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日本経済研究センター Japan Center Economic Research

最終更新日:2012年11月29日
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円城寺次郎記念賞

 日本経済新聞社の元社長で、日本経済研究センターの初代理事長を務めた円城寺次郎氏の名を冠したこの賞は、気鋭の若手・中堅エコノミストの活動を顕彰することを目的にしています。2006年度に日本経済新聞の創刊130周年記念事業の一つとして設けました。受賞者には賞金100万円と賞状・記念品を贈リます。

第2回円城寺次郎記念賞決まる

日本経済新聞社と日本経済研究センター共催の第2回円城寺次郎記念賞の受賞者は以下の2氏に決まりました。

玄田有史氏・東京大学社会科学研究所教授 玄田有史(げんだ・ゆうじ)氏
東京大学社会科学研究所教授
 雇用の創出・喪失といった観点からの労働市場分析を本格的に手がけ、日本における非正規雇用の存在とその構造的問題に関して実証分析を行ってきた。ニート問題の第一人者として知られ、様々な審議会や研究会の委員を務め、若年層の労働環境の改善策を提言するなど、政策の議論にも大きな影響を与えた。東大社会科学研究所のプロジェクトである希望学(希望の社会科学)のリーダーとしても活動。希望についての思想研究、岩手県釜石市の地域調査などに取り組んだ。

略歴 1964年生まれ。88年東京大学経済学部卒、92年東京大学大学院経済学研究科第U種博士課程退学。2002年に大阪大学より経済学博士号取得。オックスフォード大学客員研究員、学習院大学経済学部教授などを経て07年より東京大学社会科学研究所教授。専門は労働経済学。
主な著書 『 仕事のなかの曖昧な不安〜揺れる若年の現在』(中央公論新社、2001年、サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、2004年、労働関係図書優秀賞、エコノミスト賞)、『希望学』(全4巻)(東大社研・玄田有史・宇野重規・中村尚史編、東京大学出版会、2009年)など。


澤田康幸氏・東京大学大学院経済学研究科准教授 澤田康幸(さわだ・やすゆき)氏
東京大学大学院経済学研究科准教授
 パキスタン、スリランカなど発展途上国におけるフィールド・ワークを通じて経済開発と貧困の問題を実証研究してきたほか、通貨危機・債務危機やODAなど国際マクロ経済の諸問題についての理論的・計量的研究を行ってきた。阪神淡路大震災など自然災害が被災者の生活に及ぼす影響、経済情勢と関連する自殺の研究など、重要な社会問題についても幅広い観点から実証研究を行い問題提起してきた。

略歴 1967年生まれ。90年慶応義塾大学経済学部卒、92年大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了、94年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、99年スタンフォード大学大学院経済学部博士課程修了(Ph.D.取得)。99年東京大学大学院総合文化研究科助教授、2002年東京大学大学院経済学研究科助教授、07年より准教授。現在、国際協力機構(JICA)研究所客員研究員・経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー等を務める。専門は開発経済学。
主な著書 『 基礎コース 国際経済学』(新世社、2003年)、『市場と経済発展』(澤田康幸・園部哲史編著 東洋経済新報社、2006年、大平正芳記念賞)、“Rural Poverty and Income Dynamics in Asia and Africa,” (Keijiro Otsuka, Jonna P. Estudillo, and Yasuyuki Sawada編、Routledge、2009年)など。

第2回円城寺次郎記念賞 記念講演会

  12月7日(月)に受賞者2氏による記念講演会を開催いたしました。

■読むゼミ「労働に希望はあるか?」 玄田有史・東京大学社会科学研究所教授
■読むゼミ「世界と日本におけるリスクと貧困」 澤田康幸・東京大学大学院経済学研究科准教授

    総評・評と受賞インタビュー

総評:「雇用問題や貧困など実社会を鋭く分析」
審査委員長 新井淳一・日本経済研究センター会長

 
 第2回円城寺次郎記念賞が玄田有史、澤田康幸の両氏に決まった。選考の過程で分野を絞りはしなかったが、結果として受賞2人の専門分野が、日本と世界が直面する最大の課題となったのは、時代の流れだろう。

 玄田氏の受賞理由は、若年雇用や中高年のリストラ問題に手堅い実証分析をしたことだ。「ニートやワーキング・プアは中高年の雇用を守る企業の人事・労務政策のしわ寄せ」と指摘する一方、「マイナス・イメージの派遣社員だが、年間40万人以上が非正規から正社員になっている事実もある」と語っている。

