GDPと内需・外需(上) 輸入が減るとGDPは増えるのか

2023年4‐6月期のGDP

 先日、2023年4-6月期のGDP統計が発表された。新聞などで詳しく報道されるのは、8月15日に発された第1次速報である。その結果は、実質GDPの前期比が1.5%増、同年率では6.0%増となった。突然の高成長である。

 この成長率は、慣例として内需と外需の寄与度に分解される。4-6月期の場合は、年率成長率への寄与度は、外需がプラス7.2%、内需がマイナス1.2%だった。外需の寄与度が異常に高い。その外需をさらに分けると、輸出が13.6%増で寄与度は2.6%、輸入は16.2%減で寄与度は4.4%(輸入は控除項目なので、減少するとGDPへの寄与度はプラスになる)。輸出が増えた影響も大きいが、輸入が減った影響の方が大きい。6.2%成長のうち4.4%、実に3分の2近くは輸入が減ったことによってもたらされたことになる。

 なお、9月8日に発表された2次速報では、内需の伸びが下方修正された一方で、輸出入についてはほとんど変化がなかったので、成長率が4.8%に下方修正され(以下、いずれも年率ベース)、外需の寄与度は7.1%、内需の寄与度がマイナス2.4%となり、外需による成長という姿が一層浮き彫りになった。2次速報では、なんと4.8%成長のうち4.5%、実に9割以上が輸入の減少によってもたらされたというあまり見たことがないような結果になった。

 さて、ここで改めて考えてみると、今回のGDPのように「輸入が減ったのでGDPが増えた」ということをどう考えたらいいだろうか。輸入が減ると、GDP(国内生産)が増えるのだろうか。もしそうなのであれば、海外からの輸入を規制して、輸入を減らすとGDPは増えて景気は良くなるのだろうか。中国は日本産の海産物を輸入禁止にしたため、中国の日本からの海産物輸入は激減したはずだが、これによって中国のGDPは増えたのだろうか。

 この点は多くの人がスッキリしないところであるようだが、「まあ、統計上そうなってるんだから仕方ない」と受け止められているようだ。例えば、GDPの第1次速報時の新聞報道を見ると、日本経済新聞は「輸入は前期比4.3%減と1~3月期の2.3%減からマイナス幅を拡大した。原油など鉱物性燃料が減少した。輸入はGDPの計算から控除される。輸入の落ち込みが輸出の実力以上に外需の成長への貢献を強めた。」としている(8月16日朝刊)。この記事を読んだ人は、鉱物性燃料の輸入が減ると、その分日本のGDPが増えるのかと思うだろう。なぜそうなるのかについては「輸入はGDPの計算から除外される」としか書いていない。何となく、「そういうルールになっているからだ」と説明を投げ出しているようにも見える。

 もう一つ、同日付の朝日新聞朝刊では、「GDPが増えたのは、輸入が4.3%減ったことによる効果も大きい。輸入は『海外で生み出された価値』にあたり、GDPを計算する上ではプラスに働いた。」としている。これも「GDPの計算上そうなっているんですよ」と言っているだけであり、すっきりしない。

 また、今回のGDPをどう評価するかという点については、「外需頼みだ」として「結果的には高成長だが、実態は経済が好転しているわけではない」という評価が多い。前述の日本経済新聞では「外需が高成長をけん引した。もっとも外需のプラス寄与は前期からの反動増や輸入減に支えられた。世界経済の減速懸念がくすぶる中、今後の安定成長には不安が残る。」としている。同じく朝日新聞も「この期は欧米と比べて高い成長率となったが、海外の景気に左右される外需頼みの伸びと言え、賃金上昇が物価高を上回る環境をつくらなければ持続的な成長にはつながらない。」としている。

 さて、こうした「輸入とGDPの関係」「内需と外需の評価」という問題は、私が20年以上考え続けてきた問題なのである。

きっかけは幹部用説明資料の作成

 私は、1969年以降、約35年の間政府で主にエコノミスト的な分野の仕事をしてきた。いわゆる「官庁エコノミスト」である。この連載でも、官庁エコノミストの特徴として「需要主導型だ」という指摘をしたことがある( 2020年7月・第82回「官庁エコノミストは復活するか」)。つまり、学界で活動してきた経済学者は、専門分野を持ち、その専門分野について発言する場合が多い。「供給主導型」である。これに対して、官庁エコノミストは何か課題が現われたら、とにかく資料を集め、付け焼刃でもいいからこれを分析し、求められれば政策的対応まで考えなければならない。需要が現われたらこれに応えなければならないのだ。

