
第29回 本格化するインドの宇宙開発―月着陸、火星探査から商業打ち上げまで、有人飛行も視野に(12年5月15日)
4月26日、インド宇宙研究機構(ISRO)は同国南部スリハリコタ島のサティシュ・ダワン宇宙センターで4段式ロケット「PSLV C−19」の打ち上げに成功(=写真)。初の全天候型レーダー地球観測衛星「RISAT(ライサット)−1」を予定通りの軌道に投入した。ライサット−1はマイクロ波レーダーによって曇天時はもちろん、夜間でも地表の観測が可能となる。インドはすでに地表解像度1メートルのリモートセンシング衛星・「カルトサット」シリーズを実用化させている。政府首脳はRISAT-1の稼動開始によって「昼夜を問わず国境地帯の監視が可能となる」と、その目的の一端を明らかにしている。
※写真 「ISROが開発したPSLVロケットの打ち上げ風景」 は本文末をご覧ください。
このように、インドの宇宙開発は2000年代に入って一気にペースを加速、地球観測衛星や気象、通信衛星の打ち上げはもちろん、イタリアやイスラエルからの衛星受託打ち上げビジネスも徐々に拡大しつつある。13年には無人月探査船「チャンドラヤーン2号」による月面着陸をはじめ火星、太陽の観測、より大型の衛星を搭載できるGSLVマークU、同マークVロケットの実用化など、多彩なプロジェクトが目白押しだ。さらにISROは15年にもソ連、米国、中国に続く世界で4番目の有人宇宙飛行を実現させ、25年にはインド人宇宙飛行士を月面に送るという壮大な目標を掲げている。
インドは近年の全方位経済外交の成果もあって、宇宙開発においてアポロ計画で知られる米航空宇宙局(NASA)や、ロシア連邦宇宙局などと相次ぎ技術提携している。これら「先人」からの全面協力を受けられることもまた、インドの持つ大きな優位性だ。
ミサイル開発と共同歩調
インドの宇宙開発には、科学技術の振興はもちろん、通信衛星・気象衛星、地球観測衛星の活用によるIT支援や災害の予防、農業・漁業振興、土地利用などさまざまな効果が期待されている。もちろん、隣接する中国、パキスタンの衛星画像収集・分析は安全保障にも寄与するだろう。また、外国の衛星の商業受託打ち上げや衛星画像の販売なども今後大きな財源になる。そもそも、ロケットを高高度で飛ばし、積載した衛星を狙った軌道に投入する技術は長距離核ミサイルのそれと同根だ。インドのミサイル開発の父と呼ばれた前大統領のA・P・J・アブドル・カラム博士が、一時ISROの技術者として勤務していたことからもミサイルと宇宙ロケットの密接な関係がわかる。
こうした宇宙開発の推進は、国民統合の強化にも貢献している。インドでは1998年、パキスタンと競い合って強行した核実験の「成功」に沸き立ち、多くの市民が国旗を振って街に繰り出した。「国技」クリケットでの活躍と並んで、軍事力・技術力を世界にアピールすることはインド人の愛国心・団結力を大いに盛り上げる。我々先進国では、3億人の貧困層を抱え、自国の経済開発や産業振興も道半ばであるインドが巨額の予算を投じてせっせと人工衛星や月探査船を飛ばすのを冷ややかな目で見る人もいるが、そういう感想はあまりインド人の前では表明しない方がいいかもしれない。
宇宙開発に40年の歴史
1969年に発足したISROは75年、初の国産実験衛星「アーリヤバータ」を完成させ、ソ連のインテルコスモス・ロケットによる打ち上げに成功。80年7月には初の国産ロケットSLVによって実験衛星RS−1を打ち上げた。93年から導入した多段式ロケット「PSLV」シリーズは2トン弱までの衛星を主に地球を周回する極軌道に投入する目的で建造され、これまでに21回の打ち上げを実施し、うち19回成功している(表)。一方、極低温エンジンを使用したより大型の「GSLV」ロケットは、大型衛星など最大5トンまでを搭載できるのが特徴。だが、01年の初飛行から計7基を打ち上げて成功は4回と、かなり「打率」が低い。失敗の原因がエンジンの制御不能や液体燃料ポンプの故障などであることを考えると、設計やIT技術というよりはどうもエンジニアリングに問題があるのではないだろうかと思う。
※表 「インドが打ち上げた主なロケットと搭載した人工衛星・宇宙船」は本文末をご覧ください。
国際協力も拡大
