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日本経済研究センターからのお知らせです

17年も成長維持、米新政権への警戒に濃淡

「アジア・コンセンサス」セミナー、アセアン・インドの4氏が討論

 日本経済研究センターは2月14日、昨年から開始した「JCER/日経 アジア・コンセンサス」調査の回答者4人を招いたセミナー「現地エコノミストに聞くアジア経済」を開催した。各国経済の現状や持続的成長のための課題などを話し合う目的で、登壇者はダルマキルティ・ジョシ・クリシル主席エコノミスト(インド)、デンディ・ラムダニ・マンディリ銀行産業・地域研究部長(インドネシア)、アルビン・アン・アテネオ大学教授(フィリピン)、ナタポーン・トリラタナシリクン・カシコン銀行調査グループ部長(タイ)。4氏は今年の自国経済について、「昨年とほぼ同じか若干上回る水準」(インドネシアのラムダニ氏)と成長路線の継続を予測。一方で長期的には「過剰な生産能力や銀行の不良債権の増加」(インドのジョシ氏)、「インフラ整備の遅れ」(フィリピンのアン氏)など構造的な問題を挙げた。米国のトランプ新政権の発足については「保護主義の台頭による世界貿易の停滞の影響や資本流出の加速など不確実性が高まる」(タイのナタポーン氏)と警戒する声が多かったが、フィリピンのアン氏は「対米関係を修復できる可能性がある」と歓迎する見方を示した。モデレーターは浦田秀次郎・日本経済研究センター特任研究員(早稲田大学大学院教授)。


■インフラ投資の拡大が急務

 セミナーでは、4氏が自国の経済状況を説明したほか、共通のテーマを巡ってパネル討論の形式でそれぞれ意見を述べた。各国の経済状況について、インドのジョシ氏は「2017年度(17年4月〜18年3月)の成長率は前年度を0.5ポイント程度上回り7.4%となる」との見通しを示した。インド経済は過剰設備と不良債権の増加が課題であるほか、16年度は高額紙幣の廃止に伴い消費が低迷して7%を下回る成長となるが、17年度は紙幣廃止の影響が徐々に薄れるとともに、物品・サービス税(GST)導入や破産法の成立などモディ政権による一連の改革の成果が表れ、7%成長に戻るとしている。政府は今後、財政の健全化とインフレ抑制に重点を置く構えで、そのためには無理な景気刺激は避ける方針という。
 インドネシアのラムダニ氏は「17年の成長率は(16年並みの)5.1〜5.2%は達成可能」と説明。インドネシアは資源輸出への依存度が高く、資源価格の回復がプラスに働くと見る。ただ、国内ではインフラ投資の需要が高まっているが、経済が成長している割には税収が伸びておらず、財源確保の為に「増税を含めた税制改革が急務」。急速な高齢化の進展という構造的な問題も指摘した。

 タイのナタポーン氏は「タイ経済はかつての高度成長からニューノーマルの状態に移行している。成長率は今後、3〜4%で推移していく」と語った。人件費の高騰による隣国との輸出競争力の低下が問題で、政府は「タイランド4.0」という知識集約型産業の育成策を推進しているが、成果が表れるには時間がかかる。当面は公的支出による景気刺激と観光収入が経済の牽引役となり、「17年は前年とほほ同じ3.3%程度の成長になる」。主力の石油化学品の市況回復から輸出は増加傾向にあり、明るい材料という。

 フィリピンのアン氏は自国経済がここ数年、「高いインフレと失業率を克服し、安定した成長を維持している」と紹介。「投資の増加による工業の強化が成長の基盤になっている」と述べた。17年の成長率は16年の6.8%には届かないが「6.2〜6.7%は達成可能」と見ている。安定成長を続けるには、ドゥテルテ大統領が公約に掲げた「憲法改正による外資規制の緩和や貧困対策、インフラ投資の拡大が実行されるかどうかに懸かっている」と語った。

