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医療

高齢者医療、社会的入院からの脱却 自己負担を増やす政策誘導を

九州大学教授 馬場園明

2019/09/18

高齢者医療、社会的入院からの脱却 自己負担を増やす政策誘導を

 日本は1961年に国民皆保険制度を成立させ、それまで経済的な理由で医療機関を受診できなかった国民も医療機関を受診できるようになった。その後も高度経済成長を背景に、患者の自己負担を減らし、医療を低コストで供給する優れたシステムを作り上げていった。

 日本の医療モデルはもともと「病院にかかれば医療が完結する」という意味での「病院完結型医療モデル」である。結核などの感染症や事故による外傷の頻度も多く、病院で治療を受ければ治癒する時代には「病院完結型医療モデル」が機能した。

 しかし、疾病構造や年齢構成が変化し、生活習慣病や認知症のように治癒が望めない疾病の重要性が増すとともに、医療の対象も高齢者にシフトしてきた。

 ところが、日本の高齢者医療制度は他の先進諸国に比べてきわめて特殊だといえる。70歳以上の患者自己負担が他の世代に比べて少ない半面、1人当たりの医療費が著しく高い。70歳未満の患者自己負担は、未就学児を除き、医療費の3割だが、現役並みの所得がない70~74歳は2割、75歳以上は1割で済む。加えて、高額療養費の1カ月の自己負担限度額が70歳以上で所得税が非課税ならば2万4600円、年収80万円以下ならば1万5000円に過ぎない。【1】

 一方、2016年度の1人当たりの医療費は70歳未満の被保険者が20万8703円、被扶養者が16万2257円であるのに対して、70歳以上は58万2567円、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度の被保険者は93万2611円に上昇する。【2】

 そして、高齢者医療制度を成り立たせるために、前期高齢者医療制度では前期高齢者納付金、後期高齢者医療制度では後期高齢者支援金として 現役世代の被用者保険に多額のコストを転嫁している。高齢者医療の現状を理解するためには、日本の医療福祉制度の歴史を知る必要がある。

 

老人医療費無償化、高齢者の外来・入院受診率が上昇

 かつての日本では多世代同居が一般的で高齢者の世話は家族、とりわけ主婦の仕事と考えられていた。高齢者に対する社会保障制度としては救護法に基づいて養老院が作られ、貧しい高齢者を施設に収容するという形で老人福祉政策が始まった。

 1963年に制定された老人福祉法では、老人福祉施設の設置、健康診断の実施、社会参加の奨励が盛り込まれ、養老院が養護老人ホームとして引き継がれたほか、新たに特別養護老人ホームと軽費老人ホームが設置された。

 しかしながら、親を老人福祉施設に入所させることは受け入れられないという社会的な風潮もあり、老人福祉施設が十分、活用されるにはいたらなかった。

 こうした中で、東京都と秋田県が1969年に老人医療費の無料化を導入し、その他の地方自治体も追随したため、政府は老人福祉法を改正し、1973年から老人医療費無償化が実施されることとなった。

 この老人医療費支給制度により、70歳以上(寝たきりの場合は65歳以上)の高齢者の医療費自己負担分が国と地方自治体の公費から支給されることになった。

 老人医療費が無償化されるまで高齢者の外来受診率や入院受診率は、他の世代と大きな違いはなかった。だが、老人医療費が無償化されてからは外来も入院も高齢者の受診率が上昇している。(図1)(図2)

 保険で自己負担を軽くするとモラルハザードが起こり、過剰需要が起きることは広く知られている。日本では老人医療費無償化によって「外来診療」の「デイサービス化」、「入院治療」の「介護施設化」が始まったのである。

 

社会的入院、「薬漬け」「検査漬け」の温床に

 親を老人福祉施設へ入所させれば、世間から非難されるが、親を病院に「社会的入院」をさせることは許容される。また、親を老人福祉施設に入所させるよりも入院させる方が、手続きが容易で費用負担が軽いことも「社会的入院」を増やす要因になった。

 「社会的入院」は「病気や障害をもった高齢者が亡くなるまで病院にいる」という意味での「病院完結型医療モデル」を生み、死亡場所を「自宅」から「医療機関」へ転換していった。(図3)

 高齢者の「社会的入院」は、長期入院による心身機能の障害である廃用症候群も引き起こした。廃用症候群とは病気による一次的な障害ではなく、長期の安静臥床など、日常生活が不活発になることによって引き起こされる心身機能の二次的な障害である。

