
年金制度は複雑でわかりにくい。制度の複雑さに加えて、問題なのは、年金制度を所管する厚生労働省が年金の仕組みを正しく説明しないことである。本稿では、クイズ形式の質問を示し、年金の何が問題なのか、年金制度の真の姿を明らかにしたい。まずは、以下の問について、正しいか間違っているかを考えていただきたい。
問1 70歳以上に年金支給を遅らせれば、年金受給額は約4割増えるのか?
公的年金の受給開始は、原則として、65歳である。正確には、従来、60歳から支給されていた厚生年金(報酬比例部分)については、支給開始年齢が段階的に引き上げられ、1961年4月2日以降生まれの男性、1966年4月2日以降生まれの女性は、全額、65歳からの受給となる(それ以前に生まれた者は、60~64歳で受け取ることができる)。
支給開始年齢の65歳は基準であり、個人は、60歳から70歳までいつでも年金受給を始めることができる。ただし、65歳より前の繰上げ受給には、年金額は減額(最大30%減額)される一方、65歳より後の繰延べ受給には、年金額が増額(最大42%増額)される。(図1)

従って、質問の答えは、「イエス」である。しかし、これには、いくつか前提条件があり、70歳まで受給を遅らせれば、誰でも年金が4割増えるわけではない。そこにはからくりがあるのだ。
そもそも、現在、どのくらいの人が70歳に繰延べ受給しているのか。厚生労働省の資料(「雇用の変容と年金」第6回社会保障審議会年金部会2018年11月2日)によれば、厚生年金については、2016年度で、1.4万人である。これは、受給者全体の1.0%しか利用していないことを示している。なぜ、たった1%なのか。
現在、厚生年金の支給開始年齢が引上げ途上にあるため、1961年4月1日以前に生まれた男性、または1966年4月1日以前に生まれた女性は65歳より前に年金を受給できる(特別支給の老齢厚生年金)。彼らは、60代前半で既に年金収入を前提として生活していることから、65歳到達後に、年金受給をやめて繰延べ受給を選択するのは、現実的ではない。
これは経過措置でいずれなくなる制度だが、問題は、70歳に繰延べると、損する場合があるのだ。
第1に、繰延べしている間は、加給年金と振替加算が支給されない。「加給年金」とは、老齢厚生年金の受給権者が65歳未満の配偶者及び子どもの生計を維持している場合、老齢厚生年金に加算されるものである。その額は、配偶者の場合、年額224,300円である。また、「振替加算」は、加給年金の支給対象となっている配偶者が65歳になって以降、配偶者の老齢基礎年金に加給年金から振り替えられる加算である。これは、1965年度以前に生まれた人のみを対象とした経過的な給付だが、その額は、最大で加給年金と同じ224,300円(配偶者が1926年4月2日~1927年4月1日生まれ)になる。
第2に、65歳以降も厚生年金に加入して働き、仮に年金受給を開始しようとしても在職老齢年金制度により年金の一部または全部が支給停止される人については、支給停止相当分が繰延べによる増額の対象にならないのである。
これはわかりにくいので詳しく説明する。現在、60歳以上で厚生年金を受給しつつ、働いて一定以上の賃金を得ていると、その人は、保険料を負担しつつ、一部または全部の年金支給が停止されることになっている。これが在職老齢年金制度である。支給停止額の計算は、60~64歳と65歳以上で異なっている。前者は、厚生年金の支給開始年齢の段階的引上げが完了する2025年(女性は2030年)以降、対象者がいなくなるので、ここでは、65歳以上についてだけ説明する。