高度が低い軌道であれば、極軌道衛星だけでなくいわゆる「静止衛星」も打ち上げることができるPSLVシリーズが技術的にほぼ完成したことから、ISROでは商業受託打ち上げや衛星画像販売などの関連ビジネスを徐々に本格化させている。07年にはイタリアの衛星「アギーレ」の受託打ち上げに成功。以降、イスラエルやドイツやスイス、トルコなどの衛星を相次いで打ち上げている。打ち上げコストは、欧州宇宙機関のアリアン・ロケットなどと比べて数十%安いといわれる。また、子会社アントリックス社を通じて、衛星が撮影した地表の映像を各国の研究機関や企業などに販売する事業も展開している。
08年10月にはNASAの協力を得て初の無人月探査船「チャンドラヤーン1号」の打ち上げに成功。後に月面における水の存在を確認した。ISROは2013年中にもこれに続く「チャンドラヤーン2号」の打ち上げを計画している。このミッションでは宇宙船が実際に月面に着陸し、ロシアと協力して開発中の月面走行車などを駆使して月の表面を探査する計画だ。このチャンドラヤーン2号は現在開発中の最新鋭ロケット「GSLV マークU」に搭載して打ち上げる計画。
また、早ければ12年度中にも太陽コロナの観測を主なミッションとする「アディティヤ1号」の打ち上げを予定。13年11月には火星探査船の打ち上げも計画している。そして有人宇宙飛行の準備も着々と進んでいる。07年1月にPSLVロケットで打ち上げた初の宇宙カプセルSRE−1が無事地球に帰還して回収に成功。有人飛行の実現にめどをつけたが、12年度中にもさらに高度な実験やデータ収集を行うための第2弾SRE−2を打ち上げる予定だ。
またNASAは16年をメドにスタートする月面探査プロジェクト「ムーンライズ計画」において、軌道船建造などでインドに協力を要請。ISROのシバクマール理事によると、日米ロなどが参加する国際宇宙ステーション計画(ISS)は、インドに対し同計画への参加を打診した、という。宇宙開発における国際協力においても、インドは今後注目を集めると同時に、その実力も問われることになりそうだ。
予算はNASAの3%
急速に拡大・多面化しているインドの宇宙開発だが、問題がないわけではない。ISROは10年度、前年度比35%増の約578億ルピー(当時のレートで約1000億円、GDPの約0.14%)の予算を獲得した。03年度に比べると実に2.5倍に拡大していることから、政府の力の入れ方もわかる。だが、K・ラダクリシュナン理事長は「(ISRO)の予算規模はNASAの3%に過ぎない」として、各方面に予算のさらなる増額を働きかけている。それでもインド工業連盟(CII)などの調査レポートは、インドの宇宙開発予算が14年までに1000億ルピー(現在のレートで約1500億円)に拡大する、と予測している。
ロケットのエンジンや制御システムについては長距離ミサイルの技術開発とのコラボレーションも期待でき、実質的な「宇宙開発予算」は見かけよりもかなり大きいと見られるが、かつてあのアポロ計画を推進したNASAと比較するのは酷というものである。
以前はISROや関係省庁の幹部らから「優秀な理科系・技術系の人材がIT産業に続々と流出しており、宇宙開発分野に集まらない」との危機感あふれる声が出ていたが、最近では相次ぐ衛星打ち上げ成功や月面探査などのプロジェクト進展を背景に、この状況はかなり改善していると見ていいだろう。インド政府は07年、ISROの全面協力の下、南部ケララ州ティルヴァナンタプラムにインド宇宙科学技術大学(IIST)を設立、技術系大学の最高峰・インド工科大学(IIT)との提携や、大学院へのIIT卒業生誘致などに乗り出している。
インドの宇宙開発の前途は、結構明るいと思う。
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新興国の雄として高度経済成長を続けるインドには、日本のみならず世界各国の政府・企業から熱い視線が集まっています。その一方で日本における正しいインド情報は必ずしも十分ではなく、メディアには今もステレオタイプのインド観や偏見、あるいは無責任な称賛などがあふれています。
本連載では、こうした現状を踏まえ、最新のニュース解説をベースに、インドの政治、経済、産業、そして社会の実像や深層をタイムリーにかつ分かりやすくお伝えしたいと思っています。※隔週掲載予定
(主任研究員 山田剛)
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