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大竹文雄の経済脳を鍛える

2013年6月18日 よく知っているものを選ぶかどうかは遺伝で決まっている?

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
不確実なものを嫌う

 多くの人は、不確実なものよりも確実なものを好む。「50%の確率で1000円もらえるが、50%の確率で何ももらえない」というクジをもらうよりは、確実に500円をもらうほうが嬉しい、というのは、多くの人に共通した行動だろう。

 では、不確実な場合どうしの選択を考えてみよう。あなたは、つぎのクジの選択だとどちらを選ぶだろうか。

問題1
A 赤玉が10個、白玉が10個で合計20個の玉が入っている壷がある。この壷から一つの玉を取り出すとき、その玉の色を当てれば1000円もらえる。
B 赤玉と白玉が合計20個入っている壷があって、それぞれの色の玉が何個ずつはいっているかは分からない壷がある。この壷から一つの玉を取り出すとき、その色の玉の色を当てれば、1200円もらえる。

 Bの方が当たったときの報酬が大きいのは明確だ。しかし、Aの場合は客観的な確率が分かっているからなんとなく安心であるのに対し、Bの場合は客観的な確率は分かっていない。

 1200円という報酬の高さよりも確率が分かっているという安心感の高さを理由にAのクジを選ぶという人もいるだろう。逆に、それよりも200円分報酬が高いBを選ぶという人もいるはずだ。

 Bの壷については、赤玉と白玉の数がまったくわからないのだから、どんな可能性も平等にあると考えるのが自然だ。そう考えると、赤玉が出る確率も白玉が出る確率も同じということになる。つまり、AとBのクジは、どちらも同じ確率のものだと判断できる。このように考えた人は、同じ確率なんだから当たったときの報酬が高いBのクジの方が有利だと判断することになる。

 言われてみればBを選んだ人の方が合理的なように思えるが、それでもAを選ぶ人の気持ちが分かる。こうした現象は、ケインズがもともと『確率論』で提示したもので、後にエルスバーグのパラドックスとして知られるようになった。行動経済学では、曖昧性回避がこのような現象をもたらしていると考えられている。

 なんども繰り返し発生するような場合は客観的な確率を計算しやすい。しかし、そのような過去のデータがないような場合に私たちが意思決定を下さなければならないことは、経済的な意思決定だけでなくても、私たちは日々直面している。私たちの多くは、そのような客観的な確率が分からないような選択を意識的に避けようとする。それが、現実の経済にも大きな影響を与えているのではないか、と行動経済学では考えられている。例えば、統計的にみて景気の上昇確率が50%と分かっている時なら株式投資をする人が、景気の将来見通しが全く分からない時期には、安全資産で運用するという場合がそうである。


よく知らないものを嫌う

 曖昧性回避と似たものに、親近感バイアスというものがある。親近感バイアスを理解してもらうために、つぎの質問を考えてもらいたい。

問題2
A 明日の東京証券取引所の日経平均の終値が偶数か奇数を当てれば1000円もらえる。
B 明日の上海証券取引所の上海総合指数の終値が偶数か奇数を当てれば1200円もらえる。

 この問題2のどちらのクジをあなたは好むだろうか。冷静に考えれば、株価指数が偶数になるか奇数になるかは、50%の確率であって、東京証券所であろうが上海証券取引所であろうが、無関係である。しかし、なんとなく東京証券取引所の方がよく知っている感じがあるので、東京証券取引所の終値の奇数・偶数を当てるクジを選ぶ人がいるのも理解できる。

 私たちがよく知っているものについては、それが本当に不確実性を減らして合理的なリスク計算ができるものも多い。よく知っているものは曖昧性が少ないから、よく知っているものを選好するというのであれば、曖昧性回避でこのような行動は説明できる。しかし、問題2の場合は、東京市場のことを上海市場のことよりよく知っているからと言って、不確実性を減らすことにはなにも貢献しない。それにも関わらず、不利な東京市場に関するクジを選ぶというのは、親近感バイアスと呼んでもいいだろう。

 このような親近感バイアスの存在は、マクロ経済でも重要な影響を与える。「卵を一つの籠に盛ってはいけない」ということは、資産運用でよく知られた言葉である。資産を一つの株で運用すると、資産全体が大きな危険にさらされてしまうので、できるだけ資産は分散してもつべきだ、というのが経済学の原則である。ところが、多くの日本人は、資産を日本国内の債券や株で運用していて、外国の資産で運用している人は少ない。これは日本だけではなく、どの国もそういう傾向がある。当然、自分の国のことの方が他国よりもよく知っているという影響があるかもしれない。しかし、インデックス・ファンドの予測力については、その国の人も他国の人も違いがないだろう。こうした現象は、国際経済学の分野でホーム・バイアスとして知られているパズルである。

曖昧性回避と親近感バイスと遺伝

 問題1と問題2に答えて頂いた方の中には、様々な組み合わせの回答をされた人がいると考えられる。どちらもBと答えた人もいれば、どちらもAと答えた人、あるいは、問題1ではBだけれども問題2ではAという人がいるのではないだろうか。

 このような選択の違いは、経済学的な訓練を受けたかどうかにも依存するだろうし、もともとの性格にも依存するかもしれない。ひょっとしたらその性格は、遺伝的なものだという可能性はないだろうか。

 シンガポール国立大学のSoo Hong Chew教授らは、北京の325人の被験者を相手に実験を行って、その行動と遺伝子の特性の関係を調べた(注)。曖昧性回避については、上記の問題1に似た質問を行っている。親近感バイアスについては、つぎの問題3の質問をしている。

問題3
A 過去のある日の北京の最高気温が偶数か奇数かをあてれば1000円もらえる。
B 同じ日の東京の最高気温が偶数か奇数かをあてれば1200円もらえる。

北京の被験者は、曖昧性回避に関する問題1では、49.4%が20%の損をしても客観確率が示されている選択肢Aのクジを選んでいた。親近感バイアスを測定する問題3では、39.6%が北京の最高気温を当てるクジを選んだという。

 Chew教授らは、このような曖昧性回避と親近感バイアスが、不安感と関係すると予測されている候補遺伝子とどのような関係があるかを統計的に分析した。その結果、脳内伝達物質のセロトニンと関わる遺伝子多型は、親近感バイアスの有無と相関しているが、曖昧性回避とは相関していないことが明らかにされている。一方、ドーパミンD5受容体とエストロゲン受容体βに関わる遺伝子多型は女性についてのみ曖昧性回避と関連があるということが示されている。

 セロトニン伝達物質は、回避的行動、神経質や鬱と関連していると指摘されているものである。具体的には、遺伝子多型のうち、5-HTTLPR(セロトニントランスポーター遺伝子多型)の繰り返しが短いタイプの人は、危険回避的であり損失回避的だという研究結果も最近得られている。

 経済的に損をしてでも、親近感のある方を選ぶ傾向があるというのは、どうやら私たちが遺伝的にもって生まれた特性なのかもしれない。私たちの選択が曖昧性回避や親近感バイアスによって、経済的な合理性から離れている可能性があるかどうか、意識的にチェックすることが、私たちにできるせめてもの対策なのだろう。

(注)Soo Hong Chew, Richard P. Ebstein & Songfa Zhong (2011) “Ambiguity aversion and familiarity bias: Evidence from behavioral and gene association studies” J Risk Uncertain (DOI 10.1007/s11166-011-9134-0 )

(2013年6月18日)


(日本経済研究センター 研究顧問)



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