ウクライナ危機と欧州秩序

*収録動画の配信期間:8月23日まで

■講師略歴
(えんどう けん) 北海道大学大学院法学研究科修了、英オクスフォード大博士課程修了。北海道大学法学部助教授、同大学大学院法学研究科・公共政策大学院(HOPS)教授などを経て2022年から現職。2019~20年度HOPS院長。専門はEU、安全保障、国際政治

インドが目指す「半導体ハブ」~1兆円誘致プロジェクトが始動

インド政府は2021年12月、「インドにおける半導体とディスプレー製造エコシステムのための支援プログラム(インド半導体ミッション=ISM)」を発表、自国を半導体や電子機器などの一大生産拠点に育てる壮大な計画を始動させた。総額7600億ルピー(約1.14兆円)の予算を計上し、半導体工場建設にかかる費用の最大50%を助成する、としており、2~3年以内にインド国内で本格的な半導体の生産に乗り出す考えだ。 世界的な半導体不足に直面する中、半導体メーカーは相次ぎ増産計画を打ち出している。新工場の立地先にとっては莫大な投資が期待できるとあって各国は誘致競争を展開し始めた。半導体や電子機器などの中国依存から脱却し、2050年までに1000万人の雇用創出を期待するインドも、エレクトロニクス産業を振興して経済成長につなげる狙いだ。これが果たしてすんなり軌道に乗るのか。予想してみたい。

石油に迫る半導体輸入

「13億人を結ぶデジタルインフラの建設が進んでいるインドは、半導体関連企業にとって魅力的な投資先である」――。4月末、インド最大の情報技術(IT)都市ベンガルール(旧名称バンガロール)で開いた国際シンポジウム「セミコン・インディア2022」で基調講演に立ったモディ首相は、いつにも増して力強くインドへの投資を呼びかけた。半導体政策を取り仕切るアシュワニ・バイシュナウ電子・IT相も「半導体チップは石油と同じ(戦略物資)である」と発言。「第1弾」の7600億ルピーに続いて追加で補助金を支給する考えを示した。インド政府はISMの枠組みで今後6~8カ月で進出企業に正式な認可を与えるとともに、各州政府と連携して工場用地や用水、電力などを供給する方針だ。

インド産業界もまた世界的な半導体不足の影響を受けており、今や電子機器を多用するようになった自動車をはじめ携帯電話端末や家電などの業界が軒並み減産など生産計画の見直しを迫られている。

インドの半導体産業ではチップの設計受託といった業態が多く、2008年にインテルが投入した高性能サーバー向けプロセッサー「Xeon7400」シリーズは、ベンガルールの研究・開発拠点で生み出された製品だった。だが、生産設備は組み立てや実験用などに限られ、シリコンのウェハーに回路を焼き付けるいわゆる「前工程」を含む本格的な生産設備を持った工場は皆無だ。電子・IT省によると2020年に約150億ドル規模だった半導体需要は、2026年には630億ドルに急増する見通しで、国産化が実現できなければこれらのほとんどを輸入でまかなわなければならない。これは2020年度の原油・石油製品輸入額826億ドルに迫る数字だ。インドにとって、慢性的な貿易赤字を少しでも削減するためにも半導体の国産化はまさに緊急課題だ。

台湾、イスラエル企業など5組が名乗り

2月中旬、印電子・IT省はこのISMによる補助金対象事業に内外5件の応募があったと発表した。半導体工場の奨励プログラムに名乗りを上げたのは3組。アラブ首長国連邦(UAE)・アブダビに拠点を置く投資ファンド「ネクスト・オービット・ベンチャーズ」とイスラエルの「タワー・セミコン」などによるコンソーシアム「ISMC」だ。ISMCが5月上旬に進出予定地のカルナタカ州と交わした覚書(MOU)によると、予定投資額は30億ドル。同州の古都マイソールに約60ヘクタールの土地を取得する計画という。生産するのはスマートフォンや家電などに搭載する普及品の線幅65ナノメートル(nm、ナノ=10億分の1)級のアナログ半導体で、1500人規模の雇用を予定しているという。

