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大竹文雄の経済脳を鍛える

2014年11月25日 高齢化が起業を減らす

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
 少子高齢化が、様々な経済的社会的問題を引き起こすことはよく知られてきている。例えば、確定給付型の賦課方式の公的年金制度が、少子化のために維持することが困難になってきている。そのため、給付額を人口構成によって変動させる変動給付型ともいえる年金制度に変更するのが、マクロスライド制導入のねらいだ。また、人口減少によって、労働力人口が減少することに対処するために、高齢者や女性の労働力参加率を高めるとことが政策目標になっている。高齢者の労働力参加率の上昇は、将来、年金給付総額を減額するために必要な年金給付開始年齢の引き上げの環境整備にもなる。現在は、高齢者が定年によって労働市場から退出し、年金受給者になっている。しかし、60歳以降も現役で働いてもらって、年金受給のタイミングを遅くしてもらえれば、将来の労働力不足の緩和になるだけではなく、年金給付総額も減らすことができるという意味で、一石二鳥の政策手段である。

イノベーションを阻害

 ところが、高齢者が労働力として活躍するようになるのは、いいことばかりではない。北京大学のLiang教授 とWang教授およびスタンフォード大学のLazear教授の研究によれば、経済全体として起業率が高齢化によって減少してしまう可能性があるというのだ。経済成長には、イノベーションが不可欠である。特に、人口減少社会では労働力の投入量が減ってくるのだから、経済成長の源泉は、物的資本の充実か生産性の向上以外にあり得ない。日本のように物的資本が十分に多い社会では、生産性を向上させていくしかないだろう。生産性を向上させるには、イノベーションを促進させることが必要だ。新しい技術や新しいアイデアをもとに魅力的な製品やサービスを生み出していくことが、高い付加価値を生み出すことにつながる。新しいイノベーションは、それが斬新なものであればあるほど、既存の企業にとって破壊的なものである。そうであれば、既存の企業からは、なかなか飛躍的なイノベーションは起こりにくい。新しい産業をけん引してくれるのは、新たに創業された企業であることが多い。その意味で、新規の企業がどれだけ生まれるかは、今後の生産性の向上の程度を決める上で非常に重要なのである。

 Liang教授らは、年齢別の起業率 (人口に占める企業活動を行っている者(起業準備中、起業後3年半以内の会社の経営)の割合)の国際比較データ(the Global Entrepreneurship Monitor 2010 data) をもとに、つぎの事実を発見した。第一に、どの国においても年齢別の起業率をグラフにすると、30代がピークになる逆U字型をしている。第二に、中位年齢が若い国の方が、より高い国に比べて、どの年齢階層の起業率も高い。つまり、高齢化した国では、国全体の起業率が低いのだ。彼らは、バブル崩壊以降の日本の失われた20年が、日本社会の高齢化によって起業率が低下したことが、その原因の一つではないか、と指摘する。

すべての年齢層で低下

 では、なぜ高齢化が、起業率が低い年齢層の増加という影響だけではなく、若者の起業率まで低下させてしまうのだろうか。Liang教授らの説明は、逆U字型の年齢別起業率を説明する理論からこの謎を説明する。

 新たに起業するためには、新しいアイデアや起業家精神が必要である。こうした新しいアイデアや起業家精神にあふれているのは、高齢者よりも若者である。ビジネスのアイデアを思いつき、事業化したいという気持ちをもつのは、若者ほどその率が高く、年齢が高くなるにしたがって低くなると考えられる。これは、新しい技術やアイデアを学ぶことの収益率は、その後回収期間が長い若い人ほど高いことからも説明できる。しかし、それなら年齢別の起業率は、若い年齢層ほど高く、高齢層ほど低いという単調な減少を示すはずで、逆U字型にはならないはずだ。

