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山田剛のINSIDE INDIA

2017年12月25日 インドに来るか、EV時代

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 インド政府は2017年5月、2030年までにガソリン・軽油など化石燃料で走る車を全廃し、すべての車両を電気自動車(EV)に置き換える、と発表した。欧州主要国ですらターゲットは2040年だから、この目標設定がいかに野心的なものであるかがわかる。技術やインフラの問題、そして化石燃料車に比べて高価な価格をいかに下げることができるのか等々、課題は山積だが、政府や自動車業界は早くもEV新時代に向けて一斉に動き出している。

 インド政府がこれほどまでにEVにこだわるのは、深刻な交通渋滞に加え、首都デリーで過去最悪のレベルとなった大気汚染への対策が急務だからだ。もちろん、原油自給率が30%を切っているインドにとって、石油輸入を可能な限り減らして外貨を節約するという狙いもある。

タタ自動車が開発した電気バス。すでにインド各地で試験運行を開始している。(同社のHPより転載)


 省エネ事業に取り組む国営エナジー・エフィシェンシー・サービシズ(EESL)は9月末、電気自動車調達計画に伴う入札結果を発表し、タタ自動車とマヒンドラ&マヒンドラ(M&M)に対して、計1万台を発注することを決定した。EESLは両社から1台約101万ルピー(172万円)でEVを調達、これを112万ルピー(190万円)で一般に販売して普及を促す計画だ。 インド国内の電気自動車販売台数は2014年度の約1万6000台から、16年度には2万5000台に増加しているが、その9割は二輪車。乗用車ではまだEVの普及は進んでいない。

 EVを普及させるためにはまず、充電ステーションの増設が不可欠。一時よりはかなり改善したとはいえ、夏場の停電が日常化しているインドでこれはそう容易なことではない。そして高性能な電池の安定供給やコスト削減はもちろん、需要を喚起するための適正な補助金支給なども必要となってくる。
 政府はいわゆるマルチモーダル交通を推進するため、大都市でのバスなど向けにEVの調達を拡大する方針。アナント・ギート重工業相は5月、まだ輸入に頼っているEV用のリチウムイオン電池の国産化を進める考えを表明した。また成長政略を立案するインド変革国家機関委員会(NITI アーヨグ)のアミターブ・カントCEOは12月、政府が電気自動車に対して道路税の軽減など、支援策を検討していることを明らかにした。
 すでに7月から導入された全国統一の消費税「物品・サービス税」において、EVに対する税率はそれまでの23%から12%へと引き下げられ、これも一定の追い風にはなりそうだ。 
 米ロッキーマウンテン研究所とインド商工会議所連盟(FICCI)は11月、車両のシェアとEV化によって、2030年までに原油輸入代金など計3300億ドルを節約できる、とする試算をまとめた。アーンスト・アンド・ヤング(E&Y)が11月に発表したレポートも、「EV化は二輪、三輪車部門において最も急速に進む」との見通しを示している。

マヒンドラ&マヒンドラが生産しているEVセダン「eベリト」(同社のHPより転載)


電気バスやEV版「ナノ」も
 自動車メーカーの対応は素早い。トラックなどの大型商用車に強いアショク・レイランドは昨年5月、いち早く電気バスを発表しEV部門のテコ入れに乗り出した。また17年6月には南部タミルナドゥ州の州都チェンナイで電動バスの試験運行を実施。タタ自動車も4月以降、北部ヒマチャルプラデシュ州の州都で英植民地時代からの避暑地として知られるシムラやパンジャブ州の文教都市チャンディガル、そして北東部アッサム州で電動バスの試験運行を繰り返している。
 一時話題をさらったタタ自動車の超低価格乗用車「ナノ」は今では月産1500台程度に落ち込み、「失敗作」の烙印を押されているが、同社は電気自動車の研究・開発企業ジェイエム・オートモーティブスと提携し、EV版「ナノ」の生産に乗り出す方針を決めた。タタがジェイエムにボディーを提供する予定で、ジェイエムはすでに約400台を受注しているという。