英国に本拠を置くインド系資源開発大手ベダンタと、台湾の鴻海精密工業傘下の電子機器受託生産(EMS)世界最大手フォックスコンによる合弁会社も当初30億ドル、最終的には200億ドルを投資する計画。現地経済紙によると、40億ドルの補助金を要求してカルナタカ州政府との交渉が難航している模様。ベダンタ側は「交渉が不首尾に終わった場合はグジャラート、マハラシュトラなど他州への立地を検討する」と主張しているといい、目が離せない。そしてもう1組は、半導体ソリューションを手掛けるシンガポールのファンドIGSSベンチャーズ。これら3企業体の合計投資予定額は136億ドルに達する。ディスプレー工場については、ベダンタと地場エレストの2社から応募があり、投資予定額は計67億ドルという。

タワー・セミコンはすでに米インテルが買収を決めているので、間接的だがインテルがインドの半導体生産に関わるという形になるが、政府が期待していた韓国・サムスン電子やSKハイニックス、米AMDやテキサス・インスツルメント(TI)といった「大物」からは声がかからなかった。「第1陣」とはいえ、投資規模は5組で205億ドル。世界の半導体投資が2030年に1兆ドルを超えると見られる中ではまだ微々たるボリュームだ。

そして誰もが懸念を示すのが半導体産業を誘致するためのインフラや原材料の供給体制だ。クリーンルームを備えた大規模な半導体工場を建設するには数十億ドル規模の投資が必要となる。大量の工業用水やアルゴン、窒素といったガスの供給はもちろん、精密機器である半導体生産設備を稼働させるための電圧や周波数が安定した高品位な電力供給も保証しなければならない。生産設備のメンテを担う技術者も用意する必要がある。

インドが半導体の国産化を目指す政策を打ち出したのは今回が初めてではない。最近では2007年に「インド半導体政策」を発表し、半導体工場建設など固定資産投資の20%相当額の補助金を支給するほか、半導体産業向け経済特区(SEZ)の整備を進めるとしていた。同政策に呼応し、AMDやインテルがインド進出を検討している、と伝えられたが結局は実現しなかった。

この「半導体政策」は2011年に改定されたが、進出企業に対する支援額の少なさが指摘されたうえ、インドにおける半導体生産のための基盤整備が疑問視されたこともあり、成果を上げることはできなかった。2015年には電子・IT省の半導体専門委員会の権限を強化。2020年には再度半導体工場進出を募集。昨年12月には電子機器分野で、生産高に応じて補助金を支給する「生産連動型インセンティブ(PLI)」を導入している。

こうした努力にも関わらず、2000年から2020年までの20年間でインド半導体産業に流れ込んだ海外直接投資(FDI)はわずか約30億ドルにとどまっている。半導体や電子機器産業を巡る世界情勢は大きく変化しているとはいえ、後発組のインドは苦戦を強いられている。

進出企業に提供するインセンティブの規模はどうしても半導体「先進国」に見劣りがする。米国や韓国は年間500億ドルを超える補助金を計上し、世界の有力プレイヤーを誘致している。中国に至ってはこれが1500億ドルを超える。

インドの半導体産業に関するニュース

インドの経済政策に対して活発な発言をしているラグラム・ラジャン元中銀(RBI)総裁は地元ニューステレビ局に対し「半導体の国内生産よりも、供給国とタイアップして輸入を確保した上で、人材育成に重点を置くべきだ」と提言した。信頼できるパートナーを見つけて半導体の供給不安を解消すれば、自国生産にこだわる必要はない、というわけだ。説得力はあるが、「メーク・イン・インディア(インドでものづくり)」を掲げるモディ政権は納得しないだろう。

それでも、半導体生産を巡ってインド官民は地道な努力を続けている。ITハードウェアの業界団体である印電子半導体協会(IESA)は2017年に台湾に事務所を開設して交流を続けてきた。国防省傘下のガリウムヒ素応用技術センター(GAETC)や、印宇宙研究機関(ISRO)付属の半導体研究所(SCL)、そしてインド工科大バンガロール校(IIT-B)などが手掛ける研究は世界が注目している。

まだ報道先行ではあるが、IT大手HCLテクノロジーズの共同創業者らがつくった営利団体であるEPIC基金とベンガルールのチップ設計会社「クイックチップ」はLED電球用チップを生産する工場の建設を計画。タタ財閥系IT企業のタタ・エレクシーも、国内での半導体生産で台湾企業と協議を開始したとされる。

今回手を挙げた企業グループは計5件にとどまったが、台湾やイスラエル企業といった世界的なプレイヤーの誘致にはひとまず成功した。コロナ禍でIT関連業界はソフト、ハードともに当面追い風が続くだろう。まずは小さくともまず成功事例を内外に示すことができれば、大きな前進と言えるだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