 私は、1978年3月に経済企画庁内国調査課の課長補佐となった。日本経済についての調査分析を担当するセクションである。このポストを勤めている時に、輸入と外需、経済成長の関係について幹部に説明するとことになり、私がその説明資料を作ることになった。それまでこの問題を真剣に考えたことはなかったのだが、幹部に説明するというので、必死に勉強して一応の資料を準備したのだが、この時、輸入とGDPについて初めてクリアに理解できるようになったのである。

 私はこの時、「人に説明する」ということは、物事を理解する上で非常に有効な方法だということが身に染みて分かった。人に説明するためには、まず自分が理解しなければならない。「自分が分かればいい」ということだけだと、細部のチェックもおろそかになりがちだが、人に説明する、特に幹部に説明し、場合によっては大臣まで説明するかもしれないということになると、ロジカルにもデータ的にも漏れのないよう綿密に作業することになるのだ。

 この時私が得た結論は、現在に至るまで私の知的財産として残り続けている。そしてこの時の知見を元に考えていくと、多くの人が常識的に考えていることが、ことごとく再考を迫られることになるのである。それがどんなものかを以下で説明して行こう。

輸入はなぜ控除項目となっているのか

 GDPを計算する時、輸入が控除項目だということは誰もが知っている。だから、今回の4-6月期のGDP統計のように、「輸入が減ってGDPが増える」ということが起きるのである。ここで、なぜ輸入が控除項目になっているのかを考えよう。

 この点を理解するには、どうやってGDPを計算するかを考えれば良い。まず、経済には需要と供給があることを思い出そう。財やサービスを購入するのが需要であり、生産によってそれを提供するのが供給である。この点は、次回で、「国内需要(内需)」の意味を考える時にもう一度登場する。

 さて、需要には国内の需要(内需)と海外の需要(輸出)がある。一方、供給には国内の生産によるもの(GDP)と海外の生産によるもの(輸入)がある。GDPを求めるにはまず、国内需要と輸出を合計して総需要を求める。しかし、この総需要が国内生産(GDP)になるわけではない。輸入した分は国内の生産ではないからだ。そこで、総需要から輸入を差し引けば、残りは国内生産(GDP)だということになる。つまり、

  GDP=内需+輸出−輸入

 ということになる。これがGDPを計算する基本式である。

 ところがややこしいことに、「輸出−輸入」は「外需」と定義されているので、この基本式は、

  GDP=内需+外需

 と書き換えることができる。これを使えば、GDP成長率を内需と外需の寄与度に分解することができ、その結果がしばしばGDPの説明として登場するのである。

 この辺から私の考えが世間一般の考えと次第に乖離してくる。

 まず、私は「輸出−輸入」を外需と置き換えてしまうことに混乱の一つの原因があると考えている。はっきり言って、この置き換えはやらない方が良いと思う。解説したように、GDPの計算では、総需要から輸入を引いているのであって、輸出から輸入を引いているわけではないからだ。

 この辺は、多くの人は実感として分かりにくいようなので、しつこいがもう一度説明しよう。例えば、国内需要の柱である個人消費について考えよう。家計が自動車を購入して消費が増えたとしよう。当然総需要の一部である個人消費は増える。しかし、その分GDPが増えるかというと、そうは限らない。それが輸入車だったら国内生産ではないからだ。すると、GDPを計算するためには、個人消費から輸入分を控除する必要がある。同じことは他の需要項目、設備投資、公的支出、輸出などについても言えるのだから、GDPを計算するためには、各需要項目に含まれる輸入を控除しなければならないことになる。

 しかし、それぞれの需要項目にどの程度の輸入が含まれているかは分からない。しかし、輸入の総額は分かる。そこで、総需要から輸入をまとめて控除することによってGDPを計算しているのである。

外需という概念は必要なのか

 さて、このあたりから私の主張はかなり過激になっていく。

 前述のように、GDPを計算する際に輸入を控除するのは総需要から控除しているのだから「外需(輸出-輸入)」という概念を持ち出す必要はない。「必要はない」どころか、「議論を混乱させて有害である」とさえ私は考えている。国際収支では貿易・サービス収支で輸出と輸入の差額を計算しているので、GDPでも「輸出-輸入」とくくりたくなる気持ちは分かるが、この外需を見たからと言って何の情報も得られない。

