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大竹文雄の経済脳を鍛える

2016年8月19日 女性の活躍と柔軟な働き方

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄

1.女性の活躍促進

 安倍政権が重視している政策に、女性の活躍の促進がある。2014年9月14日の第69回国連総会の一般討論演説で、安倍首相は次のように述べた。「昨年まさにこの討論において、私は女性に力を与えることの意義と重要性に言及し、『女性が輝く社会を創ろう』と訴えました。日本はいま女性の社会参加を一気に増やそうと、政府、民間挙げて、山積する課題を解く努力を始めました。子育てや介護と、仕事の両立が可能となる環境を整備しなくてはなりません。そして、女性の役割についていまだ社会に存在する偏見を取り除いていくことが、何より全ての基本です」

 そして、安倍内閣は、この方針を実行するための「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」を制定した(2014年9月4日公布・施行)。この法律は、国や地方公共団体、企業に女性登用の数値目標や取り組み内容を盛り込んだ行動計画の策定と公表を義務づけるものだ。法案には(1)女性の採用、昇進の機会の提供、(2)仕事と家庭の両立を図るための環境整備、(3)本人の意思の尊重という基本原則が明記されている。2016年4月から、目標設定や情報公開の方法を示す指針をつくり、それに基づき国や地方公共団体、各企業が女性登用の数値目標などを含む行動計画をつくることになった。

 このように日本政府が女性の活躍を本気で推進しようとしていることは明らかだ。その理由は、女性の地位向上という倫理的なものだけではない。女性の活躍は、日本の経済成長のために必須となっているからだ。人口減少社会に転じた日本では、労働力不足が原因で経済成長が鈍化するか、マイナス成長に陥る可能性が高いのだ。

2.男女間格差の理由

 日本の女性の労働力参加率は高まってきている。北欧やドイツ、フランス、英国に比べるとまだ日本の女性の労働力参加率は低いが、米国との差は非常に小さくなってきた。大学教育で女性が専門とする学部も医療や法律など実務に直結するものが増えている。

 それでも、日本の女性労働の課題はある。他の先進国との大きな違いはフルタイムで働いている女性の比率であり、管理職になっている女性の比率である。ただし、賃金上位層では、男性の方が女性よりも高い賃金をもらっていることが多いことも先進国共通に見られる現象である。

 こうした賃金格差の理由としては、女性が出産・育児のために一時的に労働市場から退出することが指摘されてきた。日本では企業内での訓練が重要である。女性は出産・育児によって離職する可能性が男性よりも高い。そうすると、男性に訓練投資をした方が、女性に訓練投資をするよりも、企業にとって効率が高い。その結果、女性よりも男性の生産性が高くなり賃金も高くなる。これが標準的な労働経済学による説明だ。

 しかし、男性の中にも女性と同様に勤続年数が短い人もいる。同じような仕事をして同じような勤続年数同士の男性と女性を比べたら男女間の差はなくなるだろうか。多くの実証研究は、勤続年数や経験年数の同じ男性と女性を比べても、男女間の賃金格差は残るとされている。

 その差を説明するものとして、女性の方が男性に比べて競争を嫌うため、昇進競争に参加しないことが理由ではないかという議論もある。実際、多くの先進国の研究では、女性の方が男性よりも競争的賃金体系を好まないという結果が得られている。女性は実力があっても昇進競争に参加しないので、結果として昇進競争に勝って管理職ポストを得ているのは男性が多くなるというのだ。しかし、それだと職種による男女間賃金格差の違いをうまく説明できない。競争があっても、特定の仕事ではあまり男女間格差が観察されないものもあるのだ。