低価格の肌着から原子炉、核ミサイルまで。なんでも自国でつくることができるインドにとって唯一の例外が「半導体」でした。コロナ禍を背景としたITブームもあってスマホや家電、自動車向けの半導体需要は急増しており、中国などから輸入せざるを得ないインドにとって貿易赤字の大きな要因となっています。外国企業を誘致し、半導体の国産化を推進するには乗り越えなければならない課題がたくさんありますが、中国に先立って火星探査船を飛ばしたインド。コロナで被ったダメージからからの反転攻勢を目指す新たな挑戦を見守りたいと思います。(主任研究員 山田剛)

OECDでの議論

 前回に続いて、海外出張の話である。私の海外出張の行き先として最も多かったのは、OECD(経済協力開発機構)本部があるパリである。最初の出張がパリのOECDの会議だったことは前回書いた。この時は環境庁(現在の環境省)に出向していた時だったのだが、経済企画庁の仕事でもかなりの回数パリに行ってOECDの会議に出たものだ。

閣僚理事会への出席

 経済企画庁は、主にOECDでの経済政策の議論に参加するのだが、これには三段階がある。第1段階は、担当課長級が出席する専門家会合、第2段階が、次官、局長クラスが出席する経済政策委員会(Economic Policy Committee)、第3段階が、閣僚クラスが出席する閣僚理事会(Meeting of the OECD Council at Ministerial Level)である。専門家会合と経済政策委員会は年2回(春と秋)、閣僚理事会は年1回(秋)の開催である。

 私はこれらすべての会議に関係したことがあるが、まず閣僚理事会から始めよう。私は、河本敏夫企画庁長官の秘書官時代の1984年の秋に、河本大臣が閣僚理事会に出席するのに同行した。出席したのは河本大臣の他に、安倍晋太郎外務大臣、小此木彦三郎通商産業大臣(現在の経済産業大臣)の3閣僚であった。

 それぞれの大臣は、レセプションに出席し、理事会でスピーチを行うが、日程の合間を縫ってパリに集まってきている他国の閣僚と個別に会談したりする。大臣のスピーチは日本語で準備された原稿を読み上げるだけで、議論はほとんどない。会議終了後発表される報告は事前にほぼ合意されている。まあ、ベルトコンベアに乗っていれば良いようなものだ。秘書官は大臣に付いていればいいだけだから、さらに楽なものだ。往復の飛行機は大臣は当然ファーストクラスだが、秘書官もそばにいた方がいいということで、ついでにファーストクラスに乗せてくれる。以下、あまり本質的な話ではないが、思い出したことを書いておこう。

 当時の河本大臣は、副総理でもあり、河本派の領袖でもあった。この時のパリ出張には、河本大臣のポケットマネーで何人かの河本派の代議士が同行した。将来有望な代議士に経験を積ませようということなのだろう。この時の同行者に、若き日の大島理森氏と高村正彦氏がいた。大島氏はその後、衆議院議長になり、高村氏は河本派を引き継いで、企画庁長官、外務大臣、自民党副総裁を務めることになる。今にして思えば、河本氏の人を見る眼は確かなものだったと思う。丸抱えで同行させるのだから相当の費用が掛かっていたはずだが、当時の私はこれを横で見ていて「なるほど派閥の長の資金力は大したものだ」と思ったものだ。

 資金力と言えば、海外主張とは関係のないわき道に逸れるのだが、こんなこともあった。ある時、大臣室に、野党(当時の社会党)の代議士から、河本大臣に面会したいという要望が来た。政務の秘書官が対応したのだが、大臣も何かと忙しいのでといって、これを断ってしまった。私は「断っていいのかな」と心配になったのだが、政務秘書官は私に「この代議士は盆暮れになると、河本先生に会いに来るんですよ。特に用事はないのですが、来ると河本先生はなにがしかの金一封を渡すのです。今回もそれが目当てなんですから、断っても構わないんですよ」と解説してくれた。私は、「野党の代議士まで資金を貰いに来るのか」とすっかり驚いてしまった。なおこの時、河本大臣は、面会を断った政務秘書官に対して「目的は何であれ、私を頼ってきたのだから、簡単に断ってはいかん」と注意したらしい。