賃金と厚生年金の合計額が現役世代の平均月収相当を上回る場合は、賃金「2」に対し、年金が「1」停止される。言い換えると、収入が2万円増えるごとに、年金の支給停止額が1万円増える。具体的な計算式は、
支給停止額=(①総報酬月額相当額+②年金の基本月額-47万円)÷ 2 【1】
となっている。例えば、①30万円、②20万円とすると、年金は1.5万円支給停止になり、もらえる年金は18.5万円となる。①が48万円の場合、②が1万円でも全額支給停止となり、①が60万円の場合、基本月額が12万円までは全額支給停止となる。①が80万円になると、基本月額が30万円までは全額停止となる。
在職老齢年金制度について、厚労省は、「現役世代とのバランスから、一定以上の賃金を得ている者については、年金給付を一定程度我慢してもらい、年金制度の支え手に回ってもらうべき」だからと説明しているが、より働くと年金が本来もらえる額から減額されるので、働くことに対して、いわば「ペナルティ」が課される仕組みである。政府は、人生100年時代と言って、より長く働くことを奨励しているが、在職老齢年金制度は、働くことを奨励するものではない。
厚労省の説明では、「保険」は、負担と給付がリンクし、保険料を支払えば、権利として給付を受けられると説明する。しかし、在職老齢年金制度は、国民がまじめに保険料を納めているにも関わらず、年金以外の所得があることをもって、給付を削減する仕組みであり、負担と給付がリンクせず、矛盾する。これらの問題は、現在、65歳未満で働いている年金受給者にも生じている。
働きながら年金も受給する高額所得者には、年金の減額ではなく、なぜ課税により対応しないのか。できるだけ働いてもらい、それに応じて税金を納めてもらえばよいではないか。米国には、年金課税による増収分を再び年金会計に繰り戻す仕組み(クローバック)があり、日本も見習うべきである。
在職老齢年金制度の説明が長くなったが、65歳以上で一定の所得があると、70歳に支給を遅らせても、在職老齢年金制度が適用され、年金額は増えないのだ。所得の高い人になると、年金が全額支給停止になるため、70歳へ支給を繰延べしても、年金は何ら増えない。
加給年金などは除外して考えると、65歳以上の人で、働かず、自分の貯金だけで70歳まで暮らすことができる場合などにおいてのみ、年金額は4割増えるのである。そのような高齢者が一体どれだけいるだろうか。
また、在職老齢年金制度では支給停止にならず、70歳以降の年金額が4割増えたとしても、税金や国民健康保険料・介護保険料が年金額に応じて増えるため、手取り収入は4割まで増えない。さらに、65~70歳までは、年金保険料を払う必要もある(この追加負担により年金額は一定程度増える)。
それから、繰延べ受給で支給額が42%増になった人の受け取る累計年金額が、65歳からもらい始めた人の累計金額を超えるのは、81歳10ヵ月の時点であり、70歳まで繰り下げた人は82歳まで生きていないと、65歳からもらい始めた人より損をすることにも注意が必要である。
安倍政権が「人生100時代」を打ち出してから、急に70歳に年金受給を遅らせると「お得」といった話が登場したたが、70歳への繰延べ受給は、単純にそうとは言えないのである。これだけ説明しないと、わからない仕組みにそもそも問題があるだろう。
問2 パート労働者が厚生年金に加入すれば、年金受給額は増えるのか?
