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社会保障

時代の終わり、人口減少社会に希望を見出す

日本社会事業大学学長 神野直彦

2019/01/09

時代の終わり、人口減少社会に希望を見出す

 危機に瀕している社会とは、未来への期待感が失われている社会である。日本の社会を眺めると、未来への期待感が高揚しているとは思えない。その根源的な理由は、人口減少社会の忍び寄る影に脅えて立ちひるんでいるからである。私たちは一つの時代が終わろうとしている転換期に生きているけれども、これから始まろうとしている時代は人口減少社会だと認識され、未来への期待感が失われているといった方がよいかもしれない。

 改革には問題解決型改革とビジョン型改革とがある。問題解決型改革とは現実に生じている問題に対処する改革である。これに対してビジョン型改革とは、白紙に理想像を描くような改革である。もちろん、現在のような歴史的転換期に必要な改革はビジョン型改革である。ところが、現実には人口減少社会に対処する問題解決型改革のみが実行され、新しく始まろうとしている時代のビジョンを描くような改革は実現していない。

 歴史の転換期は、ビジョンを描いて、希望と楽観主義を携えて乗り越えていかなければならない。新しき時代のビジョンを描くには、終わろうとしている古き時代の特質を的確に把握しておく必要がある。そうすることで、転換期に生じてくる問題にも的確に対処可能になるのである。

 終わろうとしている古き時代は、重化学工業を基軸とした工業社会であることには、異論がない。工業社会の時代は人口爆発の時代である。農業社会から工業社会に移行すると、生産性が向上して、生活水準が上昇するため、死亡人口が急速に減少する。半面、出生人口は徐々に減少していくことになる。急減する死亡人口と、漸減する出生人口の差が、工業化による人口の爆発的増加をもたらすことになる。

 死は人間にとって宿命である。死亡人口は、工業化とともに急減するけれども、やがて横這いになる。死亡人口は横這いとなるけれども、出生人口は漸減しつづけるため、いずれ人口増加は停止状態になる。工業社会が行き詰まるとともに、人口増加が反転するのは、そのためである。

 工業社会の行き詰まりを告げる1973年の石油ショック頃から、世界全体で見ると、鉱工業生産の生産性の上昇は止まっている。つまり、その後の鉱工業生産の増加は、人口増加に依存しており、人口が増加しない限り、生産額の増加は望めない状態となっている。というよりも、産業構造の転換を図り、人間の英知によって生産性を高めていくポスト工業社会への移行なしには、経済発展は望めなくなっているのである。

 こう考えてくれば、人口減少社会の影に脅える必要はないはずである。画一的労働を要求する「量」の経済である工業社会は終わりを告げ、人間の掛け替えない人間的能力を発揮しなければならない「質」の経済であるポスト工業社会に移行していくからである。「量」の確保ではなく、多様な人間の人間的能力を開花させる「質」の充実を目指させなければならないのである。

 人口減少社会になると、扶養する従属人口(15歳未満の年少人口と65歳以上の高齢人口)が、生産人口(15歳から65歳まで)を圧倒的に上回るといわれる。しかし、生産人口の比重が従属人口を上回るという経験は、人類の歴史からいえば、20世紀という限られた時期に表れたにすぎない。それは工業化による人口爆発がもたらした例外的な現象なのである。

 こうした時期を除けば、人類は人口減少社会と恐れられている未来と同様に、生産人口を上回る従属人口を扶養し、人類の生命の鎖をつないできた。しかし、過去と未来との従属人口の構成には大きな相違がある。過去の従属人口では、年少人口が圧倒的なのに、未来の従属人口では高齢者人口が圧倒的となる。

 社会が扶養する人も構成が変化する以上、社会の構成員の生活を保障するセーフティネットは張り替える必要がある。これには三つの選択肢がある。一つは、扶養しないこと、つまり自己責任とすることである。もう一つは、家族あるいはコミュニティなどの共同体人間関係のもとで扶養するという選択である。最後の一つは、社会の共同事業として租税や社会保険料によって扶養していくという選択である。いずれか一つを選択しても、三つの選択肢の組み合わせを選択するにしても、社会全体として扶養しなければならないことに変わりがない。

 そうだとすれば、社会の共同事業として社会的セーフティネットを張り替え、社会の構成員が安心して、それぞれの掛け替えのない人間能力を冒険的に発揮できるように、財政を機能させるべきである。人間の歴史は、人間がより人間的に成長していく歴史である。人口減少社会を人間の歴史にとっての逆風と考えるのではなく、そこに順風を見出し、より人間的なポスト工業社会のビジョンを描くべきである。

 じんの・なおひこ 1946年、埼玉県生まれ。東大経卒、同大学院博士課程単位取得退学。東京大学経済学部教授、関西学院大学人間福祉学部教授を経て、日本社会事業大学学長。東京大学名誉教授。近著に思想的回想録『経済学は悲しみを分かち合うために』がある。

 

(写真:AFP/アフロ)

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