  一日中、ベッドで暮らせば、筋力が衰え、歩行が困難になり、「関節拘縮」「褥瘡」「認知症」などを発症しがちになる。「誤嚥」をしても「嚥下リハビリ」は行なわれず、 「経鼻カテーテル」や「中心静脈栄養」が行われていった。

 また、医療費の支払いも出来高払いだったため、「薬漬け」「検査漬け」と呼ばれる過剰医療も行われた。厚生省 (現厚生労働省)は1990年の診療報酬改定で老人の入院医療に対して定額支払い制度を導入したが、厚生省が1991年 にまとめた「入院医療管理料承認病院実態調査」によれば、承認前(1990年1月)と 承認後(1991年1月)の1ヵ月間の患者1人当たりの診療点数は検査 がマイナス42.7%、投 薬 がマイナス34.2%、注射がマイナス49.4%となり、老人の入院医療が「薬漬け」「検査漬け」になっていたことが裏付けられた。

 さらに、老人医療費無償化は高齢者の多くが属する市町村の国民健康保険の財政を逼迫した。そこで老人保健法が1982年に制定され、各保険者からの拠出金により老人医療費をねん出する仕組みが導入された。これが老人保健拠出金制度と呼ばれるもので、ここから高齢者医療費を現役世代の被用者保険に転嫁する仕組みが始まったのである。

 

自己負担が少ない高齢者、入院頻度・入院日数が増える傾向

 1985年の第1次医療法改正により、2次医療圏別の病床数規制が始まり、高齢者の入院受診率の伸びは鈍化した。その後、高齢者の外来受診率と入院受診率は徐々に低下していったが、高齢者の自己負担が少しずつ上がっていったことも影響していると思われる。

 2016年度の後期高齢者医療制度の1人当たり医療費の平均91万8825円だったが、最高は福岡県の115万1532円、最低は新潟県の 74万306円であり、 大きな地域差が認められる。【4】

 高齢者医療費の地域差に最も影響を与えているのは入院医療費の地域差であり、それには病床数の地域差が影響を与えていることが明らかになっている。

 さらに、医療機関への入院頻度を低所得者群、一般所得者群、高所得者群に分けて比較した研究によれば、所得区分が低いほど入院頻度が高く、入院日数が長い傾向にあることが明らかになっている。【5】

 これは、医療費は所得区分が低いほど定率負担が少なくなり、高額療養費の自己負担限度額が少ないためと推測できる。一方、介護保険でも低所得者の自己負担については配慮されているが、介護施設では介護保険の自己負担とは別に追加的自己負担が求められることも影響している。

 後期高齢者医療制度の財源のうち5割が公費、4割が他の保険者からの支援金であることを考えると、後期高齢者1人当たりの医療費の地域差と所得区分による入院頻度、入院日数の差の解消に向けて是正策が取られる必要がある。

 日本は少子高齢化の進展で今後も高齢化が進む半面、現役世代は確実に減少する。この課題に対応するためにも、持続可能な高齢者医療保障制度を再構築していかなければならない。

 現在でも高齢者が長期入院を余儀なくされ、患者や家族が望まない医療が行われる場合も少なくない。例えば、自分で食事が摂取できなくなった高齢者に胃瘻(いろう)を増設されることや、認知症になった高齢者が亡くなるまで長期間、精神病院で過ごすケースも少なくない。【6】

 高齢者が在宅や居宅・地域密着型サービスを選択することが長期入院を選択するよりも、 医療保険・介護保険の自己負担だけでなく、保険外も含めた自己負担が少なくなる政策誘導も必要だろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

(出所)厚生労働省患者調査より作成

 

(出所)厚生労働省患者調査より作成

 

図3 死亡場所割合

(出所)厚生労働省人口動態調査より作成

 

【1】厚生労働省「高齢者医療制度の概要等について」

【2】社会保障制度改革国民会議報告書(2013年)

【3】OECD Health Statistics 2016

【4】厚生労働省「平成28年度 医療費の地域差分析」(2019年)

【5】馬場園明他「福岡県後期高齢者医療制度医療費分析報告書」(2019年)

【6】劉寧、前田俊樹、西巧、馬場園明「福岡県の認知症入院患者の在院日数に関する研究」日本医療・病院管理学雑誌、51、33-39(2014年)

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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