従来、500人以下の会社については、短時間労働者は厚生年金保険に加入することができなかったが、2017年 年4月から、週20時間以上働く短時間労働者は、労使の合意で厚生年金に加入できるようになった。ただし、20時間以上の勤務時間に加えて、1ヶ月あたりの所定内賃金が88,000円以上、雇用期間の見込みが1年以上などの条件が必要である。
それまで、サラリーマンである夫の被扶養者であった主婦は、夫が決められた保険料を納める限りにおいて、自らは年金保険料を納めなくても自らの基礎年金相当額を受給できた(夫には基礎年金と報酬比例年金が支給)。しばしば、「130万円の壁」と言われるように、主婦が働いて一定以上の収入を得ると、保険料や税金の負担が生じるため、パート労働者の多くが労働時間を調整していると言われてきた。
こうしたパート労働者が厚生年金に加入し、その保険料を負担すれば、基礎年金(これは従来も受給できた)に加えて、報酬比例部分も受給できるようになるので、確かに、年金受給額は増えるのだ。
特にここで強調しておきたいことは、パート労働者への厚生年金の適用拡大は、国民年金との不公平が拡大することである。
国民年金の保険料は、原則として、1人1月、16,340万円(2018年)である。他方、厚生年金は、従来(パート労働者への適用拡大前)、月収(正確には「標準報酬月額」という)が98,000円以上の人を対象として、労使折半で18.3%の保険料(金額では17,934円)を負担していた。
約1600円の差はあるものの、厚生年金保険料適用の下限にあたる人が払う保険料は、国民年金のそれとほぼ同じ水準である。保険料がほぼ同じ水準であるにもかかわらず、40年間、保険料を支払えば、国民年金の受給額は基礎年金額相当だけであるものの、厚生年金は、基礎年金相当額に加えて厚生年金の報酬比例部分が受給できる。これは、どう考えても不公平である。
パート労働者への厚生年金の適用拡大に伴い、この下限(標準報酬月額)が88,000円、労使併せた保険料額は16,104円となり、国民年金保険料より明らかに安くなる。つまり、厚生年金に加入すると、国民年金の保険料より負担が安いにもかかわらず、国民年金より多くの年金給付を受給できることになる。制度が違うと言ってしまえば、そうかもしれないが、同じ公的年金制度で、こうした不公平は許されるべきだろうか。
誤解のないように言えば、筆者は、パート労働者へ厚生年金の適用を拡大するべきではないと言っているのではない。厚労省は、厚生年金のパート労働者への拡大が、雇用の拡大や年金受給額の増額になると宣伝しているが、国民年金との公平性について正しく説明していないことが問題である。これは、単なる技術的な問題ではなく、日本の年金の構造問題に関係するのである。
問3 国民年金の保険料について1/2免除を適用すると、年金額は半分になるのか?
主に自営業者や厚生年金に加入できない人(最近では、非正規の労働者)が加入するのが、国民年金である。国民年金の保険料は、原則として、1人1月16,340万円(2018年)で、これを40年間払う(20~60歳の間)と、満額の年金(2018年度で年額77万9,300円、月額約65,000円)を受け取ることができる。
国民年金は、従来は、満額払うか払わないかの2つしか選択がなかったが、現在では、所得水準により、1/4、2/4、3/4、4/4の各免除制度が導入されている。
それでは、保険料を半分しか払わなかった場合(単身者の場合で150万円程度の所得の場合)は、年金額は半分になるのか。「ノー」である。満額の3/4がもらえるのだ。
どうしてそのような計算になるのだろうか。国民年金の保険料を規定どおり「1」払うと年金が「1」もらえる。保険料を全く払わない場合(所得が低いので払えないと申請する必要がある)でも、国庫負担が1/2あるので、「1/2」年金がもらえる。ここで、保険料を「1/2」払う場合の年金給付は、「1」と「1/2」の間の「3/4」になる計算になる。保険料負担と給付がリンクするのが保険制度の基本原則なので、そのルールを守るために、こうした計算になる。
「1/2」の保険料負担で、「3/4」の年金給付を得られるのであれば、何と「お得」な制度であろうか。筆者は、「年金のバーゲンセール」と呼んでいる。所得があるにもかかわらず保険料を払わないことは法令違反であるが、免除制度は、国民に払わないインセンティブを与えているかもしれない。保険料は「1/2」だけ払い、残りは民間の年金に加入した方がお得かもしれないからである。
「人生100年時代」といいながら、働くことに対して「ペナルティ」が課される在職老齢年金制度。国民年金とほぼ同額の保険料を支払うと、厚生年金の報酬比例部分が支給される不平等を内包する厚生年金の適用拡大。国民に保険料を払わないインセンティブになりかねない国民年金の免除制度。これらは、日本の年金の構造問題に関係しているのである。
たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。
【1】 総報酬月額=1ヶ月の給与+1年間の賞与合計額/12
(写真:AFP/アフロ)
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