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斎藤史郎が聞く 異見・卓見

2016年12月7日 「人口減社会 企業の退嬰的姿勢を憂う」吉川 洋 立正大学教授・東京大学名誉教授

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対談写真


                 
行き過ぎる人口減少ペシミズム

斎藤 日本の人口が減少傾向をたどり始めています。なかなか厄介な問題だと思いますが、吉川先生は、人口減少ペシミズム(悲観主義)の行き過ぎを憂えておられますね。

吉川 ええ、その通りです。世の中で人口減少ペシミズムが行き過ぎていると思います。ただ、最初に申し上げておきますが、人口減少が問題ではない、と言っているわけではありません。人口問題はたいへん大きな問題です。私が問題にしているのは、人口が減るから低成長あるいはマイナス成長は避けられないといった主張が当然のように広がっていることがおかしいと言っているのです。

 少し説明しましょう。確かに今後、人口は減っていくでしょう。国立社会保障・人口問題研究所によると、現在1億2千万の日本の人口が約100年後の22世紀の頭には4000万人になると推計されています。ご存知の通りデモグラフィック(人口統計的)な予測というものは正確に当たるものなのですね。経済予測とは違いますね(笑い)。細かいことを言えば、4000万人ちょっとだったと思いますが、これは中位推計に基づく出生率ではじいたものです。ただ中位推計というのはこれまで実現しなくて、実際は、彼らの言葉で言えば下位推計の線で来ているのですよね。

斎藤 どうしても希望的観測が入りやすいですからね。

吉川 ですから、4000万人ぐらいというのは、移民を別にすれば、これはもう確度の高いデータだと言っていいのではないでしょうか。ちなみに一言付け加えれば、出生率の数字がよく話題になり、2.0というのが1つのクリティカルな水準と広く認識されています。男一人、女一人のペアで一人の女性が子供を二人産めばちょうどバランスする。親がいなくなった時に子供二人が残り、人口を一定に保つ出生率というものとして理解されています。ただ、それは安定した状態の話なんです。日本の場合には、年齢ピラミッドが非常にゆがんで、若い女性が少なくなっていますから、実は2.0でもダメなんですよ。人口が減っていくんです。

斎藤 すでに出産適齢期の女性が減っているから出生率が多少高くなっても出生者数つまり人口は簡単には増えないということですね。

吉川 そうです。しかもこの問題を論じている多くの人がまず出生率2.0はまずホープレス、実現不可能と言っています。そのうえ既に若い女性の絶対数が少なくなっているわけですから減っていくのは避け難い。私もこれは大変なことだと思っています。政策を講じてでもブレーキをかけるべき大問題だと思っています。常に深刻な問題が顕在化しています。本(『人口と日本経済』)にも書きましたけど、例えば社会保障、その裏側としての財政赤字、それから、象徴的に地方消滅という言葉で言われる地域の問題ですね。私自身もほっておいて良いというような楽観論をとっているわけではありません。満員電車がなくなるからいいじゃないかというような楽観論ではないんですよ。非常にシリアスな問題だと思っているのです。


マイナス成長必然論は誤り

斎藤 にもかかわらず、人口減少問題に関するペシミズム、悲観論には異を唱えておられる?

吉川 ええ、そうです。問題は経済成長との関係です。ここ15〜16年、20年近くですかね。色んな人と話をしてもみんなが人口は減っていき日本経済は右肩下がりになるという。これはもうクリシェ、常套句のようになっている。人口が減っていくんだからゼロ成長がいいとこだろうとか、人によってはゼロ成長が実現すると考えるのも無責任な楽観論だと言う。さらにマイナス成長が当たり前だと言う。人口が減っていくもとでは経済成長はマイナスになるのがほとんど物理の法則のように思っている。しかし、それはおかしいのです。もちろん、くどいようですが人口減少に問題がないというわけではない。しかし、人口が減っていくからマイナス成長が自然、よくてゼロ成長、これは人口減少ペシミズムではないかというのが私の言いたいことです。そうした人口減少ペシミズムは余りにも短絡的で誤りだと思う。