 澤田氏は開発経済学を中心にマクロ経済やミクロ計量経済学を駆使、リスクと貧困の分析に力を入れている。パキスタン、スリランカなどを訪れ、住民を訪問、家計、栄養、教育状態などを調べる、フィールド・ワークの手法もとっている。

 両氏が専門の経済学にとどまらず、広い領域の研究を得意としている点も、現実をきちんと見つめた分析を重視するこの賞の選考理由になった。

 玄田氏がリーダーをつとめた「希望学」は、経済学、政治学、社会学などを総動員して、個人の希望と社会の関連を考える新しい挑戦だ。希望の喪失が指摘される現在の日本には一番、必要な分野であろう。澤田氏は阪神淡路大震災やインド洋の大津波など、自然災害と市場の研究も実施している。災害などで市場メカニズムが働かないとき、それを補う人々のネットワークや公的支援のあり方が、研究の対象だ。

 円城寺次郎記念賞は理論を踏まえて現実社会に有益な分析・提言をした若手・中堅の経済学者を3年に一度、顕彰する。今回は実績とともに将来の可能性に重点を置いて審査した。

※ 本文中の、「総評」「評」は、11月30日付日本経済新聞朝刊(特集面)から一部転載しています。

玄田有史氏 評と受賞インタビュー


◆評: 岩田一政・内閣府経済社会総合研究所長
「玄田氏、『揺れる若年』と希望の役割を問う」

 1990年代後半に日本の労働市場には、大きな構造変化が生じた。非正規雇用が増加し、すでに雇用者の3割を超えている。労働市場の構造変化は、「高齢化社会」から「高齢社会」へ、さらに「超高齢社会」へと向かう、日本の人口構造の急激な変化を反映したものである。「失われた10年」は、90年代初頭の資産価格バブルの崩壊のほかに、90年の「人口ボーナス」の消失や90年代後半以降における生産年齢人口の減少が重なって生じたものである。

 人口構造の急激な変化は、戦後日本に特徴的な労働慣行の維持を困難にし、雇用創出機会を減少させた。とりわけ、団塊の世代を中心とする中高年の過剰雇用の存在や「失われた10年」の停滞の中で、社会的なつながりを失い、希望を喪失したニートや独身無業者が増加した。大企業、中小企業を問わず、企業における人的資本資源の管理は、新たな「日本企業モデル」形成過程における核心部分といえる。非正規職員であっても、ジョブ・キャリア形成が可能になる仕組みを社会にビルトインすることが求められている。

 玄田氏は、日本の労働市場の構造変化を事業所の開設と閉鎖を含む雇用機会の創出(ジョブ・クリエイション)と消失(ジョブ・ディストラクション)の視点から、若年雇用問題や中高年のリストラ問題を中心に手堅い実証分析を重ねてきた。

 97年以降日本は「別の国になった」との認識に立って、揺れる若者は、日本の先行きに敏感に反応した、炭鉱のカナリアではないかと警鐘を鳴らしてきた。若者にとって、日本が「努力すれば報われる」という希望がもてない社会になっているとすれば、これ程不幸なことはない。

 玄田氏は、日本の企業社会が、戦後経済発展の美点であり、しかも国際競争力の源泉である「人を育成する」ことの重要性を忘れかけているのではないかと問い、現代日本社会の病を鮮やかに活写している。同時に、中小企業の中に人を育てる経営を行い、業績をあげていることに注目している。

 また、雇用創出には、人とのつながりや創業支援が重要であり、企業、再就職支援会社、個人、地域、行政など多岐にわたる社会的な「連携」を構築することが不可欠であると指摘している。

 玄田氏は、岩手県釜石市における住民、出身者からのヒアリングや現地調査を通じて地域の発展における希望の役割を摘出し、内外の研究者と共に、グローバルな視点に立ったユニークな「希望学」プロジェクトを東京大学社会科学研究所で推進している。優れた研究者であるだけでなく、経済学、経営学、社会学、政治学、人類学、文化人類学を横断的に組織する学際研究プロジェクトの卓越した組織者でもある。心から受賞をお祝いしたい。

◆受賞インタビュー:玄田有史・東京大学社会科学研究所教授
「声なき声に耳を澄まし、問題を “発見”」

玄田有史氏・東京大学社会科学研究所教授 ―恩師である所得分配論の石川経夫先生には、どんな影響を受けたか。

 来年13回忌となる石川経夫先生から受けた影響は、計り知れない。なかでも大学院入学直前に聞いた言葉が思い出深い。「同じような能力を持ち、同じように努力している人々の間で、恵まれる人とそうでない人が生まれるのは、なぜなのか。その理由を解明し、改善策の模索を続けることが、経済学である」。ジョン・スチュワート・ミルを引用しつつ説かれたその言葉こそ、私にとって労働経済学の原点である。