 情報は得られないのだが、誤解は招く。「GDPは内需と外需の和である」と説明されると、多くの人は「成長するためには、内需か外需を伸ばすしかない」と理解するかもしれない。しかし、これは誤りである。例えば、内需を増やせば必ず成長にプラスというわけではない。前述のように、内需にはGDPではない輸入が含まれているからである。また、「外需を増やせば成長にプラス」と考えてしまうと、「輸入を減らすと成長にプラス」という別の誤りを導いてしまうことになる。

 すると、毎期発表される経済成長率を内需と外需に分解して寄与度を計算するのも意味がなく、やらない方がいいという、やや驚くべき結論が導かれることになる。

因果関係と定義関係

 以上述べてきたような議論の混乱が生まれる一つの要因は、成長率の寄与度分解が因果関係を示すものとして受け取られていることにあると私は考えている。

 前述のような、総需要から輸入を引いてGDPを求める基本式は、計算のための定義式であって、因果関係を示すものではない。ただし、これにも難しい問題がある。

 第1は、内需と輸出については、因果関係がある程度成立する場合が多いということだ。国内の消費が活発になったり、輸出が増えたりすれば、国内生産も活発になるだろうから、GDPも増えるだろう。ただし、これは「輸入への漏れを除けば」という条件が付く。

 しかし、輸入のGDPとの因果関係は薄弱である。例えば、新型コロナウィルスへの対応で、ワクチンの輸入が急増したとする。この時は、国内需要で何かの項目が同じように増えているはずだ。ワクチンの場合は政府消費または公的在庫の増加が増えているはずだ。この場合、輸入の増加と公的支出の増加が相殺されるのでGDPには中立的となる。しかし、多くの輸入をこうして需要項目に振り分けるのは不可能であり、だからこそまとめて輸入を控除している。また、各需要項目と輸入はそれぞれが独自に季節調整をかけられているから、毎四半期の輸入の動きを需要項目に対応させて説明するのは不可能である。同じ理由で、毎四半期、輸入と総需要が整合的に動いて、GDPに中立的になるわけではない。

 第2に、この問題がややこしいのは、経済のメカニズムとしては、輸入が減ることによってGDPが増えるという場合が考えられることだ。例えば、コロナワクチンを輸入していた場合、国内企業がワクンを生産するようになって輸入が減ると、今度は政府消費がそのまま国内生産になるからGDPは増える。輸入が減って、国内生産に置き換えられたからGDPが増えたわけだから、この場合は輸入とGDPが因果関係でつながることになる。

 しかし、この因果関係は、GDP成長率を寄与度に分解すればわかるというものではない。ある程度の時期を取って、データを調べ因果関係の有無を検証する必要がある。それは実証分析によってはじめて明らかになるものである。

 さて、これまで述べてきたように、内需と外需の分解が意味がないとすると、しばしば指摘される「内需主導の経済成長」という考え方もまた再検討を迫られるのではないか。この点は次回、改めて考えてみよう。

<グローバル危機に聞く>
資本主義の未来、会社の本質とは

*収録動画の配信期間:2023年12月21日まで

 ■講師略歴
(いわい かつひと) 東京大学卒業、マサチューセッツ工科大学経済学博士(Ph.D.)。イェール大学経済学部助教授、プリンストン大学客員準教授、ペンシルバニア大学客員教授、東京大学教授、国際基督教大学特別招聘教授などを歴任。2007年紫綬褒章。15年日本学士院会員、16年文化功労者に選出。著書に『会社はだれのものか』など。
研究分野:資本主義論 貨幣論 不均衡動学 進化論経済学 会社論 信任論 思想史

中国「AI2.0」の潮流とその実力

*収録動画の配信期間:2023年12月20日まで

■講師略歴
(たかぐち こうた) 2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。「クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞受賞

ロ朝首脳会談と北朝鮮の経済(上)

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記とロシアのプーチン大統領が会談し、軍事、経済などについて幅広く協議した。ロシアがウクライナ侵攻を続ける一方、北朝鮮は核・ミサイル開発に邁進しており、両国の協力拡大はウクライナ戦争だけでなく、北東アジアの地域情勢にも多大な影響を与える可能性がある。ロシアに接近した北朝鮮の経済実態について、韓国で最近発表された報告書などをもとに2回に分けて分析する。