斎藤 以前、経済学者の八田達夫さん(国際東アジア研究センター所長)にお話を聞いた時もほぼ同様の指摘をされていました。一方、数年前に藻谷浩介氏が書かれた『デフレの正体』がベストセラーになりました。そこで藻谷さんは、生産年齢人口の減少に着目して経済は縮小せざるを得ないと指摘し、これが多くの人の共感を呼びました。藻谷さんの本に限らず、多くの人は感覚的に人口が増えないから経済も発展しないと思っている。それがおかしいとおっしゃるわけですね。

吉川 おっしゃるとおりです。私の認識をお話しますと、話は随分古くなって恐縮ですが、1950年代くらいまでは、日本では人口が多すぎるという話がもっぱらでした。斎藤さんの方がわたくしより少し上かもしれませんが、我々の世代の小学校の社会科の教科書にはよく人口密度というのがありました。国際比較して、高いのはやれベルギーだとかオランダとか言われたものです。日本も人口密度が非常に高い。だから窮屈で色んな問題があるみたいな議論がありました。

斎藤 確かにそうでした。1キロ平方メートル当たり三百数十人とか覚えさせられたものです。人口密度が高いと教えられましたね。

吉川 1960年ごろの前の東京オリンピックの頃までそんなだったかと思います。やがて出生率などが落ちてきて、人口が減り始めるであろうということが予測されるようになりました。70年代に入ってからでしょうか。先見の明がある人口学者、当時の厚生省の役人、デモグラファーですよね、そういうような人達が社会保障、年金医療なんかとの関係で警鐘を鳴らし始めました。例えば田中角栄氏がやった老人医療費タダなんかに関しては、このままこれをずっとやっていたら大変だぞという議論を社会保障の専門家などが始めました。彼らが言ったような負荷と言うかストレスがいま来ているわけですね。その後、どうなったかというと、ご存知バブルの時代1980年代後半ですね。一部の専門家は色んなこと言っていたのでしょうけども、日本全体で言えば、人口が減るぞ、だから右肩下がりなんていう声は全部どっかに行っちゃった。
ところがバブルが崩壊して長期停滞のトンネルに入ってからは「人口減少で日本は右肩下がりの経済になる」「低成長は避けられない」「よくてゼロ成長」といった議論が年々強くなり今日に至っているのです。要するに長期停滞に入って、失われた20年とか言われてきましたが、責任を全部人口減少におっかぶせているのではないかという気がします。私はそれは大きな間違いだと思っています。

斎藤 時代、時代の空気に流されて問題意識がくるくる変わり、一貫性のある冷静な議論、分析が行われて来なかったということですか。吉川先生の主張は、たとい人口が減少し続けても経済成長は可能だということですね。

吉川 そうです。成長とはGDP(国内総生産)が増えることです。GDPは一人当たりのGDPと人口に分解出来ます。ですから経済成長率というのは一人当たりのGDPの成長率と労働力人口つまり大雑把に言えば人口の伸びを足し合わせたものです。確かに人口が減れば成長には当然マイナスに働きます。しかしながら量的に見ると先進国では一人当たりのGDPないし一人当たりの所得の伸びの方が人口の伸びよりもはるかに高いところが多いのです。例えば日本の高度成長時代、GDPは毎年10%ぐらい15年ぐらい成長しました。このことはみんな知っているんです。しかし、あまり知られていないのはこの間の労働力人口の伸びです。この間の労働力人口の伸びは年率でプラス1.3%といった程度です。

斎藤 1%台ですか。

吉川 この間のGDPの伸び10%と一人当たりのGDPの伸び率、人口の伸び率の関係を数式で示すと四捨五入して乱暴に数字を丸めれば10=9+1といったところです。9%は一人あたりのGDPの伸びです。人口の伸びに比べれば圧倒的な高さです。その後、安定成長期に入っても基本の姿は同じです。成長率が4%ぐらいの時も人口の伸びが1%で一人当たりのGDPの伸びが3%とかいう状況でした。高度成長期ほどドラマチックではないですが、一人当たりのGDPの伸び率の方が人口の増加率よりはるかに大きいということです。