 大学生に初めて経済学の授業をするときも、私は決まって同じ言葉を学生に語っている。どうすれば社会に生きる誰もが、今より少しでも幸福に生きられる社会を創れるのか。それを諦めることなく、愚直に考え続けるのが経済学。それが、石川先生から私が学んだ経済学である。

―ニート、非正規雇用など若年雇用問題に関心をもったきっかけは?ニート論争をどう総括するか。

 1998年前後の金融不況を通じて日本の失業率が大きく上昇した当初、中高年の雇用問題が深刻視された。一方、若年の問題は比較的軽視されていた。理由は、若年の失業や非正規雇用の増加は、若年層の職業意識の低下などによるものと、当時は主に考えられていたからである。その認識に強い違和感をおぼえたのが、若年雇用問題に取り組むきっかけとなった。

 若年問題に限らず、就業にかかわる問題を、意識の変化や能力の低下によって、安易に片付けてはならない。むしろ疑うべきは、背後にある雇用システムの問題である。検証の結果、中高年の雇用維持の代償として若年採用が抑制される「置換効果」や、不況期に卒業した世代ほど、雇用や賃金が持続的に悪化する「世代効果」の存在が、浮き彫りになった。

 ニートも、2004年に問題提起をした当時は、裕福な家庭の怠け者の若者といった誤解を受けることもあった。だが実際には、経済的に恵まれない家庭の事情から、働く希望を失ったニートが生じる傾向が強まっていることも発見した。

 いわゆるニート論争を通じて、多くの若者が困難な状況にある実態について広く知られるところとなった意義は大きい。関心の高まりのおかげで、少なくとも以前に比べれば、若年雇用対策は一定の前進を遂げつつある。

 今後は、ニートや非正規雇用の背景に貧困問題がある事実を、社会全体で共有し、雇用に限らず、福祉や教育を含め、あるべき支援策に関する議論を深めることが重要である。

―労働市場の改革、よりよい雇用政策のあり方は?

 戦後日本は、これまでも何度か雇用システム崩壊の危機を経験してきた。労使関係論の中村圭介氏によれば、1960年代初頭の資本や貿易の自由化、70年代半ばの石油危機後、90年代初めのバブル経済崩壊と、ほぼ15年周期で危機は訪れるという。そう考えると2000年代半ばは、さしずめ第4の危機である。

 人を大切にするという日本的雇用システムの根幹を維持しつつ、状況に応じた適切な変化を遂げるには、柔軟なモードチェンジを絶えず繰り返すことが必要である。今回重要なチェンジを一言でいえば、非正規雇用も大切にするシステムを、経済合理性に照らしつつ、いかに社会全体に普及させるか、である。

 不確実性が高まるなか、企業は正社員の採用に慎重であり、非正規の積極採用は今後も継続する。ただ中長期的には人材活用や労働力不足を念頭に、不測の事態がない限り、優秀な非正規にはできるだけ長く勤め続けてもらいたいという企業のニーズも強い。一方、非正規労働者にとっても、賃金の改善の他、まず何よりも安定した就業機会の確保を期待している。

 そう考えると今後は、非正規の安定雇用化もしくは内部化が、労働市場の一つの確かな方向となるだろう。労働市場の動きを無視した改革は成功しない。市場の流れを適切に後押しする雇用政策が最終的には効果を持つ。

―東大社会科学研究所の「希望学」プロジェクトの意義と成果は?希望を持てる社会にするには何が必要か?

 希望学の調査によって明らかとなった、大人の3人に1人は、希望がないか、希望はあっても実現しないと考える社会の状況は深刻である。仕事や収入に恵まれない人ほど希望が持てない事実からは、改めて就業対策の重要性が見て取れる。

 さらに孤独な状況に置かれている人ほど希望が持ちにくい事実からは、企業や家族における人間関係だけでなく、地域に根差したコミュニティ・ビジネス等の成長により、人と人とのつながりを広げることも、希望の持てる社会には必要となる。

―経済学の使命は?今、関心をもっている研究テーマは?

