もある。例えば、社会保険料はその例である。基本的に定率で課されている上、社会保険料には負担の上限もある。そのため、所得に対する社会保険料の支払額は逆進的になる。しかし、所得税は、通常、課税最低限がある上、限界税率が所得とともに上昇するので、所得に対する所得税負担率の比率である平均税率は上昇していく。

 これに対して、消費税は逆進的だと言われる。所得に対する消費の比率である平均消費性向が、所得が低いほど高く、所得が高くなるにしたがって小さくなっていくという特徴があるからだ。低所得者であっても生きていくためには消費をせざるを得ず、その消費に税金がかけられる。高所得者は、その所得の一部しか消費しなくても生きていけるのに、多額の貯蓄には課税されなくてすむ。なるほど消費税は逆進的で不公平に見える。

 しかし、よく考えてみると、現時点で多くの所得を稼いでいる人と、現時点で多くの消費をできる人とでは、どちらが豊かな人なのか、というのは意外に難しい。今年は仕事の調子が悪く、年収が100万円しかなかった人でも、大きな家に住んでいて、5000万円の貯金があるという人がいるかもしれない。逆に、今年はたまたま仕事が好調で1000万円の所得があったけれど、貯金はなく、借家に住んでいるという人もいるだろう。どちらの人も今年、200万円の消費をしたということは十分考えられる。最初の人は、所得は少ないけれど、多くの貯金がある。後者の人は、所得は多いけれど、将来に備えて貯蓄するだろうし、過去に借金をしていてその返済にあてる可能性もある。

 上の二人のケースでは、年収100万円の人の方が年収1000万円の人より、所得に対する消費税の負担率が高い。確かに逆進性が観察される。でも、この場合の逆進性は本当に政策的に問題にすべき逆進性なのだろうか。

 1000万円の所得の人の方が、100万円の所得の人より豊かだというのは、今年の所得で豊かさを定義しているからだ。ストックも含めた生活水準で考えると、どちらの人が豊かなのかは、簡単には言えない。所得よりもむしろ消費の方が人々の豊かさを測る上では優れているのではないだろうか。多くの消費ができる人が豊かであると考えれば、消費の一定割合を税金で支払うことは、逆進的でもなんでもなくなる。ほとんどの人が個人資産をもっていなかった時代なら、一年間の所得を豊かさの指標にすることは正しい。しかし、個人資産をもつ人が多い社会では、単年度の所得を豊かさの指標とするよりは、消費の額そのものを豊かさの指標とする方が望ましいのではないだろうか。

 それでも消費税を累進的にすることは難しい。累進所得税、資産所得課税や相続税等を補完的に使って、税の再分配効果を維持する必要はある。

社会保険料の逆進性

 社会保険料の逆進性があまり批判されないのは、給付と対応していることがあるだろう。年金であれば、負担は比例的でも、給付は基礎年金という固定的な部分と報酬比例という比例的な部分で構成されている。基礎年金部分が固定的ということは、生涯所得が低かった人は、支払額以上に給付をもらうことになる。逆に、高所得であっても人は、社会保険料の支払額以下しか給付を受け取ることができない。そういう意味では、公的年金制度は、給付まで考えれば累進的だ。また、健康保険料も同じである。保険料負担が少なくても、医療費の負担は同じ、自己負担率である。もし、貧しい人ほど健康が悪化している可能性が高ければ、医療保険からの給付を受ける人は、貧しい人ほど多くなる。負担の側面だけ考えれば、逆進的であった健康保険料も、給付まで考えると、累進的な制度だと考えることができる。

定額給付による逆進性の緩和策

 以上の議論に納得する人は、消費税の逆進性を、課税されるタイミングだけで捉えることの間違いに納得するはずだ。仮に、低所得者が、食費に関して支払う消費税相当額を年間3万円として、国民全員に定額で3万円を給付することを考える。実際に金券で3万円渡すこともひとつの方法だが、低所得者でも支払っている社会保険料をその分減免しても同じである。そうすると、消費税負担額から定額給付金を差し引いた額が、純消費税負担額になる。これなら、消費税の逆進性はなくなって、消費税も累進的にできる。それでも、この方式に反対する人はいる。高所得者にも定額給付金を払うことは、ばらまき政策である、というのだ。

軽減税率は逆進性の緩和に役立たない

 給付による逆進性解消策を「ばらまき」だと批判する人たちは、食料品などに軽減税率を導入なら消費税を容認するということがある。これなら、所得に対する食料品支出の比率が高い低所得者には「優しい」税金で、再分配効果も期待できるように見える。

 しかし、経済学者の間では、食料品などへの軽減税率の導入は、それほど再分配効果をもたないことが知られている。それは、高所得者も低所得者と同様に食料品を購入するからだ。高所得者の食料品の所得や消費に占める支出割合が、低所得者に比べて小さいとしても、食料品支出額そのものは低所得者より多い。言い換えると、軽減税率という形で配分される消費補助金は、低所得者よりも高所得者により多く配分されるのだ。食料品への軽減税率は、低所得者へ優しい以上に高所得者にも優しい税制になる。書籍や新聞への軽減税率であれば、さらにその傾向は強くなる。もし、全員への定額給付を高額所得者へのばらまきであると言うのであれば、軽減税率も高額所得者へのばらまきなのである。

 軽減税率は、逆進性の緩和に役立たないだけではなく、人々の行動に歪みを与えてしまうという意味で「非効率的」である。食料品への支出は価格に対して非弾力的であると考えられているが、もし食料品の価格が他の財の価格よりも安いのであれば、人々はより高い食料品を購入する可能性があるし、食料品以外の財の購入から高級な食料品へ支出を変更する可能性があるのだ。

(2012年5月17日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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