決め手は労働生産性の伸び

斎藤 すると、重要なのは一人当たりのGDPをどう伸ばすか、どう伸ばせるかと言う問題ですね。

吉川 そうです。一人当たりGDPを伸ばすということは労働生産性を高めるということです。生産性の上昇をもたらす最大の要因は、新しい設備や機会を投入する「資本蓄積」と、広い意味での「技術進歩」、すなわちイノベーションです。たとえて言うなら、建設現場で労働者みんながシャベル一本で働いていた時代に、ブルドーザーが発明されて、企業がこれを投入する。労働生産性は上がります。イノベーションがあって資本のお世話になったということです。フローで言うと設備投資になるわけです。私が特に指摘したいことはイノベーションが引き金になって投資があり、資本の蓄積がある。つまり投資の背後にはイノベーションがあります。イノベーションが極めて重要だということです。

斎藤 経済成長を考える場合、最も一般的な経済理論では潜在的な成長率、長期的な成長力を決める要素は@生産性(技術革新など)A資本投入量B労働投入量‐−という供給側の三つの要素と言いますね。うち、「技術革新」と「資本投入・投資」とはかなり関係していますね。

吉川 ええ、それはそうです。これら二つの要素は繋がっています。早い話がブルドーザーが発明されないと始まらない。それが建設現場に入ったというとことでブルドーザーを建設会社が投資して資本装備率が上がったということになる。資本投入量が増えたと言うことです。

斎藤 少し理屈っぽい話になりますが、生産性と言う場合も、経済理論では「全要素生産性(TFP)」という普通の企業人にはなかなかわかりにく概念をしばしば使いますね。TFPを高めろと言ったりしますね。

吉川 ええ、まあ、このTFPは手品みたいな概念で資本とか労働とかいった物理的に観察可能なもの以外の成長に貢献したすべての要因をさします。

斎藤 つまり、資本や労働力の増加が伴わない生産性上昇要因があるということですね。

吉川 ある種、手品みたいなんですよ。資本と労働を前と同じだけ投入したんだけども、アウトプットは前より増えた。その場合の前より増えた要因をTFPと呼び、TFPの上昇による産出増と説明することになる。わかりやすい例で言えば、料理のシェフの腕みたいなものです。資本はフライパン、それから労働はシェフ自身、だけど出来上がる料理は千差万別ですよね。素材中間投入は同じスパゲッティとトマトとしても300円のスパゲッティしか作れない人もいるが、2000円のパスタを作る人もいる。その差がシェフの腕、これがTFPですね。


重要なプロダクト・イノベーション

斎藤 そのTFPの上昇の極めて重要な要素がイノベーションだと?

吉川 そうですね。特に新たな商品開発を伴うプロダクト・イノベーションがカギだと思います。イノベーションの重要性を言い出したシュンペーターも色んな種類のイノベーションを挙げていました。最近の経営理論では企業のイノベーションには「プロダクト・イノベーション」と「プロセス・イノベーション」があるとよく言われています。両方大事なんだと思いますが、私は結論的にはプロダクト・イノベーションがカギを握ると考えています。プロダクト・イノベーションというのは新しい品やサービスを作りだすこと、つまり発明までがプロダクト・イノベーションです。需要を的確にとらえたプロダクト・イノベーションこそ経済成長のエンジンになると考えるべきでしょう。例えば、新しいタイプの薄型テレビが発明されて、それで需要が伸びるといって工場を作る。その結果、経済が成長するのです。経済成長は労働力の伸びで一義的に決まるものではない。経済の供給サイドだけではなく、需要の動向も考えなければならない。需要と供給が相互に影響しながら経済成長は生まれるのです。

斎藤 そこがポイントですね。

吉川 そして、忘れてならないのはそのプロダクト・イノベーションの最も重要な担い手が企業だと言うことです。

斎藤 プロセス・イノベーションは?

吉川 プロセス・イノベーションも大切です。薄型テレビが最初に出てきた時には一台200万円とか250万円とかして誰も買えないようなものが今ははるかに安くなっている。これが実現したのはプロセス・イノベーションによるものだと思います。

斎藤 マーケティングを上手くやることなんかもプロセス・イノベーションに含まれる?