■比、米国との関係改善を期待

 アジア各国には米国のトランプ新政権に対する警戒感が強い。討論でも保護主義の台頭などへの懸念が示された一方で、新政権に期待する声もあり、評価には濃淡が見られた。インドのジョシ氏は米国が今後、外国人へのビザ発給を厳しくすることを懸念。「インド経済はIT機器やソフトウエアの輸出依存度が高い。そうした産業では多くのインド人が米国で働いており、彼らの入国制限は、インドのIT産業にとってもマイナス」としたほか、「米国の大手医薬品メーカーはインドに数多くの工場を持っており、それらが米国に回帰することになると影響が心配だ」とも述べた。

 インドネシアのラムダニ氏は米国の金利政策を巡って、「インドネシアはこの2年間、金利引き下げで景気を刺激してきたが、米国の利下げを受け過度のルピア安や資本流出への懸念が強い。このため、当面は一段の金融緩和が難しくなっている」として、政策の余地が狭まっている点を指摘した。

 オバマ前大統領時代に対米関係が悪化したフィリピンでは、「政権交代によりフィリピンと米国の関係改善が期待できるとの前向きな見方が多い」(アン氏)。同国経済は@企業の業務を受託するビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)事業A海外で働く出稼ぎ労働者からの仕送りB観光収入――に支えられており、これらの安定した収入が「米国の政権交代や英国のEU脱退などによるグローバル経済の混乱の緩衝材になる」(同)と言う。
  
■今後もセミナーを定期的に開催へ

 日本経済研究センターはこれまでに4回、アジアのエコノミストを対象にしたアンケート調査「JCER/日経 アジア・コンセンサス」を実施。対象国はインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの東南アジア諸国連合(ASEAN)5カ国にインドを加えた6カ国で、回答しているアジア在住のエコノミストは約30人にのぼる。今回のセミナーはこのうち4人を招いて開催したもので、4氏はセミナー以外でも、当センターの研究員や日本のエコノミストとの意見交換会に出席。アジアや日本が抱える問題などについて、幅広く議論した。当センターは会員企業にアジアで活躍するエコノミストから直接、最新の情報を聞く機会を提供するため、今後、年に1回の割合で同様のセミナーを開催していく。

主任研究員 湯浅健司、研究員  茂木洋之


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※ご参考:ラムダニ氏(インドネシア)資料アン氏(フィリピン)資料トリラタナシリクン氏(タイ)ジョシ氏(インド)資料

【ダルマキルティ・ジョシ】=クリシル主席エコノミスト(インド)
ペンシルベニア大学経済研究グループ客員研究員、インド国立応用経済研究所、電力当局・中央電力規制委員会などを経て、2002年から現職。

【デンディ・ラムダニ】=マンディリ銀行産業・地域研究部長(インドネシア)
インドネシア大学修士、アントワープ大学博士課程を修了。アンドワープ大学応用経済学研究科研究員、インドネシア大学経済学部講師を経て、2015年から現職。

【アルビン・アン】=アテネオ大学教授(フィリピン)
1999年、シンガポール国立大学修士修了。2006年、大阪大学大学院博士課程修了。研究分野は労働経済学や開発経済学。13年から現職。同大経済研究・開発センターのディレクターを兼務。

【ナタポーン・トリラタナシリクン】=カシコン銀行調査グループ部長(タイ)
1998年、タマサート大学卒。2001年、米サンフランシスコ州立大学修士修了。タイ財務省財政政策局、世界銀行を経て、14年から現職。

※関連リポートのご案内
【JCER/日経 アジア・コンセンサス】第4回調査(〜2018年)「アジア経済、「トランプ・リスク」に濃淡―シンガポールは強い懸念、比は好調持続」 16年12月28日発表
【アジア・コンセンサス調査(特別企画)】現地で聞くアジア経済 (全5回)

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国は「将来の増税なし」と宣言し、インフレ誘導を―物価水準の財政理論でシムズ氏らが講演


 日本経済研究センターと一橋大学(後援・日本経済新聞社)は2月1日、米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授(ノーベル経済学賞受賞)らを招き、「物価は何で決まるのか」と題したセミナーを東京・大手町の日経ホールで開催した。冒頭の講演でシムズ氏は「物価水準の財政理論」(FTPL=Fiscal Theory of the Price Level)を紹介。脱デフレのため、「将来にわたって増税しない、などの宣言をして物価を引き上げ、消費を拡大させることが必要」と話した。続く日本の経済学者を交えたパネル討論には浜田宏一・米エール大学名誉教授・内閣官房参与、塩路悦朗・一橋大学大学院経済学研究科教授、渡辺努・東京大学大学院経済学研究科教授、岩田一政・日本経済研究センター理事長が参加。安倍晋三首相の経済ブレーンである浜田氏はFTPLについて「全般に正しい」と指摘した上で、「将来にわたり消費が増える姿にしなければならない」と述べた。司会は山崎浩志氏(日本経済新聞社編集局次長兼経済部長)。