【第37回のポイント】

① ロ朝首脳は軍事、経済などについて幅広く協議し、両者の蜜月ぶりをアピールした。敵対する米国などを強くけん制する一方、両国が一層の協力を期待する友好国の中国も意識した外交だ。

② 北朝鮮の対外貿易は昨年、増加に転じたものの、経済制裁や新型コロナウイルス感染症の影響が大きく、10年前の4分の1以下にとどまった。エネルギーや機械類の輸入制約が、工業生産回復のネックとなる状況が続いている。貿易赤字の構造も変わっていない。

③ 北朝鮮は国境の封鎖措置を緩和し、最大のシェアを占める中国との貿易は今年上半期に新型コロナ禍前のレベルに回復した。9割を越す中国依存度は極限に近い状態だ。ロシアとハイレベルの協議を続ける計画で、関係強化の行方とその影響が注目される。

住宅価格の下落止まらず、輸出のマイナス続く

 8月の中国経済は依然として低迷が続き、主要統計も冴えない数字が並んだ。景気回復のカギとなる不動産市場では政府のテコ入れ策にもかかわらず販売の減少続き住宅価格の下落傾向が止まらない。不動産投資はマイナスが続き、投資全体も緩やかに減速している。頼みの輸出は欧米やアジアの需要が伸びず、4カ月連続のマイナスと振るわなかった。
 消費と工業生産はわずかに回復したが、経済のけん引力は弱い。企業の景況感は内需、外需の低迷を受けて、5カ月連続で景気判断の節目である50を下回った。
 中国の報道によると8月以降、各地方政府が集中して重大プロジェクトを始動させるなど財政出動が本格化する見込み。それがどこまで効果を表すか、10月に発表される7~9月の経済成長率が注目される。

概要

  1. 固定資産投資と不動産開発  :投資の減速続く、民営企業はマイナス
  2. 輸出入  :輸出が4カ月連続のマイナス
  3. 工業生産  :伸び率がやや回復、外資系は不振続く 
  4. PMI  :5カ月連続の50割れ
  5. 社会消費品小売総額  :消費は2カ月ぶり上向く~地方が好調
  6. 消費者・卸売物価指数  :CPI、3カ月ぶり上昇もデフレ懸念続く
  7. 新車販売台数  :2カ月ぶりのプラス、8.4%増
  8. 新築住宅販売  :価格の下落傾向止まらず

☆トピックス  :中国の地方都市が相次ぎ住宅購入制限を撤廃

☆主要経済統計  :バックデータ

膨らむ予算と政府税調の静かな警鐘

 岸田文雄首相が新たな経済対策づくりに意欲を燃やしている。内閣改造と党役員人事で政権チームを再編したのを受けて、対策のパッケージを10月をめどに取りまとめ、補正予算案を編成する意向を示した。「必要な予算に裏打ちされた思い切った内容の経済対策」にするとしており、追加の予算は相当な規模にのぼりそうだ。

概算要求は過去最高規模に

 経済対策について首相は、13日の内閣改造後の記者会見で、「物価高から国民生活を守るための対策」、「構造的な賃上げと投資拡大の流れを強化する取り組み」などと説明した。魅力的に聞こえるが、裏付けとなる財政のゆとりはあるのだろうか。補正予算に続く来年度の予算についても、概算要求段階で過去最高を更新することが明らかになっている。

 財務省によると、8月末に締め切った各省庁からの2024年度予算の概算要求は、一般会計で総額114兆円3852億円にのぼる。110兆円を上回るのは3年連続だ。新型コロナ対策などで膨れた歳出規模を平時に戻すどころではない。

財源をどう手当てするか

 高齢化に伴う社会保障費の増加などにより、厚生労働省は約5800億円増の33兆7275億円、防衛省は9100億余り増で過去最大の7兆7050億円など、増額要求が目白押しだ。物価高対策や、子育て支援などの少子化対策は現時点で額を示さない事項要求になっており、これらが具体化されれば予算総額はさらに増えるだろう。

 もちろん、必要な支出は惜しむべきでない。介護報酬の引き上げは大事だし、脱炭素やデジタル化の資金は欠かせない。問題は、膨らみ続ける歳出の財源をどう手当てするかだ。岸田政権が重視する防衛、少子化対策、環境の3分野は、いずれも巨額の財源が必要で「財源3兄弟」とも呼ばれるという。