吉川 ええそうです。プロセス・イノベーションにも色々あります。ただ結局は既存の物やサービスのコストダウンをはかる、価格を安くするということだと思いますね。しかし、既存の物やサービスの需要というものは所詮、どっかで天井を迎えるというのは鉄則です。経済に本当の法則というものはあまりないような気がしていますが、既存の物やサービスの需要は必ず飽和する、天井を迎えるというのは数少ない鉄則といえるのではないでしょうか。ですから、プロセス・イノベーションの効果には限界があり、やはり決定的に重要なのは発明の伴うプロダクト・イノベーションではないかと思います。

斎藤 しかし発明はそう次々とは生まれませんね。

吉川

吉川 いえ、新たなコンセプトに基づくサービスや商品をうみだすこともプロダクト・イノベーションです。例えば高齢者用の紙おむつもそうです。これはエンジニアリング的な技術上の進歩というのは、ほとんどないんじゃないでしょうか。おむつというのは赤ちゃんの物だと誰もが思っていた時に、いや、高齢化社会でこういう物があるのではないかと誰かが思いついたということです。それが大きな需要となり生産をリードしているというわけです。

斎藤 ほかに、どんな事例が?

吉川 新しいコンセプトという意味ではあらゆる分野でありえるのではないでしょうか。人口減少の最も影響しそうな鉄道分野でも新しいコンセプトのサービスが広がっています。人口減少ペシミズムに囚われていれば、若年世代、現役世代が減っていけば通勤客が減るという話ですよね。いま東京近郊を走っている小田急線はメトロの千代田線と連結して、ロマンスカーを走らせています。大手町や霞ヶ関あたりに勤めていて都心から少し離れた町田あたりに住んでいる通勤客、所得水準がそこそこの大卒ホワイトカラーあたりをターゲットにしているのかなと思います。だいだい満席になっているかと思うのですけど、指定席で特急料金ですから普通の地下鉄の料金よりはもちろん高くなっていますが新しいコンセプトですね。つまり、満員電車でつり革にぶら下がって通うということを当たり前と思っていてはいけないのです。さらに思い付きを言えば、新幹線でもグリーン車の席の前に出てくるテーブルの大きさももっと工夫があってもよいのではないでしょうか。せいぜいA4ぐらいのサイズですよね。ニューヨークとかロンドンの近郊の所得水準の高いところに行く列車はもっと大きなテーブルが備えられていると記憶しています。通勤者はみんなそこで本格的に仕事しています。通勤電車にはつり革があり、すし詰めで輸送するのが当たり前だと思い込んで、人口減少のため乗せる人の数が減ると、渋い顔をしている私鉄の経営者は経営者として失格だと思います。


高齢化社会は宝の山

斎藤 ある程度わかりましたが、さて、どの程度の人が人口減少ペシミズムから抜け出せるでしょうか。

吉川 わたくしの本を読んでくださった経済学者の方なんかにお会いした時も「いや読みましたよ」と言われたりするのですが、「でも、やはり人口が減っていくということは消費者が減るってことですよね」と言われて、私は苦笑せざるえないことがあります。何でそうなるんですかね。人口が減るということは、単に頭数が減っていくということです。確かに同じ饅頭を売り続ければ頭数が減ると饅頭屋の売り上げは減ります。しかし、新しいコンセプトの商品にすれば売り上げや付加価値は上がります。例えばスパゲッティでもいいです。懐かしいナポリタンは一皿300円だとしますよね。だけど、腕の良いシェフが新たなレシピを使って料理した新たなパスタを提供して仮に1500円にできれば売り上げは5倍でしょう。そりゃ人口が減ればスパゲッティを食べる人数も減っていくのは確かですが、そこに囚われ過ぎているのではないでしょうか。同じ麺類の商品を扱っても、バージョンアップして高付加価値で勝負することがポイントです。消費とかGDPとかは人数×単価、あるいは人数×付加価値で測るわけですから。

斎藤

斎藤 少し違った視点ですが、成熟した先進国では需要は総じて飽和してきているという指摘も少なくありません。米国の元財務長官のサマーズ氏が言っているような需要飽和を背景にしたセキュラースタグネーション(長期停滞)論もあります。人類の歴史をもう少し大袈裟に見ると、生きるか死ぬかが常に迫られるような貧しい時代には需要の飽和などありえません。しかし、段々と豊かになっていくとモノやサービスの限界効用はどうしても低下します。経済全体、トータルに見ても需要は低減するという面があるのでないでしょうか。日本にそんな大きな市場が期待できるでしょうか?