 FTPLは財政と物価の関係を示す経済理論の1つ。財政赤字を穴埋めするために増税するのでなく、政府が恒久減税などでインフレ期待を引き起こし足元の消費を拡大させる。シムズ氏が昨年8月、米カンザスシティー連銀主催のジャクソンホール会議で「ゼロ金利制約下で金融政策が効果的でない場合は、財政拡張がその代わりになりうる」などとスピーチしたのが話題になった。シムズ氏は今回の講演で、数式を一切使わずに同理論を説明した。

 シムズ氏は「国債が、人々が資産として保有したいと考える以上に発行されれば、早めにこの超過分を使いたくなる」と指摘。財政拡大で国債が増え、政府が将来の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の余剰(財政余剰)を減らすことにコミットし、人々がそれを信じれば、資産としての国債の魅力が薄れ、国民は消費を増やすため、物価が上昇するとした。逆に国債の発行量が十分でない場合には、デフレを招く。シムズ氏は政府の役割として「将来の財政余剰、国債発行高をどう調整するか、考えないといけない」と指摘した。

 一般に財政赤字が増えると、人々は政府が赤字を補うために将来増税すると予想する。こうした考えに対し、「将来にわたり増税をしない」と政府が宣言し、消費に安心感を与え、インフレを引き起こすのがFTPLの基本的な考え方だ。

 インフレ率が上がれば今こそモノを買おう、という動きに弾みが付き、ハイパーインフレに陥る可能性がある。シムズ氏は例としてブラジルの1970〜80年代のハイパーインフレを挙げ、「財政改革を実施することが、中央銀行の金融政策より重要」と話した。

 日本経済の現状について「高齢化が進み、社会保障に対する心配は強い。財政の持続可能性が不確実で、将来不安から個人の行動も制約的になる。財政緊縮は続くと考えており、現時点で財政拡大の状況とは呼べない」と指摘。日本は「政府はインフレが債務の重荷を減らすことを明示する。消費増税の延期もありうる選択だ。そのような方策を実施することで、資産保有者や個人にとって国債の魅力度が低下し、財の消費をするようになる」を話した。

 米国民は政府債務が増えると年金がなくなる、と悲観的に考えているといい、「従来の景気対策だけではなく、それ以上に明示的にインフレに関連付けることが大切」と話した。
中央銀行の政策については「政府と連携すると独立性が失われると恐れる必要はなく、もっと大胆になるべき。財政と金融政策が連携してインフレ目標達成に取り組む姿勢が重要」と話した。

■さまざまな議論、将来消費が増えるよう期待を喚起する政策を

 続いてパネル討論が開かれた。

 日本で最初にFTPLを論じた渡辺氏は、1930年代の米国大恐慌期と日本の近年のデフレを比較。FTPLの観点からも米大恐慌期のFTPL的メカニズムが有効だったと紹介。米国では日本と異なり7~8%のデフレが続いた。ルーズベルト大統領の経済政策は自国通貨安、積極財政が導入された点で日本のアベノミクスと類似していると述べた。「日本では若い世代を中心に公的年金の滞納率が高くなるなど、将来の財政状態に強い懸念がある」と指摘。国民の将来期待に訴えるFTPLが機能する可能性がある、と述べた。

 また渡辺氏は下記の数式を提示。



 「FTPLではインフレを引き起こすため、右辺(基礎的財政収支の割引現在価値)の削減を試みる。上記の等式が成立するとすれば、右辺の減少に合わせ、左辺も減らさなければならず、@物価水準を上げるA日本国債の市場価格を下げる――のいずれかが必要になるが、実際の国債価格は高止まっており、右辺のほうが左辺より大きい」と指摘。等式が成り立っているかどうかについて疑義を呈した。