 経済学の究極の使命は、困っている人々の置かれている問題を「解決」することである。だがその前に重要なのは、誰がどのような状況で困っているのか、問題を「発見」することである。

 激動する社会で見落とされがちな、諦めたり、絶望のなかにいる人々の声なき声に耳を澄まし、問題の所在を理論と実証の両面から明らかにすること。それが現在、経済学に求められていると、私は思う。

 今後の研究として、若年や非正規の他、自営業の動向にも注目している。2000年代の不況期にも、被雇用者は意外に減っておらず、起こっているのは、1980年代から続く自営業の衰退である。揺れ動く労働市場の実像について、後世に伝える研究に地道に取り組んでいきたい。

 最後に、石川先生をはじめ労働研究の世界に導いてくださった諸先生方と、希望学という挑戦を共に続ける仲間に感謝したい。



澤田康幸氏 評と受賞インタビュー


◆評:浦田秀次郎・早稲田大学教授
「澤田氏、開発支援による成長への貢献を実証分析」

 澤田氏は経済開発問題を最先端の経済理論と統計的手法を駆使して精力的に研究を進めている気鋭の研究者である。経済開発問題の分析にあたっては、経済学だけではなく、政治学や社会学など他の学問分野からのアプローチも必要になるが、経済学だけに限定しても、貧困、農業、教育などミクロ経済学が対象とする分野からインフレ、政府債務、国際収支などマクロ経済学が対象とする分野まで実に多様な領域が研究対象となっている。

 一般に研究者は特定の専門分野に研究を集中する。経済開発問題では、貧困とか国際収支問題というようにミクロ経済学あるいはマクロ経済学の一分野を専門にする研究者が多い。分析手法としては従来叙述的なものが多く、経済理論から導かれる仮説について統計的手法を用いて検証するという手法はとられてこなかった。そのような状況の中で、澤田氏は開発経済に関して多岐にわたる分野を対象として、経済理論に基づいた実証分析を進めてきた。それらの成果の多くは英文の論文として世界の一流学術誌に掲載されているが、いくつかの邦文の論文のタイトル(「途上国農村における家計の消費安定化」、「国際資本移動と通貨危機:アジア危機の再評価」など)をみても同氏の研究対象範囲の広さが分かる。

 澤田氏の研究の特徴としては、途上国の農村など開発の実態に直接触れる現場重視と世界銀行のような国際機関でのプロジェクトへの参加などに表れている国際性が挙げられる。アジアのみならず、中南米やアフリカでもフィールド調査を行い、それらの調査から入手した情報やデータを用いて分析を行っている。生の情報を用いた分析であるからこそ、研究成果に説得力がある。例えば、パキスタンの家計調査の個票を用いた子供の就学に関する分析では、家計所得の変動が子供の就学に大きな影響を及ぼすことを明らかにし、その結果を基に政府による一時的補助金や小口融資制度の導入が子供の就学を促す効果を持つという政策含意を導き出した。開発研究ではフィールド調査などでチームを編成して行う場合が多いが、澤田氏はチームの編成や運営にも長けており、研究を効率的に進めるにあたっての重要な能力も兼ね備えている。

 日本はアジアで最初に先進国の仲間入りをした国であり、また、政府開発援助などを通して東アジアを中心に途上国の開発支援を積極的に行ってきた。日本と東アジア諸国の経済成長の成功体験は、未だ経済発展の軌道に乗れない南アジアやアフリカなどの国々への示唆に富んでいるが、理論に基づいた実証分析が乏しいことから日本や東アジアにおける発展政策や開発支援の成長への貢献メカニズムは国際的には知られていない。これらの国際的暗黙知を世界諸地域で活用できるような国際公共財にするのが日本の開発経済研究者の責務である。澤田氏は、このような責務にも果敢に挑戦し、すでに多くの成果を上げているが、さらなる活躍を期待する。



◆受賞インタビュー:澤田康幸・東京大学大学院経済学研究科准教授
「フィールドに飛び込み、喫緊の課題に取り組む」

澤田康幸氏・東京大学大学院経済学研究科准教授 ―開発経済学を志した動機は? 開発経済学の面白さ、醍醐味は?

 開発経済学を志したきっかけはいろいろあるのだが、1つは、1980年代半ばの高校時代にエチオピアの飢餓が大きなニュースとなっていたことだ。慶応義塾大学に進み、当時はマイナー分野だった開発経済学に触れ、阪大大学院でプロの経済学者となるべく指導を受け、東大大学院で国際関係・経済政策を本格的に学ぶ機会を得たことはいずれも幸運だった。それから世界銀行で働きたいという気持ちで米国に留学した。スタンフォード留学時代もすばらしい環境で多くの世界的な先生方の薫陶を受けた。世銀の研究プロジェクトにかかわる機会にも恵まれ、留学最後は世銀や米国の複数の大学からもオファーをもらった。日本の大学教員として開発経済学を研究することに決めてちょうど10年が経った。

 途上国には、既存の経済学では解けない問題が山積している。アカロフ教授とスティグリッツ教授が若いころ、それぞれインドとケニアで過ごし、不完全情報問題の発見のきっかけになったというのは、勇気の出る逸話だ。解けない問題があるだけに、経済学のすべての分野を広く理解しつつ、フィールドに飛び込んで行って、喫緊の課題に取り組むということが開発経済学の意義であり、魅力だ。

―海外でどんなフィールド・ワークをしてきたのか。印象深い研究は?