 もう一つ記憶に残るのは、個別会談だ。企画庁長官の米国のカウンターパートは、大統領経済諮問委員会(CEA:Council of Economic Advisers)の委員長である。このポストには、代々高名な経済学者が就任しているのだが、この時の委員長はフェルドシュタイン・ハーバード大学教授であった。私も良く知っており、その後、私の著書(「最新日本経済入門」日本評論社)で、国内貯蓄と国内投資には強い相関があるというフェルドシュタイン=ホリオカの米国における推計を、日本にも適用して同じ結論が導かれることを紹介している。これは、「資本が国家間を自由に移動するのであれば、国内貯蓄と国内投資は関係しない」という仮説の反証となっており「フェルドシュタイン=ホリオカのパズル」と呼ばれているものだ。

 河本大臣は、このフェルドシュタインとパリで会談したのである。私は「おお、あのフェルドシュタインが来るのか」と、ちょっと興奮した。フェルドシュタインは、約束の時間に河本大臣が滞在するホテルにたった一人で現われた。フェルドシュタインは、何のメモも見ないで、米国経済の現状について説明し、いくつかの質問に応え、河本大臣の発言にいくつかコメントした。この間、私が感心したのは、フェルドシュタインが全てを記録していたことだ。フェルドシュタインは、発言内容をせっせとメモするだけではなく、会談が終わると、私も含めて全ての出席者の名前までメモして帰って行った。あのメモを秘書に渡せば、完璧な会談の報告書が出来上がるはずだ。

 私は、改めて米国の行政システムの効率性、生産性の高さを実感した。単純化して言うと、米国の閣僚は高い専門知識を持っており、必要な情報を事務局から吸収して、行政判断を下していく。議会に呼ばれた時などは、事務局が準備するbookと呼ばれる分厚い参考文書に目を通し、自らの言葉で議会での質問に答える。日本では、大臣は多くの随行者を従えて行動し、事務局は事前に綿密な準備をして、想定問答を作成し、質問に答えられるようにしておく。日米の閣僚の生産性の差は非常に大きいと思った。

専門家会合への出席

 私が、実質的に国際会議に臨んだのは、前述の第1段階の課長クラスの専門家会合であった。私は1989年7月に経済企画庁の国際経済第1課長というポストに就いたのだが、ここは、まさにOECDとの議論を統括する部門だったのだ。

 春と秋に開かれる専門家会合には、3回ほど出席したのだが、これは私にとってかなりのプレッシャーであった。プレッシャーの理由は三つあった。

 一つ目は、英語だ。OECDには同時通訳の設備があり、閣僚理事会では通訳が付くので、日本語で話せばいい。しかし、専門家会合は通訳が付かないので、すべて英語で議論しなければならない。冒頭の発言は、事前に英語の発言を準備しておき、これを読み上げればいいのだが、その後に続く質疑応答は英語で処理しなければならない。しかも、日本の国会ではないから、どんな質問が飛んでくるかは分からないのだ。一応出そうな質問は想定問答を準備しておくのだが、それでも不安だ。

 なお、これにはいくつかのセーフティーネットがある。まず、私が答えに詰まったような場合は、隣に企画庁からOECD代表部(大使館)に出向しているU氏が控えていて、代わって答えてくれる。U氏は海外経験が長く、私より英語に堪能なのだ、しかし、やはりできれば自分で処理したい。さらに、U氏も答えられないような質問が出たら、「この場ではお答えできないので、調べて後ほど個別にお答えする」と答えるのだ。

 このセーフティーネットは実際に発動されている。私が答えに詰まって、U氏に助けてもらったことが何度かある。またある時は、米国代表の専門家が、GDP統計の非常に専門的な質問をしてきて、これには私もU氏も全くどう答えていいか分からず(質問の意味さえよく分からなかった)「後ほど個別に」の手段が適用されたのだ。

 二つ目は会場だ。事前に会場を見て私は驚いた。専門家会合の会場は、閣僚理事会の会場と同じなのだ。OECDの閣僚理事会は、全ての国の代表が同じテーブルに付く必要があるので、巨大な楕円形のテーブルに座席が配置されている立派な会議場で開催される。私は、閣僚理事会で大臣が発言するのを見ていたので、「大臣が発言したのと同じ席を使うのか」とかなり緊張したものだ。

 三つ目は発言の順番だ。専門家会合では、各国が順番に発言し、発言が終わると質問を受けるのだが、その発言順はGDPの規模の大きさで決まる。まず米国代表が発言して、米国経済についての議論が終わると、次は日本なのだ。私はこの上位の順番に緊張するとともに、「日本は世界第2の経済大国なのだ(当時はまだ中国に抜かれていない)」としみじみと実感したものだった。

