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齋藤潤の経済バーズアイ

2017年3月21日 内なるトランプを見つめる

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日本経済研究センター研究顧問 齋藤潤
【トランプ政権の保護主義的・排外的政策】
 トランプ大統領の誕生以来、米国の保護主義的な政策に世界が当惑しています。環太平洋経済連携協定(TPP)からの脱退、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉要求に始まり、諸外国の対米貿易黒字や米国企業の生産拠点の海外移転への牽制など、これまで自由貿易の旗頭であった米国の政策を180度転換させる政策は、世界経済の先行きに対しても大きな暗雲となっています。今回のG20の共同声明から反保護主義の表現が落ちたのも、こうした事態を象徴する出来事です。

 トランプ政権は移民に対する規制も強めています。特定国からの入国禁止の大統領令は、司法との間に緊張関係をもたらしながら、二度にわたって強行されています。これまで米国は人種のるつぼであることが強みであると言われてきましたが、移民を締め出すかのような政策への転換は、米国内でも国論を二分する議論を巻き起こしています。

【我が国の「内なるトランプ」】
 こうしたトランプ政権の政策に対しては、日本においても、保護主義的、排外的な政策であるとして、批判的にみられています。このまま行ったら、これまで苦労して築かれてきた自由で開かれた世界経済秩序への歩みはどうなってしまうのか。多くの懸念がもたれています。

 しかし、翻って考えてみましょう。我が国は、そのような政策とは無縁でしょうか。同様な保護主義的・排外的な考え方は存在していないでしょうか。

 残念ながら、私たちの考え方の中には、トランプ政権のようにあからさまではないにしても、同様な考え方が潜んでいることは否定できないように思います。そういう意味での「内なるトランプ」は、いくつかの面において見ることができます。

【貿易政策の保護主義的側面】
 第1は、貿易面です。我が国の貿易自由化は、1960年の「貿易・為替自由化計画大綱」以来、飛躍的に進みました。特に鉱工業品の分野では、関税率は世界的にも低い水準にありますが、農産物については、まだ高いものにとどまっています。TPPの最終合意内容を見ても、日本の関税撤廃率は、工業製品の関税撤廃率が100%であったのに対して、農林水産品では約82%であったため、全体としても95%と、他の参加国のそれが99〜100%であったのに比べて、最も低い率となっていました。経済協力開発機構(OECD)が公表している農業保護率(Producer Support Estimate)を見ても、日本はOECDの中で5番目に保護率の高い国となっています(2015)。

 農業の保護率が高いのは、日本の農業に国際競争力がなく、自由化すれば壊滅的な打撃を受ける恐れがあると判断されているからですが、そのように比較優位を失った産業を保護するという論理は、米国がその製造業を保護しなければならないという論理と基本的には同じことです。ある産業が比較優位を失ったのであれば、いかにその比較優位を取り戻すのか、あるいはいかに新たな比較優位産業に資源を円滑に移動させるかを考えるべきであす。それに対して、産業そのものを保護することは、経済全体の生産性を削ぐことになりますし、国内の消費者がより高いものを買わされるということになり、社会的厚生を損なうことにもなります。

【外国人労働者政策の排外的側面】
 第2は、労働移動の面です。我が国は、「専門的な技術・技能又は知識を生かして職業活動に従事する外国人の入国・在留は求めるが、それら以外の外国人の入国・在留は認めないこととしている」(法務省「平成28年版出入国管理(「白書」)。このため、高度人材については、ポイント制を導入するなど徐々に条件を緩和してきていますが、単純労働者については、依然として原則禁止の厳しい規制が維持されています。その結果、日本の外国人労働者の労働力人口に占める比率は1.6%と、欧米諸国(米国16.2%、英国8.8%)やシンガポール(38.1%)のような高い水準に及ばないことはもちろんですが、近年、外国人を積極的に受け入れようとしている韓国(2.1%)よりも低い水準となっています(ただし数値は、日本については2016年、米国と英国については2009年、シンガポールと韓国については2014年のもの)。

