トップ » 大竹文雄の経済脳を鍛える

大竹文雄の経済脳を鍛える

2015年5月21日 高齢者の増加はリスク資産を減らす?

  • Tweet this articl

日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄

高齢者が保有する日本の金融資産

 日本銀行『資金循環統計』によれば、2014年12月末の日本の家計金融資産残高は、1694兆円だ。2014年10−12月期の総務省『家計調査』によれば、2人以上の世帯が保有する金融資産の約70%は、世帯主が60歳以上の世帯で保有されている。貯蓄残高から負債残高を差し引いた純金融資産では、約90%が60歳以上の世帯主の世帯で保有されている。つまり、日本の家計金融資産の多くは、60歳以上の高齢者が保有しているのだ。

 これは、日本人の金融資産が相続や贈与などによる親から資産移転によって蓄積されているというよりは、老後の生活ためのお金を勤労期に貯めておくという動機で蓄積されている、ということを反映している。つまり、経済学でよく知られているライフサイクル仮説である。実際、金融資産保有額の平均値は、20代では221万円、30代では593万円、40代では953万円、50代では1638万円、60代で2390万円、70歳以上で2479万円と世帯主の年齢が高くなるに従って増加していく。なお、70歳以上になっても平均値が増加するのは、高齢者になっても最多所得者であり続ける人しか世帯主としてカウントされないためである。実際には、引退期に入った高齢者は資産を取り崩している。

 トマ・ピケティが『21世紀の資本』(みすず書房)で描写した世界は、資本をもっている金持ちとそれ以外の労働者は代々異なり、資産家はどんどん金持ちになっていくというものだった。第二次世界大戦前の先進国の多くは、それに当てはまっていた。しかし、戦後は先進国の多くで、所得や資産の集中度が低下した。それが、アメリカやイギリスでは、1980年代以降、所得の上位層の所得の集中度合が再び高まりだした。アメリカで所得のトップ0.1%の人たちが稼いでいる所得は、生涯かかっても使い尽くせない額であり、勤労所得の成長率よりも、資産の収益率が高いので、所得の多くを資産家がますます独占していくというのがピケティの主張だ。

 しかし、今のところ、日本ではアメリカやイギリスで生じているような、トップ所得層の集中は発生していない。金融資産の多くを高齢者が保有していること、高齢者の金融資産の不平等度が低下していることからみると、老後のための資産蓄積というライフサイクル仮説とむしろ整合的だ。もし、代々の資産家か否かが、資産保有額を決定するというのであれば、資産格差の大きさは年齢階層とは無関係になるはずだし、資産保有額の平均値も年齢階層とは無関係になるはずだ。もちろん今後の日本の資産保有が高齢者層ではなくて、特定の金持ち層に集中していくという可能性は否定できない。しかし現時点では、日本の金融資産の多くが、高齢者層によって所有されており、その事実はライフサイクル仮説と整合的だということだ。

高齢者の金融知識

 日本の家計金融資産は老後のための貯蓄が主であるということは、いくつか重要な問題を日本経済にもたらす。第一は、日本の人口の高齢化とともに、貯蓄を積み増す人よりも貯蓄を取り崩す人たちが増えてくるということだ。貯蓄を取り崩す金額の方が、積み増す金額よりも大きくなれば、日本の家計貯蓄率はマイナスになる。貯蓄率がマイナスになることの問題点は、増え続ける財政赤字の吸収が困難になる可能性だ。実際、伊藤(2015)は、財政破綻は日本の家計貯蓄で日本国債を吸収できなくなる時と定義している。

 もう一点、金融資産の保有者の大半が高齢者であることから生じる問題がある。それは、高齢者の資産選択が安全資産に偏る傾向があることだ。その上、日本の高齢者の金融知識が不十分なのだ。

 金融広報中央委員会が2011年に『金融力調査』という金融に関する知識を調べる調査を行っている。その中で、「自分の金融に関する知識や判断力は十分高い」かどうかを聞く質問をしている。それによると、年齢が高まるほど、金融知識や能力に自信がある人の比率が高まっていくことがわかる。



