マクロモデル研究会

訪日客や貿易戦争の評価、定量的に―マクロモデル研究会を開催―

2018年8月31日、9月1日の両日、「マクロモデル研究会」を開催した。計量分析の専門家が一堂に集まり、最新の研究成果を報告する会議で、07年から当センターが事務局として運営してきた。16年からアジア太平洋研究所(APIR)との共催となり、2年ぶりに大阪を会場とした。今回は両日合わせて8件の報告があり、約40人の参加者が活発に議論した。地元関西圏を訪れる訪日客の支出や、激化する貿易戦争のインパクトを定量的に分析する試みに加え、燃料電池車の普及による環境への影響、人生100年時代の生涯収支など、時宜を捉えた分析が目立った。

モデルで予測、政策効果も

 報告の口火を切った当センターの門多治・特任研究員は、当センターが毎月集計しているESPフォーキャスト調査(ESPF)の概要と、ESPFの回答者である民間エコノミスト・機関に予測の実施体制やプロセスを尋ねた「予測スタイル調査」(17年1月実施)の結果を紹介した。ESPFでは定例の予測値調査のほか、最近では米トランプ大統領の政策の影響などの特別調査にも力を入れている。一方、予測スタイル調査によると、マクロモデルを予測に活用しているエコノミストが多いことなどを報告した。

 浜田文雅氏(慶大名誉教授)は、生産関数の資本の限界生産性から推計した長期金利の「正常値」の視点から、日銀の金利政策を評価した。この正常値は、マクロ経済の需給バランスが中立的な状態にあるときには現実値と一致すると考える。得られた推計値によると、13年以降の異次元緩和は、景気刺激という目的に対し円安による輸出拡大という限定的な成果を得たに過ぎず、内需の拡大には有効性が認められなかったという。

 米中間の貿易戦争が激化するなか、当センターの矢根遥佳・研究員らは米国政府が検討中の自動車・同部品の関税引き上げが実施された場合、日本経済にどのような影響があるかをGTAPモデル(多国間の貿易構造を組み込んだ一般均衡モデル)を用いて試算した。これによると、米国の25%自動車関税引き上げと各国の報復関税は、日本の自動車・同部品産業の生産を約8%、輸出を約17%それぞれ押し下げる。その打撃はカナダ・メキシコに次いで大きくなることを報告した。ただし、このモデルは株価の動揺や企業マインドの萎縮などを織り込んでおらず、主に貿易や生産面への波及効果に焦点を当てている点に留意が必要と指摘した。

産業連関表を活用する

 今回の研究会では産業連関表を用いた分析結果の紹介がいくつかあった。藤川清史氏(名古屋大学)らは産業連関分析を応用し、燃料電池車普及による環境への影響を試算した。温室効果ガス(GHG)削減を①車の製造工程のシフト、②燃料の代替、③水素の製造工程の変更(メタン水蒸気改質法から二酸化炭素が排出されないメタン直接分解法へ)の3つの側面から議論している。シミュレーションは80万台の乗用車が燃料電池車に置き換わる(経産省30年目標)という想定で行った。日本全体のGHG排出削減は約0.1%に過ぎないが、水素生産をメタン直接分解法で行えば、従来のメタン水蒸気改質法に比べて削減量が2割程度拡大すると予想される。

 西村一彦氏(日本福祉大学)らは産業連関表を用い、各産業での生産要素の投入順序に着目した直列入れ子型CES生産関数のカリブレーション(パラメータの設定)方法を提案した。外生的な生産性の変化(ショック)により労働投入が影響を受けやすい部門を細かな分類の下で抽出する基礎的なモデルとして活用できるという。 実際にこの生産関数に基づき、カリブレートした一般均衡モデルを用いて生産性ショックを見たところ、各産業が受ける影響の違いが明らかになったことを報告した。

地域経済を可視化する

 産業連関表は地域経済を分析する有力なツールにもなる。入江啓彰氏(近畿大学)らは、関西圏の地域間産業連関表について報告した。関西圏2府8県の産業構造や相互依存関係をいわば可視化する表であり、アジア太平洋研究所が整備を進めている。同表の推計では、県境を越えた取引(移出入)の実態把握が重要になる。特にサービス分野では基礎統計が乏しいため、関西に住んでいる人、訪れた人あわせて約2,500人を対象に独自にウェブアンケートを実施し、推計に役立てた。既存統計からは得られない貴重な情報が得られ、県間の相互依存関係を把握する精度が高まる見通しだ。

 ここ数年、地域経済に恩恵をもたらしてくれているのがインバウンド(訪日客)だ。その支出特性を理解することは、同需要の一層の取り込みに欠かせない。稲田義久氏(APIR、甲南大学)・松林洋一氏(APIR、神戸大学)は、「訪日外国人消費動向調査」の個票データを利用し、訪日客の支出が国籍や経済環境に応じどのように変動するのかを分析した(クロスセクションによる比較分析)。それによると、インバウンド需要は、為替レートに敏感に反応する一方、所得にはそれほど大きく反応しなかったという。また、ビザの緩和効果は、徐々に小さくなる傾向があった。

人生100年時代、長寿の恩恵は

 当センターの前田佐恵子・主任研究員らは人生100年時代を迎え、寿命が延びることによる各世代の得失を検証した。マクロ経済に一定の前提を置き、各世代の生涯所得・消費、移転等を比較した。試算によると社会保障の受益と負担の純移転のみでみれば、若い世代ほど損をするが、消費の観点から見ると長寿化に伴い、若い世代ほど生涯消費の拡大につながる。寿命にあわせて長く就業できれば、その効果はより大きくなるという。一方、長寿化で長く働くことによる労働の不効用(余暇の減少)や寿命のうち健康でいられる長さなどをどう評価するのか、課題もあることを指摘した。

 当センターはAPIRとの共催で本研究会を今後も開催する予定で、ここで得た知見や人的ネットワークを、今後の研究に生かしていく考えだ。
(研究本部)

*本研究会は、当センターの猿山純夫・首席研究員、門多治・特任研究員のほか、稲田義久・甲南大学副学長、千田亮吉・明治大学教授らが幹事として運営に当たっている。また、本研究会では発表テーマをマクロモデルに限定せず、統計や景気指標、あるいは予測手法などの周辺分野も取り上げている。

バックナンバー

研究会の要旨(PDF形式)をご紹介します。※発表者の所属、肩書きは講演当時のものです。

2017年

最新モデルからクライン教授の遺作まで―マクロモデル研究会を開催

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2016年

関西経済に焦点、多様なモデルの応用も―マクロモデル研究会を大阪で開催

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2015年

景気・政策をモデルで評価、最新成果一堂に―マクロモデル研究会を開催

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2014年

地域経済に焦点、アベノミクスの分析も―マクロモデル研究会を大阪で開催

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2013年

成長戦略を定量的に評価・議論―マクロモデル研究会を開催

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2012年

日本経済の中長期課題を議論―マクロモデル研究会を開催

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2011年

経済激変下の政策課題にどう応えるか―マクロモデル研究会で議論

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2010年

政策課題を活発に議論-マクロモデル研究会開催

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マクロモデル研究会事務局(猿山,小野寺,蓮見,佐倉)
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