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大竹文雄の経済脳を鍛える

2013年4月17日 「情けは人のためならず」と豊かさ

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
情けは人のためならず

 あなたは「情けは人のためならず」という言葉は、つぎのどちらの意味だと思っているだろうか。

(ア)「人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる」
(イ)「人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない」
 
 もし、あなたが20代、30代であれば、(イ)と答えたのではないだろうか。60歳以上の人なら、(ア)と答えている可能性が高い。

 実は、この質問は2010年度に文化庁によって行なわれたものだ(平成22年度「国語に関する世論調査」)。本来の言葉の意味は(ア)の「人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる」である。しかし、この意味だと考えている人は、日本人の45.8%ということだ。全く逆の意味である(イ)の「人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない」と思っている人も、ほぼ同じ比率の45.7%ということだ。2001年にも同じような調査が行われているが、その比率にほとんど変化はない。
 20代と30代では、約6割の人が「その人のためにならない」という意味にとっている。過半数が、本来の意味で理解しているのは、60歳以上の年齢層だけである。それでも、55.4%ということなので、それほど多くない。

※図表をクリックしていただくと、拡大してご覧いただけます。



 この慣用句の意味の取り方が、人を助けることに関する日本人の価値観を表しているのであれば、私たちは教育のあり方を見直したほうがいいかもしれない。また、あなたが「情けを掛けることは、その人のためにならない」と考えているのであれば、その考えを変えた方が、所得も増えて、友人も増えて、幸福度も高まるかもしれない。

信頼と経済成長

 最近の経済学研究で、このような互恵的な考え方や他人に対する信頼の程度が、経済成長や所得水準に影響を与えることが示されてきている。

「一般的に言って人を信頼することができる」という考え方がないと、「人を助けることが、将来自分のためにもなる」という考え方をもつことは難しいだろう。逆に言えば、助けてもらったらその恩を返すという規範がなりたっていることが大切だ。自分がそう思っているだけでなく、他人もそう思っているという信頼があって、このような互恵的な行動が成立することになる。

 人への信頼や組織への信頼が高い社会であれば、経済取引も円滑に進みやすい。取引をする上で、いつも取引相手は、正しいことを言っていないのではないか、高めの値段を言ってきているのではないか、と疑わねばならない社会であれば、取引費用は非常に高くつく。これに対して、相手の言うことを信頼でき、約束を守ってくれると期待できるのであれば、取引は円滑に進むことになる。

 実際、アルガンとカユックという二人のフランスの経済学者の研究によれば、「一般的に言って人々は信頼できる」と思っている人の割合が高い国の方が、経済成長率が高かった(Algan and Cahuc (2010))。豊かな国ほど、人々を信頼するようになるという反論があるだろう。

 これについて、アルガンらは、アメリカへの移民の考え方から、その出身国の価値観を推定している。アメリカ移民は、同じアメリカ社会の豊かさの中で住んでいるにも関わらず、出身国によって、他人を信頼する程度が違う。そして、他人を信頼する程度は、彼らの出身国の平均とかなり相関しているのである。つまり、他人を信頼する程度というのは、現在の所得水準だけではなく、両親を通じた文化的な伝達に影響されていることになる。アメリカ移民の間での出身国による価値観の差を用いれば、その国の所得水準の影響を取り除いた文化の影響を推定できるのだ。彼らの研究は、経済成長したから人々は他人を信頼するようになったのではなくて、もともと他人を信用するような社会だったから経済成長したということを示しているのである。

互恵性と豊かさ

 あなたは、つぎの考え方のそれぞれにどの程度あてはまるだろうか。

(1)頼みごとを聞いてもらえたらお返しする
(2)ひどく不当な扱いを受けたら、どんな犠牲を払ってでも復讐する
(3)誰かに苦境に追いやられたら、その人に同じことをする
(4)以前親切にしてくれた人には労を厭わず手助けする
(5)誰かが私の機嫌を損ねたら、私もやり返す
(6)以前私に親切にしてくれた人は身銭を切ってでも助けるつもりだ

