毎週初めに日本経済研究センターの、愛宕伸康主任研究員ら、景気および金融証券マーケットのウオッチャーが、焦点、勘どころを解説します。
主任研究員 愛宕伸康【米国の長期金利は景気回復にもかかわらず低下】 昨年末、3%に手をかけた米国の長期金利(10年物国債利回り)が、現在2.5%台前半まで低下している。こうした長期金利の低下傾向を受けて、市場ではディスインフレに対する懸念の表れとの見方が出ている。確かに、米議会予算局(CBO)の推計では、依然としてマイナス4%程度のGDPギャップが残り、経済には引き続き大きな需給の緩み(スラック)が存在している。昨年12月に前年比2%を超えていた消費者物価(食品とエネルギーを除くコアCPI)は1.5%近辺まで上昇幅を縮小し、米連邦準備理事会(FRB)が前年比2%を「長期的なゴール」としている米個人消費支出(PCE)のエネルギー・食品を除くコアPCEデフレーターも、現在、1%近辺で低迷している。 ただし、景気の基調はしっかりしている。米国の1−3月期実質GDP成長率は、29日に公表される速報改定値で3年振りのマイナスになる可能性があるが、異常寒波など一時的な要因が背景であり、雇用統計や消費の足元の回復ペースを踏まえれば、4−6月期以降は再び2%台の成長に復帰する可能性が高い。FRBでは昨年12月に開始した量的緩和第3弾(QE3)の縮小(テーパリング)を継続し、10月もしくは12月には完了させる公算だ。市場では、来年前半にも利上げ開始に踏み切るのではとの見方も出ている。 もっとも、15年前半に利上げ開始というのはやや性急に過ぎるだろう。先述したディスインフレの状況を踏まえれば、FRBは決して利上げ開始を急ぐことはないと見ている。むしろ、2003年後半から04年前半がそうであったように、景気拡大にもかかわらず利上げに踏み切らない口実として、ディスインフレという状況を利用するかもしれない。というより、よくよく見れば、この米国のディスインフレ、意外と長引く可能性がある。【米国で日本型ディスインフレ?】 まず、コアCPIの前年比を縦軸に、失業率を横軸にとったフィリップス曲線を作ってみよう。図表1には、@2008年から09年、A10年から11年、B12年から14年4月、の3本のフィリップス曲線を図示している。通常、失業率が下がるとインフレ率は上昇するという関係があるため、フィリップス曲線は右肩下がりになると考えられる。実際、@とAの期間はそうなっている。しかし、直近のBだけは右肩上がり、つまり失業率が低下しているのにコアCPIの上昇率は縮小するという、異例の動きになっている。 仮説として考えられるのは賃金の低迷だ。失業率が低下しているにもかかわらず、賃金が伸び悩むことによって、単位労働費用(ユニットレーバーコスト:生産1単位当たりにかかる労働費用)が減少し、インフレ率が低下することはあり得る。そこで、図表2として、賃金の前年比を縦軸に、コアCPIの前年比を横軸にとったフィリップス曲線を、ある程度長い期間の平均値だけで作図してみた。参考として、日本のコアCPI(ここでは「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」)と賃金上昇率との関係も図示している。 これを見ると、米国では、リーマン・ショック前までは賃金上昇率が3%以上を維持し、コアCPI上昇率も高かったが、リーマン・ショック後は賃金上昇率が低下するとともに、コアCPI上昇率も縮小していることが見て取れる。直近では、賃金上昇率はほぼゼロまで低下している。これに対し日本では、金融システム不安が発生した98年以降、賃金の下落とともにインフレ率の小幅低下が続いていたが(図表2の点線丸印)、12年末以降は、賃金とインフレ率ともに上昇に転じており、米国とは対照的な姿となっている。 このように、米国が賃金低迷を主因とするディスインフレ、いわば日本型ディスインフレに陥っているとすれば、「スラックが残存し、企業の賃金抑制姿勢が続くかぎり、ディスインフレの状態から抜け出すのは容易ではない」ということになる。その結果、ディスインフレの状態が長引けば、今年テーパリング完了、来年中利上げ開始という金融政策運営のスケジュールにも狂いが生じることになる。