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第20回 失速するインド航空業界―行政の不手際も健全経営を阻害(11年11月29日)


 自動車や携帯電話などと並んで、経済改革の追い風を受けて急成長してきたインドの航空業界が苦境にあえいでいる。4377億ルピー(約6565億円)という巨額の負債を抱え込んだ国営エア・インディアが政府の全面支援で再建を目指しているほか、豪華な機内サービスに美人CA(客室乗務員)を集めて名を売ったキングフィッシャー航空や民間航空首位のジェット・エアウェイズが最近の四半期決算でそれぞれ巨額の赤字を計上するなど、旅客数の増加とは裏腹に各社とも厳しい状況に直面している。この背景には、過当競争や不採算路線も含めた過度の路線拡大などが第一に挙げられるが、原油高による航空燃料の高騰に加え、国際線への参入ルールや航空燃料のゆがんだ取引方法など行政の不手際も指摘されている。各社が再び大空に羽ばたけるかどうか、なお予断を許さない情勢だ。

※ 図表「インドの主な航空会社」は会員限定PDFをご覧ください。

「酒造王」の誤算

 「政府による救済は求めない。全面運休するようなこともない」――。11月15日、7−9月期決算で前年同期比約2倍、46.8億ルピー(約70億円)の赤字を計上(同期の売上高は同10.5%増の約152.8億ルピー)したキングフィッシャー航空のビジャイ・マリヤ会長(55)はムンバイ市内で開いた会見で力説した。これまでは派手な開襟シャツにサングラス、さらに両脇には美人モデル、という姿でメディアの前に現れることが多かった同会長だが、この日ばかりはグレーのスーツにネクタイという神妙な格好だった。2007年に英スコッチ・ウイスキーの名門ホワイト・アンド・マッカイを買収。サッカーやクリケット球団、さらにはF−1チームのオーナーとして世界的に知られたインドの酒造王にとっても、自社のビールのブランドと同じ名前をつけたキングフィッシャーの経営不振は重くのしかかっている。

 同会長は、株主でもある国営ステイト・バンク・オブ・インディア(SBI)など大手銀行13行に支援を求めていく方針を示す一方、不採算路線の運航停止を表明。子会社の格安航空会社キングフィッシャー・レッドの営業を12年1月で休止する計画などを明らかにした。マリヤ会長はかねて「(キングフィッシャーを)支援してくれる友人はたくさんいる」と強調しており、インド最大の資産家でもある巨大財閥リライアンス・グループ総帥のムケシュ・アンバニ氏が新たな出資者として急浮上している。さらに、かつて「タタ航空」(後に国営化されたエア・インディアの前身)を所有し、航空ビジネスへの復帰を狙うタタ・グループも支援を申し出ているといわれる。ただ、その場合でもマリヤ会長の退陣・持ち株売却や経営陣の入れ替え、大規模な合理化などは不可避だろう。

 キングフィッシャーは11月に入ってすでに、不採算路線など全体の半分近い約200便の運航停止に踏み切っており、利用客や旅行代理店にも混乱が広がっている。このまま運航を続けるには今後3ヵ月で4億ドルの資金注入が必要とされ、事態は依然緊迫している。

航空機売却で金策

 民間航空の先駆者として1993年に運航を開始、07年にはライバルのサハラ航空(現ジェット・ライト)を買収し、現在も国内線旅客シェアで首位(11年10月は24.8%)を維持するジェット・エアウェイズも、7−9月決算で05年の上場以来最悪という71.4億ルピー(約107億円)の損失を出した。11月下旬には航空機40機の売却やリース契約解除などで3億ドルを捻出し、急場をしのぐ計画を発表したばかりだ。また、シェア5位のスパイス・ジェットも同様に24億ドルの赤字を計上。前年同期の黒字から一気に業績が悪化している。