吉川 私はまだ大きなマーケットがあると思っています。それを考える場合のキーワードは二つです。一つが「高齢化」、もう一つが「地球環境」です。シルバーとグリーン。これが21世紀の大テーマだと思っています。グリーンの方の認識はもう広く共有されていて、色んなところで色んなことがされています。例えば、小さいところでは個別のものでエコグッズのようなものもあるし、大きいところではエネルギーミックスをどうするかというようなことが議論されています。人口、高齢化の問題も総力戦で取り組むべきテーマだと認識しており、そこに潜在的な非常に大きな市場があると思います。健康、医療、そのへんには非常に強い需要がある。潜在的なシーズ、ニーズにあふれ、今は夜明け前のような状況だとみています。シュンぺーターが生きていれば「イノベーションの宝の山だ」と言うでしょう。  

 例えばスーパーなんかでお年寄りがミルクとか、重たい液体みたいな物を袋に入れて歩いていますよね。そこにはやっぱり我々の言葉でいう不効用があるわけなのです。考えようで、重いスーパーの荷物を持って歩いて行くなんてことは、生きるか死ぬかの判断基準で言えば、我慢しろ、贅沢もいいところだと言えるかもしれませんが、そう言えばそれまでですよ。しかし、そこに大きな不効用があるとなれば、流通面のサービスで解消してもよいわけです。ドローンが配達してくれるという世界が来るということなのではないでしょうか。やっぱりお年寄りなんかの介護の問題とか、そういったところにかなりの潜在的ニーズがあると思います。人間の歴史を振り返ってみても多くのイノベーションというのは、結果として人間の平均寿命を延ばすのに貢献してきたと思うんですよ。エレベーター1つ考えても、鉄道考えても、色んな交通手段でも、もちろん栄養価、食べ物とか、隙間風が入らない家とか、もうちょっと間接的なものも含めてすべて平均寿命を延ばすことに貢献してきたと言えるでしょう。これからもシルバー市場はたいへん大きいのではないでしょうか。

斎藤 元東大総長で現在三菱総合研究所理事長の小宮山宏さんが、日本は高齢化社会という「課題先進国」であるとともに「課題解決先進国」にならなければならない、と言っておられますが問題意識は同じですね。

吉川 全く同じです。必要は発明の母です。


リスク採らぬ敗北主義

斎藤 新しいコンセプト作りという意味ではIT(情報技術)の発達も大きな力になりますね。デジタル経済の拡大は確かに新しいコンセプトが伴うプロダクト・イノベーションの宝庫かもしれません。

吉川 もちろんです。にもかかわらず、今の日本の多くの企業がそれを先取りして物やサービスとして提供できていないのが問題なのです。日本の企業は、国内市場は終わっている、海外はともかく日本国内は右肩下がりで展望は描きにくく楽観できないと言う。それはその通りでしょう。だから投資はちょっと、と言う。しかし、そのペシミズムに負けてしまっては、ますます経済が縮小してしまいます。なんといってもイノベーションの担い手は企業なのです。

斎藤 企業がリスクをとらなくなり、闘うのをやめている。闘わずしてあきらめている。敗北主義的だと?

吉川 ええ、そうです。私は、今の日本経済の低成長の根底には、日本企業の「企業家精神」の衰えがあると思います。政府、企業、家計と言った部門別の貯蓄投資バランスをみると、最大の貯蓄主体は法人企業になっている。現預金で180兆円を超える内部留保を溜め込んでいることに象徴的に現れていると思います。かつて家計が貯蓄して、企業は負の貯蓄、つまり借金して投資をしていました。企業は時代が変わったと言いますが、変わったのは時代でなく企業です。こうした企業の姿勢は退嬰的とも言えるでしょう。非常に残念なことです。

斎藤 なぜ、多くの日本企業がこのように慎重、防衛的になったと考えられますか?

吉川

吉川 問題の出発点は1990年代の初頭にさかのぼると考えています。当時「三つの過剰」と言われ、過剰な債務、過剰な雇用、過剰な設備が問題だと言われました。中国や韓国からの追い上げもあって日本企業は逆境に立たされ、コスト削減が至上命題になったのです。企業はこのころからリスクを取らず、投資にも必要以上に消極的になってしまったのではないでしょうか。

斎藤 その後の賃上げ抑制姿勢にもつながりますね。人間の経験に例えるならPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったということかもしれません。だから治るには時間がかかる。確かにそんな気がします。視点は少し変わりますが、「全要素生産性」の上昇、という観点から考えた場合は、社会システム全体のイノベーション、規制緩和も重要なテーマですね。

