コロナ禍を計量分析,先端モデルも―マクロモデル研究会をオンライン開催―
2020年9月11日、計量分析の専門家が最新の研究成果を報告し議論する「マクロモデル研究会」を開催した。本研究会は07年から当センターが事務局として運営し、16年からアジア太平洋研究所(APIR)との共催となっている。14回目を迎えた今年はコロナ禍で初めてオンライン開催としたが、出席率が高まり約60人が全国各地から参加した。共通論題としたコロナ関連の計量分析をはじめ、大規模マクロモデルによる財政支出の国際波及分析、先端のDSGE(動学的確率的一般均衡)モデルなど9件の報告があり、活発な議論を繰り広げた。
経済的ショックを検証
新型コロナウイルスの感染拡大防止を目指した緊急事態措置は経済にどんな打撃をもたらしたのか。報告の口火を切った菅幹雄氏(法政大)は家計調査の品目別データを産業連関表に投影し、マクロ的な影響推計を試みた。20年4~5月の家計消費は約2.8兆円減、波及効果を含めると生産額(売上高)は約4.4兆円減った。宿泊、外食、運輸の生産が著しく押し下げられる一方、テレワークの増加でニーズが高まったパソコン、需要が急増したマスクやその生地に関連した業種では生産が押し上げられた。
コロナ禍でほぼ止まったのが訪日客(インバウンド)の受け入れだ。倪昳傑(二・テッケツ)氏(大阪法科経済大)らは、同客数がどんな要因に左右されてきたのか、計量的な検証を試みた。それによると、SARS(重症急性呼吸器症候群)などの感染症や震災が一時的な落ち込みをもたらしたことや、免税措置やビザの拡充、中国での所得増加、円安、日本に対する好印象などが、押し上げ要因として寄与したことなどを確認した。
各国の低成長が常態化する中、財政出動の役割への関心が増している。八木橋毅司氏(財務省財務総合政策研究所)は、世界の公的機関が活用する大規模マクロ計量モデル(NiGEM)を用い、一国の財政支出が他国に与える影響(スピルオーバー効果)を検証した。その効果は一般に財政支出した国の経済規模によって決まる部分が大きいが、特定地域・国への貿易依存度も大きく寄与するケースがあり、輸出競争力の高さも一定程度、影響しているという。

より現実に合うモデルへ
ミクロ経済学的な基礎付けを持つDSGEモデルは、家計などの経済主体がすべて同質的であることを出発点に発展してきた。今回はこの前提を拡張し、より現実の経済に合うように異質性を考慮した形の報告が2件あった。
飯星博邦氏(東京都立大)らは、就業状態によって生産性が異なる4つの家計を考慮のうえ、価格や賃金の硬直性を前提とするニューケインジアン型のDSGEモデルを連続時間として推定する結果を紹介した。物価と失業率の関係を示すフィリップス曲線は離散時間の場合と同様に同質性条件から導く。推定は離散時間を前提にした標準的モデルのベイズ法を連続時間に応用した。モデルのパラメータを現実に合わせるキャリブレーション方法の1つとして利用が期待できる。
井田大輔氏(桃山学院大)は、共通通貨を導入した2国を対象に最適金融政策の分析モデルを報告した。特徴は家計に流動性制約が一部存在し、物価と賃金が硬直的と仮定した2国モデルという点にある。社会的厚生に関する最適化問題(ラムゼイ問題)を解く際の中央銀行の目的関数のパラメータはミクロ的基礎付けに基づき、他のパラメータの関数となっている。試算の結果、流動性制約を持つ家計の割合が高まるほど、裁量型金融政策と比較するとコミットメント型政策では社会厚生に関する効率性が高まるという。
当センターの梶田脩斗・副主任研究員と鄭宇景氏(早稲田大院)は時系列分析を応用した状態空間モデルを用い、足元の経済指標から日本の国内総生産(GDP)をいち早く予測するナウキャストモデルを試作した。米ニューヨーク連銀の予測手法を日本に適用したものだ。予測精度を検証したところ平時には月次GDPなどの既存モデルを上回るが、コロナ危機のようなショック時には著しく悪化する。これを改善する方策としてモデル拡張や利用データの見直しなど、参加者からも様々なアイデアが出た。
地域や産業の分析も
地域経済や産業・エネルギーに焦点を合わせた報告もあった。小川亮氏(大阪市立大)はJ-REIT(日本版不動産投資信託)の価格や保有不動産の所在地・用途情報を使い、13年9月の東京五輪決定のアナウンス効果を空間的に評価した。分析によると、決定直後の超過収益が平均で2%台と有意な効果が確認できた。東京から離れた不動産を多く保有するほど超過収益は逓減するが、ホテルの保有シェアが高くなると観光客の地方波及の期待からか、その傾向が和らぐことなどが確認されたという。
入江啓彰氏(近畿大、APIR)は今年8月に50号を迎えたAPIRの定期レポート「Kansai Economic Insight Quarterly」の歩みを回顧しながら地域経済分析の現状と課題を報告した。予測は関西2府4県を集計したマクロモデルを基にするが、足元の公表が遅い県民経済計算を補うため県内GDPの早期推計法を導入したり、内閣府の地域別支出総合指数や関西CLI(先行指数)を活用したりするなどの工夫を重ねてきた。その結果、実績見通しの精度が高まったという。
間瀬貴之氏(電力中央研究所)は電動車やカーシェアの普及が各産業の生産活動や電力需要に与える影響を評価するための産業連関モデルを開発した。電動車の普及により内燃機関を生産する自動車部品・同附属品部門は減少するが、電気機械は増えて全体としての生産はプラスとなる。ただし、国内の電気機械メーカーの競争力低下で電動車向け部品の供給が輸入で賄われる場合、電動車の普及は国内生産にマイナスとなる、などが確認できた。
当センターはAPIRとの共催で本研究会を今後も開催する予定で、ここで得た知見や人的ネットワークを、今後の研究に生かしていく考えだ。(研究本部)
*本研究会は、発表テーマをマクロモデルに限定せず、統計や景気指標、あるいは予測手法などの周辺分野も取り上げている。
*本研究会はこれまで当センターの猿山純夫・首席研究員、稲田義久・甲南大教授、千田亮吉・明治大教授、エコノミストの門多治氏が幹事となり、運営してきたが、今回を機に全員が交代することになった。新しい幹事には入江啓彰・近畿大准教授、当センターの小野寺敬・首席研究員、加藤久和・明治大教授、西山慎一・神戸大教授、林田元就・電力中央研究所上席研究員、松林洋一・神戸大教授(50音順)の6名が就任した。
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研究会の要旨(PDF形式)をご紹介します。※発表者の所属、肩書きは講演当時のものです。
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お問い合わせ先
公益社団法人 日本経済研究センター 研究本部
マクロモデル研究会事務局(猿山,小野寺,蓮見,佐倉)
〒100-8066 東京都千代田区大手町1-3-7 日本経済新聞東京本社ビル11F
TEL : 03-6256-7730