 これに対し、シムズ氏は「恒等式であり、数式を考え直す必要はない。基礎的財政収支が変わった理由を突き詰める必要がある」と回答。塩路氏は「(右辺の現在価値の計算基礎となる)割引率の計算にも因るのではないか」と述べた。

 浜田氏はFTPLについて、「全般的なメッセージは正しいが、具体的にはいろいろな論争の余地がある」と指摘。「単に減税をするのでなく、将来にわたり消費が増える姿にしなければならない。プライマリーバランスの均衡をいつまでに達成せよ、というのは必ずしも正しくない」と話し、「国民の生活の方がより重要だ」と強調した。仁徳天皇が民のかまどの煙が上がっていないのを見て「国民の生活がうまくいっていないのではないか」と考え免税を実施したことを例に挙げた。FTPLについて「株や為替と比べ、物価は徐々に上がる性質のもので、FTPLが劇薬でなく良い薬になれば」と話した。消費税率の急激な引き上げには慎重な見方を示した。

 米国留学時代にシムズ氏に師事した塩路氏はFTPLの基本的な考え方を分かりやすく聴衆に紹介。その上で、「国債がどんどん増えており、政府の返済意思は不透明で、日銀は肩代わりしない(財政ファイナンスしない)姿勢を明言しているが、インフレはまだ起きていない。消費増税(8→10%)は二度にわたり延期されたが、国債金利も物価もほとんど反応しなかった。FTPL的なものが成り立っていないとすればなぜか」と疑問を投げかけた。

 また日本が財政政策としての消費増税と金融政策としての質的・量的金融緩和(QQE)という、FTPLが目指す状況とは逆の政策が運営されてきた点に言及。「第二次世界大戦後は財政と金融に壁を設けることでハイパーインフレを回避する努力をしていた。現在はどの場合に(財政と金融が)別々、あるいは一緒に行動するか、明示的なルールがない難しさがある」と指摘した。

 岩田理事長は、日銀副総裁時代(03〜08年)にFTPLを頭に入れていたと指摘。日銀が06年3月にゼロ金利解除に踏み切った理由について「国債とマネーが名目で増え続ける限り、使い残しがあれば人々はいずれ支出に向けるはずと考えた」と話した。結果として物価は上昇せずデフレを脱しきれなかった点について、「異時点間(intertemporal)のピグー効果(消費者が保有する貨幣残高に応じて消費も拡大する効果)が思ったほど強くなかった」と分析した。その結果、ゼロ金利とマイナスのインフレ率が交わる「負の均衡」に陥ったとした。当時の日銀の決定について「インフレターゲットが1%と低過ぎ、金利を早く上げ過ぎたといった批判は反省しないといけない」とも付け加えた。

 現在の日銀の金融政策に関し、「マネタリーベース(資金供給量)の増加ペースのメドを年間80兆円とする一方、プライマリーバランスを3年後の2020年までに黒字化するという目標があるため、インフレ率が2%に持ち上がる力が不足しているのではないか。人々が、将来は増税も歳出削減もないと、深く信じ込まないとデフレ脱却は難しい。自然利子率がマイナスの現状で、デフレから抜け出すにはマイナス金利政策しかないのではないか」と話した。

 トランプ大統領の就任を受けた米国経済の方向性について浜田氏は「現在のところ円安・株高が進み日本経済に一瞬の晴れ間が見られたが、経済原則に反することを押し付けたり、(1985年の)プラザ合意のようなことが起きたりすれば日本経済も世界経済も破滅に陥る。日本政府はそのことを踏まえて交渉に向かってほしい」と話した。

 財政拡大の観点でトランプ大統領はFTPLの良い理解者か、との問いについてシムズ氏は、「トランプ氏はインフラ拡大など政治的に人気取りのものばかり言ったが、米共和党は政府の赤字は良くないと思っており、インフレにつながるとはしていない。米国経済は好調で、トランプ大統領がFTPLを経済政策の理論的支柱にしているとの理解は間違いだと思う」と述べた。
             



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※ご参考:シムズ氏資料渡辺氏資料塩路氏資料岩田資料
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「物価水準の財政理論」は日本に適用できるか?
(研究顧問 齋藤潤 2017年2月20日)

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