吉川 それは、その通りです。規制緩和が絡んでくるということだと思いますね。

斎藤 需要を的確にとらえたイノベーションの重要性はわかりましたが、成長力を高めるための供給側の課題として労働力そのものを増やすことや資本投入量そのものを増やすことも意味はありますね。労働投入量で言えば、潜在成長力を高める、成長の天井を高めるには人口減少にブレーキをかける、労働力人口を確保することも大切だと思いますが。

吉川 それはそうです。人口の減少のスピードを少しでも遅らせること、労働力人口を確保することはもちろん大切です。    


女性、高齢者の労働参加促進を

斎藤 どんな対策を取るべきだと?

吉川 多くの人が言っている話と同じになりますが、一つは女性の労働参加率を高めることです。ご存知の通り日本の女性労働参加率は高くない。ポジティブに捉えればそこに伸びしろがあるということです。高齢者の労働参加率も高める必要があると思います。

斎藤 少子化対策や移民の問題はどう考えますか?

吉川 前向きに取り組むべきだと思います。子育て支援のようなものをもっとやるべきだと思います。もちろん、子供を持つかどうかということは個人的なことで個人の判断に任せるべきことです。だがよく言われるように持ちたいと思っても持ちにくいような状況はおかしいということです。ですから保育所を整備するとかいったことは進めるべきだと思います。その点は政府も言っているのではないでしょうか。そうした姿勢は基本的には正しいと思います。

斎藤 移民も肯定的ですか?  

吉川 移民についての私の基本的な考え方は、今の日本は鎖国し過ぎだということです。もう少し門戸を開くべきだと思います。国の大きな方針というのは、技能がないいわゆる単純労働というような人は無責任には入れない。しかし、しかるべき技能を持った人については徐々に入れていくということだと思います。それは考え方としてはわかります。ただ、そこで大きな問題はその技能を持っているかどうかという判断が全て個々の役所の裁量に任せられている点です。それで結果的に門戸を閉ざしている。もっと度量を広くするというか、もっと前向きに対応すべきだと思います。

 一つ具体的な例を挙げましょう。いま日本の大学には随分色んな国から学部生として4年間留学に来ています。その間、日本語で勉強して、日本の習慣にも慣れて、日本をある程度気に入ってくれて、卒業後、日本の企業で働きたいという人がかなりいるんです。だが、ほとんど追い返しているのが実情です。どういう理由でしているかと言うと、大学で学んだことと就職したい企業の仕事が極めて狭い形で一体一で対応していないと、技能を持っているという基準に当てはまらない。それで追い返している。これはやっぱりまずいのではないですか。彼らみたいな人材はまさに我々日本にとって、たいへん貴重な存在ということでないでしょうか。

斎藤 資本蓄積の促進のためには何をやればいいでしょうか。

吉川 既に言いましたが、やはり投資の背後には多くのケースでイノベーションがあると考えるべきです。回り回って結局最後は全てイノベーションだ、ということになると思いますね。言葉を変えれば資本蓄積を促すにもプロダクト・イノベーションがカギとみてよいのではないでしょうか。

斎藤 対内直接投資の促進はどうですか。国際比較をすると対内直接投資のGDPに対する比率は北朝鮮より低いのが実態のようです(笑い)。

吉川 海外からの直接投資を増やすのは賛成ですが、その際も決め手になるのが需要を捉えた新しいコンセプトのプロダクト・イノベーションだと思います。象徴的な例で言えばスターバックスです。昔は、あの懐かしい喫茶店が中心でした。そこに、あのある種のコンセプトをもったスターバックスというのが現れた。都会でホワイトカラー的な仕事をしているような人達をターゲットにしたような、あのスターバックスのコンセプトが現れたわけです。あれは雇用も生み出し、それなりに我々の社会を豊かにするという点で貢献しているんじゃないですか。

斎藤 先生の人口減少ペシミズム批判の意味するところはよくわかりました。だが、やはり多くの人々が気にしている素朴な疑問があります。1つはその社会保障制度の持続性の問題です。社会保障の問題も成長がある程度確保できれば解決しうるということでしょうか。

