新たな「波」を定量分析、AIの応用も―マクロモデル研究会を開催―
2019年9月13日、14日の両日、「マクロモデル研究会」を開催、計量分析の専門家が一堂に集まって最新の研究成果を報告した。この研究会は07年から当センターが事務局として運営し、16年からアジア太平洋研究所(APIR)との共催になっている。13回目となる今回は両日合わせて11件の報告があり、約50人の参加者が活発な議論を繰り広げた。人工知能(AI)の浸透や電動車の普及、インバウンド(訪日客)、貿易摩擦など内外経済に迫る新たな「波」を定量的にとらえようとする報告が目立った。景気分析にAIを応用する試みもあった。
政策にモデルを活用する
報告の口火を切った篠原武史氏(日本銀行)は、日銀の「展望リポート」などでも利用しているハイブリッド型のマクロ経済モデルQ-JEMの最新版の概要とシミュレーション結果を紹介した。同モデルは、民間投資など一部の変数に誤差修正型の定式化を採用することで、経済理論との整合性を考慮する一方で、実績値との当てはまりも重視している。今年6月には計量分析ソフトEViewsで操作可能なプログラムをホームページ上に新規公開したことも報告した。
国の内外で所得格差が社会問題になっている。これをマクロモデルではどのように扱い、分析するのか。尾崎タイヨ氏(京都先端科学大学)は、総務省「家計調査」の所得階級別消費を世帯収入や労働供給などから推計し、これを積み上げてマクロ経済とリンクさせたモデルを構築した。シミュレーションによると最低賃金の引き上げ、負の所得税、所得制限のある教育費無償化は格差是正に有効との結果が得られたという。
高橋済氏(財務省財務総合政策研究所)は、人口減少が進む日本で、国・地方の持続性を確保するための望ましい政策とは何かという問題意識のもと、多地域世代重複モデルの構築過程を報告した。モデルの特徴は家計の地域移動を含む点にある。都道府県ごとに家計の効用関数を推計すると、各地に住む基本効用は大都市圏で高く、地方で低くなっているという。
インバウンド(訪日客)は今や、数少ない成長分野だ。その支出特性を理解することは、成長戦略を描く上でも重要だ。稲田義久氏(APIR、甲南大)・松林洋一氏(APIR、神戸大)は「訪日外国人消費動向調査」の個票データを利用した分析結果を報告した。それによると、日本での1人当たり消費は、訪日客の所得に比べて、為替レートに敏感に反応しており、財別にみれば買い物より宿泊でその傾向が強い。品質の良さや日本製であることなどの「ブランド力」が、爆買いが一服した後でも、医療品や化粧品の購入では重要な決め手になる傾向が強まっていると報告した。
AIで景気判断、新しい指標も
人工知能(AI)技術やビッグデータの活用は経済分析の分野でも始まり、今回の研究会では関連の報告が2件あった。 山澤成康氏(跡見学園女子大)は、内閣府「景気動向指数」の構成系列を使って毎月の景気が内閣府の定める拡大期、後退期のいずれにあてはまるかを予測し、しかも結果の解釈が可能な機械学習の方法を提案した。それによると内閣府「景気ウォッチャー調査」のテキストデータではうまく予測できなかった2012年4月以降の後退期を的確に予測できたという。
関和広氏(甲南大)、生田祐介氏(大阪産業大)、松林洋一氏(APIR・神戸大)は景気ウォッチャー調査のテキストデータを訓練データとして機械学習させ、新聞記事などから新しい景況感指数を算出した。この指数は同調査の判断指数(DI)と高い相関を持つ。学習済みのモデルは、ある語句が景気に関してポジティブな文で用いられるのか、ネガティブな文で用いられるのかを分類する「極性辞書」の構築にも利用可能だという。
AIをはじめとするデジタル技術は雇用にどのような影響を与えるのか。この問いに答えようとしたのが、北原聖子氏・篠﨑敏明氏(内閣府)だ。労働者へのアンケート調査を基に、過去3年間でのAIなどの技術導入による労働時間や労働者数、業務のノンルーティン度の変化についてDID分析を行った。その結果、AIの導入職場では、されていない職場と比べ、労働時間が減少、正規雇用が増加するとともに、ノンルーティン度が上昇(反復度が低下)した。AI導入は、労働時間からみれば代替的である一方、労働者数からみれば補完的であること、また、業務の内容面では、ルーティン業務をAIに任せ、人間はノンルーティン業務にシフトしている可能性が示唆された。
電動車普及の産業連関分析
自動車の電動化は産業構造を大きく変える可能性がある。間瀬貴之氏(電力中央研究所)はSNA産業連関表に「内燃機関車」、「ハイブリッド車」、「プラグインハイブリッド車」、「電気自動車」を新設し、生産投入構造と需要構造を推計した。内燃機関車の生産がハイブリッド車や電気自動車にシフトした場合に国内産業へ与えるインパクトを試算したところ、電動車向け部品(二次電池、モーター等)の調達先が主に国内ならば、生産波及効果は若干増加することが確認されたという。