 もっとも状況が深刻なのが、長年独占を謳歌してきたナショナル・フラッグ・キャリアの国営エア・インディアだ。同社は09年に1000億円近い赤字を出すなど経営危機が表面化。職員の給与遅配や労組の時限ストライキなどで会社が大きく動揺している。支援策を小出しにしていた政府は現在、3000億ルピー(約4500億円)の資本注入を柱とする大規模な救済案を検討中だが、航空機1機当たり263人(英国航空=BA=の1.5倍)もの職員を抱える高コスト体質からの脱却がひとまずの急務だ。

国際線への参入規制

 ラビ民間航空相は、キングフィッシャーの経営危機を受け、民間企業である同社には政府の救済策を適用しない考えを表明していた。しかし、政府内外からのプレッシャーもあり、キングフィッシャーに対しては特例として、国営石油会社を通さない航空機燃料の輸入を認める考えを表明した。さらに政府は、これまで禁止してきた外国エアラインによるインド航空会社への出資も、24〜26%の範囲で認めることを検討し始めた。

 これまでの航空行政には疑問の声も少なくない。先述のように、航空会社が燃料を調達するには、政府の認可を得た上で国営インド石油(IOC)を通じて手数料を払って購入しなければならず、燃料にかかる税金も重荷だ。しかも7−9月期には、運航コストの50−60%を占める燃料費が前四半期に比べ約70%も上昇しており、経営努力によるカバーも限界に来ている。

 「国内線の就航後、5年の実績を積まないと国際線に進出できない」という現行のルールにも批判が高まっている。外国航空会社のインド乗り入れは比較的自由なのに、自国のエアラインは国内線に縛り付けられ、利益率の高い国際線で儲けて国内線の赤字を埋めるという経営戦略を立てられない構造になっている。携帯電話などの市場でも見られた「利益なき値下げ競争」が進む中、民間航空省は効果的な指導も行わずに放置してきた。民間同士のつぶし合いだけならともかく、国営エア・インディアがシェア維持のためにコスト割れを承知で安い運賃を維持してきたことも市場の大きな撹乱要因として指摘されている。さらに、民間航空会社サイドからは不採算路線の就航や運航継続を促す行政指導、あるいは有形無形のプレッシャーの存在を示唆する発言もある。

 各社に赤字をもたらした最大の要因は原油高による航空燃料の高騰や、急激なドル高ルピー安が招いた航空機調達コストの上昇だ。キングフィッシャーやジェットなど、競って路線拡張に走ったフルサービスの航空会社の苦戦が目立つことを考えると、各社の経営戦略にも多分に問題があるように思えるが、事ここに至っては当局も責任は免れそうにない。

 米ボーイング社の予測によると、インドでは今後20年で1320機、総額1500億ドルの航空機需要が見込まれるという。総面積328.7万平方キロ(日本の約9倍)に及ぶ広大なインドではビジネスや観光における人の流れをさばくために航空網の充実が必要なのは論を待たない。超大型旅客機エアバスA−380の導入をいち早く決め、航空業界史上最大となる180機(総額156億ドル)のA−320を一度に発注するなど、経済成長のシンボルとして華々しい話題を振りまいてきたインドの航空業界だが、早くも曲がり角に差しかかってきたようだ。危機を脱し、再び健全な成長路線に回帰するため、各社の経営改革はもちろん、なお残る規制の撤廃や効果的な外資導入などの政策支援に期待したい。

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日本経済研究センター主任研究員 山田剛  新興国の雄として高度経済成長を続けるインドには、日本のみならず世界各国の政府・企業から熱い視線が集まっています。その一方で日本における正しいインド情報は必ずしも十分ではなく、メディアには今もステレオタイプのインド観や偏見、あるいは無責任な称賛などがあふれています。
 本連載では、こうした現状を踏まえ、最新のニュース解説をベースに、インドの政治、経済、産業、そして社会の実像や深層をタイムリーにかつ分かりやすくお伝えしたいと思っています。※隔週掲載予定


(主任研究員 山田剛)


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