吉川 問題解決には有利なファクターではあります。

斎藤 それは今の現役世代がいまの高齢者世代の面倒をみるといういわゆる賦課方式の社会保障も持続可能になるということでしょうか。よく財務省なんかが説明しているように、かつては1人の高齢者を3人で支える騎馬戦型だったのがこれからは一人の現役世代が一人の高齢者を支える肩車型になると言われています。これは、とても持たないのではと言う気がしますが。

吉川 もちろん、制度問題は制度問題として持続可能性を確保するような改革が必要です。繰り返しますが、人口問題は大へんなプロブレムであることには変わりはないのです。

斎藤 それからもう1つは、地方の過疎化の問題。人口減が進めば集積のメリットも薄れマイナスの影響が大きいのではないですか。

吉川 確かに無理に止めようとしても、消えるところは消えるしかないという感じもしていますね。ただ、工業化が進展した20世紀では集積のメリットが大きかったのは確かですが、21世紀はどうか。いまわれわれに訪れているのは知識社会です。工場などの有形資産よりも、特許や商標、ノウハウなどに代表される無形資産の方が重要性が増している。知識社会において集積のメリットがどの程度あるのかは一概に言えない。メリットがある場合もあれば、特に利点がないこともあるでしょう。この日本の国土にどういう風に人が住むか、人々がどういう形で住むのが快適だと思うか、そういうことに依存するのだと思います。


1.5%成長は可能

斎藤 では、最後にお聞きします。高齢化社会の中でも企業が敗北主義に陥らず、ニーズをつかみ積極的な行動をとったとした時には、日本経済の姿はどんなものが描けますか?

吉川 多くの経済学者は、日本経済の実力、すなわち潜在成長率は0.5%程度しかないと言っていますが、私は日本の経済成長は実質で年率1.5%ぐらいは可能ではないかと思っています。GDPは年率で1.5%増えていく。一方、人口は年率0.5%ぐらいのペースで減っていきます。このことは何を意味しているかと言えば1人当たりのGDP、あるいは1人当たりの所得は2%ぐらいで増え続けるということです。労働生産性が2%ぐらい上昇し続ければ良いということで、これは可能だと思っています。また、2%成長を続ければ概ね35年で倍になります。我々のような60歳代の生涯所得に比べて、今の30歳ぐらいの人達の生涯所得は2倍になるということです。購買力も大きな問題がなければ我々の2倍になるということです。

斎藤 あくまでも成長がうまく行けばですよね。

吉川 いきますよ。私が言うのは決して夢物語でも何でもありません。明治時代の初めから、今に至るまで、日本も含め、先進国の経済成長って何べんも言うように人口増だけで来ているのではないのです。経済が人口の増加と同じ率で拡大するだけなら、一人あたりの所得は伸びないということです。つまり1人当たりの所得は19世紀の水準と変わらない。19世紀の初めとだいたい同じような生活をしているということになっていないとおかしいわけです。経済は一人あたりの所得、生産性が上がることによって成長してきているわけです。人々が人口減少ペシミズムに陥らず、企業がケインズの言う「アニマルスピリット」を失わずにイノベーションに果敢に挑戦すれば、一人当たり所得が2%程度成長することは十分可能だとみています。企業は退嬰的になってはならないと思います。

斎藤 刺激的な話、ありがとうございました。 

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吉川 洋(ヨシカワ ヒロシ)
1951年生まれ。東京大学経済学部卒業。米イェール大学大学院経済学部博士課程修了、博士(Ph.D.)。96年から東京大学教授、2016年から立正大学教授。財政制度等審議会会長、日本経済研究センター理事。東京大学名誉教授。

斎藤史郎(サイトウ シロウ)
1948年生まれ。1972年慶応大学経済学部卒。同年日本経済新聞社入社、東京本社経済部長、編集局長、専務取締役などを経て2013年から日本経済研究センター研究主幹、2015年から同センター会長。2009−2011年、日本記者クラブ理事長。

激しく変化する経済・社会のなか、巷には玉石混交とも言える情報があふれています。ほんとうに価値ある情報は何でしょうか。日本経済研究センター会長の斎藤史郎が各界の有識者と対談、常識や通念を超える異見・卓見を聞きます。

※本コラム「斎藤史郎が聞く 異見・卓見」のバックナンバーはサイト右上から、2015年3月に終了した「斎藤史郎が聞く 暴論?正論?」はこちらからご覧いただけます。


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