西村一彦氏(日本福祉大)らは、産業連関表とカスケード型(各産業での生産要素の投入順序に着目した直列入れ子型)CES生産関数を用いて、コストシェア構造の変化をモデルとして内生化した分析結果を報告した。ある部門の生産性ショックは産業間の連関を通じてマクロの経済変動を生み出すが、既存の研究では生産工程における投入物のコストシェアが固定的に扱われ、実態を反映できていなかったが、報告の手法ではこの点を改善できるという。
貿易戦争の影響を定量評価
当センターの白須光樹・研究生と山口修平・研究生は世界的な貿易取引の減少が全要素生産性(TFP)に与える影響について分析した。先行研究を参考に貿易開放度を定量化したうえで、貿易開放度がTFPを有意に押し上げてきたことを2段階最小二乗法により明らかにした。さらに最近、一部の先進国にみられる保護主義的な貿易政策が中長期的にはTFPを下押しする可能性があることも指摘した。
当センターの川崎泰史・特任研究員は、米国などによる電子機器分野の中国製品排除の影響をGTAP(多国間の貿易構造を組み込んだ一般均衡モデル)を用いて試算した。その結果、中国から韓国・台湾やASEAN諸国、メキシコに生産がシフトすることを報告した。試算では通常の一般均衡モデルで仮定する1時点の変化を観察する「比較静学」ではなく、資本収益率に応じて投資の地域配分が決まり、その影響が累積する逐次動学の解法を採用した。これはGTAPオリジナルのもので、2016年創刊のGTAPのジャーナル(Journal of Global Economic Analysis)でプログラムが公開され、容易に試算できることを紹介した。
当センターはAPIRとの共催で本研究会を今後も開催する予定で、ここで得た知見や人的ネットワークを、今後の研究に生かしていく考えだ。
(研究本部)
*本研究会は、当センターの猿山純夫・首席研究員のほか、稲田義久・甲南大学教授、千田亮吉・明治大学教授、エコノミストの門多治氏らが幹事として運営に当たっている。また、本研究会では発表テーマをマクロモデルに限定せず、統計や景気指標、あるいは予測手法などの周辺分野も取り上げている。
バックナンバー
研究会の要旨(PDF形式)をご紹介します。※発表者の所属、肩書きは講演当時のものです。
- 2018年
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訪日客や貿易戦争の評価、定量的に―マクロモデル研究会を開催
- 2017年
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最新モデルからクライン教授の遺作まで―マクロモデル研究会を開催
- 2016年
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関西経済に焦点、多様なモデルの応用も―マクロモデル研究会を大阪で開催
- 2015年
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景気・政策をモデルで評価、最新成果一堂に―マクロモデル研究会を開催
- 2014年
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地域経済に焦点、アベノミクスの分析も―マクロモデル研究会を大阪で開催
- 2013年
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成長戦略を定量的に評価・議論―マクロモデル研究会を開催
- 2012年
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日本経済の中長期課題を議論―マクロモデル研究会を開催
- 2011年
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経済激変下の政策課題にどう応えるか―マクロモデル研究会で議論
- 2010年
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政策課題を活発に議論-マクロモデル研究会開催
お問い合わせ先
公益社団法人 日本経済研究センター 研究本部
マクロモデル研究会事務局(猿山,小野寺,蓮見,佐倉)
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TEL : 03-6256-7730