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大竹文雄の経済脳を鍛える

2014年7月18日 軽減税率はなぜ人気なのか?

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
1.軽減税率の導入検討

 2014年4月、消費税が5%から8%に引き上げられた。消費税の引き上げは、これからも続く。2015年10月には、消費税は8%から10%に再度引き上げられる予定になっているのだ。しかも、6月24日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」には、経済状況等を総合的に勘案して2015年の消費税10%への引き上げの判断を2014年中に行うことが明記されている。

 消費税の10%への引き上げの判断とともに、関心を集めているのが、軽減税率の導入についての議論である。この点については、自民・公明の与党税制調査会の平成26年度与党税制改正に「消費税の軽減税率制度については、『社会保障と税の一体改革』の原点に立って必要な財源を確保しつつ、関係事業者を含む国民の理解を得た上で、税率10%時に導入する。(中略)軽減税率制度の導入に係る詳細な内容について検討し、平成 26 年 12 月までに結論を得て、与党税制改正大綱を決定する。」と記されている。これを受けて、自民・公明両党は2014年7月8日から与党税制協議会で、消費税の軽減税率の導入に向けた聞き取り調査が始まっている。

2.経済学者は否定的

 多くの経済学者は、軽減税率の導入に反対である。2014年6月11日の税制調査会でもほとんど委員が軽減税率の導入に強い反対を意味している。経済学者が批判する理由は主に2つある。第1に、軽減税率は低所得者対策として有効ではない。第2に、軽減税率は人々の消費行動に影響を与えるという意味で非効率性をもたらす。

 「軽減税率は低所得者対策として有効でない」とは、信じられない人が多いだろう。実際、軽減税率の賛否を聞いた世論調査によれば、約7割程度の人が、軽減税率の導入に賛成している(産經新聞・FNN世論調査(2013.12)、JNN世論調査(2014.4)、毎日新聞調査(2013.11)等)。

 購入しないと生活できないからこそ生活必需品だ。生活必需品の消費税を軽減することは、低所得者の税負担を減らすのだから、低所得者の負担軽減政策になるに決まっているではないか。支出に占める食料品費支出の割合(エンゲル係数)は、高所得者ほど低くなるという「エンゲルの法則」はよく知られた事実ではないか。

 こうした指摘は、すべて正しいが、重要な事実を一つ見落としている。生活必需品は、高所得者も購入するということだ。確かに、支出に占める食料品費の「比率」は、高所得者の方が低所得者よりも小さい。しかし、食料品費の「金額」は高所得者の方が大きいのである。ということは、軽減税率の恩恵をより大きく受けるのは、高所得者なのである。消費税増税の低所得者に対する負担増加を小さくするために、軽減税率を導入した結果、高所得者の負担軽減は低所得者以上に大きくなるのである。

3.軽減税率は補助金と同じ

 軽減税率によって消費税は、その分税収が減る。一定の税収を得るためには、軽減税率が存在すれば、その分、消費税率を引き上げる必要がある。軽減税率は、消費税を一律で取ると同時に軽減税率対象品目の購入金額に比例して、購入者に対して補助金を支払っているのと同じである。そうすると、購入金額が高い高所得者ほど、より多くの補助金を受け取っていることが理解できるのではないだろうか。軽減税率と言えば、低所得者に優しい政策だと思う人が多いかもしれないが、生活必需品に対する生産者への補助金と言っても同じように思うだろうか。

 日本に住所がある個人や在留する外国人に一律1万2000円の定額を補助金として給付するという「定額給付金」政策が、2009年3月4日に施行された。この政策は、バラマキ政策として批判された。所得水準に関係なく給付される補助金は、バラマキと言えるかもしれない。

 もし、定額給付金がバラマキ政策であるならば、軽減税率は定額給付金よりも質の悪いバラマキ政策である。高所得者の方がより多くの補助金を受け取る補助金政策に賛成する人はいるだろうか。

4.なぜ軽減税率は好まれるのか

 軽減税率に賛成する人が多いのはなぜだろうか。第1の理由は、行動経済学で知られているアンカリングの効果だろう。人々は絶対的な水準で損得を判断するよりも参照点からの差で損得を判断することが多い。消費税が10%であればそれがアンカーとなって、その消費税率よりも税率が低ければ得をしたと考える。もし、軽減税率が導入されたことによって、消費税率が11%になったとしても、軽減税率の存在が低所得者に優しいと感じられるのではないだろうか。定価が安く値引きがない場合と、定価が高く値引きがある場合で、どちらも値引き後の価格が同じ場合、値引きがある方が得したように感じてしまう。私たちは、定価という値段にアンカリングされてそこからの差で損得を感じてしまうからだ。

 第2の理由は、中所得者以上の人たちが、実際は軽減税率によって自分たちが得をすることを知っているが、それが低所得者対策であるという名目を立てることで、政策への正当化をしやすいということではないだろうか。

 第3の理由は、生活必需品の生産者が、自分たちの製品の需要を増やすために、軽減税率が低所得者対策であると主張することで、消費者の意識を歪めている可能性がある。

 軽減税率によって価格体系に歪みがでることで、生活必需品の消費量を増やしてしまうことを生産者が狙っているのである。価格水準や所得水準に関わらず一定量消費するものが真の生活必需品ではあるが、ほとんど生活必需品は、価格が高くなるか、所得が減少すると少し消費量を減らす。軽減税率の存在によって、軽減税率対象外の品目の消費を減らし、軽減税率対象品目の消費を増やすようになることが発生する。軽減税率が存在し、消費税の水準そのものが高くなることで、この歪みは大きくなる。消費行動を歪められる消費者にとって、それは望ましいことではないだろう。それに、第2と第3の理由は、中所得者以上の人々と生活必需品の生産者が共謀する可能性を示唆している。

 こうして考えてみると、軽減税率を導入するくらいなら、バラマキ政策と批判された定額給付金政策の方が低所得者に優しい政策なのである。

【参考】
「消費税の軽減税率に関する検討について」第9回税制調査会(2014年6月11日)資料
第9回税制調査会議事録(2014年6月11日)

(2014年7月18日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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