政府税調が包括的な答申

 政府の支出をまかなう最も基本的な財源は租税だ。しかし、納税負担が増えて喜ぶ有権者はいないから、政治家は身を切るような税制の議論を敬遠しがちだ。健全で持続性のある財政を前提とし、じっくり腰を据えた中長期的な税制の方向を決める議論は、なかなか盛り上がらない。

 そんな中で、6月末に岸田首相に提出された政府税制調査会の答申は、税制のあり方を包括的に検討したものだ。しかし、あまり世間の注目を集めることもなく、地味な存在にとどまっている印象だ。大胆な提言といった派手さに欠けるのが一因だが、このまま埋もれさせてしまうのはもったいない。

 地味とはいえ、答申には今後の議論のたたき台とすべき内容が書き込まれているからだ。政府税調という枠組みをもっと有効活用させる余地があるのではないか、とも思う。筆者は、政府税調の委員として答申とりまとめの議論に参加し、そう感じた。

 答申がどんなものだったかを振り返りながら、これらの点を考えてみたい。なお、本稿はあくまで個人的見解にもとづくものである(注)。

「そもそも」から説明

 「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方」と題する答申は、本文だけで260ページを超えるボリュームがある。前回の政府税調答申は2019年9月に出ているが、そのときは本文が26ページほどで、今回は約10倍になった。

 ひとつの理由は、租税制度の変遷や社会の変化の説明に、かなりのページを割いていることだ。「ですます」調の文体で、そもそものところから説き起こし、税制に詳しくないひとにも読んでもらおうという姿勢といえる。

 本文は2部構成で、前半が税制の基本的考え方と経済社会の構造変化、後半は所得税や消費税、法人税など個別の税目を論じている。前半で目を引くのは、租税の原則として、税負担の「公平性」、納税者の選択への「中立性」、制度の「簡素性」の3つに加え、「十分性」という第4のキーワードを示したことだ。

租税の「十分性」がキーワードに

 前の3つは、言葉からイメージを抱くことはさほど難しくないだろうが、租税の「十分性」とは耳慣れない言い回しではないだろうか。答申が資料として掲げた租税原則の表に、ワグナーの4大原則・9原則というものがあり、そこに出てくる「課税の十分性」の説明は、「財政需要を満たすのに十分な租税収入があげられること」となっている。マスグレイブの7条件というのもあり、こちらは「歳入(税収)は十分であるべきこと」だ。

 財政需要を満たすのに十分な租税収入が必要、といえば当たり前のことのようだが、歳出をまかなうには、国債を発行して資金を調達するなどの手もある。国債は既に巨額の発行残高が積み上がっており、政府債務残高の国内総生産(GDP)比は先進国で最悪レベルだ。少子高齢化が進むなか、借金を増やし続ければ将来世代への負担は重くなる。

 答申は、「先進国の中で最も厳しい状況にある我が国財政の現状」を踏まえれば、租税の「十分性」は、公平・中立・簡素の3原則と並んで重要なものと位置付けるべきだと主張する。そのうえで、「数が少なくなっていく将来世代一人ひとりの負担の重さに従来以上に配慮し、財政の持続可能性を損なわないために必要な負担を、能力に応じて広く分かち合う必要」があると指摘した。

世代を超えた公平性を確保

 つまり、「十分性」を考慮することは、現在の世代が担うべき負担を安易な国債発行などで先送りせず、世代を超えた公平性を確保することにつながる。さらに答申は、「公的サービスの内容や水準についても、租税を負担する国民が納得のいくものでなければなりません」とし、歳出の規模や中身を適切なものにする必要性も説いている。

 では、十分性の原則を踏まえ、税制をどう変えるかだが、答申はこうした原則論と個別税制の議論とをストレートに連結させてはいない。どの税制をいつ、どう変えるべきかという詳細なプランを描くのでなく、課題を洗い出し、検討すべき論点などを示すにとどめたのが、答申全体の性格だといえる。

消費税の重要性説く

 例えば消費税について、第2部の個別税制の部分を見ても、具体的に税率をどうせよとは書いていない。こうした点を物足りないと感じる人もいるだろう。しかし、代わりにこんな記述がある。「更なる増加が見込まれる社会保障給付を安定的に支える観点からも、消費税が果たす役割は今後とも重要です」。