 では、高齢者層の金融知識に関する自信は、本当に金融知識に裏付けられたものだろうか。『金融力調査』では、つぎのような基本的な金融知識についての質問がなされている。

 「100万円を預貯金口座に預け入れました。金利は年率2%だとします。また、この口座には誰もこれ以上お金を預け入れないとします。1年後、口座の残高はいくらになっているでしょうか。

  1.  100万円、 2. 102万円、 3.  110万円」
 
 正解は2番の102万円である。回答者全体での正答率は77.6%で、同様の調査が行われたドイツやイギリスよりも高い。ただし、年齢階級別に正答率をみると、65歳以上の人たちの正答率は70%に満たない。つまり、金利についての比較的簡単な問題についても、65歳以上の人たちの知識は結構あやしいのだ。




 では、つぎの金融に関する基本的な質問はどうだろう。

 「平均以上の高いリターンのある投資は、平均以上の高いリスクがあるものだ
 1.正しい 2.間違っている 3.わからない」


 正解は「正しい」である。回答者の正答率は68.7%である。わからないと答えた人が27%もいる。この質問についても65歳以上の人たちの正答率は低い。男性で58.7%、女性では44.7%である。平均的には、年齢が高まるとともに金融知識に自信がある人の比率は高まるが、実際に金融知識がある人たちの比率は低くなっているのだ。

 「自分の金融に関する知識や判断力は十分高い」という質問に対して、「どちらかといえばそう感じている」または「そう感じている」と答えた人は、65歳以上の人では男女とも64.7%であった。この金融知識に自信がある人たちの中で、リターンとリスクの関係を正しく認識していたのは、65歳以上では男性の69.6%、女性では58%に過ぎない。つまり、65歳以上の人たちで、金融知識に自信がある人たちのうち、男性の3割、女性の4割は自信過剰だということになる。つまり、高齢者は、金融知識があると思っているのに、自信過剰であるというケースが多いのだ。




リスクをとらない高齢者

 高齢者は、金融資産選択においてあまりリスクをとらない。そう言われると当然だと思う人が多いだろう。若い頃なら、ある程度リスクをとった資産保有をしても、長期間の資産保有を考えれば、資産価格の変動は平準化される。ところが、資産の保有期間が短い高齢者がリスクの高い金融資産を保有すると、資産価格変動の影響を大きく受ける。そういう意味では、高齢化が進むと、人々の保有資産は安全資産に偏り、リスクのある投資に対する資金が供給されにくくなる可能性があるからだ。Bonsang and Dohmen(2015)によれば、金融資産の選択において、リスクを取る程度が高齢者ほど低くなることが示されている。彼らの分析で興味深いのは、年齢を増すほど金融リスクをとらなくなる本当の理由を明らかにしていることだ。驚くべきことに、高齢者が金融リスクを取らなくなるのは、年齢が高くなって余命が短くなることではない。真の理由は、記憶力や数的能力などの認知能力が衰えてくることだ。

 認知能力が高ければ、高齢者であってもリスクをとった金融資産運用ができるというのは、高齢化が進む日本では希望が持てる研究結果である。しかし、日本で健康で知的な高齢者が増えているというのは事実であるとしても、平均的には、高齢になると認知能力が低下していく。最近の新聞でも、高齢者を騙す業者が増えているという報道があった(朝日新聞(2015))。元気で知的能力が高いお年寄りが増えるスピードよりも、高齢者の数が増えて行くスピード、特に、認知症などで認知能力が低下した高齢者が増えて行くスピードの方が速い可能性が高いのだ。

 金融知識についての自信過剰、認知能力の低下による安全資産選択という高齢者の特性は、これからの日本の金融のあり方を考える際に無視できない論点のひとつとなるだろう。


【参考文献】
伊藤隆敏(2015)『日本の財政「最後の選択」』日本経済新聞出版社
金融広報中央委員会(2011)『金融力調査』
Bonsang, Eric, and Thomas Dohmen(2015) “Risk attitude and cognitive aging,” Journal of Economic Behavior & Organization, Volume 112, 112-126.
朝日新聞(2015)「「年寄りだまして大もうけ」群がる業者 認知症社会」2015年5月10日朝刊

※本コラムの連載が日経プレミアシリーズ『経済学のセンスを磨く』として出版されました。


(2015年5月21日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

△このページのトップへ