3.労働時間の柔軟性

 ハーバード大学のゴールディン教授は、男女間賃金格差が一部の職種で縮まらないのは、労働時間の柔軟性に欠けるからだと主張する(Goldin(2014))。ゴールディン教授は、米国のデータを分析して、賃金が高い職種について、技術や科学系の仕事では、同じ職種内での男女間格差が小さいのに対し、事務系の仕事では同じ職種内の男女間賃金格差が大きいことを示している。科学や技術系の仕事で男女間賃金格差が小さい理由はどうしてだろうか。一つの可能性は、技術系でも男女間格差はあるのだが、男性と女性で技術系の仕事から転出するタイプが異なるというものだ。仮に、男性は技術者の中で相対的に優秀な人が他の仕事に転職し、女性は技術者の中で相対的に優秀でない人が他の仕事に転職するということであれば、理論的には技術系に残った人の男女間賃金格差は小さくなる。しかし、むしろ技術系の学位をもった女性は、技術者の仕事をする可能性が他の分野より高いので、職種間移動で説明できる可能性は低いとゴールディン教授は指摘する。

 そこで、ゴールディン教授が提示する仮説は、「労働時間の柔軟性が職種によって異なることが、男女間賃金格差の職種による違いをもたらしている」というものだ。

 仕事の準備に一定の時間がかかる場合のように、短時間働くよりも長時間続けて働いた方が時間あたりの生産性が高くなる仕事がある。あるいは、特定の時間帯に働かなければ生産性が低下するという仕事であれば、長時間労働をした人の方が短時間労働の人よりも時間あたりの生産性も高くなる。その結果、長時間労働の人の方が労働時間を考慮しても賃金が高くなるのだ。

 時間のプレッシャー、人との連絡の必要性、人間関係の構築の必要性、意思決定権がないといった働き方の柔軟性の欠如は、技術や科学系の労働者よりも、事務や医療系の労働者の方が多い。実際、後者の職種の方が男女間の賃金格差が大きいことが実証的に示されている。

 MBA、法律、薬学の学位の卒業生のデータを調べると、薬学の学位をもった卒業生のみ、労働時間の長さと賃金は比例的であったが、MBAと法律の学位の卒業生は、労働時間が長いほど時間あたり賃金も高くなっていた。これはMBAや法律の学位の人が就く職業の多くは、労働時間の柔軟性が低いということを反映している。つまり、労働時間そのものを柔軟にできるようにしないと、男女間賃金格差は解消されないということになる。

 日本ではさらに労働時間格差が重要であるという研究もある。コルゲート大学の加藤教授、東京大学の川口教授、東京大学の大湾教授は、日本の製造業企業1社の人事データを用いて、男女賃金格差の現状と原因について分析を行った(Kato, Kwaguchi and Owan(2013))。彼らの研究結果で興味深いのは、(1)女性の場合、年間労働時間と昇進率の間には統計的にも経済的にも有意な正の関係が観測できたが、男性の場合には確認出来なかったこと、(2)出産は将来所得を最大2、3割減少させるが、その減少幅は大卒女性においてとりわけ高かったこと、(3)上記の出産ペナルティは、育児休業から短期間で復帰し、かつ労働時間を減らさないことで回避できることの3点である。こうした結果は、女性がキャリアを高めていく上で、仕事へのコミットメントが強いこと、長時間労働や短期間の育児休業取得によって明示的なシグナルを会社に送ることが重要になっていることを示していると彼らは指摘している。その背景には、ゴールディン教授が指摘する労働時間の柔軟性が欠けているということがあるだろう。

 いずれにしても、男女間の賃金格差を解消していくためには、労働時間の柔軟性を高めていくことが必要である。そのための環境整備や技術開発が課題であり、それは男性にとっても望ましいことだろう。

文献

Goldin Claudia (2014) “A Grand Gender Convergence: Its Last Chapter,” American Economic Review 2014, 104(4): 1091–1119

Kato,Takao, Daiji Kawaguchi, and Hideo Owan (2013) “Dynamics of the Gender Gap in the Workplace: An econometric case study of a large Japanese firm,” RIETI Discussion Paper Series 13-E-038

(2016年8月19日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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