 我が国が外国人労働者の受け入れ、特に単純労働者のそれに対して否定的であることの背景には、国内の労働市場への影響、社会的・文化的な面での摩擦、犯罪の増加、財政的な負担の増加などに対する懸念があると思われます。長期的に人口減少が見込まれる中、外国人労働者への依存は不可避だと思われますし、それを先送りすることは日本経済の衰退を早めるだけのように思われますが、にもかかわらずこうした要因を理由に外国人労働者への門を閉ざすことは、トランプ政権の考え方と重なるところが多いように思われます。

【対内直接投資の限定的状況】
 この関連で、直接投資の現状についても触れておかなければなりません。日本は残高のGDP比でみると、対外直接投資も決して高くはなく、少ないほうから10番目の31%ですが、対内直接投資はそれ以上に少なく、OECD加盟国中で最下位の5%しかありません(2015年)。もっとも、日本の対内直接投資が少ないのは、必ずしもそれに対する規制が強いからという理由ではなさそうです。その点は、OECDが作成している「直接投資制限指数」(FDI Regulatory Restriction Index)がそれほど高くないことでも確認できます。この点は留意する必要がありますが、我が国が対内直接投資を受け入れていないことは紛れもない事実です。

 対内直接投資の点では、米国は日本と異なります。米国は、対外直接投資も対内直接投資も30%台後半で、それほど多くはありませんが、決して少なくもありません(OECD加盟国中、対外直接投資は下から13位、対内直接投資は下から8位)。しかも、トランプ大統領は、外国企業に対して、輸出するのではなく、対米直接投資を通じて米国内に投資をし、雇用を創出してほしいと要求しているわけで、対内直接投資に対して決して否定的でないことは見落とすべきではありません。

【対内面での自由化を進める好機に】
 このように考えてくると、日本は、対外面では自由化が進んでいるものの、対内面では自由化が遅れている国であると言うことができます。そうであれば、「外なるトランプ」の政策を批判するだけでなく、「内なるトランプ」にも目を向け、対内面の自由化を一層推進して行くことが重要であると思います。

 もっとも、自由貿易の利益は、経済学が教える最も基本的な命題の一つですが、同時に本当の意味で理解されることが難しいものでもあると言われています。そういう意味では、この際、自由貿易のもたらす利益についてもういちど確認しておくことも、今後の自由化にとって重要だと思われます。すなわち、貿易の自由化によって、数量規制や関税障壁を取り除けば、比較優位を持つ産業の生産が促進され、我が国全体としての社会的厚生を高めることができるということを確認することです。

 確かに、自由貿易を進めると、そのために比較優位を失い、縮小を余儀なくされる産業も出てくることは否定できません。そのような産業に対しては、手立てを尽くす必要があります。再び比較優位を取り戻せるような構造改革を押し進めたり、そこに従事している企業や就業者に対して、産業転換・産業間移動を円滑に進められるような政策を推進したりすることが重要です。

 そうしたことを考慮して、これまで、世界貿易機関(WTO)や2国間自由貿易協定(FTA)/経済連携協定(EPA)などを通じて、マルチ(multilateral)やバイ(bilateral)の枠組みで自由化を進めてきました。これによって、相手国の自由化も引き出し、輸出の増加によって成長することができる産業を創出することができれば、産業調整もより円滑に進むと期待できるからです。もっとも、このことは逆に、WTOやFTA/EPAが進まなければ、貿易自由化が遅れても仕方がないという見方につながることにもなってしまいました。

 しかし、自由貿易の利益は、一方的な、単独での自由化(unilateral liberalization)であっても享受できます。例えば、アジア太平洋経済協力会議(APEC)では、各国が自主的にこれを進めることを基本に、貿易・投資の自由化を推し進めようとしてきました。決してこの試みが成功しているとは言えませんが、このような基本指針が掲げられてきたのも、一歩的な、単独での自由化が利益をもたらすからです。

 トランプ政権の誕生と、保護主義的・排外的な政策の拡大を目の前にして、世界は当惑しています。しかし、それを批判するだけでは十分ではありません。これを機会に「内なるトランプ」を見つめ、自由化の意義を再確認し、対内面での一層の自由化に結び付けることが重要であるように思います。

(2017年3月21日)


(日本経済研究センター研究顧問)


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