 消費税は社会保障給付を支える大きな財源だ。高齢化に伴い、給付が増えるのに現役世代の人口が増えないのであれば、財源として消費税の役割を高めていかざるを得ないかもしれない。少なくともその可能性を排除すべきではない。岸田政権は消費税の引き上げに否定的だが、個人的には、いずれ見直しは避けられないと思う。答申の消費税の書きっぷりは地味で、具体的な方策までは示していないが、「十分性」の原則と合わせて読めば、自ずと検討すべき論点は浮かぶはずだ。

より踏み込んだ指摘の余地も

 政府税調という枠組みをもっと有効活用できないか、という点はどうか。政府税調は首相の諮問機関として、中長期的な視点から税制のあり方を提言するのが役目だ。一方、自民党にも税制調査会があり、そちらは毎年度の具体的な税制改正案を検討する。即時性、即効性という点では、党の税調のほうがずっとパワフルで目立つ。

 政府税調のほうは、生々しい政治から距離を置いた立場で、冷静にあるべき姿を提示することが求められるだろう。時の政権にとって耳の痛いことも含め、もう少し踏み込んで指摘する部分があってもよいと思う。答申をとりまとめた時点で、政府税調のメンバーは委員と特別委員を合わせて46人いた。2020年の1月に当時の安倍晋三首相から諮問を受けて以来、2度の政権交代を経て、答申ができるまで結果的に3年半の時間を費やしている。満を持して世に問うたはずの答申の、総じて控えめな書きっぷりは、少々惜しい気がする。消費税のくだりも、さらにわかりやすく書くこともできただろう。

独立財政機関も選択肢

 ひとつ、税制を今後検討する際に課題にすべきことを挙げておきたい。財政の健全性を確保していくために、独立財政機関の創設を検討してはどうか、という点だ。政府の経済見通しに基づく財政状況の試算は、ともすれば甘めになりかねない。政府から独立した中立の立場から、中期の財政や政策を検証する組織があってもよい。主要7カ国(G7)でこうした枠組みがないのは日本だけだという。米国には議会予算局(CBO)、英国には予算責任局(OBR)という組織がある。

 内閣支持率が冴えない岸田首相としては、国民に受けがよさそうな経済対策に資金を潤沢に投じて、政権浮揚につなげたいところだろう。次の総選挙や来年秋の党総裁選を乗り切るまでは、財源問題で波風を立てたくないという思いもあるかもしれない。しかし、歳出を膨らませる一方で、足りない分は国債を発行して埋めておくというその場しのぎを、いつまでも続けるわけにはいかない。先送りは、新たな先送りを呼ぶリスクがある。政府税調の発した「静かな警鐘」に、政治家も国民も耳を傾けてみるべきではないか。

 (注)答申の全文は以下を参照。 https://www.cao.go.jp/zei-cho/shimon/5zen27kai_toshin.pdf

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インドによるインドのためのG20 

 G20(20カ国・地域)首脳会議に参加するため、議長国インドの首都デリーを訪れた外国要人やメディア関係者が目にしたのは、ビルの壁面やバス停、公共掲示板などを埋め尽くすG20のポスターと、モディ首相がほほ笑む無数の大型看板だった。「インドによるインドのためのG20」と形容するライターもいたが、インドにとっては「グローバル・サウス」、つまり新興国・途上国のリーダーとしての役割を国際社会にアピールする壮大な政治・外交ショーだったようだ。

激論避け会議の「成功」を優先

9月9~10日にデリーで開催されたG20首脳会議では、ロシアのウクライナ侵攻や途上国の債務危機、環境、食糧、エネルギーなど国際社会が抱える様々な課題に先進国と新興国がどう取り組み、いかなる解決方法を示すかが注目された。習近平・中国国家主席とプーチン・ロシア大統領という2大巨頭を欠いたG20は会期初日に首脳宣言を出すという異例の展開となったが、ウクライナ侵攻を止める気配のないロシアや、周辺の係争地域をすべて自国領とした地図を発行するなど領土への非妥協的姿勢を露わにした中国とどう折り合いをつけるかが、会議運営の肝だった。

一方的な非難で彼らがへそを曲げれば、宣言はおろか会議自体が決裂し失敗に終わる恐れもあった。実際、今年2月、3月の財務相・中銀総裁会議や外相会議では中ロの反発などから共同声明すら出せないという危機的状況に陥っていた。