 最初にフィールド・ワークを行ったのはパキスタン・パンジャブ州と北西辺境州(NWFP)で、博士論文のためだった。一つ一つの村を何日もかけてまわって、世帯が直面する様々なリスクと子供の教育の関係について調査した。ほとんどの村の小学校が男女別々で、女子小学校が高い塀と鉄の扉で守られているのは印象的だった。この研究は、10年を経てようやく今年の初めにJournal of Development Economicsに掲載された。

 その後、日本の円借款で整備されたスリランカ南部の農業灌漑地域、フィリピンやモンゴルなどで世帯調査をやってきた。最近では、マダガスカルのマラリア対策である長期残効型殺虫剤含有蚊帳(LLIN)の調査、ブルキナファソの初等教育分権化政策の調査などに取り組んでいる。

―途上国の貧困問題の解決にはどういうスキームで取り組むと有効か?

 貧困問題の解決策というのは、地域や文脈に限定的であり、一般論を示すのは難しいが、国・地域全体の「経済成長」を重視する立場と、生活保護や教育・医療への「直接支援」を重視する考え方という対照軸や、ジェフリー・サックス教授とウィリアム・イースターリー教授との論争のように、貧困の罠を分断するための巨額の援助=「ビッグプッシュ」が必要という考え方とミクロの現場で活動する「サーチャー」が重要と見る対照軸がある。こうした考え方のどれが正しいかは一言でいえない。だが、これら2つの軸も考慮しつつ、エビデンス・実態に基づいた現状把握と政策設計が不可欠で、そのためのエビデンスを積み上げるところに研究者の重要な役割がある。

―阪神・淡路大震災など国内の災害被災者の調査・研究にも取り組んでいる。

 これは、西宮市の実家が全壊したことがきっかけで、市村英彦氏・清水谷諭氏と中越地震被災者の調査も行った。途上国でも、インド洋津波の被災者、ベトナムの鳥インフルエンザ被災農民、四川省大地震の被災者・児童を対象とした調査をやってきた。こうした災害リスクの問題は経済学の分析枠組みが強みを発揮できる問題でもある。

―自殺の問題も研究されているが問題意識は開発経済学とどうつながっているか?

 言うまでもなく、人が死ぬということは大変なことだ。途上国では、幼い子供や妊産婦がマラリアや他の感染症で次々に死んでしまうが、日本でも乳幼児の死亡や誕生死は決して少なくない。そして、多寡を論ずる以前に、国を問わず一つ一つの死がそれぞれ大きな重みを持っている。深刻だと思うのは、日本では自らの意志で人が死んでしまうことだ。我々が目を背けがちなこうした問題にこそ、研究者が真正面からの実態把握と対策の設計に積極的に取り組んでいくべきだと思う。

―日本の自殺の傾向、要因は?どのような政策や援助が必要か?

 日本の自殺者数は、1997年から98年にかけて30%以上の急増を見せ、それ以来10年連続で3万人以上にのぼっている。97・98年は多くの民間金融機関が「貸し渋り」「貸し剥し」を行い、多数の中小零細企業破綻の引き金となったとされている時期である。「貸し渋り」・「貸し剥し」が存在したのか、それが自殺と「因果関係」を持っているかどうかについては、慎重な分析が必要だが、金融危機と自殺率急増との相関関係は看過できない。

 Yun Choi・Joe Chen両氏との研究では、日本における経済社会変数と自殺率との相関関係が他のOECD諸国に比べて大きく、日本における連帯保証人制度や生命保険市場における逆選択とモラルハザードの問題が自殺と関連している可能性も示されている。

 日本における全自殺者数のうち、原因・動機を特定できたケースの内訳では「健康問題」「うつ病理由」が最多になっているが、自殺遺族の支援を行っているNPO法人ライフリンクと我々が行った分析では、精神疾患は自殺に到る最終段階であるとみられている。もし多重債務・連帯保証人といった借金の問題や雇用の問題が多くの人々をうつ病に追い込んでいるのであれば、うつ病の治療と連動させる形で、事業再生や法的支援など社会経済的な構造問題にも取り組まなければならない。こうした問題に対して経済学は重要な役割を果たしうる。

 最後に、この度は、全く思いがけず栄誉ある『円城寺次郎記念賞』を賜り、関係者の皆様と共同研究者の皆様に心から感謝申し上げたい。


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