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山田剛のINSIDE INDIA

2018年1月16日 インド経済、積年の課題は解決するのか〜不良債権処理、ようやく本格始動

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 インドの経済成長にとって最大のブレーキは今やインフラでも税制でも外資規制でもない。長年にわたって膨れ上がった銀行の不良債権(NPA)だ。この巨額の不良債権のために貸し渋りが広がり、本当に必要としている企業に資金が届かず設備投資の阻害要因となってきた。かねて与信力の弱さが指摘されてきたインドの金融機関にとって不良債権は非常に深刻な問題だが、各銀行はもちろんインド中銀(RBI)の対策も後手に回ってきた。
 しかし、企業の破たん処理を加速させる2016年債務超過・破産法(IBC)が施行され、RBIも大口貸し倒れ企業12社を公表して銀行の破たん処理を促し、さらに政府は大口の不良債権を抱えた国営銀行などに対し2.11兆ルピー(1ルピー=約1.7円)にも及ぶ公的資金の投入も決めた。一連の不良債権対策は、独立以来の税制改革となったGST(物品・サービス税)や、電光石火の「高額紙幣廃止」と並ぶモディノミクスの柱として評価できる。
 これまで会社を円満にたたんで撤退することが困難と言われてきたインドだが、一連の不良債権・破たん処理の迅速化で産業界の新陳代謝が一気に進めば、経済成長にとって新たな追い風となる可能性もある。

不良債権は8.5兆ルピー突破
 「借金を払わない経営者は、真面目に働いている人々にただ乗りしている。こういう人たちが産業界の大立者としてもてはやされるような風潮は変えなければならない」―――。2013年7月にインド中銀(RBI)総裁に就任したスター経済学者、ラグラム・ラジャン氏は、とりわけ銀行の不良債権処理に心血を注いだ。
 だが、ラジャン氏の陣頭指揮にも関わらずその後も不良債権は膨張を続け、2011年には1兆ルピー程度だった各銀行のグロスの不良債権は2015年度末(16年3月末)には6.1兆ルピーに膨れ上がり、17年9月末にはGDP比6%に迫る8.5兆ルピーに達した。このうち90%以上を占めるのが国営(PSU)銀行の不良資産であり、その放漫な貸し付けや審査の甘さが世論から厳しく指弾されるようになった。(図表1)

 17年6月時点の銀行別不良債権額では、インド最大の商業銀行で210年を超える歴史を持つ国営ステート・バンク・オブ・インディア(SBI)が断然の1位、1兆8800億ルピー(Ace Equity調べ)で全体の22%を占めた。これに同じく国営のパンジャブ・ナショナル・バンク(PNB)が5770億ルピー、バンク・オブ・インディア(BOI)が5100億ルピーで続いた。民間最大手のICICI銀行が6位に顔を出したが、不良債権額の上位15行の中で民間は2行だけだった。(図表2)

※図表1「インドの商業銀行の不良債権額」、図表2「インドの銀行別不良債権額」は会員限定PDFをご覧ください。

貸し出し減速で設備投資が低迷
 その後も不良債権処理は難航した。RBIによると17年3月から9月にかけて、「60日以上延滞している債権」は前年比56%も増加した。17年9月末の段階で商業銀行の貸出総額に占める不良債権の比率は約10.2%と2ケタに達したが、回収困難に陥っているものの金利や返済期限などを借り手有利に変更することで不良債権には分類されない「貸出条件緩和債権」――要するに隠れ不良資産なのだが――までカウントすると、商業銀行のいわゆるストレス資産は10兆ルピー弱と全貸し出しの12.2%を占めるに至った。

 巨額不良債権の存在は貸し出しにも影響を与えている。2004年に前年同期比30%を超え、2010年にも25%前後で推移していた貸し出し額の伸び率は、17年には一時7〜8%にまで落ち込んだ。17年12月末時点ではこれが同10.65%に回復しているが、カーローンやホームローン、クレジットカードなど相対的にリスクの大きい個人向け融資の比重が増えており、GDPを押し上げる設備投資に直結する肝心の企業向け融資は依然伸び悩み傾向にある。

 そもそもなぜ、不良債権が増えたのか。アルン・ジャイトリー財務相は年明け早々、「2014年以降に不良債権が急増した」と説明していたが、問題の根源はもっと早い段階で発生していた。2000年代に入ってからの好況期、とりわけインド経済が8%を超える高成長に突入した2004年ごろから、国営銀行を中心とした金融機関は鉄鋼メーカーやインフラ関連企業に対してろくな審査もせず、まともな担保も取らずに競うように貸し付けた。
 その後2008年のリーマン・ショックや世界金融危機、原油価格の高騰などでインド企業の収益が悪化、さらには違法採掘の横行に対して政府が取った鉄鉱石の採掘禁止措置や、大型プロジェクトに際しての環境クリアランスの厳格化などがとどめを刺し、一気に巨額の焦げ付きが発生した、というわけだ。

ついに「破産法」成立
 不良債権を減らすには、債務不履行に陥った企業の破たん処理を進め、焦げ付いた債権をキャッシュに換えて迅速に回収することが肝要だが、IBC施行前の破たん処理スキームは主に、1985年成立の経営不振企業法(SICA)に基づいて産業金融再建庁(BIFR)にゆだねられていた。だが、SICAによる破たん処理はヒアリング開始まで1年かかるなどの遅滞がザラで、1990年代末にはプロセス完了までに4年半もかかるケースがあった。

