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医療

急増する老人医療費、『地域包括ケアシステム』で費用削減を

九州大学教授 馬場園明

2019/10/09

急増する老人医療費、『地域包括ケアシステム』で費用削減を

 老人医療費無償化をきっかけに高齢者の社会的入院が広がり、老人医療費が大幅に増える弊害が起こった。老人医療費無償化が始まった1973年度には4289億円だった老人医療費が1999年度には11兆8040億円まで膨らんだ。(図1)老人医療費の増加にどう対応するかは喫緊の課題となり、老人医療から老人介護をどう切り離すかという議論が活発になった。

 「高齢者保健福祉推進10ヶ年戦略」(通称ゴールドプラン、1989年)や「新ゴールドプラン」(1994年)の策定を経て、 高齢者の自立支援を掲げる介護保険制度が2000年4月から始まった。

 介護保険は、「加齢に起因する疾病等で要介護状態になり、入浴、排せつ、食事の介助、機能訓練、看護療養その他の医療を必要とする人に対して保健医療・福祉サービスを給付する」ものであり、要介護者が尊厳を保持し、能力に応じた、自立した日常生活をおくれるようにするという目標が掲げられた。

 介護保険制度は急速に浸透し、2017年度には633万人が介護サービスを利用している。【1】 ところが、介護保険費用とともに老人医療費も増えており、介護保険制度が浸透しつつも、高齢者が社会的入院を続けている現実が透けて見える。

 介護保険制度の総費用は2016年度で9兆9903億円。介護保険制度の開始に伴い、1999年度以前と2000年度以降で単純比較はできないが、2016年度の65歳以上医療費は25兆1584億円、70歳以上医療費は20兆1395億円に増えている。【2】

 

高齢者の長期入院、鬱状態や認知症を誘発

 高齢者の社会的入院が、社会資源の利用方法として効率が悪いのは明らかである。人件費が高い医師や看護師などの医療スタッフが医療ばかりか生活も支えることになるからだ。

 また、高齢者が社会的入院を続けると、日常生活能力や認知機能が低下するリスクもある。入院生活では自由に動くこともできず、相部屋ではリラックスすることも容易ではない。高齢者が自立した生活を長く続けるには、入院が必要になれば入院でき、治療が終われば速やかに自宅に戻れる仕組みが必要である。

 厚生労働省は、地域医療構想で病床数を適正化するとともに、「病院完結型医療モデル」から 「地域完結型医療モデル」への転換を目指す。「地域完結型医療モデル」は、高齢者が能力に応じた日常生活をおくることを可能にし、社会的入院にみられるような過剰な医療を排除する。

 「地域完結型医療モデル」には、高齢者が自宅から医療機関に通い、自宅で介護サービスを受けられる地域包括ケアシステムの構築が前提になる。それでは、どうしたら地域包括ケアシステムを構築できるだろうか。筆者は、 あるべき高齢者ケアを模索する中、米国でCCRC(Continuing Care Retirement Community)に出会った。

 CCRCを直訳すると「継続した生活支援・健康支援・介護医療サービスを提供する高齢者の生活共同体」になる。CCRCには「自立型」「支援型」「介護型」の3種類の住居があり、老齢化によって変化するニーズに応じて、生活支援サービスや健康支援サービス、介護医療サービスを総合的に提供する。

 米国でのCCRCの起源は古く、友愛結社や教会が財産を寄付した高齢者に高齢者ケアを提供したことが始まりとされる。米政府の統計によれば、現在、約2000施設、約62万室あるという。CCRCでは、自立して生活できる段階から、特別な看護・介護サービスが必要な段階、そして人生の終末期まで、同じコミュニティで生活することができる。(図2)

 これは、高齢者が医療機関に入院したり、介護施設に入所したりすることにより、身体的、精神的な痛手を負うリロケーション・ダメージを防ぐものでもある。適応能力が低下している高齢者の生活環境を急に変えると、鬱状態や認知症が起こったり、進行したりする。高齢化がゆっくり進行する欧米諸国では、リロケーション・ダメージの危険性が十分、理解されているのである。

 

包括報酬型在宅サービス、高齢者ケアを変える可能性

 土地確保にかかるコストを考えると、日本国内に大規模なCCRCを建設し、すべての機能を一つの場所で提供していくことは簡単ではない。そこで生活支援サービス、予防サービス、医療サービス、介護サービスを提供する複合施設を核にして複数の高齢者住宅をネットワークで支援する「高齢者健康コミュニテイ」(図3)づくりを提案したい。【4】

 介護保険には、「包括報酬型在宅サービス」と呼ばれる「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」「小規模多機能型居宅介護」「看護小規模多機能型居宅介護」のメニューがある。

 「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」は 24時間、連絡訪問が可能なサービスであり、本人や家族の不安に対応できる。「小規模多機能型居宅介護」は、住み慣れた環境で信頼できる人のケアを最期まで受けられるようにするサービス。「看護小規模多機能型居宅介護」は、がんや難病など医療ニーズの高い高齢者が自宅で療養を続ける助けになる。

 高齢者の社会的入院は、ほとんど医療行為がなされないとしても、医師、看護師などの人件費や食事生活療養費だけで1日約2万円の経費がかかる。高齢者の社会的入院を包括報酬型在宅サービスの利用に切り替えれば、それだけで一定の老人医療費が削減できる。

 日本が「病院完結型医療モデル」から「地域完結型医療モデル」へ転換するためには、国民が「病院完結型医療モデル」から「地域完結型医療モデル」への転換の重要性を理解し、「地域包括ケアシステム」【6】の構築に協力していくことが求められる。

 少子高齢化が進行し、現役世代から高齢世代への所得移転を増やして社会保障制度を維持していくことはできない。社会保障制度を維持、発展させていくためにも、高齢者の自立を支援していくという理念のもと、質が高く、コストがかからない高齢者ケアの仕組みを構築していかなくてはならない。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

 

 

 

(写真:AFP/アフロ)

 

 

【1】厚生労働省『公的介護保険制度の現状と今後の役割』(2018年)

【2】先進国では老人医療費は65歳以上の医療費と介護保険総費用を合算した額と定義される。この定義に従うと、日本の老人医療費は35兆1487億円になる。

【3】地域包括ケア研究会、平成21年度老人保健健康増進等事業による研究報告書、地域包括ケア研究会報告書(2010年)

【4】詳細は、馬場園明、 窪田昌行『地域包括ケアを実現する高齢者健康コミュニテイ~いつまでも自分らしく生きる新しい老いのかたち』(2014年)を参照されたい。

【5】高齢者住宅と生活支援サービスや医療サービス、介護サービスを提供する施設をつなぐだけでは「高齢者健康コミュニティ」は機能しない。コミュニティのスタッフが「高齢者が人生を前向きに肯定していくことの支援」といった基本理念を共有し、高齢者の「所属の欲求」「自尊の欲求」「自己実現の欲求」を満たしていくことも必要である。

【6】地域包括ケア研究会、多元的社会における 地域包括ケアシステム ―「参加」と「協働」でつくる包摂的な社会―平成30 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業(2019年)