フタを開けてみれば、首脳宣言はロシア・ウクライナ問題を「侵攻」ではなく、より中立的かつ責任があいまいな「戦争」という言葉で総括。武力行使や威嚇に反対を示しつつも、ロシアへの非難という点では昨年のインドネシア・バリ島での首脳会議よりも一歩後退したと言わざるを得ない。

欧米諸国はロシアへの処罰感情が強く、非難の文言では譲れないとの観測もあったが、結果としてインドのメンツを考慮し、サミットの「成功」に協力したという形になった。インドとしてはウクライナ問題のせいで首脳会議そのものをつぶすわけにはいかなかった。根回しに駆け回ったインド外交官の苦労がしのばれる。

世界の課題をアピール

さらに首脳宣言では「G20は経済フォーラムであって、地政学的問題や安全保障を話し合う場ではない」といまさらのように開き直る文言も盛り込まれた。「紛争には首を突っ込みません」という意思表明だが、少々無責任ではないのか。

それでも、世界が直面する様々な課題について先進国と新興国・途上国の代表が一堂に会して解決策を模索し、「何とかしなければいけない」というメッセージを打ち出したことには意義がある。宣言ではエネルギーや環境、貿易、そして国際通貨基金(IMF)や世界銀行など国際金融機関の改革にも一歩踏み込んだ。

しかし、会議をしている間にも元利が膨れ上がる待ったなしの債務問題についてはザンビアやガーナ、エチオピア、スリランカなどにおける事態の進展に歓迎を表明しつつ、「債務問題への対応は重要」「引き続き努力していこう」という「掛け声」にとどまった。巨大債権国となった中国が全面協力しない限り債務問題は一歩も動かないことは万人が理解していたとはいえ、これには失望を禁じ得ない。

注目すべきは55カ国・地域でつくるアフリカ連合(AU)のG20加盟が承認されたこと。これにより深刻な債務を抱える国が多く、ガバナンスにも難があるアフリカ諸国に対し、加盟各国がコミットを強化していくという効果が期待できる。うがった見方をすれば、アフリカ市場開拓において単独ではスピードや資金面で中国には太刀打ちできないインドが、多国間でアフリカに関与することで有利に事を運べる、という思惑もありそうだ。

異論を抑えるクロスワード・パズル

議長国インドのシェルパ(首脳の補佐役)を務めたのは、エネルギッシュなキャラクターで知られたキャリア官僚OBで、日本とも関係が深いアミターブ・カント氏。彼はG20閉幕後、「(首脳宣言の)83項目すべてで全加盟国の支持を得られた、ただ一つの脚注もない」と自画自賛した。

しかし、首脳宣言の文言を読んでみれば、〇〇を「歓迎する」「留意する」「支援する」「支持する」「認識する」「再確認する」「求める」「コミットする」といった表現を巧みに使い分けていることに気づく。言葉のインパクトを最大にしつつ、すべての加盟国から異論が出ないよう、官僚や首相補佐官らが注意深く練り上げた労作と言っていいだろう。合意形成を最優先させた「シャンシャン総会」で、丁々発止の厳しい議論を今回はスルーしました、ということか。

また、宣言文の最終盤では「(G20は)宗教的及び文化的多様性に留意する」と明記、信教の自由や表現の自由の重要性を強調するとともに、「宗教的憎悪に基づく行為を強く非難する」としている。イスラム教徒多住地域であるカシミール地方の「併合」やイスラム教徒に差別的な「国籍法改正」が国際社会で問題視され、つい7月にはデリー郊外のハリヤナ州で7人が死亡する宗教暴動が起きたばかりの議長国インドにとってはいささか皮肉な中身となっている。

世界4番目の月面軟着陸成功を果たし宇宙開発の進展をアピールしたインドは、G20サミットの議長国を務め上げたことでグローバル・サウスの「盟主」に一歩近づいた。成長力を秘めた人口14億人超の巨大な市場や、豊富な理科系人材、地政学的重要性を兼ね備え、世界から注目されているインドは今回、外交面においても大きな得点を挙げたのは間違いない。ご祝儀ということはあったにせよ、加盟国首脳はこぞってインドを称賛している。

インド・モディ政権の究極の目標は超大国への仲間入りだ、といわれる。だとすれば、そのために必要なのは経済成長や政治の安定はもちろん、国際社会からの信頼と尊敬を勝ち取ることだろう。