 日本の後は、ドイツ⇒イギリス⇒フランス⇒イタリアと続くのだが、その後は「ではそれ以外の国に移りましょう」といって、順番もごちゃごちゃで簡単な議論で終わるようになっていく。

専門家会議の実例

 この専門家会議の内容については、最近、身の回りの資料を整理していたら、当時の記録が出てきた。これを使って、実際にどんな議論が行われていたのかを振り返ってみよう。

 当時の文書を見ていてまず気が付くのは、経済に対する見方がひどく楽観的だったことだ。例えば、1989年11月の専門家会合での私の冒頭発言は、「日本経済のパフォーマンスは極めて良好である」という言葉で始まっている。そして「第1に成長率が高い。88年の実質成長率は5.7%だった。第2に、失業率が低下している。89年前半の失業率は2.3%である。第3に、物価が安定している。88年の消費者物価上昇率は0.7%であった。第4に、経常収支の黒字が縮小している。」と自信満々である。これを聞いていた各国代表はさぞ羨ましかったことだろう。

 今にして思えば、こうした良好な経済パフォーマンスは、バブルによるものだった。しかし、バブルは、バブルの渦中の人々がそれをバブルだと気が付かないから起きるのだ。私も、これがバブルだという意識は全くなかったし、各国代表からもバブルを疑うような質問は全く出なかった。

 経常収支に関係する議論が多かったのも時代を感じさせる。私の冒頭発言で、経常収支の縮小をパフォーマンスが良いことの例として挙げているのは、当時は、米国や欧州との経済摩擦が激しく、政府は経常収支の黒字を減らそうとしており、各国もそれを期待していたからだ。

 冒頭発言の後には、各国から次々に質問が飛んでくるのだが、その中でも、貿易関係の議論が多く出た。私は、英語圏で長期間暮らした経験がないので、ヒアリング能力が高いとは言えないのだが、こういう時の質問は、不思議とかなり明瞭に聞き取れるものだ。緊張感の度合いが違うのだろう。各国に交じって、OECDの事務局からも質問が飛んできた。質問者は何と八代尚宏氏(その後当センターの理事長)であった。八代氏は、経済企画庁の1年後輩だが、この時はOECDの事務局に出向中だったのだ。八代氏は、「(企画庁の90年の見通しが)内需の伸びが鈍化するのに輸入の伸びが高まるとしているのはなぜか」と厳しいことを聞いてきた。政府の見通しでは、経常収支を減らしたいものだから、輸入を高めに見込んでいたのである。私の答えは「率直に言って、輸入をやや高めに見ていることは事実である。しかし、このところ日本の輸入は予想を上回って拡大しており、構造変化も相当大きい。更に政策的にも輸入拡大のプランを練っているから、それほど不自然ではない」というものだった。

 アメリカ代表からは「製品輸入比率が上昇しているという説明があったが、これは石油価格の下落によるものではないのか」という質問が出た。私は内心「なかなかいい質問だ」と思った。当時、米国、欧州からは、日本は輸入に占める製品の比率が低い。だから米国や欧州からの輸入が増えないのだと批判されていたから、製品輸入の動きについては国際的な関心が高かったのだ。このため、私は冒頭の発言で、このところ製品輸入比率は上昇していると、日本の構造改革をPRしたのだが、米国代表は、この点について「本当に構造が変わったのか?」と疑問を呈したのだ。当時石油価格は下落していたから、石油の輸入金額は減少し、結果的に製品輸入比率が上昇するというメカニズムが確かにあったのだ。しかし「その通りです」などとは言えない。私の答えは「石油も影響しているが、実質ベースで計算しても、この比率は上昇しているから、構造的に製品輸入比率は上昇している」というものだった。

 最後に、ややマニアックな議論を紹介しておこう。専門家会合では、事前にOECDの事務局から「こういうデータを示せ」という注文が来る。その中に「輸出数量」と「実質輸出」という項目があった。前者は、通関統計の数量であり、後者はGDP統計の実質輸出である。注文が来れば、データを出さざるを得ないわけだが、この二つのデータは、同じ輸出であるにもかかわらず、しばしば異なる動きを示していた。すると、必ず「なぜ違うのか」という質問が飛んでくる。これには往生した。この二つはデータのとり方が違うのだ。輸出数量は、単純に数量をウェイト付けして総合化したものである。例えば、自動車が何台輸出されたかが数量になる。他方で自動車の輸出金額が分かっているから、金額を数量で割ると価格が出る。ところが、この価格がクセモノなのだ。例えば、輸出される自動車で付加価値の高い高級車種が増えたとすると、台数は同じで金額が増えるから、価格が上がったことになってしまう。これに対して、GDPの実質輸出は、基準年次の特定品目で価格指数を計算するから、高付加価値化が価格上昇になるということは起きない。高付加価値化は実質輸出の増大となるのだ。こうした事情を説明するのは日本語でも大変なのに、これを英語でやるわけだから、非常に苦労させられたわけだ。