 開業するためには、ビジネスのアイデアや技術だけがあってもできない。企業を経営するノウハウを身につけていないと、実際に開業することはできないだろう。ビジネスのアイデアや技術は、学校教育を受けただけでもかなりの程度手にすることができるかもしれないが、組織を運営するノウハウは、仕事をしながらの経験や訓練(OJT (on the job training))による部分が大きいだろう。そうすると、企業で働くという経験が長くないと開業することは難しい。つまり、20代はアイデアや新しい技術はあるかもしれないが、起業するためのビジネスの経験が足りない。30代になるとアイデアがまだ豊富な上に、ビジネスの経験を積んできたので、開業が可能になる。40代以上になると、ビジネスの経験は十分積んでいるが、開業の意欲もアイデアも少なくなってしまう。それで、年齢と起業率の関係が逆U字型になるのではないか、というのがLiang教授らの仮説だ。

 では、どうして高齢化すると、すべての年齢層の起業率が下がってしまうのだろうか。企業の運営ノウハウを身につけるのはOJTであるが、従業員構成が高齢化した会社では、管理運営の仕事は高齢者によって占められてしまい、若者は重要な意思決定をする機会が少なくなってしまう。逆に、年齢構成が若い会社であれば、昇進も早くなり若い頃からビジネスの意思決定の責務を負うことで、企業の組織運営のノウハウを身につける機会も多い。

人事政策を変える必要

 つまり、高齢化した社会では、若者が企業に勤めても、企業の運営に必要な人的資本の蓄積に資するOJTが少なくなってしまうのだ。その結果、そのような企業では、アイデアや起業の意欲をもった若者は、十分な管理能力を身につけていないので、起業することが難しくなる。それだけではない、高齢化した会社で長年の勤務によって、ようやく管理職を経験し起業できるようなビジネスのノウハウを身につけた頃には、起業しようという意欲や新しいアイデアが枯渇してしまっているのだ。それが、高齢化社会になると、全年齢層で起業家率が低下する原因だという。Liang教授らは、これらの仮説を計量経済学的にデータで検証し、仮説と整合的な結果を得ている。

 社会全体の高齢化により、若者が会社でなかなか重要な仕事を任せてもらえなくなっているのは事実だろう。定年延長によって、高齢者の活躍の機会が増えることは望ましいことかもしれない。寿命が長くなって、勤労期間も長くなったのだから、若者が重要なポストに就く年齢が少しぐらい遅くなっても問題がないという意見もあるかもしれない。しかし、新しいアイデアや技術を着想し、リスクに挑戦しようという気持ちが年齢とともに減少していくということが事実であれば、なんらかの対策を打たない限り、日本の起業率は低下を続けて、成長率も下がっていくことになってしまう。

 高齢化した会社や組織では、今までと異なる人事政策をとっていくことが、イノベーションの創出には必要だと言える。つまり、できる限り若い人たちに管理的なポストにつける機会を増やし、年齢が高い人たちが管理的ポストを独占しないような人事政策の採用である。これは、民間企業でのみ生じている問題ではない。大学においてはもっと深刻である。学生数の減少が見込まれている中で、大学教員の採用数が減り、研究職に就いてもなかなか補助的な研究業務しかできず、研究を統率する立場になる年齢が高まっている。研究者の世界においても、新しい研究のアイデアは若者の方が豊富であるが、研究のマネジメントの経験がないと、いい研究成果が出ない。大学研究者の組織が高齢化すると、アイデアが枯渇した頃にようやく准教授や教授になる。それでは、研究力が低下するのは明らかである。

 高齢化した組織は、社会全体の起業率を低下させてしまう。こうした高齢化の弊害を小さくするためには、中高年の働き方を変え、若者の活躍の場を増やすと同時に、管理的業務に関する若者の実践的な教育訓練を政策的に増やしていく必要がある。

参考文献
James Liang, Hui Wang, and Edward P. Lazear (2014) “Demographics and entrepreneurship,” NBER Working Paper 20506.

(2014年11月25日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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