G20首脳会議の開幕前、デリーにあるスラムの周囲は突然緑色の巨大な布で覆われた。スラムの住民男性は英国の公共放送「チャンネル4」のカメラに向かって「政府は世界中からやってくる要人たちに、我々のような貧しい人間を見せたくないのだろう」と苦笑い。また、米CNNはG20開催に伴う「美化キャンペーン」の一環として、会議場近くのスラムが破壊されたと報じたが、印政府当局はX(旧ツイッター)を通じて「最高裁の命令に基いて違法建築を撤去したもので、G20とは関係ない」と反論している。

貧困や不公正、腐敗などがついて回るのがグローバル・サウスの現実だが、途上国のリーダーを自任するインドとしても、自国の貧困は隠したかったようだ。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 インドにとって世紀のイベントとなったG20首脳会議が閉幕しました。「予定調和」「妥協の産物」との声もありますが、中国とロシアが同調せず首脳宣言なしの「成果ゼロ」で終わることに比べれば、世界が抱える課題をしっかりアピールできたという点で、議長国インドの手腕とそれを支えた加盟国の貢献は評価できます。

 積み残した課題は11月末にバーチャルで開くレビュー会合で再度協議する、ということなので新規加盟のアフリカ連合(AU)を迎えて肝心の債務問題などで何らかの進展があるかもしれません。

 ひとまず「成功」したG20がどこまで有権者にアピールするかはわかりませんが、インドはいよいよ来春の総選挙に向けた政治の季節に突入します。政府による新たな景気対策や野党連合の動向、舞台裏での多数派形成や引き抜き工作など、一大スペクタクルが見られそうです。

(主任研究員 山田剛)

<大阪懇談会>万博で関西から世界を面白く

 大阪・関西万博は施設建設など開催への課題も多いものの、関西の魅力を世界に発信できるチャンスです。万博のイベントなどを統括する会議の座長に就き、「エンタメの力で世界の社会課題を解決する」と語る吉本興業前会長の大﨑氏にご登壇頂きます。

【ご略歴】(おおさき ひろし)1978年吉本興業(現・吉本興業ホールディングス)に入社、多くのタレントマネージャーを担当し音楽・出版・映画事業立ち上げ。2009年代表取締役社長、19年代表取締役会長に就任、23年取締役退任。23年5月大阪・関西万博催事検討会議共同座長に就任。また、「2025年日本国際博覧会協会」シニアアドバイザーも務める。現在、一般社団法人mother ha.ha代表理事。

*お申し込みは、「政策懇談会」ならびに「大阪懇談会」メンバー(代理可)とさせていただきます
*満席となり締め切りとさせていただく場合もございます、ご了承下さい
*オフレコで進める予定です(資料や講演録はホームページに掲載いたしません)

7〜9月期GDP、年率マイナス0.47%に下方修正
―23年度は1.77%成長へ

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ESPフォーキャスト9月調査(回答期間:2023年9月4日~23年9月11日、回答者:36名)の主な結果は以下のとおりである。

  • 2023年7~9月期の実質GDP成長率(前期比年率)は▲0.47%と、4~6月期のGDP速報値公表前に集計した8月調査より1.40%ポイント下方修正された。需要項目別にみると、民間設備投資と輸出は上方修正されたが、輸入の上振れが大きかったことで、GDPを押し下げた。7〜9月期の成長率を36人中10人がプラス、26人がマイナスとみる。10〜12月期の成長率は前回調査から下方修正され、0.67%増の見込み。
  • 年度の実質GDP成長率の予想は、23年度が1.77%、24年度が0.94%、25年度が0.90%である。名目GDP成長率は、23年度は5.12%、24年度は2.22%となった。
  • 2023年7~9月期の消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)は前年同期比2.93%の上昇、8月調査(同2.83%)より上振れた。23年度は2.76%、24年度は1.88%、25年度は1.46%の見込み。
  • 2023年7~9月期の失業率は、2.57%と8月調査(2.54%)から上振れとなった。23年度は2.54%、24年度は2.45%と低下を見込んでいる。
  • 日本銀行の今後の金融政策の変更時期については、回答者34名中、最多の回答が「24年7月~12月頃」の12名、次いで「24年4月頃」の11名だった。「23年内」はゼロ名、「24年内」は全体で27名、「25年以降」は7名だった。政策変更は30名が「引き締め」、4名が「その他」を予想している。

予測記録(中位・高位・低位平均データ、長期予測総平均)(EXCELファイル)

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