 なお、さらにマニアックな話をすると、この二つの違いを逆用すると、輸出の高付加価値化がどの程度進んでいるかを計算することができる。この数年後に、私は内国調査課長となって、93、94年の経済白書を執筆することになるのだが、この93年白書では、「通関ベースの価格指数がGNPベースの輸出デフレータよりも高い上昇率となったのには、輸出ン高付加価値化が影響している」という議論を展開している(第3章第1節「高付加価値化で増加した輸出」)。OECDの議論で鍛えられたことが生きたわけである。


※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」は こちら(旧サイト)をご覧ください。

【東京会場】
バイデン政権のインド太平洋経済政策 *英語で進行

 バイデン政権のインド太平洋経済政策がようやく姿を現しました。その効果と限界について、政策形成過程に詳しいマシュー・グッドマン・CSIS上級副所長(経済担当)に解説していただきます。質疑の時間をたっぷり用意しますので、ふるってご参加ください。

■講師略歴
Matthew P. Goodman 2012年からワシントンの有力シンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)に所属。現在、経済担当の上級副所長と政治経済部長を兼ねる。オバマ政権のホワイトハウスで国家安全保障会議(NSC)の調整官(アジア太平洋経済協力会議=APEC=や東アジア首脳会議を担当)と国際経済担当部長を務めた。連邦政府では国務省で経済担当次官の上級アドバイザーを務めたほか、財務省でもエコノミストとしての勤務経験がある。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院で国際関係論の修士

(うらた しゅうじろう) 米ブルッキングス研究所研究員、世界銀行エコノミストなどを経て1994年から早稲田大学教授。2020年から同大学名誉教授。スタンフォード大学で博士。専門は国際経済学・開発経済学

*収録動画の配信および、読むゼミの掲載はございません

ウクライナ戦争、防衛系スタートアップ投資加速

 ロシアによるウクライナ侵攻で、防衛・軍事に関連するスタートアップへの関心が高まっている。ベンチャーキャピタル(VC)など民間の投資家がソフトウエアやヘルスケアといった分野だけでなく、防衛・軍事にも展開できる分野に資金を投じ始めている。ドローンを活用した防衛システムや、宇宙ステーションや打ち上げロケットといった宇宙関連事業を手掛ける新興企業である。テック投資がブームとなったこの1年で、こうした分野のユニコーン(評価額10億ドル以上の非公開企業)も相次ぎ誕生している。

 米国では「SHARPE」と呼ばれる国家安全保障を社是とするユニコーン級の企業群が出現している。上場したデータ解析会社パランティア・テクノロジーズやドローン(無人機)や防衛ソフトを手掛けるアンドゥリル・インダストリーズなどである。中国では画像認識AI(人工知能)を使う自動運転技術や解読不能とされる量子暗号通信といった軍事転用可能な技術に取り組むスタートアップへの大型投資が見られる。ドイツでは電動垂直離着陸機(eVTOL)の開発を手掛けるユニコーンが生まれ、日本では宇宙ゴミ除去に取り組む企業が大型資金調達に成功している。テック企業全体の投資の調整が進む中、ウクライナ戦争の勃発で防衛・軍事への支出の増加も見込まれ、有望投資領域となりそうだ。

【ポイント】

  1. ウクライナ戦争など地政学的な緊張の高まりに伴い、防衛・軍事系スタートアップへの関心が高まっている。ドローン、宇宙、自動運転など軍民両用技術分野へのベンチャーキャピタル投資が増えており、ユニコーンも相次ぎ誕生している。
  2. 米国では国家安全保障を社是とする「防衛系」と呼ぶべきスタートアップが資金を集めている。ドローンや防衛ソフトを手掛けるアンドゥリル・インダストリーズなど「SHARPE」と呼ばれるユニコーン級スタートアップが注目される。
  3. 中国では軍事転用が可能な量子暗号通信や自動運転技術といった分野のスタートアップに資金が流入している。ドイツでは電動垂直離着陸機を開発するユニコーンが誕生した。