 そこで政府は2016年5月、迅速な破たん処理を目指して債務超過・破綻法(IBC)を成立させ、12月に施行へとこぎつけた。同法は原則180日(さらに90日延長可)以内に破たん処理を完了させることを明記し、債務企業が持つ資産や株式の切り売りを可能にするなど極めて現実的なアプローチを定めている。さらに17年5月には、不良債権処理に際してRBIの権限を強化するために銀行法も改正するなど着々と手を打ってきた。

 17年6月にはRBIが当時の不良債権全体の25%を占めていた大口債務企業12社を名指しし、各銀行に対して破たん処理を進めるよう強く迫った。12社のリストには負債総額500億ルピー超でこのうち不良債権比率が60%に達した企業で、エッサール・スチールやブーシャン・スチールなどの大手鉄鋼メーカーをはじめ自動車部品のアムテック・オート、繊維大手アロク・インダストリーズなどが名を連ねた。
 すでにSBIは昨年6月、国家会社法審判所(NCLT)に対し、エッサール・スチールの破たん手続き開始を申請。7月にはコーポレート銀行を中心とするコンソーシアムが申請したアムテック・オートの破たん処理手続きがNCLTに受理されるなど、一気に破たん処理の流れが加速し始めた。RBIはさらに8月、大口債務不履行企業の第2弾として28社を追加発表するなど、断固たる姿勢を見せつけている。(図表3)

※図表3「RBIが公表した大口債務不履行企業12社の概要」は会員限定PDFをご覧ください。

 17年10月、モディ政権は国営銀行のバランスシート改善のため、向こう2年間で総額2.11兆ルピーの公的資金を注入することを決め、原資を国営銀行の政府保有株売却や新たな国債発行で賄う方針を発表した。そして12月、エッサール・スチールの破たん処理に抵抗して同社オーナーのルイア・グループが自ら資産売却の入札に参加する意思を見せたことを踏まえ、政府は破たん企業のオーナーら当事者による応札を制限するIBCの改正案を閣議決定。年明け1月4日、国営銀行に対する資本注入の原資となる総額8000億ルピーの国債発行を決定した。いよいよ不良債権や破たん企業を適切かつ迅速に処理していくためのメカニズムが出そろったことになる。
 市場も不良債権処理の加速を評価している。昨年11月10日に発表されたSBIの7-9月決算は純利益が前年比で38%減という厳しい内容だったが、市場や投資家はこれを「不良債権処理が進んだ証拠」と好感し、同行の株価は前日比6%も上昇した。こうした動きが広がれば、勇気ある銀行や企業は称賛を集めインドの不良債権処理は予想外に早く進むかもしれない。

進む資産売却
 不良資産を抱える各銀行もいよいよノンコア事業の整理統合に本腰を入れ始めた。国営銀3位のバンク・オブ・バローダは1月中旬、子会社ナイニタル銀行の売却を検討している、と報じられた。RBIはこれまでに、大手銀10行以上に「NPA処理に関する迅速かつ適切な対応」をするよう命令を出しており、年明け早々の1月上旬には約2000億ルピーのNPAを抱える国営アラハバード銀行に対して同じ命令を出した。
 SBIのラジニシュ・クマール会長は1月上旬、PTI通信に対しRBIから大口債務者に指定された12社のうち、破たん処理手続きに入ったエレクトロスチール・スチールズとモネット・イスパットの鉄鋼2社について、それぞれ「買い手」が現れたことを明らかにした。同会長は残りの10社についても、月内に資産売却に着手したい、としている。
 年1000万トンの粗鋼生産能力を持つエッサールのハジラ製鉄所(西部グジャラート州)にはすでにタタ製鉄や、アルセロール・ミッタル、そして新日鉄住金などが買収を目指して現地調査に訪れているという。
 このほかにも、有力経済紙ビジネス・スタンダードは、大口債務企業の第2陣・28社のリストに載せられ、約563億ルピーの負債を抱えて破綻処理手続き中のウッタム・ガルバ・スチールの工場(マハラシュトラ州)に対し、JSWスチールが買収に乗り出す意向を表明した、と伝えている。
 銀行主導の破綻処理に抵抗していたエッサール・スチールもノンコア事業の整理に着手した。同社は1月、ムンバイの新興ビジネス街バンドラ・クルラ・コンプレックス(BKC)に保有するオフィスをカナダのブルックフィールド・アセット・マネジメントに240億ルピーで売却する交渉に入った、と報道された。いよいよ銀行や問題企業が破たん処理やバランスシート改善に向かって本気で動き始めたようだ。
 不良債権問題の解決や不振企業の破たん処理は、政策としてはやや後ろ向きで地味だし一般大衆にはあまり受けないが、国家百年の計にとっては非常に重要。企業の撤退ルールが整備され明確化されたことで、外資・国内企業を問わず企業のリストラはもちろん新規参入を促す効果も期待していいだろう。

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山田剛/主任研究員(兼日本経済新聞シニアエディター)



日本経済研究センター主任研究員 山田剛

 2019年春に次期総選挙を控え、インド・モディ政権の経済改革・モディノミクスもいよいよ仕上げの段階に入りつつあります。独立以来の税制改革となったGST(物品・サービス税)の導入や驚きの高額紙幣廃止などに加え、外資規制緩和や製造業振興に成果を挙げたインドは、ついに懸案の不良債権処理にも着手しました。面倒な隣人パキスタンやアジアの巨人・中国、そして暴れん坊トランプ大統領率いるアメリカとどう付き合っていくのか、も目が離せませんし、2018年には日本の技術を投入するインド初の「新幹線」プロジェクトも動き出します。これらのトピックを踏まえ、インド政治・経済やビジネスの動向分析を詳細かつわかりやすくすくお伝えしていきたいと考えています。

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