 多目的車やトラクターが得意なM&Mを傘下に抱えるマヒンドラ・グループのアナンド・マヒンドラ会長は6月、ツイッターで米EV大手テスラ・モーターズのイーロン・マスクCEOに協力を呼びかけ、9月には電動オートリキシャ(3輪のタクシー)も発表。さらに米フォードともEV開発で提携を模索中。
 12月にはヤマハ・インディアがインド向けEV二輪車導入を検討していることを明らかにした。スクーターの老舗TVSモーターも同月、電動二輪車を手掛けるスタートアップ企業ウルトラバイオレット社に対し15%の出資を決めるなど各社が独自の動きを見せている。
 このほかにもスズキとホンダは2020年をめどにインドにEVを投入する計画。トヨタのインド現地法人トヨタ・キルロスカ・モーターも南部アンドラプラデシュ州の新州都アマラバティへのEV導入について、11月に州政府と覚書(MoU)を交わした。

 石油元売り大手の国営インド石油(IOC)は11月、西部マハラシュトラ州ナーグプルに同社初のEV向け充電スタンドを開設すると発表。火力発電公社(NTPC)やシェル・インディアなども、充電スタンドビジネスを本格的に展開する方針を示しており、予想よりも早く充電インフラが整備される可能性も出てきた。

※インドの自動車生産台数(万台)は会員限定PDFをご覧ください。

自動車業界には不安も
 しかし、自動車や自動車部品の業界には困惑も残る。ホンダカーズ・インディアの上野洋一郎社長は5月、車両価格や充電スタンドなどインフラ整備の遅れを理由に挙げ、「インドでは電気自動車はまだ早い」と発言。11月には発言を多少修正したものの「政府が工程表や仕様を統一する必要がある」と注文を付けた。
 インド自動車部品工業会(ACMA)のメータ事務局長は11月、「化石燃料車の需要は当面なくならない」としつつ、「政府は早急に(EV普及の)ロードマップをつくり、部品業界の不安を軽減してほしい」と述べた。これは偽らざる心境だろう。
 急速なEV化の進展は、長年にわたって内燃機関の技術を磨き上げ、ハイブリッド車(HV)の技術で世界に先行する日本勢にとってただ事ではない。ピストンやシリンダー、燃料噴射装置など、ガソリン車で2000点を超えるパワートレイン関連部品がEVではわずか20前後と、構造は極めてシンプル。しかも、モーターと電池さえ調達できれば新規参入も容易だからだ。
 しかし、EV推進プロジェクト責任者だったピユーシュ・ゴヤル電力相(当時)は8月、「HVのような過渡期の技術を推奨することはできない」と述べ、あくまで一足飛びにエンジン車からEVへと移行したい考えを強調している。

 インド自動車工業会は12月20日、EV普及に関する分析と提言をまとめた「EV白書」を公表。政府が目標とする2030年段階ではEVの普及は都市部だけにとどまり、この時点での普及率は全国でも40%程度、と予測。完全にEV化するのはインドが独立100周年を迎える2047年にまでずれこむ、との見解を示した。その一方で、段階的なEV普及を進めるうえでHVも含めた化石燃料車の役割を軽視すべきではないとの立場を示し、政府に対しては突然の変更などがない「一貫した政策」の立案を強く求めた。
 国を挙げてEVを推進する背景には日本や韓国メーカーに席巻された既存の乗用車市場をかき回して新たな投資を呼び込み、それを雇用増につなげたいという政府の意図が見える。現段階ではこの「EV白書」が最も合理的かつ穏当な予想だと思われるが、スマートホンやLCC(格安航空)のように、一度人気に火がつけばEVも一気に普及が進むかもしれない。インドにはそれぐらいのダイナミズムがある。

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山田剛/主任研究員(兼日本経済新聞シニアエディター)



日本経済研究センター主任研究員 山田剛

 発足以来2年半が過ぎ、任期を折り返したインド・モディ政権の経済改革がようやく形になってきました。相次ぐ外資規制の緩和やインフラ整備の加速はもちろん、独立以来の税制改革となるGST(物品・サービス税)の導入にもめどをつけ、内外投資家の関心も再び高まっています。モディ首相は2016年11月に「高額紙幣の使用停止」という荒療治に踏み切り、改革に賭ける不退転の決意を示しました。2017年には日本をはじめ中東、アジア諸国や欧州などとの経済協力も一段と強化されそうで、「トランプのアメリカ」とどう付き合うのかも要注目です。こうした情勢を踏まえ、インド政治・経済の予測と動向分析を詳細かつわかりやすくお伝えしていきたいと考えています。

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