 この質問はドイツの大規模な調査で約2万人を対象にされたものだ。このうち、(1)(4)(6)は正の互恵性、(2)(3)(5)は負の互恵性を意味する。Dohmen, Falk, Huffman とSundeという4人の研究者が、この調査を使って、互恵的な行動パターンと個人の経済的成功の関係を調べた(Dohmen, Falk, Huffman and Sunde(2009))。

 理論的には正の互恵性をもっている人は、そうでない人よりも、高い賃金を得ている可能性が高いと考えられる。なぜなら、従業員が正の互恵性をもっていることを経営者が知っていたなら、高い賃金を支払えば、従業員はそれに応えて、会社のために努力してくれると期待できるからだ。逆に、極端に利己的な従業員なら、高い給料をもらってもラッキーと思うだけで、できるだけ努力をしないという行動をとるはずだ。

 では、負の互恵性をもった従業員はどうだろうか。会社が負の互恵性をもった従業員に対して、賃金を下げてしまった場合には、従業員は腹をたてて、真面目に働かなくなったり、ひどい場合には会社に被害を与えるような行為をするかもしれない。そうであるなら、会社は、負の互恵性をもった従業員の賃下げをするよりは、会社を辞めてもらうことにするだろう。

 Dohmenらの実証研究によれば、ドイツではこの推測が当たっていた。具体的には、正の互恵性をもっている人ほど、より残業をしていて、欠勤も少なく、賃金も高い。また、負の互恵性をもっている人は、失業している可能性が高いし、将来失業する可能性も高いのに対し、正の互恵性をもっている人は、失業しにくい。さらに、正の互恵性をもっている人は、友人の数も多いし、生活満足度も高くて、負の互恵性をもっている人はその逆という結果が得られている。まさに、「情けは人のためならず」だ。

教育の影響

 それでは、信頼や協力という文化は、生まれつきのものや家庭教育の影響がほとんどであって、変えることができないものなのだろうか。アルガンらの最近の研究によれば、学校教育のスタイルが、このような価値観に大きな影響を与えているという(Algan, Cahuc, and Shleifer. (2013))。学校教育では先生が黒板に板書して、生徒がノートに写すというスタイルと生徒同士でグループ学習をするというのがある。どちらかのスタイルに偏っているという場合もあれば、それらが組み合わされて教育されている場合もある。彼らは、この学校教育のあり方が、信頼や協力の価値観に影響を与えることを、国際比較と個人調査の両方から明らかにしている。

 具体的には、板書ばかりの教育の国だと、一般的な信頼が低い、公務員への信頼が低い、生徒同士での協力が少ない、会社での分権化が進んでいない、仕事での自由度が少ない、新規参入の規制が強い傾向があるとされている。逆に、親を尊敬する傾向が強いという。グループ学習が多い国は、その逆の傾向がある。日本は、板書中心の国の一つとされている。

 成績との関係はどうだろう。板書で勉強した方が、グループ学習で勉強するより効率的に勉強できるかもしれない。しかし、彼らの研究結果によると、グループ学習だけというのも、板書だけというのも、成績にはよくなくて、両方を組み合わせることで成績を上げるという結果が得られている。

 お互い助けあうという経験を学校教育でしておくことで、助けあうことの大切さを実感させて、正の互恵性が培われるのであれば、教育スタイルを変えていくことも必要かもしれない。それよりも、まずは、正の互恵的な行動をとるように心がければ、賃金が上がり、友人が増えて、幸福になるかもしれない。残業時間は増えるかもしれないが。もっとも、ドイツでの研究の結果なので、日本で実践して、効果が得られるかどうかは保証できない。

<文献>
Algan, Yann and Pierre Cahuc (2010) “Inherited Trust and Growth,” American Economic Review 100. 2060-2092.
Algan, Yann, Pierre Cahuc, and Andrei Shleifer. (2013) “Teaching Practices and Social Capital,” American Economic Journal: Applied Economics. Forthcoming.
Dohmen, Thomas, Armin Falk, David Huffman and Uwe Sunde (2009) “Homo Reciprocans: Survey Evidence on Behavioral Outcomes,” The Economic Journal, 119 (March), 592–612.
文化庁(2011)平成22年度「国語に関する世論調査」 

(2013年4月17日)


(日本経済研究センター 研究顧問)


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