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医療

高齢者ケアの費用負担、負担能力に応じた『自助』拡大を

九州大学教授 馬場園明

2019/12/04

高齢者ケアの費用負担、負担能力に応じた『自助』拡大を

 厚生労働省の地域医療構想に関するワーキンググループは9月26日、全国424の公立病院・公的病院について「がん、心疾患、脳卒中、救急、小児、周産期」の診療実績が少ないことなどから、機能分化やダウンサイジングを含めた再編・統合の検討を求める方針を固めたという報道があった。【1】

 これは2014年に施行された「医療」と「介護」の分離を目指した医療介護総合確保推進法【2】を踏まえてのものである。入院を必要とする疾病が少なくなり、医療ニーズが減少する半面、疾病や障害を持つ高齢者は増えている。病床数が過剰なままだと、病床が高齢者介護の受け皿となり、貴重な社会保障費が効率的に使われないことを憂慮しての判断と思われる。

 今後、医療機関の病床が入院を必要とする疾病に特化され、社会的な理由から医療機関に入院していた高齢者が地域でケアをされるようになると、その費用を誰が負担するのかという問題が出てくる。そもそも高齢者ケアの費用は誰が負担すべきだろうか。

 高齢者ケアの費用負担の類型には、「自助」「互助」「共助」「公助」の4つがある。【3】それぞれの類型における「責任の所在」「経済システム」「費用負担」「受けられるサービス」についてまとめたものが、表1である。

 「自助」は、自分の問題は 自分で責任をとるということである。受けられるサービスは、支払い額によって格差が生じる。「互助」は、コミュニテイでの助け合いに基づく。無償ボランティアなどの地域住民を担い手とするため、限られたものになる。「共助」は、公的保険による費用負担を指す。本人と雇用者が報酬額の定率を負担するため、公平なサービスが受けられる。「公助」は、「税金」を財源とするため、利用者負担はほとんどなく、必要なサービスを受けられる。

 なお社会保障を公的保険で賄う「共助」は 、保険料を払うことにより、被保険者の権利が生じるため、国民の支持を得やすいという長所がある。一方、社会保障を税金で賄う「公助」は所得格差による健康格差が生じにくいという長所があるが、日本では所得税と消費税が高額になることが避けられず、国民の支持を得にくいという欠点がある。

 家庭ではケアできない、といった社会的な理由で入院している高齢者が、医療機関から地域に移った場合、地域包括ケアシステムでケアされることになる。地域包括ケアシステムの機能は、図1のような植木鉢モデルで表現される。

 2014年型モデルでは、生活の基盤となる「すまいとすまい方」「生活支援・福祉」を、それぞれ植木鉢と土に見立てて、専門的なサービスである「医療・看護」「介護・リハビリテーション」「保健・予防」を植物に見立てている。【4】

 植木鉢や土がないところに木を植えても育たないのと同様に、地域包括ケアシステムでは、高齢者のプライバシーと尊厳が守られた「すまい」が提供され、その「すまい」で日常生活を送るための「生活支援」があることを基本な要素としたのである。そして、それらのベースになるのは、「本人・家族の選択と心構え」であるとし、植木鉢を置く皿に見立てている。

 2016年度モデルでは土が「介護予防・生活支援」に、植物の「保健・予防」が「保健・福祉」に変化し、皿が「本人の選択と本人・家族の選択と心構え」に変更されている。「予防」が土に移されたのは、2016年度から要支援者向けの介護予防事業が介護保険から切り離され、自治体が担う「総合事業」へ移行したからであると思われる。

 「福祉」が植物に移されたのは、「福祉」は専門職によるサービスであるととらえ直されたためであろう。また、「本人・家族からの選択」が「本人の選択」に変化したのは、高齢者ケアのあり方は、本人の意思を最優先すべきであるとの認識によるものと考えられる。

 地域包括ケアシステムのサービスを負担の観点から整理するため、 「医療」「介護」「予防」「生活支援」「住まい」の5点で再構築してみる。なお、「予防」はリハビリ専門職による「専門的予防」と、運動支援などの非専門職による「非専門的予防」に分類する。

 これまで「社会的な入院」をしていた高齢者のケアを地域で行えば、医療保険や介護保険による「共助」で対応できるのは、「医療」「介護」「専門的予防」のみで、「非専門的な予防」「生活支援」「住まい」は原則、「自助」「互助」に移行し、高齢者本人が支払い可能でない部分は「社会福祉制度」で賄っていく。これらをまとめると表2になる。

 なお「社会的な入院」をしていた高齢者が、地域の「高齢者住宅」に入院した場合、どれくらい社会保障費が節約できるかを紹介しよう。病院や介護施設の部屋にはトイレがない。 医療機関や介護施設では、転倒の危険がある高齢者は、看護師や介護士がトイレに連れていくことになっている。

 ナースコールなどで呼ばれて高齢者のベッドに行き、転倒しないようにトイレに連れていき、ベッドで横になるのを確認するまで約20分かかる。1日に6回、トイレに行くとすると、1人当たり約2時間かかることになる。人件費を時給1500円で計算すると、1ベッド当たり毎日3000円、1年で108万円かかることになる。これが高齢者住宅の自室にトイレがあり、高齢者が独力でトイレに行くことができれば、この分の社会保障費は発生しない。

 厚生労働省の推計によれば、2018年度の総人口は1億2618万人、後期高齢者の人口は1800万人(14.3%)で医療費は39.2兆円、介護費は10.7兆円である。これが、2040年度には総人口が1億1092万人、後期高齢者の人口は2239万人(20.2%)となり、医療費は68.3兆円、介護費は24.6兆円に増加すると考えられている。【5】

 日本の社会保障制度を維持するためには、社会保障費の財源を拡張し、社会保障費の増加を抑制していかなければならない。まず財源の拡張で考えられることは、介護保険制度の被保険者を現行の40歳以上から20歳以上に引き下げることや保険料率を引き上げることが考えられる。

 一方、医療・介護に関する社会保障費の増加を抑制していくためには、年金を含む所得のみならず、金融資産を含む本人の負担能力に応じて、「自助」の割合を徐々に高めていくことが考えられる。これまでも有料老人ホームなどに入居し、「住まい」「生活支援」を「自助」で賄っている高所得者や資産家は少なくない。社会保障費の高騰を防ぐには、「住まい」「生活支援」を医療保険や介護保険以外で賄っていく知恵と工夫が求められる。

 例えば、「社会的な入院」をしていた高齢者の地域の受け皿として、地域包括ケアシステムのすべての日常生活圏(おおむね公立中学校の校区)に高齢者・障害者だけでなく、家族も一緒に同居できる集合住宅を建設し、地域ボランテイアが活動できる「地域交流センター」と 「医療」「介護」「専門的予防」を提供できる複合施設を併設することも方法だ。こうしたコミュニテイの建設は、高齢者のクオリティー・オブ・ライフ向上の面でも有益だろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】厚生労働省、地域医療構想に関するワーキンググループ、第24回会合、2019年9月26日報告書~今後の検討のための論点整理~』(2009年)

【2】厚生労働省、医療と介護の一体的な改革

【3】『地域包括ケア研究会 報告書~今後の検討のための論点整理~』(2009年)、『地域包括ケア研究会 報告書~地域包括ケアシステムを構築するための制度論に関する調査研究事業~』(2014年)、『地域包括ケア研究会 報告書~地域包括ケアシステム構築に向けた制度及びサービスのあり方に関する研究事業報告書~』(2016年)

【4】厚生労働省『誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現 -新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン-』(2015年)

【5】内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省『2040年を見据えた社会保障の将来見通し』(2018年)

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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